841: 333 :2017/02/13(月) 02:50:39
フローデ達の憂鬱 第三章
ルエコス アローシュ
皇紀4956年 帝都ラクファカール
ルエベイ
人類が生み出した最大の構造物、帝宮。
ワベス・ベゾロト
そのなかでも一際重要な施設が謁見の広間だった。
スケムソール・レン
奥には翡翠の玉座に座す人影。
ガノト・フリューバル スピュネージュ
言うまでもなく大和帝国第208代皇帝ラマージュである。
アブリアル
恒星天照の光を受けて、その空間は荘厳な空気に包まれていた。
レンド
厳粛な気配に包まれて、嶋田が跪いている。
ギュンボヴノーラリア
「
夢幻会…だったか」
皇帝の声帯が震え、声が出る。
音が広間に響き渡ると空間が重みを増した。
光に満ちているにも拘らず周囲は重苦しい雰囲気に支配されている。
それは王者の気風。
ファサンゼール ジェデール
”王者たれ”。それこそが皇族の受け継ぐ家風なのだ。
質量をもった虚空に締め付けられながら、レンドは辛うじて口を開く。
「は…。我々は」
「無用」
狂人の戯言と嘲られるのを覚悟で説明しようとしたが、その前に止められる。
スピュネージュ
理由は訊くまでもなく、皇帝自らが告げた。
「そなたらの本性がなんであろうと構わぬ。訊きたいことはただ一つ」
額に汗が流れる。
帝宮に充填された空気が、広間に降り注ぐ陽光が、精緻な装飾の一つ一つまでもが。
スピュネージュ
全てが皇帝の意に従い、レンドを圧迫してくる。
ひれ伏せ、頭が高い、弁えろと。
ラフィール相手に畏怖を覚えさせたレンドが、今度は逆に畏怖させられている。
現存最古の帝国を束ねる皇帝だけが出せる威風だった。
唐突に時間が遅くなる。本能が予知しているのだ。これから先は危険だと。
「帝国に益するや否や?」
その瞬間。レンドの首が絞めつけられた。
いや、首だけではない。腕。脚。指先から瞼まで。
全身のあらゆる部位が締め付けられ、圧迫されて身動きがとれない。
息ができず苦しいのに、指一本動かせない。瞬き一つできない。
喉から漏れるか細い音を聞いたレンドは、そこでようやく自身が傷一つつけられていないのに気が付いた。
圧倒的な威圧。ただそれだけで呼吸困難になっていたのだ。
アルファ デーフ
視線がその身を刺し、声音が広間に染みわたり、頭環からの電波さえも彼を責め立てる。
アイプ
並の地上人ならば恐慌に陥ってもおかしくないほどの威圧の中、しかし1ダージュ動くことさえ許されない。
それでも声を出す。
これだけは誰にも譲れない、神崎博之としての思いだからだ。
「必ずや」
全身を拘束する王者の覇気を振りほどいて言い切る。
842: 333 :2017/02/13(月) 02:52:25
ふ…と。
体が軽くなり、指先が、瞼が動き出す。
蛇に睨まれた蛙のように、いや神に睨まれた人のように。
萎縮していた全身が元通りになる。
気付けば謁見の広間は元の陽光溢れる美しい景色に戻っていた。
景色など初めから変わっていないのだが、そう感じさせられるほどの威だったのだ。
「本気の威圧にも応えられるものなど、そうはおらぬ。おぬしが言うのなら確かなのだろう」
「お戯れを」
威圧などせずとも彼女には夢幻会の正体などすでに感づかれているだろう。
その正体に興味がないというのも、あるいは本当かも知れないが。
しかし近年は活動も活発になっていた。今回口実をつけて呼び出したのは釘を刺すためだったのだろう。
たとえそれが何であろうと、使えるものは使う。害になるものは排除する。
それがこの皇帝の気質なのだった。
纏っていた覇気も鳴りを潜め、レンドとラマージュは和やかに談笑する。
「セーンパイ♪私が次の作戦名を考えてあげます♪」
「ブフッ!」
ヤ・ホーカ
甲高い、活動絵画に出てくる
登場人物のような、媚びるような声が響き渡る。
つい数十秒前まで、威風と威圧に満たされていた謁見の広間にだ。
余りの落差にレンドは思わず吹き出す。
「お戯れを。修技館にいた頃とは違うのですから」
「くくく。おぬしは相変わらず、からかい甲斐があるな」
まったく、このお方は昔から変わらない。
ケンルー
かつて修技館でさんざん自分に悪戯していた後輩のままだ。
レークル・レンダル スピュネージュ・エルミタ
自分は嶋田公爵。彼女は皇帝陛下。
かつてのような気軽な関係ではなくなっても、その在り方が変わることはないのだ。
「だが今日呼び出した用事がそれだったのも事実。さて何にしようか…」
「ただの口実じゃなかったんですか」
言いながら、しかし考えておかねばならないのもそのとおりだった。
作戦名を考えるのに呼び出されて決まっていませんでは話にならないからだ。
クピーシュ クファゼート・クピク
「そうだな…響鳴でどうだ。響鳴作戦だ」
アサーシュ
「前が旭日だったからですか。まあ、いいと思いますよ」
年が明けた皇紀4956年。
帝国が動き出す。今や三カ国となった連合軍の一角を、さらに減らすために。
843: 333 :2017/02/13(月) 02:53:28
「作戦は二段階に分割する」
場所は変わり人類統合体領域の奥深く、臨時首都において。
ヴィクト中将が作戦会議を行っていた。
平面宇宙図にはラスィース王国、そして拡大アルコント共和国が中心に映っている。
居並ぶ面々には、どこか陰鬱な空気が漂っていた。
無理もない。勝ち目のない戦いに挑むのだ。これでは賭けですらない。
しかしヴィクトには賭けをするつもりはなかった。
「まず第一段階として、ラスィース王国を占領する。これによりラスィース門周辺の敵戦力を駆逐して後顧の憂いを断つ」
「中将閣下。それではいささか遅すぎませんか?」
言いたいことはわかる。
ただでさえ連合軍の戦力は少ないのだ。そんな中で帝都を攻撃しようとしているのに、ラスィース王国占領などしている暇はない。
時間をかけては敵に戦力を集めてくださいと言っているようなものだ。
だがここでの狙いは違う。いや、自分は作戦自体を歪めようとしているのだ。
「その後、戦力が十分に用意できた段階で帝都攻撃を実行する」
「待ってください。帝国相手に十分な戦力など、いつまでたっても…」
言いかけた誰かは、そこで気付いたらしい。
そう、これではいつまでたっても帝都攻撃ができないのだ。
だからこの作戦の要はラスィース王国占領ということになる。
他の将校たちにも気づきが広がっていた。
「まさかこの作戦は」
「まさかもなにもあるか。このままでは我が国は、いや人類は破滅する」
青い髪の悪魔どもに人類が追いつめられているのに、今更一筋の勝利に賭けるなど愚か極まりない。
事ここに至っては、負けないことを優先すべきなのだ。窮地からの一発逆転など物語の中にしか存在しない。
だがヴィクトは真の作戦目標については口に出さなかった。これは越権行為ギリギリの内容だからだ。
周囲もそれを察して押し黙っている。
この作戦の目標。それは帝都攻撃などではない。
拡大アルコント共和国を包囲下から救出し、主力艦隊を手元に戻すこと。
そしてあわよくば帝国の進撃を邪魔し、かの国が脱落するのを防ぐことだ。
即ち。ヴィクトは上からの命令をわざと曲解して、作戦目標を歪めてしまったのだった。
844: 333 :2017/02/13(月) 02:54:39
「あっ…ラフィール」
「ジ、ジントか」
クファゼート・アサク
旭日作戦が終わり、艦隊は一時帝都に戻っていた。
だが作戦中でなくても仕事がなくなるわけではもちろんない。
サーゾイ
備品の補給、報告書の作成。主計はむしろ戦っていないときの方が忙しい。
それでも休息がないわけでもない。そこで息抜きに出かけたジントは商店街でラフィールと出くわしたのだ。
フロクラジュ ポーニュ
当たり前の話ではある。ジントには空識覚がないため交通艇を動かすことはできない。
イレーヴ
《フリーコヴ》が接続している商店街に歩いていくことになるが、それは生粋のアーヴにとっても最寄りの商店街である。
ロダイル
だから息抜きに訪れた先で翔士と出くわすのは不思議ではない。
ただ、その相手が問題だった。
「その…どこに行くんだい?ぼくも一緒に行っていいかな」
「ああ、かまわぬ」
どこかぎこちない受け答え。
あれからずっとそうだった。
ラフィールとジントが互いの想いを告白してから、二人は距離感をつかみ損ねている。
しかし相手を想っているのはわかるのだ。だからこそどう付き合えばいいのかがわからない。
横目にラフィールを見ると、彼女と目が合う。
「あ、いや、その…どこに行くのかなって」
「特に当てもなく来たのだが、庭園にでもいくか?」
「いいね」
向かう途中、また会話が途切れる。
何かを言おうとしては口を開き、そして何も言うべきことが見当たらずにまた閉じる。
周囲は騒がしいのに二人の間は静寂だった。
いたたまれなくなって傍らを見る。
「………」
「…なんだ?」
再び目が合った。
何かを言おうとして、何も言えなくて、それでも何かを伝えたくて。
触れ合いたくて。
「いいや、なにも」
苦笑しながらジントはその手をラフィールに重ねた。
「っ!」
一瞬、硬直するラフィール。
しかしやがてその手を握り返して歩き出した。
二人で、手と手を繋ぎながら。
845: 333 :2017/02/13(月) 02:55:42
投稿は以上です
まとめwikiへの転載は自由です
遅れて申し訳ありませんでした
最終更新:2017年02月13日 22:18