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フローデ達の憂鬱 番外編 帝宮訪問
皇紀4954年
ケンルー
ジントは修技館の寮で休んでいた。
椅子に座ってため息をつく。最近忙しかったからだ。
ライシャカル・ウェク・ソーダル・クリュブ
クリューヴ門沖会戦は帝国の勝利だった。敵は壊滅し、逃げ去っていったという。
勇壮な突撃で一時は追い詰められたものの、レンド提督の指揮で逆に包囲殲滅した。
エーフ
そのような内容の情報が思考結晶網に流れていた。
僕はなぜこんなに速成教育されなければならないのか。疲れもあって愚痴じみた考えが浮かぶ。
ラブール
修技館からの卒業生で足りなければ予備役を招集すればいいだけなのだ。星界軍の予備役は大量にいるのだから。
アーヴの人生は長い。200年から300年も生きる彼らは大抵の場合、一つの業種に人生を捧げるということはしないのだ。
数十年の間一つの業種に勤めては別の業種に移る。それはアーヴ社会自体が硬直化するのを防ぐために必要な措置だからだ。
そして大抵のアーヴは軍士を経験する。さらに生粋のアーヴは肉体的な衰えというものに無縁だ。これが何を意味するか?
すなわち星界軍の予備役には、別の職業に就いているものが少なくとも億の単位でいるのだ。
ボスナル
いざとなれば殆どが専門的訓練を積んだ軍士として復帰できる。これこそがアーヴ最大の強みである。
彼らが現代の遊牧騎馬民族と呼ばれるのはこのあたりに理由がある。民族を構成する殆どが士官同然の働きができるのだ。
ウィクリュール
そういうわけで今ラクファカールでは大量の、そう本当に大量の軍艦が建造されていた。
その規模たるやジントが思わず頼もしさより不安を感じてしまったほどだ。
これでまだ再建途中というのだから、アーヴには数を数える天才的才能があるのではないかとジントは思う。
あまりにも多すぎて、数を数えるのが馬鹿らしく思えるくらいなのだ。
「うん?通信…。」
クリューノ
ふと気がつくと手首の端末腕輪が主人に通信が来ていることを知らせようとしていた。
表示されている名を見てジントは思わず顔をほころばせる。
ラフィールからの通信だった。
「やあラフィール。どうしたんだい?」
『なんだジント。せっかく私から連絡をよこしたのに、気の利いた言葉の一つや二つくれてもいいだろう。』
思わず苦笑する。僕はどうもそのあたりが鈍いようなのだ。
しかし久しぶりに聞いた彼女の声に安心を感じるのも確かだった。
忙しさから、最近はラフィールとあっていなかったのだ。
「ごめんごめん。僕も君と話せてうれしいよ。それで何か用事かい?」
『ああ。今度の休み、一緒にどこかへ行かないか?』
休み、の言葉に少し考え込む。
今の所休みはあまりない。数少ない休日も、他の用事で埋まっていた。
しかしせっかくのラフィールと会う機会。なんとか時間は作れないだろうか。
考えた結果、ジントは友人達との予定を少し早めに切り上げることにした。
いつも付き合わされているんだ。これくらいは許してもらおう。
「ああ、いいよ。それでどこに行くか決めているのかい?」
ルエベイ
『うん。帝宮に行きたいと思っている。』
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ルエベイ スピュネージュ
帝宮は言うまでもなく皇帝の住むところである。
フリューバル
しかし同時に帝国の行政を司る役所でもある。
これほど広大な版図を治めるのには巨大な施設が必要になるのだが、帝宮はそれを可能にする。
端的に言ってしまえば、帝宮は大きいのだ。
巨大、広大、絶大。どんな言葉を使っても言いきれないほどである。
元はと言えば八つもの都市船だったのだ。
それら一つ一つでさえ、人類が生み出したいかなる建造物よりも大きなものだったのに、さらに八つを結合させてその上千年に
渡って拡張を続けてきたのだ。
皇帝の住居に各種役所、そこに勤務する人々の居住施設に娯楽施設。庭園から湯殿、遊技場に宝物庫。
ナヘーヌ
それらを合わせて詰め込んでもまだ余る。地上世界の大規模都市を丸ごと収めてなお一般人に開放するだけの区画がある。
ゲーセル・クリュブ
ジントとラフィールはそのうちの一つ、樟日神社に来ていた。
「宇宙空間にこんなに大きな森があるなんて…。」
「そなた、アーヴであろ。そんな地上人むき出しの事を言うな。」
深い森の中でつぶやくが、ラフィールにいつも言われていることを繰り返されてしまう。
ジントは苦笑して、そばの木に手をつく。ごつごつした木肌は経てきた膨大な日々を無言の内に物語っている。
天井から降り注ぐ光は人工のものだが、それを覆い隠す樹冠で薄暗い。
大きな洞を持つ大木。木々の陰からのぞく動物達。足元の草葉を鳴らすのは虫だろうか。
「このあたりは基本的にアブリアル星系に根を下ろしてから拡張した空間だからな。木々も若いだろう?」
「ごめん聞き間違いかな。今僕の耳にはこの大木たちが若いって聞こえたんだけど。」
深い樹海の中。耳の尖ったアーヴは、魔法としか思えない超科学を操るにも関わらずこの自然に溶け込んでいた。
こうしてみるとまるで御伽噺に迷い込んだようだ。アールヴみたいだな、とジントは何度目かの感想を思い起こす。
空気は荘厳で、薄闇の向こうには人知を超えた何かを感じる。
アーヴならこういうときに、神を感じるというんだろうなと思った。
「うん?若いぞ。なんせ千年も経ってないのだからな。」
ジントは思わず絶句する。
千年という月日を短いと思うアーヴの時間感覚はやはりおかしい。
流石は五千年続く帝国。マーティン人には想像もできないほど長い歴史を歩んできたのだろう。
二人が暫く歩くと一際巨大な大木が見えてきた。
リムダウ キュムネー
白い注連縄が巡らされているのを見ると神木らしい。
バーシュ
「これがクリューヴの神木だ。軌道都市クリューヴが作られたとき、一緒に植えられたのだ。」
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「これが…。」
思わず見上げる。しかし下からでは頂は見えず、首が痛くなるばかりだ。
クリューヴが作られたとき。それはつまり二千年前ということだ。
この木は二千年もの間、生きてきたことになる。
つまり現状最長老の生物の一角なのである。
「我らは建造物を作ったとき、必ず一本の木を植える。だからアーヴは木と共に育つのだ。」
見上げるラフィールの目に浮かぶのは郷愁か、畏怖か。
ジントにはそれが言葉で言い表せないものに思えた。
大木が連なる樹海の中でも一際大きな神木。
どんな生物よりも長く生きてきたそれが、生物としての本能を、畏怖の感情を呼び起こす。
ああ、とジントは唐突に理解した。
アーヴはこれを神と呼ぶのか。
アーヴ
「人は我らを長寿だと言う。だが我ら自身そう思うことはない。…天人として生まれ、そして死ぬまでの生の何倍も木は生きる
のだからな。」
人間もアーヴも、等しく見下ろす歳月という神。
ラフィールはまるで木に宿る精霊のように、生気に満ちていた。
ガノトゥード
きっとこれが、アーヴの種としての根源なのだろう。大和人の精神の根幹なのだろう。
より長く続いてきたものに敬意を払い、自らもそうあろうと努力する。
フリューバル
帝国自体がその結晶なのだ。
「アーヴの寿命は所詮300年。だがこの木は2000年、そして帝国は5000年。我らはこれを背負っていかねばならぬ。
子孫のために、未来のために、現在につなげてくれた過去の者達のために。」
ファサンゼール
それはきっと皇族としての決意なのだろう。
フィズ・アブリアルサル
彼女もまた天照の一族の一員なのだ。
13: 333 :2017/01/29(日) 15:10:48
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最終更新:2017年02月10日 20:56