819 :①:2011/02/13(日) 04:10:14
久しぶりにまた小ネタを投稿。設定無理ありかつ、ほかの著作物からのネタですので問題ありかも。
まあ怨念が取り付いたと思って読んでくらはい

「沖縄のある葬式」


その日、沖縄那覇の空は青く澄み切っていた。
彼は父を弔うためにここに来ていた。

彼の父は海軍軍人として日本海海戦を戦ったあと、ここ沖縄の商船学校で長年教鞭をとっていた。
彼の愛される人柄と面倒見の良さで、葬儀は教え子達と近所の親しい人たちが大勢集ってくれて寂しくはないものだった。

(しかし、まあよくこれだけ人が集まったものだ…)

彼は次々と焼香する人たちに頭を下げながら思った。

彼も彼の父はある一定の人格者だったことを認めている。
なにせ彼は日本海海戦後、海軍で将来を嘱望されていたが、その職を辞し、はるばる沖縄まできて商船学校の教師となった。
商船学校の教師の傍ら、私塾まで開き近所の子供たちを集めて数学や英語を教え、
成績がよくても家が貧乏で進学できない子供を支援して中学や商船学校にいかせた。
その熱心な教育振りは那覇どころか沖縄中の評判であった。様々な人たちが父を頼った。
事実、父が支援した教え子が幾人も沖縄や本土で色々な分野で活躍している。

その面では彼も父を認めていたが、家庭内の父はというと違った印象があった。

優しい父であったことは認めていた。亡くなった母とも円満であった。
しかし父は突拍子もないことをやり始める人だった。

幼い頃、沖縄に来て初めて海に来たとき、父が突然板一枚で波乗りを始めた時は驚き、自分だけでなく近所の子供も一緒にやり始めたものだった。

かと思うと、盆踊りで突然櫓にあがり、それまで弾いたはずがない三線を片肌脱いでテンポの速い曲を弾きだし、
ゆったりと踊っていた沖縄の人々が嬉々として踊り狂う光景を生み出した。
それを見て母があんぐりと口をあけていたのを覚えている。

沖縄に来た理由を父に二度聞いたことがある。最初に聞いた時、彼は一言「それが運命だから」
とよくわからない理由を彼に述べた。

葬儀も無事に終わり、妻の実家である広い造り酒屋の座敷に座り、ようやく彼は一息ついた。
「やれやれ、やっぱり沖縄は冬でも暑いな…」
「ご苦労様でした…お義父さまも大勢の人に送られてさぞご満足でしたでしょう、さあその礼装を解いて一休みなされ」
父より少し上の義父が入ってきた。
「すみません、お義父さん」
彼は海軍の夏の礼装を解いた。
「しかし…父上に負けない海軍軍人となられましたな」
「今日は申し訳ありません、私一人で…」
彼には妻と子三人いたが、誰も父の葬儀に連れてくることができなかった。長男は帝国大学の学生であり、娘は女学校
そして三人目は生まれたばかりで妻と次男は連れてこられなかった。
「何々、孫二人の面倒見にゃならんし、一人も生まれたばかりじゃからな、父上も許してくれるじゃろう。しかし懐かしいの、お父さんが家の娘を息子にくれといってきた日が」
「え?お義父さんから話があったのでは?」
「そりゃあ、正式な話のときじゃな。父上が隣に引っ越してきた時、ちょうど生まれ月でな。娘が生まれたらくれと言われたのじゃよ」
「そりゃ、まあ、ご迷惑をかけまして」
「いやいや。それよりも参ったのは、その翌日から<娘が生まれたら礼子にしろ、礼子にしろ>といわれたことじゃったよ、あんたもそうじゃったろ?」
「お義父さんにまで…参りましたよあの時は」
「聞いとるよ、守も貴子の名も父上に負けたんじゃろ?」
「最後は泣かれましたからね…今度の子も死ぬ間際に<三人目は進にしろ>なんて書いてよこすぐらいですから…」
老人は枯れた笑いをあげ、泡盛を薦めた。

820 :①:2011/02/13(日) 04:11:15
翌日、彼は泡盛を痛飲した報いで頭を抱えながら、飛行艇に搭乗した。
彼は急いで艦政本部に帰らなけらばならなかった。

彼の祖国は戦争中であり、そして祖国は新しい戦艦の建造計画を立てようとしていた。
彼はその戦艦建造後の更なる新型戦艦の研究員に任命されていたのだ。

彼が席に着くと書類カバンを開き、一通の封筒を手にとる。父の字で彼の名を書いてある。

昨夜の義父との会話を思い出す。
(名前といえば、母さんと結婚したのも半ば押しかけ養子だったらしいもんな…)
母と父は見合い結婚だった。母も海軍軍人の娘だったが、上司でもなかった祖父のところにきて
母をくれと言って来たらしい。入り婿になると開口一番言って、祖父と母は面食らったが、
祖父が調査するとまあ出来も悪くはないし、それに力をつけ始めた夢幻会派閥に属しているから将来安心だし、
まあ顔もそこそこ、ということで結婚した、と母から聞いている。
海軍を辞めて沖縄行きを突然決めた時も、変わり者のこの人だからとあきらめていたらしい。
でも、やさしいしね、と顔を赤らめて言ったときの母の顔は本当に幸せそうだった。

彼は封書を開いた。
中には便箋が一枚入っていただけだった。そしてたった一言こう書いてあった。

「宇宙(そら)へ」

彼はまじまじと便箋を見て、そして溜息をついた。
窓に目を向ける。窓の下には嘉手納の海が広がっている。
彼は彼の婚約が決まった後、しこたま泡盛を飲んで父が酔っ払ったときもう一度沖縄に来た理由を尋ねた。
彼はこう叫んだ。

「御大がパナマの続きを書かないから、俺がこの世で「海の家系」を作るしかないじゃないか!」

そう言って高笑いした後、ばたりと母の膝枕に倒れ高鼾をかいていた。母はそっと父の顔をなでて微笑んでいた。

「…いい親父だったけど、最後までよくわからない親父だったなぁ」

彼、藤堂明海軍少佐は妻子と会議が待つ東京へと向かう。

この後の会議で新型戦艦の主砲にケチをつけ、造船士官と親しくなるか、
長男がロシア美人と結ばれるか、長女と妻が悲劇的な死を避けられるか
次男が戦艦の艦長になるのか、次男の息子が宇宙飛行士になるかは
神(earthさん)のみぞ知ることであった。

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最終更新:2012年01月10日 11:42