674 :①:2011/12/08(木) 05:55:12


またまた駄文をお送りします。
「おや?」と思われる方が多いと思いますが、このSSの憂鬱世界「南海鉄道」は阪神・阪急・京阪と同じ標準軌と推定しました。
本編中で国鉄は「広軌」で建設と書いてありましたので、たぶん日本で言う「広軌」、すなわち標準軌で建設されたと思われます
そうなると、国鉄が乗っ取ろう(w)と考えていた南海鉄道が標準軌で建設されたであろうと思われますので、
結果的に関西五大私鉄はゲージが統一されることになります。
ただし、阪神などは国鉄と違うゲージで鉄道敷設を進めたかもしれませんし、
憂鬱国鉄が本編中の文字通り「広軌」で建設されたのなら
南海=国鉄=広軌、阪神=阪急=京阪=標準軌となりゲージが違うことになります。
ただエコノミック・ビーストと呼ばれる夢幻会出身の鉄道省官僚がゲージの混乱を許すとは思えないのです。
森林・鉱山鉄道やインクラインなど特殊事例を除いてほぼ標準軌、あるいは広軌で国鉄も私鉄も建設されていったと思います。
もちろん「ナロー萌え」の人とかも多勢いたと思いますので断言できませんが…
ゲージについては(SS内容によっては全部納得いかん!という方も多いような…)
議論の余地がありますが、ご容赦いただき、お読みください。

提督たちの憂鬱 支援SS ~ある明治男子の憂鬱~

(なぜだ…なぜ、こんなことになっているのか…)

日米戦争という戦火の中であるにもかかわらず、舞台では華麗な調べが流れ、美しい女優たちが演じている。
しかし、ここ宝塚大劇場のボックス席に身を沈め、阪神急行電鉄と東宝グループを率いる小林一三は
目の前の舞台を見ていなかった。

彼の内心は憂鬱だった。また目の前の音楽と舞台がそれをさらに助長していた。



彼は様々な事業を成功させていた。鉄道はもちろん、彼の肝いりで作られた宝塚歌劇団も映画の東宝も、阪急百貨店も順調である。

「みみず電車」と笑われた箕面有馬電気鉄道を、彼の経営手腕で「阪急」という阪神間の鉄道会社に育て上げた鉄道事業は、
関西五大私鉄の一角を占めている。
文学・演劇青年でもあった自分が作り出した、「阪急文化」あるいは「宝塚文化」と呼ばれる気風を関西に吹き込んだ自負もあった。
事実、世間では彼の阪急東宝グループは一流企業と見られていた。

しかし彼は今、憂鬱である。

まず、鉄道事業では阪急包囲網というべきものが出来つつあった。

無理な投資がたたるだろうと思っていた京阪電気鉄道は、京阪間の新京阪電鉄だけでなく名古屋急行電鉄も開業し、
中部地区に進出を果たして名阪間の一大私鉄となり、関西だけの私鉄から脱却しつつあった。
無理な投資がたたって傾いた京阪を、戦争前ささやかれていた戦時企業統合政策(陸上交通事業調整法)で、
あわよくば合併しようと思っていたあてを外された。

 その上、「大阪市モンロー主義」のおかげで絶対にないと思っていた大阪市営地下鉄御堂筋線が、こともあろうか彼が「田舎ものの電車」
あるいは「野蛮な気風」と思っていた「阪神電鉄」と手を組み、京阪と阪神共同の地下鉄建設費全額負担という、
一三が嫌う「民間の官への媚」ともいえる唾棄すべき手法で相互乗り入れを行った。

それだけでなく、これまた「阪和電気鉄道」のからみから手を組むことがないだろうと思っていた南海鉄道が、
京阪と組んだのだ。阪和電気鉄道を国に売った代金をそのまま南海の改良に当てるという暴挙ともいえるものであった。

そして各社の思惑を調整し、新聞に「スルっと関西!」と大々的に広告を打って、区間制ではなく距離制で統一料金制を打ち出していたのだ。

これにより、京阪神だけでなく南は和歌山、東は名古屋、西は神戸まで一大連合私鉄路線が、一三の思惑と別のところで完成してしまったのである。

一大連合私鉄路線網が完成してしまったことにより、大阪電気軌道(大軌)も連合に膝を屈する事態となっている。
一三がここ宝塚で観劇している今このとき、上本町の大軌の本社で調印式が行われているはずである。
これにより奈良・伊勢にまで路線が拡大する。これにより阪急は、関西五大私鉄ではあるが、一人弾かれた形になってしまうのが決定的になった。

675 :①:2011/12/08(木) 05:56:22
一三は唇をかんだ。

御堂筋線建設決定時に慌てて京阪に乗り入れを打診したが、

「阪神さんとの絡みもありますし、それにイザという時、阪急さんに新京阪本線を取られるのはかないませんからなあ」

と、まるでこちらの腹の中を見透かすように断られたのだ。

京阪が駄目なら阪神と、プライドを捨てて見下していた阪神にも頭を下げた。

「一三さんに頭を下げられては…しかし、御堂筋線は京阪さんとのからみがありますので、神戸の地下鉄でどないでしょうか?」

とこれまた山陽電鉄との相互乗り入れに利用されるという、足元を見透かされる始末である。

いきり立った一三は株式買収で阪神電鉄を我が物にしようかとも考えたが、相談した証券会社より

「阪神さんの株のガードは固いですよ、何でも<<村上にやられてたまるか!>>とよくわからないこと言いながら株式や社債の発行に
うるさい会社ですから」

と言われ断念した。


一三の思いは二つ目の憂鬱に移る。

(阪神にはやられた…中等野球を譲って以来、いいことがない…)


鉄道事業における集客の手段として一三は野球に注目し、初期の中等野球を支援した。
阪急の豊中グラウンドで第一回全国中等野球選手権大会が開かれたほどである。
あまりの人気にグラウンドが狭くなり、阪神の鳴尾球場に会場を移すことになっても
一三とは快く譲った。中等野球を見て宝塚にスポーツ公園を設置し大会を招聘することにしたからである
それに職業野球を立ち上げれば客が入ると、ちょうど関東にあった日本運動協会が震災の影響で立ち行かなくなったので引き継いだ。
しかし客が入らず、時期尚早であった。

それに反して中等野球は盛況で、阪神はいち早く甲子園球場建設し、集客が順調なのを見て一三は苦虫をつぶした。

やがて時代は下り、大リーグの来日を機にリーグ設立がなされ、阪神が球団設立を発表すると、一三は機が到来したとして
阪急に職業野球チームと西宮に新球場建設を指示した。

しかし、「今度こそ阪神に目に物見せてやる」という思いで立ち上げた新規事業の職業野球も、
阪神の後塵を拝していた。

(というか、何かが違っていた…)

リーグ戦が始まると、甲子園の大阪タイガースは初日から大入り満員が続いた。
あまりの客の入りに各球団が甲子園で興行を行いたいというほどだった。

それに対し、阪急軍はそこそこの入りしかなかった。
一三は戦力的に見て、タイガースも阪急軍もそれほど代わりがなく、むしろ人気であった六大学のスターを集めたのに
なぜ阪急に客が入らないのか不思議だった。
西宮に新球場が出来たときも、初日は大入りだったが後は少し観客が増えた程度と報告を受けていた。

一三は「なぜ大阪タイガースにはそんなに客が入るのか?」と疑問に思い、一度自分の目で確かめようと密かに甲子園に行ったことがある。


その日、一三は国道を走っていた阪神電鉄国道線で甲子園に行った。
今日の試合のチケットを社の者に手配させたが、直前まで手に入らなかったので、さぞかし人気があるのかと思っていたが
電車の中の客はまばらであったので

(なんだ、人気があるといってもこんなものか…)

と拍子抜けするほどだった。

676 :①:2011/12/08(木) 05:57:19
しかしその認識は路面電車が甲子園についたとき吹き飛んだ。

「なんなんだ、これは?」

一三は電車から降りたとき、自分の目が信じられなかった。
甲子園は人で溢れていたのである。
どこから人が沸いたんだと思って列を見ると、阪神電鉄本線の駅から人の列が続いていた。
しかも、タイガースの野球帽はもちろんのこと、何人かは白と黒の縦縞に「大阪タイガース」と球団名を染め抜いた法被を着ている。
その法被は駅前広場の露天で売られているようであった。
よく見ると法被だけではない黄色いメガホンと、なにやら長い風船まで売っている。

球場内に入ると一三にとっては信じられない光景が広がっていた。
球場内には飲食店が開かれており、カレーやイカ天が売られている。
一三にとっては不潔極まりない光景だが、客はうまそうに食っている
なかには「これや、この味や!なつかしい…」と涙ぐんでいるものまでいる。

(なにが懐かしいんだろうか)

と思いつつ一塁側のアルプススタンドに出るとさらに信じられない光景が広がっていた。
球場のそこかしこでドンドンドンと太鼓が鳴り、観客が野次を飛ばしていた。

これから何が始まるんだという思いで待っていると、ベンチから両軍の選手が飛び出してくる。いよいよプレーボールである。


試合が始まると一三は耳をふさぎたくなった。

鳴り響く太鼓とトランペットと周りの観客から絶叫のごときの応援歌の合唱
タイガースの選手が活躍するたびに絶叫と歓喜の声と紙吹雪…
東京ジャイアンツの選手が討ち取られたり降板するときの聞くに堪えない野次…
それが鉄傘に反射してものすごい騒音となるのだ。

中には「あれが沢村や…」「おお、景浦がバット振っとる…ありがたや、ありがたや…」「藤本のおやっさんには野次りにくいなぁ」と
まるで神や仏に出会ったような感涙にむせび泣くものもいる。

そして魔の七回裏、
「ラッキーセブンや!!」という声が上がると同時に、球場にファンファレーが鳴り響き、終わると同時に放たれる風船…

677 :①:2011/12/08(木) 06:08:09

一三が完全に打ちのめされたのは試合終了後だった。

試合は3-2でタイガースが勝った。
そして球場全体にある歌が鳴り響き、
それにあわせて観客全体が歌い始めたのである

~六甲颪に 颯爽と 蒼天ける日輪の~

それは大阪タイガースの歌だった。

(制定されて間もないはずなのに…なんで諳んじて歌えるんだ!?)

一三は驚くと共に、ある意味新興宗教的なタイガースのファンを恐れた

帰りの電車の中で一三は

「暗黒の90年代は避けような」
「神様、アメリカで無事かいな?」
「アホゥ、今心配せなあかんのは神様の親御さんや!」

というよくわからない話をしているファンの一人に聞いた

「なぜ、タイガースは人気があって阪急は人気がないんだろう?」
「タイガースは俺の全てやから、んでも阪急にも熱狂的なファンはおるよ」

それを聞いて一三は狂喜した。タイガースファンがこれだけ熱狂しているなら
(いつかは阪急も…)という希望がわいてきたのである。

はやる心を抑えて一三はさらに聞く。

「その阪急ファンの彼は、タイガースファンの君と同じように球場に通っているのかね?」

「いや、通わへんよ」

一三は憤った。
そんな理不尽なことがあるか!と。
一三はその理由を聞かずにはいられない!

「熱狂的な阪急ファンなのに、なぜその人は球場に行かないのかね?」

その答えは非情だった。

「<<阪急ファンは昔から西宮球場に行かないことがツウの証明>>って言ってたな」

一三は思いっきり脱力した。

678 :①:2011/12/08(木) 06:09:21

一三は思いっきり脱力した。

(くそったれ!意地でも阪急軍を強くして客を西宮に呼んでやる!)

珍しく汚い言葉を使いながら、一三は目の前の舞台に目を戻す。
ここでも歯噛みをする思いを味わう

(くそ…俺の宝塚が…)

彼の最後の頭痛の種である目の前の舞台は、まもなく終わろうとしている。

彼が理想とする「健全で清楚」であるべき、かつ、育て上げた女優たちが陳腐な悲劇を演じている。


一三は断固としてこの劇を舞台にかけることを拒んだ
最近はやりだした低俗な漫画の、しかも全く無名の女の漫画家原作の舞台化というのが気に食わなかった

しかし、舞台監督と音楽監督、そして女優たちもがこの漫画を読んでやりたいと言い出した
しかも女の漫画家からは俳優の長谷川一夫に演出をという強い希望を出してきたのが気に食わなかった。

何よりも一三の演劇哲学から言えば全くお笑い種の舞台だった。
革命を背景とした安っぽい男女のメロドラマと英雄願望…

(どうせ客に受けやしまい…)

と閑古鳥が鳴く客席を見に、今日ここに座ったのだ。
そして彼の牙城である宝塚を汚したとして
関係者を処断するつもりだったのだ。

それが…

いかにもという音楽が流れる中、
男役トップスターが娘役トップスターの腕の中で息を引き取ると同時に

観客の悲鳴がいくつも聞こえ、そして幕が下りる。

幕が下りた瞬間、観客は拍手喝采だった。

まるで甲子園で聞いたような、怒号のような拍手だった。
女優たちが舞台に出てきて観客の声に応じると
客席から「健全」であるべきの観客の婦女子から黄色い声が飛び、
いくつも花束が投げ入れられ、
そして「清潔」であるはずの女優たちが満面の笑みで応じている。。

それを見て小林一三は呆然とした…


夕暮れが迫る大劇場の前に、小林一三は立っていた。

出口から婦女子が興奮した面持ちで出てくる。
よほどあの劇がお気に入りのようだった。
劇場前の切符売り場の前には別の婦女子たちが列を成していた
明日の前売り券を買うのだろう。

「私はもう時代にあっていないのかもしれぬ」

鉄道も、野球も、舞台も…

「しかし、私は負けぬ!」

一大財閥を築いた男の、いや、明治男の意地がそれを言わせたのかもしれない。

彼の目線の先には、彼がもっとも大切に思っている大劇場に、
彼に挑むような、いやまさに彼に挑んでいる今にふさわしい、
革命を題材にした劇の看板がかかっていた。

「ベルサイユのばら」

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最終更新:2012年01月14日 18:48