792: 333 :2017/01/27(金) 10:40:19
フローデ達の憂鬱 第二章
「ぐ…。」
フローデ
「提督!」
レンド
嶋田が目を覚ますとシュボーズの声が聞こえてきた。
額から流れる液体の感触に流血を感じながら、レンドは声の主に問いかける。
ワスカーサレール
「参謀長か。私はどれくらい気絶していた?」
「およそ13秒です。お怪我は大丈夫でしょうか?」
自分が血を流しているのは、見ればわかるだろう。
となると彼女が聞いているのはその傷がどれほど深いのかという事らしい。
少しくらい慌てるそぶりを見せたら可愛げがあるのにな。
レンドは何処か場違いな思考を浮かべながら自分の体を確かめた。
「指揮に問題はない。被害状況は?」
ガホール
視線を巡らせると艦橋はかなり損傷していた。
オプセー
しかし動力はまだ生きているようだ。主機関の低い唸り声が聞こえてくる。
いつもより低調なそれは《キンカウ》が発する不満の声に聞こえた。
「幸い心臓部は外れましたが戦闘は続行不可能です。損害は甚大であり、現在被害者を救援中です。」
状況は相当に悪いはずだったが、レンドは密かに安堵のため息をついた。
イルギューフ
電磁投射砲の直撃を受けたにしては随分と軽い被害だったからだ。
「そうか。指揮は可能か?」
一瞬、シュボーズが迷う。無理も無い、艦橋も被害を受けているのだ。
だが彼女は毅然とした言葉で言いきった。
「可能です。」
レンドはその言葉に薄く微笑んで頷く。
まだまだ戦意は衰えていなかった。
カーサリア・ドロショト ドロシュ・フラクテーダル
「よし。では指揮を続けるぞ。通信参謀!泡間通信を送れ!われ健在なり、つづけて指揮せんとす!」
ラトーニュ
頭を強く打ち付けた戦闘指揮卓を確認する。
自分の血で汚れているが、どうやら問題なく動くようだ。
ヤ・ファド
安全のため落ちていた電源を灯し、平面宇宙図を表示させる。
そこに映し出された敵味方の無数の光点。しかしそれは戦闘開始時に比べ、明らかに少なくなっていた。
ファーズ スプーフラサス
引き換えに平面宇宙には時空粒子の嵐が吹き荒れている。
それはかつて味方だったもの、あるいはかつて敵だったものだ。
「戦況は…やや味方有利か。しかし指揮が乱れて混乱し始めているな。」
敵を示す赤い光点が味方を示す青い光点を切り裂き、時空融合して紫の光点に変わる。
フラサス
敵と味方が戦闘中の時空泡を表すその内の一つ、敵味方が入り混じった陣形の最も奥にある光点が青に切り替わる。
それは今や《キンカウ》だけになった時空泡だった。
ヤドビュール・ロスマタ・アシャル ヤドビュール・カルマタ・アシャル ヤドビュール・ビュロリュナ・アシャル
「第十二突撃分艦隊は後退、第二十二突撃分艦隊は第三十五突撃分艦隊の指揮下に入れ!」
793: 333 :2017/01/27(金) 10:41:42
早速指示を飛ばすレンド。ただでさえあわただしかった艦橋がさらにあわただしくなる。
グラーガ
平面宇宙では旗艦からの連絡が途切れた事によって混乱し始めていた。
包囲網の只中にあった敵艦隊がその混乱の隙を突いて跳梁している。
しかしそれが致命傷となる直前に再び命令が下り始めた。
ヤドビュール・ガーナ・ウセム ヤドビュール・ローナ・ウセム ヤドビュール・リューナ・ウセム
「第八偵察分艦隊は第十偵察分艦隊と協同して敵艦隊を食い止めろ!第五偵察分艦隊は側面攻撃だ!」
司令部時空泡の周りには援護の艦隊が押し寄せて敵の前に立ちはだかる。
次第に厚くなっていく敵と旗艦の距離。
それはまるで敵にとっての勝利への距離のようだった。
一度は手を届かせながらも掴む事ができなかった。指先にかすった勝利は、ただ一度の好機を逃しただけで遠ざかっていく。
フローデ ヤドビュール・ロスブナ・ウセム ヤドビュール・ロスダナ・ウセム
「提督。敵陣形が分断されかかっています。第十六偵察分艦隊と第十七偵察分艦隊での挟撃を提案します。」
最早敵艦隊は分厚い陣形で司令部時空泡と隔てられてしまっている。
さらに悪い事に、無理が祟って長く伸びた艦隊がところどころ薄くなっていた。
ここにきて陣形の穴を埋められなかったツケがやってきたのだ。
勝利のために犠牲にした戦術の柔軟性。十分なそれにはできなかった各国艦隊の連携。後先を考えない作戦の短所。
全てを賭けて一か八か大博打に臨んだのだ。後一歩だったとしても、賭けられた全てが取り立てられるのは当然だった。
歯抜けは陣形の穴になり、そこに両脇から攻撃を受けて分断されていく。
ギュクネル
包囲網のなかで幾つにも分裂して消え行くその様は、まるで消えるのを待つだけの雪晶のようだった。
「なんとか凌ぎましたね…。」
「ああ。この戦いが正念場だったからな。後一歩で負けるところだった。」
後一歩。その思いは今頃包囲の只中で殲滅されつつある敵も抱いたことだろう。
スピュート
実際、あの核融合弾の当たり所が悪ければ今頃自分は死んでいたに違いない。
そうなれば敵は戦術的勝利を収めただろうし、作戦を完遂していたかも知れない。
ブルーヴォス・ゴス・スュン
作戦を完遂すれば四ヶ国連合は戦略的優位を確保しただろうし、戦争に勝利するのも不可能ではなかっただろう。
もちろんこれは単なる憶測に過ぎない。この作戦が完遂されても敵が勝利する確立は低かっただろう。
フリューバル
だが少なくとも、作戦が失敗した今帝国の勝利が揺るがないのは間違いない。
敵は唯一無二の好機を逃したのだ。
794: 333 :2017/01/27(金) 10:43:34
ガフトノーシュ
「というわけでこれが今回の八岐大蛇戦役の最終結果です。」
戦闘の後始末が終わってひとまず落ち着いたレンドは今回の戦役についての報告をしていた。
スリー
壁に表示される資料。それをみた辻の顔は引きつっていた。
ラブール
「レンドさん。私の目がおかしくなければ星界軍の戦力が半壊していると読めるのですが…幻覚ですかね?」
「幻覚ではありませんよ、スリーさん。」
レンドはため息をついて言う。
部下の目が無いここでは神埼博之としての素を出せるのだ。
「それにしてもガフトノーシュ戦役とはな。随分と皮肉を利かせたものだ。」
ガンボース
山本が言ったのは割とどうでもいいことだった。
ガフトノーシュ戦役。それが今回の戦役につけられた公式名称だった。
ブルーヴォス・ゴス・スュン
四ヶ国連合が開戦以後行った作戦の名称はイオラオス作戦、ヘラクレス作戦、無常の果実作戦。
フリューバル
どれも帝国を多頭竜になぞらえて、それを殺す神話にちなんだ作戦名だ。
そのことから帝国は開戦以来行われた三つの戦いを総称してガフトノーシュ戦役と呼ぶことにしたのだ。
このあたりは日本人だった頃には無い、露悪的なアーヴの性格だった。
思わず現実逃避をしてしまったレンドは頭を切り替えて話を続ける。
ビュール・ギュクネル
「今回の戦闘で敵主力艦隊は壊滅しました。しかし星界軍も半壊。奥地に入り込んだ雪晶艦隊がやられたのも痛かったですね。」
グラーガーフ
敵艦隊は濃厚な対抗雷撃の下全戦力での突撃を敢行。一時司令部自らが戦うという窮地に追い詰められるも星界軍は敵艦隊を包囲殲滅。
これが今回の戦闘の顛末だった。
ホクサス
残念ながら被害が大きすぎたため敵後衛艦隊は取り逃がしたが、元々機雷戦力が少なかったためなのか数はそれほど多くなかった。
結果として帝国は連合軍を撃滅したが自らも半身不随。今は自然休戦といった状況だった。
「まあ守りきれただけで良しとしましょう。レンドさんもよく帰ってきてくれました。」
スリーが微笑んでレンドの生還を喜ぶ。
なお夢幻会の中でも腐った婦人方は影で、スリーがデレたと喜んでいた。
二人は既に百を超えているが、アーヴであるがゆえに外見は二十代である。さぞかし絵になるだろう。
795: 333 :2017/01/27(金) 10:44:43
「で、戦力の再建にはどれくらいかかりますか?」
そんなことは無視するとばかりにスリーは尋ねる。
いくら帝国の国力が高いといっても、これほどの被害を受けては建て直しに時間がかかるのだ。
レンドは暫く考えた。
「一年から二年といったところでしょうか。しかしハニア連邦の処置を考えると攻勢に出るにはもう少しかかりますね。」
その言に皆が唸る。後者は夢幻会の誰もが頭を痛めている問題だったからだ。
今回の奇襲作戦で、ハニア連邦は結果的に帝国を裏切るという最悪の行為を行ってしまった。
無論のことアーヴ達の反感は爆発した。中には首都である惑星ハニアを焼き払うべきだという意見まで出る始末だったのだ。
しかしこれでもアーヴはまだおとなしくなっているのだ。百年前ならば、言うだけでなく実行に移しただろう。
夢幻会が百年かけて世論操作を行った成果だった。
「ですが裏切ったのは宇宙派の面々。同じスーメイ人として地上派も一緒くたにしてしまえば今後の統治に差し支えるでしょう。」
それは当たり前の話でもあった。アーヴにしてみれば宇宙派も地上派も同じスーメイ人だが、今回裏切ったのは宇宙派のみ。
地上派にしてみれば自分達は何もしていない、どころか帝国への編入という選択をしたのだ。
それが宇宙派の裏切りの罪で自分達まで裁かれてはたまったものではない。
スリーの言葉に誰もが悩む。しかし答えは既に出ているのだ。
レンドはそう思って重い口を開く。誰もやりたくないのなら、自分がするしかない。
バール・ゲーフ
「やはりここはアーヴの地獄を使うしか無いでしょう。候補としては…”豚”と”開き”。それから”蛆”あたりですかね。」
アーヴの地獄。それを聞いた瞬間、誰もが顔色を悪くした。驚くべきことにスリーやガンボースでさえもだ。
アーヴの地獄とはアーヴにとって絶対に許せない人間を放り込む施設だ。
そこはアーヴの高い科学力を結集して想像できるかぎりの、いや常人には想像もできない苦痛を与える施設が眠っている。
当初転生者たちはあまりにも人道に外れたこの施設を閉鎖しようとしたのだが、スリーがそれに待ったをかけたのだ。
惑星を焼くような行いを止めさせるには世論操作だけでは足りない。それくらいで薄れるほど人間への嫌悪は弱くは無い。
ならばアーヴの地獄を利用して溜飲を下げさせると同時に、アーヴを傷つけることへの抑止力にしようと提案したのだ。
「以前使ったのは何十年前ですかね…できれば使いたくありませんでしたが、無辜の人々もろとも焼き払うよりはましですか。」
796: 333 :2017/01/27(金) 10:45:45
豚の臓器は人間に近い。アーヴの遺伝子操作技術なら、それをさらに人間に近づけることも不可能ではないのだ。
そう、たとえば人間の頭を豚の体に移植するようなことさえ可能になる。
人面豚体の化物を作る。それが”豚”だ。
同じく人間の頭を体から切り離して移植できるということは、その状態で命を永らえさせることも可能だということ。
”開き”はそうして頭部を生命維持装置に繋いだまま、その人間の体を解剖した状態で保存することだ。
ホルマリン漬けの解剖のような姿を魚に例えてそう呼ぶのだ。
そして”蛆”。これは体表面を住処とする寄生虫を大量に住まわせるものである。
自分の皮膚の下を寄生虫が這い回っているのが激痛と共に視覚でもわかる。それも何十匹も。
そうした数々の拷問を行いながら、決して死なせない。死すら許さない。
バール・ゲーフ
それがアーヴの地獄だった。
あまりの惨劇を思い出してしまい、レンドも顔色が悪くなってくる。
これですらアーヴの地獄のごく一部でしかないのだ。
しかし一部を思い出せば、忘れようとするほどに脳裏には地獄が蘇ってくる。
意識を現実に戻すため、レンドは無理やり会話を続けた。
「しかしあれを使うとなるとスーメイ人の反発が予想されます。その辺はどうしましょうか。」
「ハニアでは宇宙派を青い鬘を被っていると言って蔑視する風潮があるそうです。それを煽ってはどうでしょう。」
現実的な話で幾分気がまぎれたようで、徐々に顔色が戻ってくる。
レンドのようにアーヴの地獄を思い出してしまった者もいたのだろう。
「どちらにしても、艦隊の再建にハニア連邦の統治までのしかかってくるのですから当面は動けないでしょう。」
「戦時体制に移行しなければならないのに、さらに星間国家の併合までありますからね。2年…いや3年はかかるでしょう。」
3年。それだけ経てば、帝国は連合軍に対して優位に立っているだろう。
連合軍とは違い、帝国にとって時間は味方なのだ。
「では攻勢は3年後ということで。戦争に関してはそのときに改めて話し合いましょう。よろしいですか?」
異議なーし。の声で夢幻会は解散する。
3年後。ジントとラフィールが再会するそのときが、戦争の再開するときだった。
こうして皇紀4952年。イオラオス作戦で開戦した帝国と連合軍はしばしの休戦を挟むことになる。
しかしそれは平和を齎すものでは決してなかった。むしろ次なる戦火のために油を用意する期間となるのである。
797: 333 :2017/01/27(金) 10:46:27
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最終更新:2017年02月10日 20:41