714: 名無しさん :2017/03/02(木) 23:10:19
タイトルは「あるエースの回想」で


1944年11月 第52戦闘航空団第Ⅰ飛行隊駐屯基地

 「黒いチューリップ塗装を維持するのは意外と面倒が多いって聞いていたんだけど、良いのかい、ピンメル班長?」

 その機体を目にした童顔のパイロットの第一声がそれだった。新型戦闘機を目の当たりにして過剰な気負いも期待も無い自然体の声。それがこの青年が若年ながらも歴戦のエースである事を物語っていた。

 「何、こいつはあんたが始めて乗る機体だからな、ブービ(坊や)。まあ、慣れるまでのお守り代わりだな。ちなみに俺達はもう慣れた」
 それに軽口で答える整備班長の表情も気安い。

 「やれやれ、休暇の分出遅れたな」

 そう苦笑する青年―――エーリッヒ・ハルトマン空軍大尉に対してピンメル整備班長がやや真顔になって話しかける。

 「でも、良かったのか? あんたがその気なら乗り慣れたグスタフ(Bf109G)も回して貰えるんだぞ? まだ、機体はあるんだから」

 「それこそ無いよピンメル班長。機種変更が進んでいるのに君達の面倒を増やす様な事は出来ない」

 内心にあるかつての愛機に対する僅かな未練を感じさせない朗らかな声で答えると、それに、と新型機―――Ta152を見つめてハルトマンは続ける。

 「ある程度早くて、動ければ問題ない。だったらこのTa152もグスタフと同じに手足の様に動かし、何の苦も無く撃墜出来る」

 そう言葉が自然と口から出ていた。

 この機体はこれからの戦いがドイツ市民を一人でも多く脱出させる為の戦いになった証なのだ。

 それを知る事になった三ヶ月前の出来事をハルトマンは鮮明に覚えていた。

1944年8月 総統大本営“狼の巣”

 それは栄えあるダイヤモンド剣付柏葉騎士鉄十字章の授与を受けた後の事だった。

 「ハルトマン、この戦争は負けだ。第三帝国は敗北するだろう。だが、ドイツ国家、ドイツ民族は存続させなければならない。申し訳ないが君にも最後まで戦ってもらう事になる……一人でも多くの市民を脱出させる為に」

 そう言うアドルフ・ヒトラー総統の姿は疲労の色も露ながらも異様に精気に満ちていた。

 「君に直接関わりのある事を言えば、戦闘機は生産機種を絞る。Bf109の改良、生産は停止し、Me262、Fw190、Ta152の生産に完全に切り替える。君からは乗り慣れたBf109を取り上げる事になるが――」

 「どんな機体であってもある程度早くて、動ければ問題ありません総統。ならばBf109と同じに手足の様に動かし、何の苦も無く撃墜出来ます」

 “一人でも多くの市民を脱出させる為に”

 その言葉に即座にハルトマンはそう答えていた。

 「そうか」

 ハルトマンの即答にヒトラーは顔を綻ばせ、言葉を続ける。

 「ならば最後まで戦って欲しい。ハイル・ドイッチェラント!」

 「ハイル・ドイッチェラント!」

 最後の言葉を交わす二人の声には一点の曇りも無かった。



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最終更新:2017年03月06日 09:59