731: 333 :2017/01/26(木) 14:20:15
フローデ達の憂鬱 第二章




一本の矢となった敵艦隊が扇形の陣形に突き刺さる。
 ヤ・ファド                              ファーズ
平面宇宙図に表示された二つの図形は巨大な艦隊が平面宇宙で激突していることを如実に物語っていた。
                           フラサス
敵味方合わせて万に届こうかという艦艇が時空泡という小宇宙に包まれ、光点となって表示されている。
                     スプーフラサス
穏やかだった平面宇宙は荒れ狂う時空粒子流に飲み込まれ、まるで戦いの激しさそのものを表すかのようだ。

強烈な時空粒子の流れは嵐となって両者の時空泡に叩きつけられる。そのなかを敢然と突き進む敵艦隊。
 ヤドビュール・カルカスナ・ウセム
「第二十一偵察分艦隊半壊!後退許可を求めています!」
 ヤドビュール・ゴロマタ・アシャム
「第四十二突撃分艦隊壊滅!だめです、戦線が持ちません!」
               ヤドビュール・ロスソクナ・ウセム      ヤドビュール・ロスガナ・アシャム ヤドビュール・ゴロマタ・アシャム
「なんとしても食い止めろ!第十九偵察分艦隊は側面攻撃!第十八突撃分艦隊は第四十二突撃分艦隊がいなくなった穴を塞げ!」
レンド           サースマ
嶋田の指示が飛び、指揮刀が振るわれる。

銀色の輝く刀身はレンド自身のように、研ぎ澄まされていた。
ガホール
艦橋は今や混乱の最中にある。

次々齎される凶報、秒単位で変化する戦況、膨大な情報の奔流。

それでも大艦隊の全力突撃を受けてなお組織立った戦闘が続けられるのは磨きぬかれた司令部組織と確固とした指揮系統、星界軍の

高い練度とレンドの卓越した指揮能力の賜物だった。

だからこそこの艦を落とす意味がある。

レンドは思考の片端でそう思いながら、また届けられた戦況報告に迅速な指示を出していく。

既に平面宇宙図に映る陣形は綺麗な扇形ではなくなっていた。

陣形が崩れているのは敵も同じだった。扇形の縦深防御陣形は中央を切り裂かれて銀杏の葉のような形になり、矢のような突撃陣形

は鏃が潰れて短くなっていた。
              グラーガ
もしもこのような状況で旗艦《キンカウ》が沈めばどうなるか。まず間違いなく、混乱するだろう。

もちろん指揮系統の移譲は速やかに行われるし、後任の指揮官に混乱を収拾する能力がないということもない。

しかし指揮権が移譲されてから混乱が収拾されるまでの僅かな間に敵は思いのまま艦隊を蹂躙するに違いない。
 フローデ
「提督。第二十一偵察分艦隊の一時後退、代わりに側面攻撃の強化を提案します。」
                                                 ヤドビュール・ロスガナ・ウセム ヤドビュール・ロスダナ・ウセム
「仕方が無いか。第二十一偵察分艦隊は後退、第十九偵察分艦隊の側面攻撃に第十八偵察分艦隊、第十七偵察分艦隊も加われ。」

だと言うのに、シュボーズときたら…。
ワスカーサレール
参謀長である彼女の提言を聞くレンドだが、どこか楽しそうな声音に頭を痛める。

なぜ自分はこんな連中にばかり好かれるんだ。いつもなら浮かべるその思いを脳裏に浮かべる余裕もない。

突撃を続ける矢のような敵艦隊は徐々にその長さを縮めつつ、確実に扇の要に迫る。

一方扇形の縦深防御が敵に打撃を与え続けているのもまた明白だった。

天秤はどちらに傾くこともなく、しかし徐々に旗艦に敵艦隊が迫ってきているのも間違いなかった。
                 ダディオクス
「やむを得ないか。各員、通常空間戦の準備をしておけ。僚艦にも伝えるように。」
 フローデ
「提督!?」

シュボーズの声は司令部のある旗艦が敵と直接戦闘するという無謀さに対する驚愕故だと思いたい。

その声に歓喜の色が混じっていたと認めたくないレンドだった。

「万が一のためだ。しないで済むのなら、それに越したことはない。」

732: 333 :2017/01/26(木) 14:21:41
グラーカ               レスィー                     フラサス
旗艦《キンカウ》は同じカウ級巡察艦《リュルカウ》と《スルカウ》と共に時空泡を形成している。

だが当然ながら旗艦は司令部機能に特化しており直接戦闘はそれほど考慮されていない。

できないわけではないが、それでも戦闘力が落ちるのは否めなかった。

とはいえそうも言っていられない状況になっているのもまた事実。

「もう少し耐えれば包囲網で一網打尽にできる。側面攻撃を強化したからな。」

敵艦隊は陣形の奥深くに突き刺さっている。それはつまり包囲されているということでもあるのだ。

四カ国連合軍にとっては旗艦撃沈の好機にして戦術的勝利の好機、そして今後二度と訪れないだろう戦略的勝利の好機でもある。

星界軍にとっては緒戦で取り逃がした敵主力を撃滅する好機であり、帝都陥落の危機。

「ここで私達が落とされれば敵の勝利、耐え抜けば帝国の勝利ですか。」
アローシュ       ガ・フェーク                 フリューバル
帝都が落とされ、八王国の連結が絶たれるか。それとも帝国が耐え抜き、時間と言う最大の味方を呼び寄せるか。
ブルーヴォス・ゴス・スュン ガノト・フリューバル
四ヶ国連合にとっても大和帝国にとっても戦争の行方を決める戦いだった。
 フローデ
「提督。戦闘準備完了です。」
     ワスカーサレール
「よろしい、参謀長。」
 ヤ・ファド
平面宇宙図に映る敵艦隊は陽光に照らされた氷の如く消え行きながら、旗艦のある時空泡に迫る。

もはや退路はない。進んで、旗艦を撃破する以外に道は無いのだ。勝利以外の未来は死なのである。

そこまで己を追い込んで、初めて勝ち目が出てくる。帝国とはそれほどの国なのだ。

「回避機動を始めます。」

遂に司令部時空泡自体が動かざるを得なくなったのだ。

敵は確実に迫っているものの、少しずつ減ってきている。

鬼気迫る様子で突撃する敵艦隊。必死に圧し留めようとする味方艦隊。

だがもう少しというところで、敵艦隊が数倍に増えた。
                       フラサス
いや増えたのではない。三隻編成の時空泡を解いて単艦時空泡になったのだ。

単艦になれば機動力と引き換えに防御力が落ちる。それでも突撃を優先したのだ。

数が増えた分脆弱になった時空泡は次々落とされていくが、一部はそのまま旗艦《キンカウ》に向かってくる。

おそらくは連合軍の中でも精鋭部隊なのだろう。敵陣のど真ん中で単艦時空泡になっても、巧みな機動で時空融合を回避していく。

それでも幾つもの時空泡が捉えられ、撃破されるが何割かは突破する。してしまう。

矢のようだった陣形は見る影もなく崩れ、今や包囲されている。

だがここで旗艦が撃破されるようなことがあれば、そこに僅かとはいえ綻びが生まれるだろう。

重厚な防御陣形を切り裂いて、遂に敵艦隊が司令部にせまる。

周囲には六つの時空泡。これが最後の防御だ。

色の違う光点が交わり紫色に変わる。敵と味方が交戦中である時空泡を表しているのだ。

だがそこに敵時空泡が次々時空融合する。

敵先頭は単艦時空泡ばかりだ。たいしてこちらは三隻編成の時空泡。

一対一なら間違いなく駆逐してのけただろうが、多勢に無勢。

側面からの援護も来ているが、ほんの少しだけ間に合わないだろう。

「間に合うか?」

733: 333 :2017/01/26(木) 14:24:11

レンドは問うた。回避している間に味方の援護が望めるか。
  カーサリア・リルビコト
全ては航法参謀の躁泡にかかっている。

「一戦だけ耐えてください。それ以上は稼げません。」

十分な返答だった。レンドは無言で頷く。

三隻編成の時空泡で単艦時空泡の群れを避けるのだ。並々ならぬ腕前である。

矢型の敵艦隊は味方艦隊に挟まれており、両側の艦隊を結ぶ結節点に司令部時空泡がある。

その光点が平面宇宙上で複雑な軌跡を描き、必死に回避する。

しかし単艦時空泡の機動性には叶わず、ついに追いつかれてしまう。

「時空融合まで5、4、3」

艦橋に表示されている時空泡内部は灰色である。

しかしそこに光の円ができ始めた。時空融合が始まったのである。
    ゴール・プタロス
「2、1、時空融合!」

円の向こうに敵艦が見えた。

「撃てー!」

瞬間、レンドは指揮刀をふるって命令を下す。

しかし出会い頭の攻撃は向こうも予測していたのだろう、危なげない操艦でかわす。
                イルギューフ
それを艦外空識覚で捉えながら、電磁投射砲の反動に耐える。

間髪いれずに敵も撃ってきた。今度は《キンカウ》が回避機動をとる番だった。

けたたましい騒音が鳴り響き、艦が攻撃を受けたことを知らせる。

「被害状況を知らせろ!」
   ヴォークラーニュ          ルニュージュ
「8番凝集光砲が射撃不能、2番反陽子砲が損傷!」

幸い傷ついたのは機雷迎撃用の兵装だけのようだ。
レスィー
巡察艦の主戦兵器はいまだ健在。まだまだ戦える。

レンドは艦外空識覚に意識を向けた。僚艦の《リュルカウ》と《スルカウ》も射撃をかわされて機動を続けている。
                                     フロクラジュ
だが《リュルカウ》が敵の側面に砲口を向けたとき、レンドの空識覚が時空泡内部のあわ立ちを感じた。時空融合の前触れだ。

ここにきてようやくなぜ敵が単艦で三隻相手の戦闘を始めたか気付く。
 フローデ
「提督!」

「避け───」

思わず叫ぶが真空を隔てた僚艦には届かない。

いや、どのみち届いても間に合わなかっただろう。
                                                スピュート
時空融合を果たした二隻目の敵に《リュルカウ》が気付いたときには、すでに核融合弾は放たれていた。
 イルギューフ
電磁投射砲で加速された弾は僅かに軌道を変えつつ僚艦に迫る。

そして光が時空泡に満たされた。
                                               ベーシュ
脇腹を抉った核融合弾は内部で炸裂、《リュルカウ》の心臓部を破壊して反物質燃料をあふれさせた。

自らの糧に飲み込まれた僚艦はなすすべもなく爆散する。

「敵二番艦、《リュルカウ》を撃沈!」
                    スネセーブ
残り香の反物質を《キンカウ》の防御磁場がはじく。

反物質の霧の中を四隻の巡察艦が機動する。両者巡察艦二隻ずつ。互角だった。

「焦るな!冷静に《スルカウ》と連携しろ!」

734: 333 :2017/01/26(木) 14:28:30

敵一番艦の狙いは三隻相手に大立ち回りを演じることではなかったのだ。

ただ時空融合して足止めし、後続の艦が来るのを待つことだった。

間一髪で撃沈から救われた敵一番艦は敵二番艦と連携して時折威嚇射撃をしながら機動している。

主戦兵器は艦首についているので前方にしか発射できないためだ。

二隻で連携して狙いやすい機動をさせようとするが、こちらも精鋭である。

できるだけ射線と直交するように回避しながら射撃機会をうかがっている。

可能な限り時間を稼ぐ。

時間さえ稼げば味方の時空泡が援護に来るからだ。

敵もそれをわかっているだろうに、決して安易に砲撃姿勢をとらず威嚇に徹している。

これだけでもその練度が知れようものだ。

だがある瞬間から威嚇射撃の対象が《キンカウ》に絞り込まれる。

敵がこちらの回避機動から、生き残ったどちらが旗艦なのか割り出したのだろう。
 フローデ
「提督!敵に集中砲火を受けています!」

「かわせ!絶対に落とされるな!」

だが敵艦は二隻がかりでこちらを狙ってくる。

一番艦の砲口がこちらを向く。

急激な加速と共に、艦外空識覚に焼け付くような痛み。
     スピュート
直後、核融合弾をなんとか回避した《キンカウ》に向けられる二つ目の砲口。

かわせない。レンドがそう思ったときだった。

《スルカウ》の主砲が火を噴いた。

高速に加速された弾体が時空泡を駆け抜け、主を狙わんとする不貞の輩に食いつく。
スネセーブ
防御磁場を難なく突破し装甲を突き抜けて内側から破壊する。

「状況は!」

反物質の光が収まったころ、レンドは改めて確認する。

「敵二番艦撃沈!しかし我が艦も被害甚大!」
 ラトーニュ
戦闘指揮卓に映る被害状況を見て顔をしかめる。

戦闘は続行可能だ。だがかなりの損害を受けてしまった。

「ひとまず回避に専念しろ!あと少し待てば援護が来る!」

僚艦のおかげで危機を脱した《キンカウ》だが、戦闘はまだ終わっていない。

時空泡の中では未だに《スルカウ》と敵一番艦が戦っている。
    ヴォークラーニュ ルニュージュ
互いに凝集光砲や反陽子砲を向け合って傷つけあう。

いくら威力が低いとはいえ、それだけで両者かなり被害を受けているだろう。

しかし終わらない。終わるわけが無い。

どちらかが滅びるまで戦いは続くのだ。

735: 333 :2017/01/26(木) 14:29:55

敵一番艦は《スルカウ》を相手にしつつ、機を見てこちらを狙ってくる。

それを阻止するべく攻撃する《スルカウ》。

時間が経てば経つほどこちらが優位になる。

ところがこのまま帝国に傾くかと思われた天秤は敵艦の行動によって水平に戻る。

敵はわざと《スルカウ》と《キンカウ》を結ぶ直線状に艦を滑り込ませたのだ。

「いかん、撃つな!避けろ!」

一瞬躊躇する艦橋。ここで撃てば敵艦を貫いた核融合弾が味方に当たるかも知れないのだ。

その一瞬が致命的だった。敵艦は《スルカウ》に艦首を向け、主砲を放つ。

一方《スルカウ》も撃つ。《キンカウ》が避けたからだ。

だが遅れた代償は大きかった。三度目の光がその証明だった。

「《スルカウ》撃沈!」
                       ヴォークラーニュ     ルニュージュ       イルギューフ
光の中から現れた敵艦は満身創痍。凝集光砲で焼かれ反陽子砲で削られ、電磁投射砲で抉られている。

《スルカウ》の攻撃も無駄ではなかったのだ。その意思は確実に敵を捉えていた。

追撃に放たれた《キンカウ》の弾丸も避ける。

いつしか小さな宇宙には二隻しか存在しなくなっていた。

ようやく邪魔者を排除した敵艦が少なくなった凝集光砲と反陽子砲で《キンカウ》を攻撃する。

「回避!」

レンドは指揮刀をかざして命令するが、全てを回避することはできない。

あてずっぽうに撒き散らされただろう弾幕が直撃する。
 グラハレル   オプセー
「司令長官!主機関の出力が落ちています!」

運が悪いにも程が在る。まさか今の一発でたまたま主機関に被害が出るとは。

「直せないのか!」

「すぐには無理です!」

自由自在な機動が幾分抑えられた《キンカウ》。

それを最後の機会と受け取ったのだろう、敵艦が主砲を向ける。
 フローデ
「提督!敵が突撃してきます!避けられません!」
フロクラジュ
空識覚に浮かぶ敵艦は猛烈な勢いで大きくなる。迷ってはいられない。

「撃てーーー!!!」

先に撃ったのはどちらだったのだろうか。もしかしたら同時だったかもしれない。
                                        スピュート
艦首を向け合う二隻の艦。《キンカウ》と敵艦がそれぞれ放った核融合弾を確かに感じて…レンドの意識は光に溶けていった。

736: 333 :2017/01/26(木) 14:31:01
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最終更新:2017年02月10日 20:30