305: 時風 :2017/01/27(金) 00:12:19
大陸SEED ネタ
支援SS Zの咆哮 ––第二話–– 「NT meet NT」
「…………」
はらり、はらり。ページをめくる音と、僅かに響く艦……ニカーヤの推進音だけが耳の中に伝わってくる。
その音に僅かながらの心地よさを覚えながら、俺は目に映る文章を視線で追う。
文章の内容は、哲学。
人間はどう生きるべきかとか、世界の真理はどうとかを難しい言葉で語る言葉だ。
カント、ヘーゲル、アリストテレスといった哲学者の書物を本棚から引っ張り出して読んでみると、中々に面白い。
特に自分はニーチェが気に入っている。『神は死んだ!』などと欧州–––––––清廉なキリスト教徒が聞けば卒倒するようなエキセントリックな言葉を放ちながら、人生に意味はない、しかもその人生は永劫回帰、無意味なまま繰り返されるのだと言い切った哲学者。
その無意味な人生の繰り返しを、「ならばもう一度!」と、力のままに生き抜いていく者達を彼は『超人』と定義したのだ。
––––––––人生を、繰り返す。
それは、俺たちのような転生者を想定しているかのような言葉だ。
生き抜き、死んだと思ったらまた次の生を与えられ、そして死んで繰り返す。
どこまでも終わらない輪廻の輪。安息はなく、記憶だけが積み重なり、初めましてで始まる再会など幾らでも経験する。
死んだ後の世界がどうなったのかも解らず、自分達の立ち位置はまさしく泡沫、夢幻のようですらあり……己が繰り返す意味すら判らない。
それでも狂わずに入られたのは–––––––同類がいたからだろう。
––––––––
夢幻会には、転生者達が集まり、新参が来て、いつもの如くネタにまみれた話をしながら国の方針を決めていくのだと、初めて自分を会合に連れて来た先輩転生者が言って、いつの間にか自分が後輩にそう言っていた。
これまでもそうだった。
お前あの時パイロットか!と言いながら肩を叩いてくる人がいて。君がいたから助かったのだと感謝を告げてくる人がいた。お前がいなかったからホントに苦労したんだぞと酒の席で絡んで来た人もいた。
自分のことを、覚えてくれる人がいて、そして誰にも語ることのできない前世のことを、腹を割って話すことができる。
それは、きっと素晴らしいことなのだ。
人は人がいなければ、人間として生きていくことなどできないのだから。
最も、未練はある。例えば、投稿サイトで書いていたガンダムの二次創作を完結できなかったことや、追っかけていたZ乗りの二次創作の作品の完結を見ることができなかった事とか。
そんなことを思いながら、ページを読み進めて。
「……入ってもいいか?」
自動ドアの外から、凛とした声が通る。
「ああ、良いぞ」
文に目を通しながら答えると、足音が部屋の中に入ってくる。
視界の隅に、銀の髪が映る。水希だった。
「相変わらず本をよく読むな、君は。自主訓練はしないのか?」
「訓練はしっかりやってる。やり過ぎたら身体を壊すから、本を読みながら休息してるのさ」
そう言いながらページをめくっていると、本に手をかけられた。
視線が合う。彼女の青の瞳と。
「……なんだ」
「いや、君が何を読んでいるのか気になってな。哲学と小説を嗜んでいることは知っていたが……」
微笑みながら、水希は視線を俺の部屋中に巡らして。
「こうも本だらけとは思わなかった。君みたいな年頃なら、まだ同人誌などを持っていても良いと思うのだが」
–––––––––ラノベならまだしも、誰が同人誌を艦の中に持ってくるか!などとは言えなかった。実際、自分の同期の何人かはそういう趣味を持ってる人もいるし––––––現に自分もその一人だが––––––夢幻会にだってそういうものに心血を注ぐ人は大勢いる。
「一応、俺だってゲームくらいはこの部屋に持って来てるぞ?狩人
シリーズとか、鴉の戦場とか」
「アレは一時期死にゲーとして話題になってたな。高速感が堪らなかった覚えがある」
306: 時風 :2017/01/27(金) 00:13:50
話しながらの列挙になるが、辻本大蔵大臣とかはお嬢様学校を増やすことをライフワークにしてるし、例のあの人は邪気眼持ちだし、なんか会合の映像でハンカチ噛んでたし。
まぁこれは言ったところで、誰も信用しないだろうけど。
心中でそう茶目っ気を出しながら彼女を見る。
銀髪。青の眼。そして整った体のバランス。
……掛け値無しに美人だ。
過去、平成の世で平和と娯楽を謳歌していた頃の自分が銀髪萌えだった––––––もちろん、今も銀髪は好きだ–––––––こともある程度拍車をかけているのだろうけど。なんとなく、孫を可愛がるような感覚で見てしまう。転生を繰り返した故なのか、ある程度肉体年齢には引っ張られるけど、そういう根本の老成さが抜けきれていないのかもしれない。
「……鼻の下も伸ばさんとは。欲が死んでるんじゃないか?」
「伸ばしてたら軍法会議ものだろう。大尉にぶん殴られてお陀仏だ」
なぜか呆れたように言ってくる彼女に対して俺は両手を挙げておどけてみた。これでも精神年齢は百を超えているのだ。欲求を抑えることなどとうに慣れているし、それに。
「……今はMSに乗れるだけで幸せだしなぁ」
とりあえず納得したのか、本棚に並べられた本を吟味している彼女を軽く見て、小さく呟く。幼い頃に父と見たガンダムの映像が脳裏に浮かぶ。
強く、雄々しく、宇宙(ソラ)を駆ける鉄の巨人。有り得ないことだと思っていた。二回の前世で戦闘機乗りに、そして今世でMS乗りになれるなど、転生を経験する前の自分に言ったとしても信じないだろう。信じられるわけがない。
ましてやZガンダムに乗っているなど狂喜乱舞を通り越して卒倒しそうだと、俺は軽く苦笑して。
「……よし、これにしよう」
水希が一冊の本を持ってきて、表紙をこっちに見せてきた。
「……マキャヴェリか。良い趣味してるな、水希少尉?」
「一度は紙媒体でこれを読んで見たかったのさ。……貸してくれるか?」
「勿論。福田少尉とかも本は借してるしな。誰かに貸すなら、他の誰かにも貸さないと不公平だろ?」
伝えて。
「そうか……そうか。助かる」
そう言いながら、彼女は目を輝かせながら部屋を出て行った。声も少し弾んでいて、それに。
「笑顔、綺麗だったな……」
初めて、水希の満面の笑顔を見た気がした。
■
–––––––宇宙(ソラ)を見る 今日も今日とて漆黒の 蒼には見えず 溜息を吐く
「…………なんだ。そのわけ分からん短歌は」
「いや、ちょっと心に思ったことを言ってみただけ」
水希のジト目を軽くかわしながら、もう一度小窓から宇宙(ソラ)をみる。
黒、黒、黒。あいも変わらず漆黒だった。最近、蒼にはちっとも変わりはしない。
––––––––なんだかなぁ。
自分の短歌に関する絶望的なセンスのなさも少し影響したのか、少しばかり憂鬱な心持ちになりつつ、緑茶を飲む。茶葉の苦味と絶妙な味わいが喉を通って、身体に酸素を入れてくる。この美味しさは格別だ。炭酸も良いけど、気持ちを入れ替えたい時や、落ち着きたい時はコレを飲むのが一番良い。
もっとも、半ば経験則のようなものだけど。
「そういえば、水希は元々どこの所属だったんだ?」
軽く問いかける。話題を変えたかったのもあるけど、単純に興味があったのも事実だ。
これでも俺はア・バオア・クーの防空本隊に開戦時からいたし、多くのパイロットと顔を合わせたが、彼女の名前はとんと聞いたことがない。ここ(第十六広域特務部隊)にいる以上、そこそこ名が通ったパイロットであるはずなのだが……
「私か?元はオーストラリア所属だよ。アフリカ反攻作戦にも少しだけ参加したが、まぁあまり活躍はできなかったな」
こちらが狙撃する前に、三連星や他の連中に獲物を尽く取られてしまったのさ。
肩をすくめながら彼女は微笑んで、コップの冷水を飲んでいくゆっくりと水を喉に流し込む行く光景と、制服の下に覗く鎖骨がどことなく艶やかに見えてくるのは男の性というものなのだろうか。
307: 時風 :2017/01/27(金) 00:15:18
「そういう君は、ア・バオア・クーの防空本隊所属だったな。膠着状態の中を一年も宇宙で缶詰は辛くなかったのか?」
「そうでも無いな。実機での模擬戦やシミュレーター戦でもやってれば気は紛れるし、交代で観光コロニーとか、ムンゾでの休暇とか、仲間と雑談をしていたら自然と時間は過ぎていくから。それに……ウチの部隊は色々と駆り出されること多かったし」
若干遠くを見て、小さく笑う。声が乾いていた。いやもうホントに、サンダーボルト師団との合同任務に駆り出された時は何回死にかけたか分からない。あのデブリの海に突っ込んでいく連中の気が知れないと思いながら必死に操縦していて、あの時ほど自分の勘の強さというか、前世で戦闘機乗りだった頃にやった超低空飛行での連続ローリングシザースをやった––––––模擬空戦の時に西澤中尉に谷底に追い込まれた瞬間は本当に死ぬかと思った–––––––経験に感謝した日はなかった。
……その後、イオに転属を勧められたが、強く、けど優しく断っておいた。アイツのFAガンダムの機動に付き合ってたら命がいくつ必要か分かったもんじゃない–––––––何故かとても名残惜しそうにしていたのが印象に残っていたが。
「……色々と、大変だったんだな」
なぁ水希、生温かい目でこっちを見ながら緑茶を寄越さないでくれるか?そういう気遣いは逆にこっちが傷つくものなんだ……
そう思いながら、苦笑いを隠せずに緑茶を受け取った時だったか。
「––––––––––」
「? どうした?」
奇妙な音がした。風が吹き抜けるような、虫が囁くような。
「……呼んでいる?」
俺は小窓に近寄って、宇宙(そら)を見た。呟きが漏れ出す。
見えたのは一隻神風型ミサイル駆逐艦–––––––老朽化が進む中でなお前線部隊への補給任務などに大きく貢献している船。たしか、あの艦の名は『冬風』だったか。
その小窓から、視線が離せなかった。まるで磁石が惹かれ合うように。
––––––––まさか、な。
「ああ。『冬風』が来たのか……ほら明人、格納庫にいくぞ。待望のインコム付きドーベン・ウルフの到着だ」
そう言われながら、彼女を肩を引かれ、一瞬の忘我から振り戻される。
「ん、悪い。ああ……そのドーベン・ウルフのパイロット、誰だったかな?あの時も、聞く前にブリーフィングになったから分からずじまいでさ」
「ああ、言ってなかったか」
寝ぼけているような、そんな感覚を振り払いながら彼女に尋ねる間に、俺の手は手すりを掴みかけていて。
「……レイチェル・ランサム少尉だ」
「?!」
手が滑って、その勢いのまま壁に頭をぶつけてしまう。衝撃。ガツンと頭に響く。
「いっ……つぅ!」
思わず蹲って、視界が回る。まるでダンゴムシのように。ああそうだ、ここ重力ブロックの少し前だった……!
「……大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫だから……!」
こちらを気遣うかのように言った言葉に返しながら、なんとか手すりを掴む。ガンガンと響く頭を抑えながら、見えないように頭を抱える。
レイチェル・ランサムかぁ……
まさか、かのGジェネ三人娘の一人とも言われる美少女が俺たちの艦に来るなど誰が思うだろうか。
––––––会合の時にまたハンカチを噛まれそうだと心中で苦笑しながら、立ち上がって、彼女について行く。
向かう先は–––––––格納庫だ。
308: 時風 :2017/01/27(金) 00:16:30
「おいそこ!このパーツは左端に持ってけ!MSの格納スペースが減っちまうだろ!!」
「ミサイル系はもっと奥だ奥!誘爆で吹っ飛ばされたいのか!?」
「日用品はさっさと運んでくれ!後がつっかえてる!」
「間違えても右には機材吹っ飛ばすなよ!パイロット連中が新人来るの待ってるんだからな!」
「おい主計課!この補修資材の量間違ってないよな!?間違ってたら宇宙(そら)で水泳させてやるぞ!!」
俺たちが格納庫に着いたのは、『冬風』がニカーヤに接舷、補給作業を始めた少し後だった。
整備兵達がてんやわんやの大騒ぎをしながら、あのパーツはココ、このパーツはそっちと手際よく配置したり、『冬風』の補給担当者に不備がないかを確認したりと、まさしく『もう一つの戦場』と呼ばれるに相応しい様相を呈していた。
「大変だな……」
「けど、彼らが頑張ってくれるから俺たちは戦闘に集中できる。感謝しても仕切れないよ」
あとで差し入れでも持っていくべきだろうかと考えながら視線をめぐらして、近藤大尉を探す。
いた。他のパイロット達も集まっている。
「俺たちが最後だったかな?」
水希と一緒に苦笑しながら向かって、声をかける。
「すみません。遅れました」
「おっ、来たか。気にすんなよ、まだ補給作業が始まって五分も経ってないからな」
軽く頭を下げながら、周りを見る。どうやら、俺たちがいる場所は『冬風』と『ニカーヤ』のドッキングベイのような位置にいるらしい。
物資コンテナは『冬風』のオッゴやハイザックが運搬、人員はここから直接移動させているらしい。
「新人、遅いですねぇ……」
「藤村、あまりそういうな。この補給作業の中来るってのは相当度胸がいるだろう?……お前だって、ここ来るときにコケたよな」
「な、それを今言うのか!?」
仲間がいた……!
自分以外にもテンパってミスをした人間がいるとやけに安心できるようになってしまったのは、転生をしてきた人間の性なのだろうか。
違うだろうなと思いつつ、扉に向けた視線を何回か上下に動かす。トン、トンと誰かのつま先が床を叩く音がして。
「来た」
感覚が、それを告げて来た。
ドッキングベイと『ニカーヤ』を繋ぐ扉が開く。
敬礼。一糸乱れず、新しい仲間を迎え入れる。
「村雨研究所からの出向で本日付でニカーヤ隊に配属されることになりました。レイチェル・ランサム少尉です。これから、よろしくお願いします」
「ニカーヤのMS隊隊長、近藤英治大尉だ。本官の入隊を歓迎する」
309: 時風 :2017/01/27(金) 00:17:04
ああ、やっぱり。
予想通り、というような感情が心中に漂って来る。
褐色の肌、自分にはあまり判断がつかないが、どちらかといえば黒に近い髪。あどけなさが残りながらも強い光を宿した青の瞳。着こなされた軍服。
服装こそ違うが––––––間違いなく、Gジェネレーションのレイチェル・ランサムだった。
インコム搭載型のドーベン・ウルフ。そのパイロット。
原作とは違い、人道的にニュータイプ研究を行っているこの世界の村雨研究所からの出向は、実を言うと意外と多い。アムロやアフリカ反攻作戦で活躍した『女帝』ハマーン・カーン大尉がそこの出身だと言えば話は早いだろう。
……即戦力という言葉が、頭の中を走るように浮かんで来る。
……嫌なものだ。歳をとり、転生し続けながら軍に居続けると、相手がどれだけの技量を持っているかで判断してしまう。
……ニュータイプの価値基準は、そんな薄汚いモノで測れるほど小さくはないというのに。
「坂川水希だ、よろしく頼む」
「はい。同じ女性パイロット同士、仲良くしましょう」
横で美人同士が握手を交わしている様を見ながら自己嫌悪に浸っていると、彼女……レイチェルが俺の目の前に来た。
「笹原明人少尉だ。Zガンダムのパイロットをやっている」
「よろしくお願いします」
……無言だ。彼女の目が、こちらを見据えて来る。
沈黙、何秒かの時が流れて。
「貴方は、同じなのね」
一歩前に出て、そう言いながら、手を出してくる。
「あんまり自信はないけど」
苦笑いをしながら握り返す。
僅かな感覚––––––シンパシーのようなものが走る。
「ほら。やっぱり同じ」
どこか嬉しそうに、彼女が笑う。その姿はどこか年相応で、戦場には不釣り合いにも思えるほどの美麗さがあった。
その後、他の部署の担当の人への挨拶などを済ませた彼女が、大尉に提案をしていた。
「近藤大尉、艦の中を回っても良いですか?」
「ああ、構わないぞ。艦には早く慣れて欲しいからな」
ありがとうございますと言いながら、彼女が俺の横を通り過ぎていく。また話そうねと、言い残して。ふわりと揺れた髪が、視界の隅に動いていく。
「………」
「なんだなんだ?見惚れてたのかぁ?」
「違いますよ」
言いながら、後ろ姿を見る。何処と無く嬉しそうな、楽しそうな背中が奥へ消えていく。
––––––––同じ(ニュータイプ)、か。
「なんだかぁ……」
「よーしお前ら!解散!格納庫で自分の機体の設定をいじるなり自由にやれ!ただし補給作業の邪魔はするなよ!良いな?」
了解と、いくつもの声が響いて、仲間達が思い思いに動いていく。
「大尉」
「ん?どうした笹原。レイチェル少尉のことが気になるのか?」
「気になると言いますか……迷ってないか心配なだけです」
そういうと、大尉は少し笑いながら背中を叩いてきた。音は立ったが、痛くはない。それにサムズアップまでしてきた。
––––––––行ってこい、ということなのだろうか。
声には出さずに感謝を告げて、格納庫を出ていく。
道に迷っているか、走ってでもいなければあまり遠くには行っていないはずだ。
まぁ、そうは言ってもやはり気にはするもので。自然と足は早歩きになっていき––––––––。
「あ」
見つけた。重力ブロックの廊下、いつも自分が宇宙(そら)をみていた小窓の一つ。
彼女も、そこから宇宙を眺めていた。
悠然と、それが当然であるかのように。
「……来てくれたんだ」
こちらを見ずに、彼女が言う。音は立てなかった筈なのだが。
「もし君が同じなら、ここに来ると思ってた」
軽く言って、彼女の隣に立つ。見えるのは、漆黒の宇宙(ソラ)。
「君には、どう見える?」
「とてもキレイな色よ。蒼だって、黒だって」
見透かすように言って来て、少し驚いた。迷わずに、蒼と答えるものだと思っていたから。
「貴方は優しいのね」
「まさか」
否定する。自分が優しいなどと。優しいのなら、軍人になどなりはしない。
「本当よ。アムロさんや、ハマーン姉さんと同じ。太陽や空みたいに、暖かくて、包み込んでくる感覚があるもの……どっちかと言われたら、空?」
「そう思ったのは、同じだから?」
軽く苦笑いを浮かべながら、聞く。皮肉を言っているように思われるかもしれないけど。
「先輩の言葉は信用できないですか?笹原少尉」
「……お手上げだよ、ランサム少尉」
悪戯が成功したような笑みを浮かべた彼女を見て、小さく両手を上げる。
確かに、自分が相手にどんな感覚を与えるのかなど分からないのだから、信用するしかない。
それに、太陽や空と言われて悪い気はしなかったから。
310: 時風 :2017/01/27(金) 00:18:16
「あ、私のことは、レイチェルで良いですよ。堅苦しいのは、嫌いですし」
「なら俺も明人で。敬語もなしだ」
多分だけど歳も近いだろうから。互いに笑い返して、無重力の浮遊感に身を任せながらまた小窓を見てみる。
「……アキトは、宇宙(ソラ)を何色で見ているの?」
「黒ときどき蒼かな。まだまだ発展途上らしい」
自嘲するように笑みを作りながら言う。
個人的な考えだが、戦闘中に走る直感が恒常化してくれると、闘いが有利になるのだが……。
……いけないな、この考えは。
戦いの中でニュータイプの在りようを示しすぎるのは良くないと、また考えを振り払う。自分が人の革新だと自惚れる気はないし、ニュータイプ自体、人間であることに変わりはない。が、この優しい力を人殺しだけに使いたくないという思いもあった。
きっと、それ以外の使い方も数多くあるはずだから。
–––––––既に手遅れなのかもしれないし、人殺しを生業とする軍人がそんなことを思ってはいけないのだろうけど。
これは、『機動戦士ガンダム』がなによりも大好きだった自分が持つべき意地でもあった。
「……ねぇ、アキト」
「ん……?」
しばらく宇宙を見ていたレイチェルが、こちらを向き、手を差し出してきた。その眼差しは、いかにも真剣そのもので。少し、微笑んでいた。
「一緒に、見てみる?」
その純粋さを信じて、 手を重ねた瞬間。
「……!」
宇宙(ソラ)を見た。どこまでも青い宇宙を。星の瞬きを入れてなお輝く蒼を。幻想的で、どこまでも穏やかな光景を。
–––––––いつかアキトも、一人で見ることができる景色だよ。
言葉が走る。共鳴現象だとすぐに分かった。
美しい青。空とも、海とも違う。
瞬きは、生命(いのち)、なのだろうか?それとも刻?
–––––––どう?
「綺麗だよ。言葉にできないくらい……」
言葉を失いかけながら、感嘆する。ここまで綺麗な宇宙(そら)は確かに、今までで一度と見たことがない–––––––。
–––––––良かった。一緒に見る人は、怖いって思うこともあるらしいから。
怖い。そうか、怖くなるのか。
どこか他人事であるかのように、上の空で考える。確かに、いつもと違うものを見せられれば、多くの人は戸惑うだろうし、怖がるものもいるだろう。
そんなことを思っている間に……景色が黒に戻った。
「……!レイチェル!?」
腕が下に引っ張られて行く感覚。悪寒に従って引き上げる。
レイチェルが、うなだれていた。視線が下がっていて、息が乱れ、額にも汗が浮かんでいる。もちろん、俺が握っていた手も……
「少し、疲れちゃった」
共鳴現象の疲労だと、すぐに分かった。同時、誘惑に負けた自分を殴りたくなってくる。視界の共有や共鳴は負担が大きいと分かっていたはずなのに。
笑みもどこか、強がっているようだ。
「大丈夫か?立てるか?」
「うん。心配しないで…私だって、パイロットだから」
そういう問題じゃないと言いたかったが、直前で彼女はこちらの額に指を当てて制してくる。
……内緒にしろってことか。
今日の出撃はないと大尉が言っていたから良かったものの、こんな状態で戦闘など起きたらたまったものじゃない。
……自分も、少し気をつけないといけないな。
そう思いながら、どうすべきかと考えていた時だったか。
311: 時風 :2017/01/27(金) 00:19:08
あ、いたいた。笹原少尉ー!」
「んあ?」
声がした。誰かが近づいて来る。
確か、彼は……
「新村(にいむら)伍長か」
「はい!笹原少尉に、新装備について説明がしたいと、『冬風』に同乗していた技術士官が……」
「新装備?」
呟いて、首を捻る。確か、補給物資の中には目新しい新装備はどこにもなかったはずだが……。
「なんでも、新型ビームサーベルの試作品らしいですよ?少し注意点があるらしいので、それを解説したいと言伝を頼まれまして」
「なるほど。すぐに行くと伝えてくれ」
「はい!」
きびきびとした動きで、彼が格納庫に向かっていく。その要領の良さや真面目さで班長らに使い走りをされているだけはあるということか。まるで嶋田閣下だ。まぁ、あの人は使い走りというよりは最高の調整者だが。
さて。
「俺は格納庫に行くけど、どうする?ついてくるか?」
とりあえず、彼女に聞いて見る。なんというか、「ほっといたら不味い」という直感があった。無理をしそうというか、そんな感覚。
彼女は少し考え込むように下を向いて、言う。
「えっと……じゃあ、アキトのZガンダムを見に行っても良い?」
「?……まぁ、良いけど」
軽く首を傾げながら答えて、床を蹴る。無重力の軽さが、まるで水泳のように身体を前に進ませて行く。
––––––よくよく考えると。この浮遊感を自分は何年も前にも感じたことがあった。前世の記憶が戻る前だったか。自分の身体が浮くことに驚きながら無邪気に飛び回って、慣れないように手足をばたつかせる父や母を見ながらこっちこっちと手招きしていた頃。あの時は宇宙(そら)を見ることそのものが日課で、趣味で、何よりも好きだったのだ。
–––––––いつか、来るのだろうか。
あの頃のように、綺麗な宇宙(そら)を見ることが、感じることが。そして––––––誰かと、その思いを同じくすることが。
「……どうなんだろうな」
そんなことは分からない。けど、分からないからこそ楽しみなのだ。その光景を見ようと思うだけで……また一つ、生きる理由が増えるのだから。
その為にも––––––––生き抜かねばならないのだ。
■
「つまり、この新型のビームサーベルは、ザクⅢのサーベルをZガンダムでも扱えるように改良した試作型ということですか」
「はい。試作型、という部分が味噌です」
「つまり……」
「データがないので、あまり長時間の鍔迫り合いは厳禁ですね」
「……そうですか」
––––––––本当に、理解が早いですね。
『冬風』に同乗していた村雨研の技術士官……椎名美沙技術少尉は、目の前で己の説明を飲み込んで、がっくりと肩を落とす笹原明人という年若いエースに対して、感嘆に近い感情を抱いていた。
彼女は、転生者だった。平凡な、ガンダムが好きな研究員。それが今や夢幻会という某悪の組織のような、違う様な、転生者の互助団体に入っている。
その過程で彼女は村雨研に入り、ニュータイプと呼ばれる人たちの交流を持てたことは僥倖だった。それも、彼らと共に笑い合い、信頼し合うことができる関係になれたということは、ガンダムという作品を愛していた彼女にとって一生の宝物と言えるし、同時に……目の前の彼が同類で、自分の先輩だということも、夢幻会の会合で知ったのだ。
目の前の彼は、一を聞いて十を知っていく。十を聞けば十五の理解で飲み込んでいく。十で百を把握する天才には及ばないが、それはきっと専門外だから。
「ですが、笹原少尉なら使いこなせるというという確信が私にはあります。一技術士官として、あなたが提出してきたZガンダムの機動データを見れば、誰もがそう思うでしょう」
「データだけで分かるものですか?」
「それが技術士官の仕事でしょう?」
–––––––戦闘になれば、彼は一の情報で千の手段を考え、選択するのだろう。
彼はきっとそれができる。できなければ、エース(撃墜王)になどなれはしないと、ニカーヤにいるとされる笹原明人のことを調べるときに会話をした、前世で彼と翼を合わせたことがあるという転生者が言っていた。
『あいつは、西澤中尉や岩本少尉と同じだよ。彼らと一緒に戦って訓練して、休んで訓練して戦って、負けるかと食らいついていたら、いつの間にか最高峰の撃墜王に並ぶ程の腕になってやがるのさ』
本人に自覚がないのが困りものだがな。彼はそう言って緑茶を飲んでいたが、なるほど。今なら分かると、彼女は思う。
312: 時風 :2017/01/27(金) 00:19:47
気配が違うのだ、根本から。自分はパイロットでもないし、そんなものが分かるほど敏感ではないが、それでも……それでも、目の前の青年が異様だというのが理解できた。
人を斬り続けた剣豪、といえばいいのか。そんな言いようのない圧迫感を、こちらに向かってくる彼を見た瞬間に感じたのだ。鬼か、それとも剣鬼か。遠く離れているのに、目の前にいるような感覚。
けど、それに気付く人は殆どいないだろうとも、同時に思う。彼本来の人当たりの良さや人として持つ善性がそれを隠すのだと気づけるのは、彼をそういう人間だと前提で知っている人間か、あるいは同類(転生者)か–––––––ニュータイプ、だろう。
「それに村雨研と私は、あなたがニュータイプだという前提でここに来ていますから」
––––––––そういえば笹原少尉も、素質があるようでしたね。
『冬風』に同乗する前に見た資料に、確かそんなことが書いてあったと椎名は思い出した。
撃墜王が、ニュータイプの素質を持っている。もしそれが花開くとしたら、どれほどのパイロットになるのだろうか。
ニュータイプ同士が近くにいると、互いが惹かれ合うように力を高めていくのだというが……。
主任達は、そのデータを求めているのだろうか?
あるいは、この軍服が似合わない––––––即売会で着せられたロンド・ベルの隊服の方が似合っていたという意味で––––––青年の傍にいたほうが、彼女は生き残れるという結論を出した結果による親心なのか。
「中々、難しいものですね」
「……レイチェルのことですか?」
こちらの表情を見て察したのか、彼が尋ねてくる。
「ええ。レイチェルは大人しい子でしたから。けど、ハマーン姉さん達が闘うなら私だってと言って……」
「優しいんですね、レイチェルは」
「頑固なだけですよ。ニュータイプの在りようは、戦いだけではないのに」
自己紹介をする時に、互いに転生者であることはバラしていることと、周りの人が作業で夢中になっていることと、その騒音で声が掻き消される為にできる会話でもあった。
「ニュータイプは本来、戦争をする必要のない人間だと言われてますからね。あまり、その在りようを戦争で示しすぎるのは良くないのでしょう」
とはいえ、時代がそれを許さないのが困ったものです。そう苦笑しながら彼が言う言葉は、軍人であるがゆえの重みと、悲しさが入り混じっていて。
「……笹原少尉は、一番どのガンダムが好きでしたか?」
ふと、椎名は聞きたくなったのだ。
「逆襲のシャアですね。子供の頃に見てからずっと、あの奇跡に魅せられてきました」
そう言う彼の目は、どこか遠くの景色を見ているようで。
「彼らのようで在りたい、なりたい。そう思って、けどなれなくて……今こうやって、MSパイロットやって、Zガンダムに乗れるのが奇跡みたいに思えてならないんです」
そうだ。この目は–––––––憧れだ。どこまでも憧れていた存在と同じ所までこれたという一種の安堵や、もっと先に行きたいという思いの入り混じった目だ。
それを見て、彼女はふと確信した。そうだ、そうでなければありえないのだと。彼は、あなたは間違いなく––––––––––。
「あなたは本当に、機動戦士ガンダムが大好きなんですね」
「同級生だと、知らない人の方が多かったんですけどね」
照れ臭そうに笑う彼は、やはり年相応の青年にしか見えなくて、同時に思慮深さもあった。
なんてアンバランスなのだろうと、椎名は思うしかなかった。
こんな人が何回も人生を経験して、同時にその殆どを軍人として過ごしているなんて、と。
……けど彼は、きっと誰かを生かすために戦うことができる人だと椎名は信じて。
313: 時風 :2017/01/27(金) 00:20:31
「レイチェルを、どうかよろしくお願いします」
頭を下げる。一技術士官でしかない自分が頼むのもおかしな話だけど、それでも……レイチェルを妹のように思っている身として、頭を下げなくてはならないのだと思って。
「はい。軍人ですから」
彼の言葉で、身体が軽くなったような気がした。
「なら生き残って、いいデータを取って来てください。それが、これからの大洋の未来を左右するデータになりますから」
少し大人っぽく、椎名は笑う。彼なら、この言葉に含んだ意味がわかるだろうから。
「……これだから、技術屋の本音は聞きたくないですね」
苦笑しながら、彼は手を差し出して来て。それに自分の手を重ねて、離す。
そろそろ時間だろうから。
「頑張ってくださいね」
そう言いながら離れる。ドッキングベイまであと少し。交わすことができるのは、あと一言二言だけ。
「データの為に、ですね?」
「はい!データの為にです!」
言った瞬間に着いて、扉が閉まった。静寂。誰もいない。
けどそれが何よりも今は良いのだと、椎名は思った。なぜなら。
「まさか、あのセリフを言えるなんて、ね……」
今の自分はきっと、誰にも見せられないくらいの笑顔になっているのだろうから。
■
「素直じゃないというべきか、ガンダム好きというべきか……」
判断に迷うよなという言葉を、俺は口の中で転がしておく。
というか、さっきの掛け合いも咄嗟に反応してしまった感があったというか、まぁそんな感じというべきなのか……。
しかし、そう考えると……俺がアムロ役で彼女がモスク・ハン博士役、ということになるのか?
……似合わないなと思う。主に自分が。ガンダム乗りと技術者というのはあってるけど、原作のアムロほどあの時の場面を感情的に表せる気がしないというのもある。あの場面は、本音と建前が入り混じったやり取りの中でアムロがそれを理解しながら建前の方の理由を表にだして別れを告げるからこそ良い場面になるのであって……。
「アキト、終わった?」
声をかけられた。視線を向けると、レイチェルが泳ぐようにこちらに向かって来ていた。
「ん。まぁな……どうだった、Zガンダムは」
少しだけ笑いながら問いかける。彼女の顔が一瞬で喜色に変わって、感想を述べて来る。ヒーローに出会った子供さながらに。
「凄い機体ね。力強くて、暖かくて……本当に、奈々子の言っていた通りだったわ」
「奈々子の?」
「村雨研にいる仲間……ううん、妹みたいな娘よ。Zガンダムのことを聞くと、『ゼータは魂を表現できるマシーンなのだー!!』って、いっつも言ってたのよ?」
「へ、へぇ……」
––––––––その奈々子って娘、絶っ対に転生者だよな?
頬が軽く引きつる感覚がある。できるだけ悟られないようにはするが……無理かもしれないとも思って、心中で大きな息を吐く。
それにしても。同じ転生者が村雨研に、か。
どこなく羨ましいような、違うような感覚を抱きながらも、そろそろ終わり始める補給作業を眺めていく。コンテナが動いて、物資がプチモビで運ばれて行って、誰かの怒鳴り声が反響して。
–––––––SFになっても、こういうところは変わらないよなぁ。
そんな感情を抱いてしまうのは、この時間からずっと前の、第二次世界大戦の頃の補給とか整備のあれこれを自分の目で見て、機体の整備を手伝ったことがあるからなのだろうか?
「さて、それじゃ戻るか。これ以上長居しててもなんもないからな」
「うん。じゃあ、その前にこれ。班長さんたちからアキトにって」
肩を軽く回しながら床を蹴ろうした矢先、レイチェルから十何枚の紙を手渡された。
着艦ミスをしたわけじゃあるまいし、一体なんなのだと思いながら書類(?)に目を通し––––––––––なんだこれ!?
「専用カラーの意見書とかなにやってんだおやっさんたちは!?」
叫んだ。音で遠くには聞こえなかっただろうけど、とにかく叫ぶしかなかった。
「アキトはもうニカーヤ(ウチ)のエースパイロットで、ガンダムに乗ってるんだから専用色くらい塗りたくってもバチはあたらねぇだろーって、おやっさんが言ってたわ」
「いや、でも……えぇ……?」
俺がここに来てからまだ数日で、戦闘も何回かしかしてないけど、言いたいことは分かる。よく分かる。俺だって松永大尉が専用色に塗ってなかったら早く塗ってくださいと言いたくなるだろう。
けど、まさかそれを自分が体験する羽目になるとは……。
314: 時風 :2017/01/27(金) 00:21:55
「というか、赤とか青とかの単色じゃ目立ちすぎだろ……こっちは黒とか、なに考えてんだ?宇宙じゃ逆に目立たなくなるだろ……」
「目立つことは否定しないんだ?」
「目立たなきゃ専用色じゃないしなぁ……」
身もふたもない言い方だが、目立つが目立ちすぎず、かと言って地味ではない色が一番良いのだ。
で、個人的な観点から考えてどれが一番適任かというと。
「やっぱ白か……?」
単色じゃなくて、できれば青––––––群青色も加えたいところだ。白との組み合わせが映えるし、ウェイブライダー形態でも見栄えが良くなるだろう。
これが戦闘機なら、適当なノーズアートでも良かったが生憎、MS戦は目まぐるしい程の高機動戦闘が多い為、目立たないことがあるし、それを考えると、やはり専用色にでも塗りたくった方が良いとなるのが、大抵の撃墜王がMSに専用色を塗る理由らしい。多分。
まぁ戦闘機の時代、かのマンフレート・フォン・リヒトホーフェンは真っ赤な塗装と『目立てば敵が来る。そして空戦になれば私が勝つ』と言い切るほどの腕前でもってレッド・バロンと渾名される程有名となったし、『零戦虎徹』とか『ラバウルの魔王』とか『闘魂の塊』とか『デストロイヤー』とか、そんなものがなくても有名になるパイロットも大勢いたが……まぁ、これは割愛でいいだろ。
なんてことをうたうだと考えながら出した俺の結論は。
「よし、保留で」
逃げだった。聞いていたレイチェルがコケてるけどあえて無視。保留と決めたら保留なんだ。
「えっと……なんで?」
「う……」
そう言われると答えに詰まるけど……!
「ほら、大洋の白い流星とか、大西洋の血染めの暴風とか、ユーラシアの銀弾を持つ狩人とか!自分の機体色にちなんだ戦い方するのが多いだろ?ようはそういうこと!自分の戦い方はこう、な?とりあえず……」
「………………」
……頼むからそのジト目をやめてほしい。なんかいたたまれなくなる。
「……アキトが平均なら、私も含めてみんな素人になっちゃうよ?」
「ガハッ!?」
何故だか分からないが、時代が違うけどショットランサーを腹にぶち込まれたような感じがする。とても痛い。心が。
いや、平均ではないというのは分かるが、エースとしては変わりばえがないだろうということなのだが–––––––自信がなくなってきた。
今更になって、防空本隊にいた頃の仲間たちに変態機動、変態機動と言われまくったことを思い出す。確か、ドラッチェに乗ってた頃から散々言われてたんだよな……。
思い出すことといえば、俺が緒戦に於いての戦闘……一撃離脱の最中にジンが背後に来た瞬間、咄嗟の判断でコブラ擬きを実行、ジンを速度差で押し出し、スラスターに一撃かましながらクルビット、フォローに来たシグーの右腕をヒートサーベルですれ違いざまに斬り飛ばしたことだろうか。
やらなきゃ死ぬという直感の元に実行した一か八かの賭けだったのだが、戦闘が終わった後に俺のログを見た部隊の仲間達がドン引きしながら身体の調子をやけに心配してきた。何ともないのに。
……自分としては一撃離脱を効率よく、そして動きを直線的にしない為に工夫を凝らした結果だった、のだが……
–––––––––やっぱり、俺の機動はおかしいのだろうか?
315: 時風 :2017/01/27(金) 00:23:28
「自覚、あるの?」
「………え、っと……」
一歩、二歩とレイチェルが距離を詰めてくる。整った顔立ちや、目蓋までくっきりと見えてくる。
言葉が詰まる。不味い。そう思ってる間にも、彼女は距離を詰めてきて。
「なら、自信を持った方が良いよ。女の子は、カッコいい男の子の方が好きなんだから」
若干ふくれ気味に、人差し指を立てながらレイチェルが言ってくる。
「まだアキトの動きは映像でしか見たことはないけれど、それでも……他の人がエースと呼ぶくらい凄い動きなのは、よく分かるから」
「お、おう……」
……べた褒めされるのは、慣れてないんだよなぁ。
なんて思いながら、近づいてくる足音に気づいて視線を向けると。
「どうかしたのか?」
水希がいた。いつもの様に薄く、凛とした中に、いたずらっぽさを加えた笑みだ。
「いえ、なんでもないです」
「……そうか。なら、レイチェル少尉を士官室に案内しようか。この隊にいる間は、そこが自分の城だからな」
言って、彼女は俺のほうを向いて笑ってきた。
––––––俺の部屋の本棚が小説や哲学書ばかりなのをからかっているのか?なんて思いながらも、別の意味にも気づいて。
「了解。迷わないように、二人でエスコートしてやろうか?」
「戦場の船に来た令嬢を迎える気分で、か?粋なことを言うじゃないか」
「もう!私はそんな人じゃないよ!?」
言いながら、歩き始めた二人に追いついて、三人で共に移動する。
軽い雑談と、笑い話と、そしてMSの談義と。きっとこれから、三人でこうやって話す時が何度もあるのだろうと、小さく笑って。
生き残れば、これからもこの光景が続くのだろうと考えながら––––––––。
■
そんな俺たちの状況が動いたのは、レイチェルを迎えた歓迎会を皆で本格的にやって、その後に一通りの睡眠を取り終えた後だった。
「……で、だ。友軍の偵察艦隊がボアズ方面に出撃させたピケットMSがザフトの補給艦隊を捕捉、即座に位置をこちらに打電してきたのが0530、ブリーフィングが始まる八分前だ」
近藤大尉が映像板を指揮棒で示しながら、情報を表示させていくのを見ながら、重要な部分をメモに走らせていく。
一つは、今作戦の概要、もう一つはそれに至るまでの経緯だ。耳で聞いて、目で見て、そして手で文章に変えてそれを目にもう一度焼き付ける。そして、もう一つ重要なのが、敵の戦力。
「予想される敵部隊の戦力はローレシア級四、ナスカ級二、シャングリラ級輸送艦が三。そしてローレシア級二隻が曳航しているHLV四機だ。HLVには恐らく南米からの物資が満載になっているだろう。よって俺たち、第十六広域特務部隊に対して直ちにこの輸送艦隊を叩き、ボアズのパトロール艦隊との合流を阻止するようにとの命令が下った」
シャングリラ級輸送艦を表した赤いシルエットに対して、俺たちの乗るニカーヤから青の線が伸びていき、それを近藤大尉が軽く指揮棒で叩き、赤いシルエットに斜線が引かれる。
しかし、六機ものMSが艦載可能な船が計六隻……つまり、表面上わかる敵MSの数は三十六機。現代の戦闘機の部隊単位で表すと三個中隊に匹敵する大部隊ということでもある。
対するこちらの戦力は『冬風』の護衛の為に隊を一時離脱した高雄級強襲巡洋艦『白樺』を除くと、第十六特務唯一のアーガマ級『ニカーヤ』、残りの高雄型二隻である『筑波』と『鳥海』の計3隻。MSの数は十九機–––––ニカーヤはレイチェルのドーベン・ウルフを収容したことで現在の艦載数が七機になっている。アーガマ級は最大十機までは艦載できるが、その場合運用能力の低下が激しくなる––––––だ。
いくらこっちのMSの性能が優れているからと言っても、およそ二倍の敵を相手に正面からぶつかるのは避けたいし、最悪……
「シャングリラ級輸送艦を防空空母にしてる可能性があるな……」
呟いて、眉をひそめる。この想定が当たっている場合、敵のMSの数はさらに増えるだろうということが確定するのだから。良くて五十、酷いと七十からそれ以上のMSが直掩としているなど考えたくもない。もちろん、近藤大尉もそのことは分かっているようで。
「笹原少尉の言うことは最もだ。シャングリラ級輸送艦を物資ではなく直掩のMS搭載艦として使用している場合、我々の勝ち目はないと言っても良い。ので、少しばかり策を練ってきた」
言い、映像板の画面が切り替わる。ドライセンを模したシルエットがジンとぶつかっている間に、デブリの間をジグザグに抜けていくZガンダムのシルエットがザフトの艦隊に突き進んでいく映像だ。つまり……
316: 時風 :2017/01/27(金) 00:24:48
「今回戦場になる場所は、艦隊の水平面より少し上の部分に暗礁地帯が存在するのが特徴なのは知っている通りだろう。まぁ何が言いたいのかと言うと、だ––––––––俺たちが正面から敵のMS隊を派手に引きつけている間に笹原少尉のZガンダム、水希少尉、ランサム少尉のドーベン・ウルフ
で暗礁宙域を抜けて強襲をかけてもらいたい」
「……やっぱりな」
俺が軽く苦笑いをしている間にも、ブリーフィングルームがざわついていく。たった三機で大丈夫なのか。危険すぎる。そんな言葉が密かに飛び交っては小さく反響する。
「笹原少尉、暗礁宙域……デブリ帯を抜けた経験はあるか?」
「あります。サンダーボルト師団との合同任務で難度Aを経験しましたし、難度Bのデブリ帯の単独突破も行なっています」
ここにおける難度とは、どれだけデブリの数が密集しているかとその多様さをアルファベットで表したものだ。Aが一番高く、デブリ突破用の専門装備がなければ自殺行為と言われるまでの危険地帯、Bは専門装備が無い状態で挑戦できるシミュレーターの中でもっとも難易度が高い。夢幻会では有名どころと言えるサンダーボルト師団はその難度Aのデブリ帯への突入が恒常化している故に感覚が麻痺しがちだが、デブリ帯への突入は果てしなく危険な行為なのだ。
ごく僅かな破片やチリで機体の関節部などにダメージが入ることもあるし、最悪デブリに激突して黄泉送りという羽目になりかねない。
ただ特務部隊の場合、任務上デブリ帯への突入任務もあるので、ある程度以上のデブリ帯を突破できる技量は必要不可欠。彼らが懸念しているのは、そのデブリ帯に突入する機数の少なさだ。
「機数が少ない理由はドーベル・ウルフ二機による投射火力の高さとZガンダムの推力による部分もあるということを忘れるなよ?俺たちまで無理についていけば、明人たちの足を引っ張るかもしれんし、強襲が失敗する恐れもできるんだ」
仲間たちに釘をさすように近藤大尉が周りを見渡す。ざわめきが止まり、誰かが唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
ドーベン・ウルフの火力の高さはこの隊の誰もが知っているし、デブリ帯に突入する機数は少なければ少ないほど敵の熱源レーダーやその他電子装備には引っかかりづらくなる。
個人技巧に成否が左右される危険な作戦だが……NJによって引き起こされるレーダー障害を逆手に取った戦法でもある故に、リターンは大きい。
大尉たちの迎撃に出た敵部隊の混乱を誘いつつ、帰還できる母艦を失くすことで実質無力化させることができるのだから。
「坂川少尉とランサム少尉も、頼めるか?」
「問題ない」
「大丈夫です」
凛とした返答が響く。大尉が頷いて、周りを見る。
そして。
「よし!これにてブリーフィングを終了する!他の部隊にも作戦概要は伝達済みだ。五分後、0546に第一種戦闘配置がかかるまでに準備だ!以上、解散!」
「敬礼!!」
かけ声と共に敬礼をして、動き出す。一つの生き物であるかのように。
「すまん、笹原。重荷を背負わせるような……」
「近藤大尉。ガンダムに乗っている以上、こういうことはいつかあると思ってましたから大丈夫ですよ。気にしないでください」
軽く笑いながら、不安を吹き飛ばすように言う。言い方は変だが……ガンダムに選ばれた以上、こういう場面に遭遇するだろうことは想像に難くなかったのだ。それも、危険な任務が多くなる特務部隊となれば。それに。
「それにこの役回りを任されるってことは、俺がこの重荷を背負えると期待されてるってことですから。正直に言うと、嬉しいんですよ?自分は」
言って、頬をかく。自信満々に事を言うのは得意じゃないのだ。
けど、近藤大尉は少しは楽になっているようだった。
「嬉しいとまでいうなんてな。なら、生き残るだろうな?」
「もちろん。まだ死ねませんし」
「……OK、任せた。おやっさん達がせっかく専用色を考えてくれてるんだから、無駄にするんじゃないぞ、ついでに俺も混ぜてくれや」
「結局そうなんるですね……けどまぁ、了解です。任されました」
苦笑いを隠さずに、互いの拳を突き合わせてぶつけ合う。男同士の信頼、というやつだと思いながら、なるべくWR形態に似合う色を提案してくださいよと言って前を行く仲間達に追いつき、追い越して行く。
317: 時風 :2017/01/27(金) 00:26:15
レイチェル、水希の前に立って、言う。
「分かってると思うけど、タイムリミットはボアズからのパトロール艦隊が到着するまでだ。それまでにデブリ帯を突っ切って敵艦隊の真上から強襲、可能な限り暴れまわるぞ。時間との勝負になるから、一気に飛ばすぞ」
手短に伝えて、床を蹴る。
「レイチェル、実戦経験はあるか?」
「もちろん。敵も落としてるわ」
「よし。水希はデブリ帯を抜けずに真上から敵艦隊を狙撃。第一、第二目標はそっちに任せる。レイチェルは俺と共に突っ込んで直援のMSを撃破、撹乱しながら水希の狙撃に注意の向いた敵を優先して墜とせ」
「うん。多対一は、インコムでカバーする」
「たしか、無線式だったか。カバーは頼んだ」
壁を蹴り横の通路に飛んで、アームレイカーを引っ掴んで進む。
気分はフリージャズだと思いながら、先を見て。
「さて……攻めに行くぞ」
呟き、拳を握る。
自分たちから攻めて行くということに、程よい高揚感を覚えながら––––––––––
■
《くそ!くそっ!!なんで、なんで俺たちがこんな目にあわなきゃならないんだ–––––––––!?》
–––––––––戦場(ここ)は地獄だと彼が理解したのは、その瞬間だった。
連合の通商破壊艦隊から這々の体で逃れ、ネズミのように隠れ回りながらようやく、ようやくボアズからのパトロール艦隊と接触できるという時に鳴り響いた警報。
仲間達の叫びと、またかという悲痛な声を聞きながらMSに乗り込んだのが数分前。
正面から来る敵をナスカ級やローレシアにいるベテランの先輩方が足止めをする間に自分たちの輸送艦とHLVを曳航する艦はボアズに全速力で向かって、パトロール艦隊と合流する。自分たちは万一抜けた敵を防ぐ直援で、出番なんてないはずだった。
そう。
–––––––––敵が大洋でなければ、出番なんてないはずだったのだ。
悲劇の始まりは、真上から輸送艦をへし折ったビームから。
MSとHLVから取り出した物資を積んだ船が、艦橋も、機関部も貫かれながら爆発して。
現実を認識した次の瞬間には、桃色の光弾が仲間を貫き始めたのだ。
「–––––––––!!?」
一つ、二つ。三つ四つと放たれ、穿たれている仲間達。従うように来た黄色の閃光も、同じような正確さ。
散開しろと誰がが言った瞬間に、アレが、稲妻が突っ込んで来たんだ!!
そして今も–––––––ほら、また仲間が死んだ。
「あ、あぁぁ……」
《クソ!クソが!なんで当たらないんだ!ロックオンはしているはずなのに!!?》
《だ、ダメだ、緑のデカイやつがこっちを狙って来て……》
《ま、また別の方向から!?何もないはずなのn》
たった二機のMSに、仲間達が殺されていく。当たらず、躱され、無慈悲な一撃が貫いていく。
《大洋のGめ……!》
G。そうだ、敵は大洋のGだった。
気が狂ったかのように、バッタのように動き回りながらこっちに突っ込んではかき回し、稲妻のように鋭角を描きながら墜としていく。
殺して、いく。
「…………ぁ」
撃とうと、彼は思えなかった。当たらないからではない。撃てば死ぬのだと、大洋のGがこちらを見据えた瞬間に理解したから。
小癪なナチュラル?–––––––違う。
目の前で機を捻り、有り得ぬ動きで横に跳びながら一撃を躱し、横と上にいた味方を一瞬で墜として下に離脱、何度も何度も撃ってくる。一発撃たれる度に、誰かが死ぬ。
……この敵は違うんだ。
向きを直して、突っ込んでくる。仲間が撃つけど、止まらない。稲妻が真上に疾る光景が目に映る。近づいてきて、すれ違う。
「ひ」
《くそ!くそ!ナチュラルの癖に!ナチュラルの劣等種のくせに!!》
仲間が撃って、火線がのびる。けど散発的で、当たらない。あの敵は、稲妻のように動き、撃たれる位置が分かるかのように躱していく。
なぜあそこまでの動きができるのか。彼には分からなかった。あんな動きをすれば、秒と持たずに失神してしまうだろうに。
《くそ、この緑の機体!なんで俺が避ける方向をっ!?》
また、誰かが墜ちた。大洋のGを補佐するかのように、緑の機体が仲間を墜としていく。こっちはまだ避けれることもあるが、損傷で撃てないのも出てくる。どちらにしても、圧倒的だった。
さらに。
《また砲撃が来るぞォ––––––––!?》
318: 時風 :2017/01/27(金) 00:27:09
誰かの怒号に似た悲鳴の後、黄色の奔流が艦を焼く。ぶつかり、焼いて、貫通して、爆発する。
振動。獣がもがくように、華が咲いていく。HLVを巻き込みながら。
デブリ帯から撃たれているのは、誰もが分かっていた。けど、二機のMSが暴れていて、動けない。自分たちは今も釘付けにされ、墜とされているのだから。
この間にも、輸送艦からはMSが出てきている。
二機、三機。五機目が出た瞬間、三発目の奔流が輸送艦を吹き飛ばす。無慈悲だと、彼は思った。
脱出艇が切り離されて、ボアズの方向に向く。爆発の余波で吹き飛ばされ、脚を千切られたジンがもがき、緑の機体に墜とされる。
これすら、酸欠による窒息死に比べれば軽いもの。
それを避けようと、多くの機体が回避行動をとるが。
《ああああ!?!機体が!機体が動かなくなって!!?》
《Gが降下して……なんであんな機動ができるんだ!?》
あの動きに比べると、味方は遅いし、無駄だ。不慣れな新米–––––勿論、彼もその一人––––––しかいない直援は、おぼつかない動きのまま、Gのスコアになっていく。
稲妻が墜ちてくる。雷電の奔流を閃かせながら、青い炎と共に落ちてくる。
《当たれ、当たれよ!当たって、死んでくれよ!!》
《敵が動いた後に撃っても当たるわけがないだろ!手動で位置を予測して撃つんだよ!!》
《訓練校を出たばかりなのにそんなことができるか!!ロックオンが二次予測に移行しても当たらないんだぞ!?》
ああ、撃たれる直前に動いているのか。
半ば放棄された思考の隅で彼は呆然と、まさに雷の如き機動をする敵を見て思い出したかのようにそれに気づいた。
捻り、宙返り、独楽が回るように水平に機動するのも、ロールをして射撃を全て躱しているのも。
撃たれる瞬間に動いて、有利な位置を占めることができるからなのだと。
《なら接近戦で……!》
《おい!?無茶はやめろ!!》
誰かが接近していくのが見える。重斬刀を構えながら突っ込んでいって、振り下ろそうと動くけど。
《な、避けられ》
《コニーー!?》
Gはそれ以上だった。まるで子供をあしらうようにこちらから見て右に避けて、サーベルが生えたライフルで胴体を両断する。爆発。余りにも、あっけない最期。
それを見ることもなく、Gは左手でサーベルを抜いて、逆上し、突貫してきたシグーを貫く。コックピットが焼かれ、一瞬の断末魔が耳に残る。
主を喪ったシグーを蹴って、Gが加速する。捻って、僅かに残っていたゲイツのビームを躱し腕を切断、流れるようにコックピットまで切り裂く。止まらない。
まさに雷。止めようと阻めばその雷光に切り裂かれ、消そうと試みれば分かれた稲妻が貫いて消しとばす。
なんて、暴力なのだろうか。
一体、自分たちが何をしたのですか?
安定しなくなってきた視界でGを見ながら、声にならない声を出す。
意味のないこと、無駄なこと。分かっていても、問わずにはいられなかった。視界の隅で、緑の機体にやられたゲイツが爆散する。数少ない、ベテランの人だった。
––––––––ああ、そういえば……最初に来たMS隊を止めてくれたベテラン達は、いつ戻って来てくれるのだろうか?
思って、すぐにやめた。なぜなら自分も遠からず、このGと、共に突っ込んできた緑の獣のどちらかに殺されるのだから。
《たすけて…助けてよ、母さん……!》
《もう嫌だ、もう、もう……》
《射出できたHLVは、一機だけ?それに中身が出てるじゃないか!?くそ、なんで……!!》
崩壊していく士気に気づいていないのか、あるいは気づいてなお容赦をしないのか。Gはその動きを加速させ、破壊を振りまいていく。
時折味方艦から放たれる対空砲火を躱し、ついでであるかのように銃座を沈黙させながら、こちらの陣形をかき乱す。
《俺たちをゴミのように……!不公平だろ…畜生、ついてねぇ……》
誰かが、そんな言葉を絞り出す。ついていないと、言葉を漏らす。
結局。生きるか死ぬかなど、英雄にでもならなければ運でしかないのだろうかと彼は思考して……そして。
「あ」
射撃する。トリガーを引く。曳航弾がGに向かい、呆気なく躱される。
撃ってしまった。Gが、こちらを向いたから。
撃たなければよかったと、後悔した。
撃たなければ、アレはきっと自分を殺すことはなかっただろうから。アレは、アレを撃った者しか、墜とさないから。
余裕なのか、それとも捕虜が欲しかったのかは、わからない。
けどそれすらも、彼にとってはどうでも良くなった。
次の瞬間––––––––彼の意識は永遠に、途絶えたのだから。
319: 時風 :2017/01/27(金) 00:27:43
■
貫かれたジンが、華を咲かせる。大輪とまではいかない、桃色に似た華を。
それが、人の命を吸った輝きであることを、俺はよく知っていた。
感傷に浸る間も無く横に飛んで、殺意の糸から外れる。曳航弾が空を切っていく。向き直り、撃つ。回避行動すらなしに、もう一機のジンが貫かれる。
「撃たなければ、殺られなかったのに!」
不甲斐ない敵に対して、憤りが先に来る。敵の練度が余りにもお粗末で、低いを通り越していて、それが余計にイライラする。プテモビすら扱わなかったのではないかと思うほどに動きが悪く、射撃も散発的。連携の「れ」の字もない。
––––––––少年兵、という奴か……!
「そんな動きで!」
鎧付きのジンが撃って来た無反動砲を回避する。捻って、二撃目がこない位置に占位し、墜とす。いくつかの殺意がこちらを向き……消える。
「……!」
自分のものではないビームが別の方向から放たれ、鎧をつけたジンが貫かれる。
「やるな、レイチェル……!」
インコムのオールレンジ攻撃、というやつだ。レイチェルのドーベン・ウルフに搭載されている特殊兵装。機体とは別の位置、方向からの攻撃を加えることができるシロモノ。
僅かに見えるインコム二つが縦横無尽に飛び回り、一機ずつ囲い込むように落としていく。パニック状態に近い感覚が敵から流れてきて、哀れだとも思う。それでは、インコムに殺られたことなど分かるはずもないのだから。
機体の加速と機動の圧力を感じながら、視界を巡らせる。
死に絶えた獣の如く、ただの鉄の棺桶と化した輸送艦、切り離され、戦域を離脱する脱出艇。吹き飛ばされたHLV。当たるわけもないめくら撃ちをしてくるMS。
そして……殺意すらなまくらなまま向かってくる素人。
「……!」
向かってくる動きの先を見るまでも撃ち落とすことができるほどに、捨て鉢な戦い方をしてくる敵がそのまま突っ込んでくる。シグーだった。
「邪魔!」
重斬刀を半身ずらしで躱し、左手で腕を掴み潰しながら、コックピットをつま先で蹴り込む。断末魔のようなものが上がるのを聞きながらそのまま吹っ飛ばす。装甲の違いによって引き起こされた結果だった。
衝撃を利用して後ろに飛んで、ビームを躱し、撃つ。光弾が走る。牽制だったはずの一撃が、特火重砲を構えたジンを吹き飛ばす。
「そんなもので……!」
《笹原!そろそろタイムリミットだ!ボアズのパトロール艦隊が来るぞ!》
大尉からの通信に意識を向けながら、ボアズの方向を見る。
光は見えないけど、幾つもの気配を感じた。
潮時、というやつだろう。
「了解。すぐに後退します–––––––レイチェル!」
《うん!》
追いすがる敵を何機か落としながら、レイチェルがこちらに来る。撃たれる弾を見ずに躱しながら。フォローのために、こちらから数発牽制をかける。
が。
「あれに当たる!?」
当てる気のなかった射撃に何機かのMSが命中していく様を見て、思わず声がでた。
練度が低い低いと言いながら墜としてはきたが、ここまでかというものがある。母艦をやられたことによる士気の低下を考えても、異常だ。
……自分の腕が上がっている?いや。
「上がっているのは、こっちの方か……?」
左に動くゲイツの位置を捉えて撃つ直前に、上に銃口をずらす。
射撃。放たれた光弾に吸い寄せられるように上へ動いたゲイツに当たる。コックピット。
そのまま、華が一つ咲く。あっけなく、残酷に輝いて。
「……!」
横から闘気が来る。鋭く、重い圧力。
まだ躱せる、猶予はある。ペダルを蹴って、操縦桿を引く。上昇、回転しながらの変則回避。襲い来る光弾が、一瞬前の位置を擦過する。
押し潰されそうなGに耐えながら敵を見る。
320: 時風 :2017/01/27(金) 00:28:19
「ゲイツか……!」
《アキト!援護は!?》
「良い!早く水希の所に行け!Zなら追いつける、っ!」
言いながら、殺意の糸と共に来るビームを躱す。
「……これは」
避けて、気付く。牽制弾だ。それも回避先を潰しながら、本命に誘導する類。次の瞬間には、予測位置に本命を叩き込んで来る。殺意の糸が、そう鋭敏に伝えて来る。
巧い。小さく、口の中で言葉を含んで、口角が上がる。エースか、ベテラン。正確で、危機だということがよく分かる。
「けど……!」
それ故に位置を外してしまえば……当たらない!
機体を捻って糸からズレる。殺意の糸は、戦闘機でいう軸線なのだ。そこをズラせば、余程のことがない限りは回避は可能–––––––ビームが左脇の下を通っていく。
次の糸が来る。予備の一発。けど。
「二発目は撃たせない」
言って、撃つ。牽制であり本命という矛盾した一撃を。右に避けて躱される。けどそれで良い。動けば、読めるのだから。
予測射撃。ゲイツの左肩を撃ち抜いて、体勢を崩す。好機。
「試すぞ……!」
左手でサーベルを抜いて接近、一気に距離を詰める。撃ち抜かれたことに焦ったのか、ゲイツも応じるようにシールドクローを展開して突っ込んで来る。相対距離が弾丸の如く縮まって、ゼロになる瞬間。
「……!」
サーベルを左へ振り抜く。機体の回転を加えて、突き出されたビームクローの軌道の横合いにぶつけるように調整する。そして。
「––––––––––!」
衝突、干渉。スパークが疾る。
成功。相手の意思に動揺が走ったのが分かる。
なら、そのまま––––––––!
「お、ラァ!」
サーベルを滑らせる。干渉しあった刃がクローの元へと走り–––––––左腕を斬り飛ばす!
シールドごと、ゲイツの腕が宙に浮く。近接兵装を潰した後は、そのまま終わり。
「おっと」
瞬間、機体を捻る。エクステンション・アレスターが機を掠めながら通り過ぎていくのを見ながら、ワイヤー部分から斬り飛ばし、視界を塞ぐように来たもう一つを上にカチ上げる。時間稼ぎ。
が、意図は分かるし、駆け引きもできるタイプの敵だろう。
事実––––––––開いた視界に、ゲイツはいない。
「……ハ」
けど解る。感じる。上を抜けて、こちらの背後に回ろうとする闘気を。
機動は宙返り。近接武装がない今、確実に仕留めに来るなら––––––背後に至ってから。
それを待って。
「……!」
一瞬の殺意を捉え切って、躱す。ウイングバインダーのスラスターとアポジモーターを使って、機体を前に回す。
ビームが通り過ぎて、ライフルを構える。
視界が回り、上下が逆転する。勝負は、一瞬で決まる。
直感の走る位置に、銃口を滑らせて–––––––––
「––––––––––ビンゴ」
トリガーを、引いた。
321: 時風 :2017/01/27(金) 00:29:02
■
「じゃ、今回の作戦の成功と、全員の生還を祝して!」
『乾杯!!!』
作戦に関する諸々の報告が全て終わって、少し経った頃。近藤大尉の音頭と共に幾多ものグラスがぶつかり合って、それは始まった。
作戦の成功、全員生還を祝う祝勝会。なんでも、敵地近くでの任務が成功するたびに催される第十六広域特務部隊、正確に言えばニカーヤ隊の恒例行事だと福田少尉が言っていた。
その空気に押されるように、俺も控えめにグラスを出した後に飲んでいく。
酒ではなく、コーラだ。子供っぽいと言われようが、分解剤のあの感じが苦手な以上しょうがないと自分を納得させた結果の妥協なのだ。
「–––––––船の上で酔っ払うのはご法度だしな。うん」
「……随分と強引に納得させてるな、エース殿?」
「こっちだって気分的に悪くなりたくないから酒を飲まないだけであって、酔っても構わない状態なら迷わず酒飲んでるよ」
「ほう……」
悪戯っ子そうな笑みを絶やさずに、水希がグラスのワインを回している。大人の余裕というやつを出しているつもりなのだろうか。ほとんど同い年なのに。いや、精神年齢まで含めればこっちの方が年上だし。うん。
……なんでこんな悲しいことを祝勝会で考えなければならないのだろうか。
「とにかく、皆で生き残ったことを喜ぼう?私も、こういうのは大好きだから」
オレンジジュースを持っているレイチェル––––––たしか彼女は十九で、まだ未成年だ––––––が、朗らかな笑みを見せながらグラスを近づけて来る。互いのグラスをぶつけて、飲む。炭酸の爽やかさが堪らないのだ。
「うん。やっぱ酒よりこっちだな」
言いながら、さらに飲む。飲みきったらサイダーにでもしようかなと思っていると。
「おい笹原ぁ~~両手に華ってやつなのかー?」
「……」
もう出来上がってるやつがいた。福田だ。
そういえばこいつ、酒はビール一杯分で程よく酔えるとか言ってたような……雰囲気に呑まれて飲みやがったか?
「おい、それ。中に入ってる酒なんだ」
「あー?ウォッカだよウォッカ!ユーラシア産の!うめーぞ!!」
「誰だこいつにコレ飲ませたの!?ってまて近づけるな酒臭い!!」
しかも絡み酒。こういうのは過去の経験からして、悪酔いからの惨事(笑い話的な意味も含む)を起こす危険があるから……
「ほら、これ飲め」
「んん!?」
取り敢えず、アルコール分解剤をぶち込む。今頃、あの腹のなかを洗浄されているような感覚を味わっているだろう福田は軽くうずくまって。
「かぁ~……!いきなり分解剤飲ませるとか鬼畜だなおい!?というか俺のグラスにウォッカ入れたのは誰だぁ!」
まだ酔ってるんじゃないかというほどのテンションで騒ぎ回ってる輪の中に戻っていく。
「…………」
それを見ながら軽くこめかみを揉む。どうもここ、はっちゃける時に容赦なくはっちゃけるから常識人の肩身が狭くなることが多い気がする。
––––––––気のせいなのかもしれないけど、気のせいにならない可能性の方が高いんだよなぁ。
前世と 前々世でかのデストロイヤーと戦友になった経験からか、こういうのは良く当たるのだと、嘆息を飲み込むようにコーラを飲んで。
「よう。今回も大活躍だったな」
近藤大尉が来た。グラスに入っているのは……メロンソーダだろうか。
「……相手が素人以下でしたからね。殆ど弱い者虐めでした」
「まぁ、お前さんたちの技量ならそうなるか」
言いながら、大尉は小さく笑う。一人娘の父親らしい、穏やかな笑み。
「まぁ顔には出さないが、堪えてるんだろ?色々と。お前さん鉄面皮だからなぁ……ふとした時、俺たちが気づかないうちに爆発しちまわないかって心配なのさ。おやっさんも言ってたぜ?」
「……大丈夫です。プラントの人材の払底状況から、こうなるのは予想ができてましたから」
「戦果は、輸送艦、及び護衛艦隊全てにMS多数。HLVは一機飛ばされたらしいが……」
「帰るときに水希が狙撃、損傷させたので中身はほとんど放り出されてるかと」
「……そうか」
立ち上がって、笑う。上手く笑えてるかはわからないけど、問題はないと思う。
いつか来るだろうという時が来ただけなのだから。
言いながら、近藤大尉も輪の中に戻っていく。何度かこちらを見た後に。
それを察してか、レイチェルがこちらの手を引いて来る。
「アキト、行こう」
「……だな、俺たちも混ざるか」
確かに、暗い話題ばかりだと気が滅入る。コーラも切れたし、惨事にならない程度なら馬鹿騒ぎをしても問題はないのだろう。
分解剤のことは考えないようにしながら、輪に歩いていく。
少しばかりは、羽目を外そうかと思いながら。
322: 時風 :2017/01/27(金) 00:30:44
【 おまけ 簡易的なキャラ紹介 】
本作品の主人公を務める大洋連合のMSパイロットにして転生者。転生は三回、平成→本編憂鬱→どこかの世界線→大陸SEEDの順。年齢は二十代前半、階級は少尉。搭乗機はZガンダム。
若い年齢ながらも開戦時から松永慎大尉の部下として緒戦で活躍しており、MSパイロットとしての経験も最古参に入るベテラン&エースの一人。
部隊の仲間たちに変態的と称されるほどの三次元機動を得手とし、どの距離でも安定して戦えるが、近距離での射撃や格闘戦闘において最も実力を発揮するエース型の戦闘スタイル。
NTとしての資質もあり、レイチェルとの共鳴現象の一件から急速に開花が進んでいる。
〈生身での戦闘技術〉
万一の想定は常にしていた為、正規兵並みの練度は常に維持しており、特にCQBに優れる。NT能力と組み合わせれば良い線までいく。プチモビにでも乗せれば反応が遅いだなんだと愚痴を言いながら暴れまわるだろう。
第十六広域特務部隊(以下、第十六特務部隊とする)に所属するMSパイロット。階級は少尉。
日本大陸特有の銀髪の持ち主。笹原と同い年。
ドーベン・ウルフを乗機としており、ダリル・ローレンツには劣るものの高い射撃技能の持ち主。
〈生身での戦闘技術〉
射撃に関連したことなら正規兵の中でも高い水準を持つ。特に狙撃技能が高い。
レイチェル・ランサム
村雨研から第十六特務部隊へと配属されたMSパイロット。『Gジェネレーション』に登場するレイチェル・ランサムの同位体。容姿、性格などはワールドに準拠。階級は少尉。年齢は十九。
乗機はドーベン・ウルフ。無線式のインコムなどを利用した立体的な十字砲火と近~中距離の射撃戦を得意分野とする。
NT能力は感応型。
〈生身での戦闘技術〉
あまり高くはないが、十分な自衛が可能なだけの技術はある。
NT能力が感応型なだけあり、人間レーダーと称することができるほどの探知範囲を持つ。第十六特務部隊の中では多分スナイパーに一番早く気付くことができる。
323: 時風 :2017/01/27(金) 00:32:08
以上で投下終了となります。
最後のキャラ紹介は本当に簡易的なものなので、後々にアルフレッドなどを含めた本格版を作りたいと思っています。生身での戦闘技術については、ゴブ推し氏が南米編で出す時に参考になればという感じです。
話としては、笹原とレイチェルの出会いとそれに伴うNT能力の急速な開花ですね。NT同士は惹かれ合うとも言いますし、互いのNT能力が影響を与えあうこともあり得るのではないかと思いながら話を作ってみました。
戦闘時の最初の視点主は、ザフトの少年兵。彼からみた笹原とレイチェル、そして水希による狙撃(砲撃?)の猛威を書いてみました。当時のザフトの現状を考えるにエースがいない場合はZガンダムとドーベン・ウルフ二機の相手は蹂躙にしかならないと思い、せめてどうにもならない暴力を目の当たりにした恐怖や絶望感が上手く表現できていればと書いてみましたが、どんな感じだったでしょうか?
楽しんでいただけたら、物書きとしてこれ以上の喜びはありません。
最終更新:2023年09月08日 23:34