256: 333 :2017/02/02(木) 01:00:29
ハニア連邦スーメイ星系
惑星ハニアの住民は恐れおののいていた。
天を仰げば薄暗い。雲が陽光を遮っているのではない。
帝国の大艦隊が、惑星上を覆っているのだ。
人類史上比類なく強大な帝国。その戦力の多くがここに集まっている。
自国の指導者がこんな者たちを相手にしているということ。
帝国の力よりも、その事実こそが何より恐ろしかった。
そして安堵する。
この力は、今や自分たちを守るものなのだ。
もはや人類統合体にうるさく口を出されることもない。
髪を青く染めるだけで”裁判”にかけられることもない。
自分たちの貴重な血税を宇宙に吸い取ることもしない。
スーメイ人は惑星上での生活を、ただそれだけを望んでいた。
フローデ達の憂鬱 第三章
ソトフェール・ファーゾト
千年前、アーヴ達が最新の科学で解き明かした平面宇宙理論をスーメイ人は全くの偶然から見つけ出した。
ファズ・ファーゾト
アーヴはその思想…即ち宇宙空間はすべて自分たちのものだという考えから平面宇宙航法技術を独占したが、スーメイ人は違った。
人口増大を移民で解決するために居住化可能惑星の開拓を進めると同時に、人類が居住している星系を見つけると可住惑星を代価として
ファーゾス
平面宇宙航法を売って回ったのだ。
後にスーメイ人達はそれが自分の移民先を結果的に減らす行いだと知るものの、それまでに平面宇宙航法を買った星系は約二十。
アルコント星系とヤコブ星系、のちのセンタール星系もそうした星系だった。
ハニア連邦と人類統合体、拡大アルコント共和国という三カ国もの首都がごく近くにあるのにはこうした事情がある。
そしてそのうちの一つ、スーメイ星系が無傷で手に入ったのは帝国にとって間違いなく福音だった。
フラサティア ベーシュ
二つの時空泡発生機関製造列(ヴォーグとヌルテューンの名が与えられた)に大規模な反物質燃料製造工場。
フリューバル ロール ナヘーヌ バーシュ
帝国のそれに比べれば小さいものの造船廠に加えて娯楽を提供する地上世界、さらには使用者が地獄に落ちて使われなくなった軌道都市
までも。
宇宙を軽視していたとはいえ、元は一つの星間国家の首都だったのだ。軍事拠点としては申し分なかった。
重要性の高い建造物は分解したうえで帝都へ。そうでないものは帝国の規格に合わせて改装する。
そうして三年かけて星界軍の一大根拠地に仕立て上げたのだ。翔士や従士が遊ぶための施設には事欠かなかった。
ここにはあらゆるものがある。運動場や自然庭園などの健全な娯楽施設。
そしてもちろん不健全な娯楽施設もある。
257: 333 :2017/02/02(木) 01:01:59
「ちょ、ちょっとサムソンさん。まずいんじゃないですか、こんなところ。」
ヤルルーク・ドリュール
「おや伯爵公子閣下はおれのような下賤な者の遊びには付き合えないかね。はぁ~そりゃあ残念だ。」
作戦開始まではまだ数日ある。
ボスナル
そのため星界軍は後方のこの基地に、交代で軍士を休ませているのだ。
それには艦艇を出撃前に調整するという目的も含まれていた。進撃途中で故障にでもなったら置き去りにするしかないのだ。
軍士ならだれもが楽しみにしていたスーメイ星系での休暇。
ジントは最初ラフィールと過ごそうかと考えていたのだが、しかしそれは寸前になって取りやめになった。
ロダイル
そこに彼を誘ったのが同じフリーコヴの翔士であるサムソンだったのだ。
彼は地上での楽しみ方を心得ていた。
惑星ハニアに半ば強制的に連れていかれたジントを引っ張ってサムソンが向かったのはいかにもいかがわしい店の連なる場所だった。
「いや、そういうわけじゃ…だいたい僕はスーメイ語なんてできませんよ。」
「なに、そりゃおれだって同じだ。しかしこういう従士向けの商売をしているところはアーヴ語が通じるんだよ。」
スーメイ語のやたら複雑な文字が暗闇のなかで踊り、卑猥な絵が所狭しと並ぶ。
サムソンはそれらに目をやっていたが、ふと足を止めると一つの店を見上げた。
「うん、ここがいい。ここにしよう。」
どうやら店を選んでいたようだが、ジントにはこの手の良し悪しはわからなかった。
中に入ると見目麗しい女性が受付をしていた。
目はぱっちりとしていて愛嬌がある。細い鼻梁、赤い唇。女性的な色気をこれでもかと醸し出す体は細かい装飾で飾り立てられている。
「ご注文はいかがしますか?外見から性格まで選べますが。」
性格まで、の言葉にジントは驚愕した。
人工人格を作るのは現代の情報技術をもってすれば難しくない。遊園地の遊具にまで組み込まれているくらいなのだ。
しかしこと人間の人格となると途端に難しくなる。どうしても融通が利かない性格になってしまうのだ。
それを選べるということは、この店の人工人格はアーヴ製だということだ。
宇宙広しといえども、こればかりはアーヴの種族的優位がなければならない。
外見が選べるのも、その場で組み替えているのだろう。人形としては最高級品だ。
「やったぜ、当たりだ。ああ、おれは褐色系の子で頼む。性格は活発なのにしてくれ。」
「かしこまりました。そちらの方はいかがしますか?」
女性の目線が向けられる。
しかしジントはそれどころではなかった。
こんな店自体初めてなのに自らの性癖を晒すようなことをできる程、彼の神経は図太くなかった。
「なんだジント、迷ってるのか?だったらおれが注文してやる。そうだな…青黒い髪の子で、性格は高飛車だ。」
「かしこまりました。しばらくお待ちください。」
そういって女性は黙り込んでしまう。
エーフ
おそらく思考結晶網で連絡して人形を注文通りに作り変えているのだろう。
そこでジントは初めて彼女自身が人形であった事実に気が付いた。
だがその直後、サムソンが言った言葉を反芻して慌てる。
「ってサムソンさん!なにを勝手に…。」
「おいおいジント、こんなところで隠し事はなしだぜ。今日は男同士胸襟を開こうじゃないか。」
何を言っても暖簾に腕押しのサムソンに悟る。
これはもう流れに身を任せるしかないな…と。
258: 333 :2017/02/02(木) 01:03:56
ローワス
ラフィール十翔長は緊張の頂点にあった。
フォフローデ
なにしろ先の戦いで名を馳せた名将、レンド大提督(戦いの後昇進した)に呼び出しを受けたのだから。
ファサンゼール
皇族が緊張するのか?もちろん緊張する。しかしこの場合は相手の立場が故ではない。
ロダイル
一翔士に過ぎない自分が大提督に呼び出されるなど、なにか致命的な失態をしたとしか考えられなかったからだ。
「フッ。そう緊張するな。取って食いやしないさ。」
アーヴらしく若々しい外見だが、纏う空気は威厳に満ちている。
レークルジェ・レンダル
ラフィールは一瞬、嶋田公爵家の始祖を幻視した。
レークル・レンダル ルエ・ボーシフ
先代の嶋田公爵は帝国宰相まで上り詰めた傑物だが、どうやら彼はそれ以上のようだ。
「あ、あの。私は何か失敗をしてしまったのでしょうか?」
考えていても仕方がない。
藪蛇になるのを覚悟でラフィールは尋ねた。
だが返ってきた答えは脈絡もないものだった。
ファピュート
「何。少し領主としての心得を教えておこうと思ってね。」
「は…はあ。」
ベール・パリュン
確かに自分はパリューニュ子爵としての地位も持っている。
ファサンゼール
皇族たるもの領地経営の経験を積むべしという考えからだが、今は放置している。
スィーフ リューク リビューヌ
貴族が士族と違うのは領地を持っているかどうかだ。
アイス
領地の中でも有人惑星を保有する星系が邦国と呼ばれる。
ベール
子爵は有人惑星を持たないが、惑星改造で居住可能な惑星を持っているのだ。
だが自分が領主として仕事をするにしてもまだ当分先の話のはず。
かつてに比べて格段に早くなったが、それでも惑星改造には30年はかかるのだ。
クファリア
「領主代行に必要なのはとにかく事態を穏便に済ませることだ。場合によっては棚上げするのも望ましい。あくまで一時的なもの
なのだからな。厄介な問題は後任に任せればいい。」
また話が飛んだ。
ラフィールは先ほどから混乱しっぱなしだった。
それは期せずして同時刻のジントと同じ境遇だった。
スピュネージュ
戦争で新たに手に入れたり、何らかの事情で貴族を封じるのが適切ではない場合は名目上皇帝が領主となり事実上直轄領になる。
トセール
この場合領地経営をするのは代官なのだが、この措置が間に合わない場合は領主代行がおかれるのだ。
アローシュ
帝都から熟練の官僚が送られてくるまでの間、大過なく治めて引き継ぎをする。
領主代行の役割はそういうものだった。
暫く細々としたことを教えられたラフィールは腑に落ちない感情を抱きながら別れの時間を迎える。
「おっと、もうこんな時間だ。それではラフィール十翔長、期待しているよ。」
「ハッ。ご指導ありがとうございました。」
結局何だったんだろう。
彼女は疑問に思いつつも、休暇に戻ることにした。
ラフィールがレンドの言葉の意味を完全に理解するのは、最初に征服した有人星系の領主代行を押し付けられた時だった。
なおレンドはこの後、「苦労は部下と分かち合わねばならないな」と上機嫌で部下に零したという。
259: 333 :2017/02/02(木) 01:04:28
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最終更新:2017年02月10日 21:31