793: 蒼猫 ささら :2017/03/09(木) 01:13:30
大陸SEED MS戦記


14―――反抗(後編その一)


CE71年5月15日。
71式陸上戦艦…ユーラシアではビックトレー級と俗称から正式にそう呼称されている艦船のCICにて、アフリカでの反抗―――砂漠の台風作戦の参加国の各軍指揮官たち一同が会していた。

「作戦開始ぶりです、レビル閣下」
「ええ、お互い壮健で何よりです、林閣下」

互いに閣下と呼び合い握手を交わす2人。
本作戦において大洋、ユーラシア軍の指揮を与る大将の階級を持つ上級将校だ。

「ピッター少将も壮健で何よりです…」
「ハッ、気遣いありがとうございます、林閣下」

林はレビルの隣に立つ人物にも手を伸ばして握手を交わす。続けて右に立つガタイの良い人物にも手を伸ばす。

「ロンメル大佐も…」
「ありがとうございます。しかし私の身を無事ではありますが、指揮に不甲斐ない所もあり、貴重な戦力…多くの兵を失い、面目のない所です」

林の差し出す手を握りながらもロンメルは軽く溜息を吐く。
その件は林も当然耳にしていた。アレクサンドリア基地攻略戦…ロンメル麾下の部隊が手痛い打撃を受けて一個機甲師団が20%以上も損耗したという話を。

「……その件は聞いております。悔やまないというのは無理でしょうが、大佐は確り役目を果たしておられます。そう気になさらないで下さい。作戦にも支障はでていないのですから」
「気遣いありがとうございます、閣下」

階級の離れたロンメルにも丁寧な物腰を崩さない林にロンメルは深く頭を下げる。日本式のお辞儀だ。大洋との長い付き合いもあってユーラシア国内にも深く浸透している。

「それに正直、我が方とて他人事ではない話です…」

微かに林は眉を寄せた。
性能・物量・練度…どれもが圧倒的であるが故に、大洋においても楽観的な空気を纏う人間は少なくない、むしろ多いと言える。
その為、ロンメルが預かる第三特殊機甲師団のような大きな損失は出てないものの、より局所的に思わぬ反撃・打撃を受けて損失が出ている。本来ならば出なくても良い筈の部類の物が…。
如何に性能・練度で圧倒しようと、それを扱う人間の心に緩みがあっては、十二分の力は出せないというという事だ。また戦争である以上、どうしたって死傷者・損失は避けられない。
林の言葉にレビル、ピッターも同意して頷く。

「そういう事だ、大佐。前にも言ったが気に病むな」
「その通りだ。あのような事態を事前に防ぐのは一流の指揮官であろうと難しい。それに林閣下の言う通り、お前は十分な働きを見せているのだから」
「ハッ、ありがとうございます」

上官二人の言葉にまた頭を下げるロンメル。
その3名を見て林は何とも言い難い感情を覚える。

(いい加減、慣れるべきなのだろう…)

あの〝作品〟を知る人間としては、こうして現実で会い、会話を交わし、親交がある事実に不思議な感覚がある。
不必要なまでに丁寧なってしまうのはそれもあるが、〝CU世界〟の同位体であり、その世界で勇名を馳せる人物《キャラクター》だけにカリスマというか一種の風格めいた気配《オーラ》があるのだ。

(我が事ながら〝ガンダムファン〟という贔屓目も多分に在ると思うが…)

大洋にもあの〝アムロ・レイ〟を始め、多くの同位体が存在するがどうも未だに緊張感を覚えてしまうのだった。
憧れの芸能人・著名人と会うのと似たような物だろうか? と彼等のような同位体と対面する度につい考えてしまう。
一方、レビル達にしても憂鬱世界を経験し、多くの戦歴を経て得た林が持つ将たる風格に多大な敬意を払って接しているのだが……あの〝ガンダム〟の登場人物という事に意識を割かれて本人は気付いては居なかったりする。

ともあれ―――

794: 蒼猫 ささら :2017/03/09(木) 01:14:17
大洋連合、ユーラシア連邦、南アフリカ統一機構の三軍は、トリポリより南東400㎞地点において合流を果たし、ザフトと北アフリカ共同体の二軍が引く防衛線へと軍を進めていた。

「敵軍はトリポリより凡そ150kmの地点、トリポニスタ中央部にあるミラスタ県の県都バニワリードを臨時の根拠地として防衛線を展開しております」

南アフリカ軍の参謀が卓上の脇にあるコンソールを操作しながら説明を行う。

「これまでの偵察及び現地諜報の結果、予想される敵戦力はザフト、北アフリカ軍双方合わせてMSが550以上、戦車を初めてした機甲部隊はMBTだけでも3500~4000…これに随伴するPSは600ほど、ヘリ部隊は300ほど、航空機は戦闘機は500、攻撃機は200程度と見られます」

敵戦力の数値が出され、一旦言葉が切られるとザワザワとした空気がブリーフィングに集った指揮官達の間に流れる。大半は驚きであり、「予想よりも多いな」と隣席する者同士での囁きだ。
それに答えるように参謀が説明を続ける。

「MSが予想されるより大きいのはジャンク屋が積極的に敵に協力していた為で、連中によって北アフリカ軍にMSが多数供給され、またこのアフリカで活動するギルド所属の連中の多くが傭兵として参加しているからです。この供給されたMSと傭兵どもを除けば敵のMSは400前後まで落ち込みます」

ジャンク屋という言葉を聞いて苦々しい表情を浮かべ、「またアイツらか」「どこまでも面倒な連中だ」と忌々しげに呟く指揮官達。

「機甲部隊が大きく膨らんでいるのは凡そ10日前、アレクサンドリア陥落頃から北アフリカ軍で大規模な徴兵が行われ、リビアより以西の主だった街々から軍務に耐えられる成人男性の多くを動員し、退役・放棄されていた1世代、2世代前の旧式の兵器群を根こそぎ持ち出した為です。空軍につきましては北アフリカ軍の後方予備を含めたほぼ全軍を投入しているからであります」

参謀の続く言葉に指揮官達の囁きが静まり一応に難しげな表情する。
旧式といえど数が揃えば脅威。それらの殲滅で消費する物資も多大となりそうだと考えているようだった。敵空軍に対してもそれだけ必死と見え、下手すると人員が限られるザフトより厄介かも知れない。

「また未確定ですが、敵軍の総指揮はアンドリュー・バルドフェルトを執るという情報があります」

その言葉に、ザワリと先よりも一際大きな空気が指揮官達の間に漂う。

「繰り返しますが、あくまで未確定であります。しかしここに至って北アフリカ軍は危機感を覚えたらしく指揮の一本化を図ったというのは、かなり確度が高いと思われます。その根拠として敵軍の動きに今までにない纏まりが見え、防衛線と敵の配置に整然とした厚みがあります」

卓上に映る立体地図の上に航空偵察による写真や映像、そしてCGで描かれた予想れれる敵布陣が浮かび。それを見る指揮官達は唸り、先程以上に難し気な表情を見せた。
居並ぶそれら指揮官達の顔を見ながら「以上です」と参謀が告げ、次に別の参謀が立って卓上の映像を切り替えてより詳細な説明を行う。




「楽にとはいかないようですな、レビル閣下」
「全くです、林閣下」

ブリーフィングを終えた二人は艦内の通路を歩き、軽く嘆息しながら言う。

「もう少し手早く軍を進めるべきでした。であれば敵の戦力増強を許す事はなかった」
「…流石にそれは望み過ぎでしょう。各地の制圧を行いながら此処まで来てるのです。閣下も我々も良くやっていると思います」

悔いたように言うレビルに林は首を振る。
大洋、南アフリカもここまで手早くやって来たが、レビル率いるユーラシアも北アフリカ軍やゲリラを鎮圧し、各地の抑えながらかなり迅速に軍を進めて来た。〝原作〟において〝数だよ兄貴〟と言った三男の中将が素早い用兵と称しただけはある。
これに遅れないように同行する南アフリカを急かし軍を進めたが、前世で培った経験と知識を頼みにする凡人な自分としては正直舌を巻く思いだ、と林は胸中で呟く。流石は〝あの作品〟で…〝宇宙世紀〟において名を馳せた一線級の将だとも。

「ま、ここに至っては嘆いても仕方ありませんな」
「ですな。最善を尽くすのみです。お互い健闘を祈りましょう」

言うと互いに苦笑し合い握手を交わす。

「では、お先に」

そういって林はデッキに通じる扉を潜った。

795: 蒼猫 ささら :2017/03/09(木) 01:15:53


ふう…と彼は深くため息を吐いた。
此処にきてようやく敵の戦力が見えてきたからだ。無理をした航空偵察と現地諜報員の活動によってやや具体的に見えてきた。

「予想通り…とは喜べないな、これは」

タブレット端末に映る情報を見て「うーむ」と唸る。

「ユーラシア軍がMSだけで凡そ300、南アフリカ軍が200近く、そして大洋は300…しかもビーム兵器を標準装備している機体が多数見受けられると、しかも強力な可変MSまでもいるってのは……まったく懸念が当たったな」

これも喜べないが…バルドフェルトは気を落としたように小さく呟く。何事も楽しんで取り組もうとする彼にとっては珍しいことだが……いや、あの一戦以降はそういった事もめっきり減っている。
拡大した領域、負担が増す兵站、補充された新兵…〝成人〟達。どれもこれも頭が痛い問題だった。
そして敵の反抗作戦。アラビア方面では四日間…南部では3日間の防衛の末に侵攻を留められないと判断し後退させ、戦力をトリポリに集中させたのは良かったが、

「……上は分かってはくれないね。無茶ばかりを要求してくる」

現場を理解してくれない上層部にバルドフェルトはやや苛立ち気に愚痴る。

「敵の戦力は圧倒的。物量は勿論、バクゥ以上に機動力に富んだ高性能MSに強力なビーム兵器を搭載した機体。本当に嫌な事ばかり予想が当たる。これ以上のアフリカの防衛・維持は難しいってのに……増援と呼べるものは評議会の御曹子達に、最新のMS2機程度と来てる」

故にバルドフェルトは批難・解任覚悟で上伸した。アフリカからの全面撤退と放棄を。そして早々に南米へと渡り、南米方面軍と現地軍の共同でパナマを抑えると。
大洋・ユーラシアと大西洋・東アジア陣営は余り協調性が良いとは言えない。対外的にも、国内的にも大西洋・東アジアは仮想的である手強い前者に協力は要請し難い筈。協調するにも時間が掛かる。そこを突けばパナマでは勝機がある。

「それにマスドライバーさえ抑えておけば、最悪、地上からの撤退だって出来る」

彼としては地上での戦いは先が見えていた。だから地上からの全軍撤退の為にマスドライバーの確保は必須であり、それが唯一可能なのはパナマだった。
大西洋は未だにMSを投入する気配はなく、仮に投入してきたとしても量産タイプはザフト機とそう大差がないと判断できた。
その根拠は、増援としてきた件の評議会の御曹子達が奪取し、乗り込んでいる機体にある。あの機体自体は中々に強力ではあるが陸戦タイプとしてはバクゥでも対処は可能な範囲だ。
そして技術的にみると〝子鬼〟よりも洗練されておらず、技術班の意見ではMS黎明期のような無駄が多くあるのだという。冗長的な発展性という意味ではなく。
つまりはザフト初のMSプロト・ジンの更に初期の初期のような機体だという事だ。

「それが何を指し示すかは明らかだ」

MSの製造・開発に慣れていないという事だ。だから大西洋からはあれ以上にすこぶる強力な機体というべき物はまず出てこない。だが同時に恐ろしい事実も明らかになってしまったが…、

「…そう、大洋製のあの子鬼は、非常にMS開発に慣れた者達が設計し製造・生産した機体だという事だ。我がプラント以上に、先進的にだ」

その事実とそれが何を意味するか理解しているのは、まだ彼の麾下にあるアフリカ方面軍の技術班と整備班しか知らない。上に報告しても信じないであろうし、軍内に要らぬ不安を招くことから吹聴していないのだ。
尤も、データを送っている以上、本国の技術者の中にも気付いている人間はいるだろうが…。

796: 蒼猫 ささら :2017/03/09(木) 01:17:58
「兎に角、であればまだ大西洋相手には勝ち目はある」

パナマを落とし、大西洋に一定のダメージを与えられれば、そちらの陣営とは講和が可能となるかも知れない。
それでも講和条件は厳しいだろう。エイプリルフールクライシスの賠償と謝罪。占領したパナマの放棄。エイプリルフールクライシスを承認した議長及び評議会の辞職などを科せば何とか講和が目に入る。
大洋・ユーラシア陣営もプラント戦に乗り気な大西洋が矛を収め、同様の条件で何かしらの賠償なり保障なりをすれば講和を飲んでくれる公算はある。

「……しかし、無理だろうね。我が故国の世論が納得しない。それら厳しい条件では戦前以上に苦しくなるだろうし…」

だが、それでも独立という目標は達せる。苦しい時期を乗り越え、親プラント国家と良好な関係を維持出来さえすれば輝かしい未来を手にできるかも知れない。

「けど、そうなる前に暴発する方が先か。そして戦争も再開か……大人も大分減っているし、我慢を知らない若者の方が多い以上は…やっぱ駄目だね」

はぁ…とバルドフェルトは溜息を吐く。

「彼…マトスの言う通りエイプリルフールクライシスが決め手だった。あれさえなければ大西洋・東アジア陣営の相手だけで済んだだろうし、外交でまだ何とかなる目もあった」

コーヒーをグビッと大きく煽るように飲む。まるで現実からを目を背け、ヤケ酒を飲むかのように。

「ふう…まあ、どうしようもならないことを考えても仕方ないね。友人たる彼が果たしたように僕も出来る事を果たすべきだね」

そう呟き、彼はタブレットを弄り、作戦の確認を行う。

「北アフリカ軍が従ってくれるのなら、まだ何とか手の打ちようはあるか……尤もそれでも、まあ―――」

その声は誰にも聞こえず届かなかった。




翌CE71年5月16日。反抗作戦開始から11日目の早朝。
作戦緒戦の戦い以来、久々に連合とザフト・北アフリカ合同軍の双方は大きく戦力を展開し激突した。

両軍とも最初に接敵したのは、やはりというか空軍だった。
音の壁を破り、空を裂きながら鋼鉄の翼が飛び交い、数百になる双方の軍の戦闘機が熱源誘導性の高いミサイルを放ち、火を噴いて突き進むソレがポンポンと放たれる赤い火の玉に引き寄せられ、或いは銀の粉に阻まれて目的を果たせずに宙に火花を咲かせる。
中には見事敵機を落とした物もあるが、電子の目が限られる現代戦においてはやはりそう多くはない。
そうなると鋼鉄の翼を駆る彼ら戦闘機乗りが己が命を賭け、敵の命を刈り取る手段は前世紀から続く古式ゆかしいドックファイトだ。
ミサイルなどという無粋で無機質な猟犬に頼らない、愛機と己が腕のみを頼りにした命の凌ぎ合い。
音速と亜音速の領域を行き交いながら、翼を軋ませ、身体に掛かる重いGに耐えながら鋼の鳥とそれに乗り込むパイロット達は相手を喰らわんとその背後を取り合う。

そんな中、

「貰った!」

ザフトの最新鋭戦闘シュヴェールトを駆るパイロットは叫んだ。高速で飛び、敵機の背後に喰らい付き、機関砲の照準を合わせてロックオン。トリガーを引こうとし、

「何っ!」

戦闘機とは異なる奇妙なお盆のような…UFOのような形状を持った敵機が〝人型〟になった。途端、

「くっ」

視界から敵機の姿消える。後方に流れたのだ。エアブレーキという言葉がパイロットの脳裏に過る。それはドックファイトにおいて多分に使われる戦術の一つだ。追いかける敵機に追い越させて逆に後ろを取る。ただこれを行うには度胸が必要であり、自身の技量に絶対の自信がなくてはできない。下手をすれば失速して墜落するか、後方から迫る敵機と激突として無残な事になりかねないからだ。
そんな危険な技だが、その機体は容易にそれを可能とした。

「あ、」

パイロットは背後を一瞬見て小さく声を漏らし、人型が銃を構える姿を視界に捉えたのを最後に意識が溶け、一条の閃光に貫かれた愛機ごと空に散った。

797: 蒼猫 ささら :2017/03/09(木) 01:20:48


「まずは一機、次…」

速度を失いつつも墜落することもなくスラスターを吹かせて滞空し、敵機を打ち抜いた人型…アッシマーのパイロットは、再びUFOの形に…MA形態となり、音速で飛行し新たな獲物を喰らいに掛かる。
周囲を見れば、彼のように背後を取られた機体は同様に一瞬にして人型となり、敵機に飛び越えさせて背後を取って撃ち落とすか、すれ違い様に頑丈な機体に任せて足や腕を喰らわせて敵機を叩き折っている。
TMS乗りのパイロットであれば、エアブレーキをかけて敵機と激突する間抜けはいないが、そこには四肢の挙動と脚部と背部のスラスターを駆使した運動性の高さとそれを支える高性能なアビオニクスのお陰もある。
航空機の機動性とMSの運動性、これらを瞬時に使い分けられ、さらにAAMや機関砲をものともしない強化な装甲を持つアッシマーは、通常の戦闘機に対して非常に優位に立てる。
この優位性を活かして大洋に64機、ユーラシアに16機あるアッシマーは、空での戦いを連合側に傾けつつあった。

そして―――

地上から延びる火線を見て、

「来たか、第1、第2中隊行くぞ。俺に続け!」

アッシマーによる飛行隊を預かる彼は指示を出す。クンッと機首を大きく下げて高度を一気に下げる。
それに31機の僚機が続く。狙いは敵陣奥に居並ぶ対空兵器群。
高度10㎞以上から機首を地上に向けて加速。周囲に無数の火花が咲き、火花から飛びだした無数の黒い粒が装甲を叩き、微かな振動がコックピットに伝わる。だが、

「散弾ではなぁっ!!」

前世で見た作品の影響か、アッシマーのパイロットは吠えるように叫んだ。
対空陣地から上がる散弾、通常の戦闘機であればハチの巣になったであろうそれを〝あの名作〟のように容易く耐える愛機の有り様にテンションが上がり、鼻に感じるアドレナリンの匂いが強くなるのを彼は感じた。
ミサイルも上がるが、AAMでは散弾同様にアッシマーの装甲を貫くことは出来ないから無視する。
秒速400m近く、モニターに映る地上がグングンと迫り、散弾とAAMでは効果がない事に気づいたのか、火花が咲くことなくレールガンの電光が傍を掠めるようになる。
対空ザウートが放つレールキャノンの磁性砲弾だ。200㎜弾頭で音速の12~15倍にまで加速されるそれの直撃を受ければルナチタニウム製の装甲でも危うい。
しかし、彼は臆することなく脳内物質で昂る興奮に任せて突貫。機体に掛る空気抵抗とスラスターを巧みに使ってネジを巻くように動き、電光と共に迫る砲弾を避け、高度3000mを切ると共にMAからMS形態に移行。

「ぐぅ…っ!」

急激な空気抵抗の増加、掛かるエアブレーキ、強まったGでシートに強く押さえ付けれて軋む身体。視界が一瞬ブラックアウトしかかるが、訓練で染み付いた本能に任せえて素早く操縦桿を操作。四肢に動かし掛かる空気抵抗を補助に使いつつスラスターを駆使して回避機動。
直後、コックピットにギャギャッと嫌な音が響いた。エアブレーキで速度が落ちた事で敵が狙い易くなり、砲弾が掠めたのだ。

(回避機動を取ったが、やはりこの変形した瞬間が最も危険か…!)

掛かるGの強さに声に出せず内心で呟く。
傍で爆発しなかった事からレールキャノンの徹甲弾だと判断する。尤も仮に榴弾であっても多少の爆発では装甲の表面に僅かな傷が付くだけだろうが。

「だがぁ…っ!」

798: 蒼猫 ささら :2017/03/09(木) 01:22:28
呼吸が戻り、肺から息を漏らすと共に彼は叫ぶ。
本能と勘に任せるままの操縦を続け、速度はなくともMS形態になった事での運動性を活かしてザウートや対空砲から放たれる電光と火線と躱し、

「墜ちろッ!」

空中で3次元機動を行いながらアッシマーが持つ大口径ビームライフルのトリガーを引く。
未だ高度2000mほど、それでもトリガーを引く度に地上に火球が生まれ、火花が咲く。
彼の脳内にあるスコアボードにザウート2、自走対空砲5、という文字と数字が躍る。
地上に自由落下しもう高度1000mを切る。

「…チッ」

もう少しザウートを落としたかったが………無理は禁物だ。
作戦通りに彼は此処で引き下がるべきだと考える。このまま地上に降りてザウートを始めとした対空兵器群を狩るという思考も過るが、此処は敵陣奥深く。周囲にはジンなども無数見える。包囲されては要らぬ損害を出す公算が高い。

「…やはり無理は出来んな」

今回はあくまでも実戦での強襲データの取得が目的だ。損害を出してまで敵の撃破を求めるものじゃない。それがあるとすれば、今回のデータを踏まえた次回以降だろう。

「各機、退避行動! スモーク、フラッシュ、チャフ散布! 上空へ離脱するぞ!」

了解!との返事を耳にしつつ手早くコンソールを操作。機体脚部側面に内蔵された各種攪乱・欺瞞用の小型グレネードが放たれて地表へと落ち、閃光と煙と銀の粉が舞った。
これに強襲を受けて動揺していた敵対空部隊は更なる混乱に包まれ、急速に空へと遠ざかるUFOの編隊を逃す事になる。

この強襲によるアッシマー部隊の損害は軽微。一機も損失を出す事は無かったが、翻ってザフト・北アフリカ軍の損害は大きく。ザウートジャベリンだけで63機、対空砲群は186門もの損害を被った。
これによって対空網は40%近い低下を受けた。しかしバルドフェルトは予期していたかのように手早くこの穴を埋め。後衛にあったジン部隊をザウートジャベリンの僚機に組み込み、高性能センサーと同期させて特火粒子砲などを持たせて対処して対空網を回復させる。

これを受けて再度アッシマーによる強襲案が大洋の参謀から出されたものの、林大将は首を縦には降らず、当初の予定通り無理はさせないとした。
敵はあの砂漠の虎であり、一度仕掛けた以上は対処される可能性は高く。貴重なTMSパイロットの万一の消耗を嫌ったとも言えるが、敵に早々予備と言える戦力を切らせた事で満足すべきとしたのだ。
また、航空戦がまだ片が付いておらず、無理をさせなくとも押し切れると判断した事もある。




一方、アッシマーの強襲の直後、地上においても動きがあった。
ザフト・北アフリカ合同軍は、当初において防衛線を張って待ちの構えを見せていたが、空での戦いに旗色の悪さが見え、また対空網にも思わぬ打撃を受けたことにより攻勢へと転じた。
空の傘…制空権が完全に連合に握られる事になっては、防衛戦に持ち込もうにも空爆によってそれもままならない為だ。
防御陣地を捨て、自ら張り巡らせた地雷原の隙間を縫って進むザフト・北アフリカ合同軍。

これに制空権確保の後、空の支援を受けて悠然と攻勢に出る予定であった連合軍は、逆に待ちの構えと取る事となる。

かくして空での戦闘が落ち着く間もなく、両軍は激突する。

799: 蒼猫 ささら :2017/03/09(木) 01:23:47

ザフト・北アフリカ合同軍は、尤も数の多い機甲部隊を前面に立てた。旧式兵器が中心であり、練度も低いと言えど、物量に関して言えば連合軍の機甲部隊を大きく上回る。

「これを前面に立てて我が方の消耗を誘い、対応策を計ろうという思惑なのでしょうな」
「同感です。ですが…」
「…うむ」

レビルと林が通信でそう言葉を交わし合った。
細かいことは言わない。お互い取るべき方策は分かり切っていた。二人は麾下の部隊に指示を出し、機甲部隊を前面に立てる。
物量で上回っていようが、性能・練度・士気…それらの面ではこちらが圧倒的なのだ。ならば正面から受けて踏み潰すのみ。特に最新のMTやMAが相手では、旧式の戦車などは的にしかならない。

が、同時に2人は警戒する。砂漠の虎がそれを理解していないとは思えないからだ。敵の攻勢の中にあるであろう裏を探る為に、険しい表情で両大将は戦況図を睨んでいた。

連合軍は互いに距離を空けつつも右翼にユーラシア、中央に大洋、左翼に南アフリカと陣を構え。右翼が突出した斜陽を引いた形となっている。
これは尤も部隊規模の大きい機甲部隊がユーラシアが5個師団、大洋が3個師団、南アフリカが2個師団となっており、多少各軍に編成の差はあれど数の面でユーラシアが最も多いからだ。
まず物量の大きいユーラシアがぶつかり、敵を引き付けようという狙いがあり、最も少ない南アフリカには場合によっては側面を突くなどの遊撃的な働きをして貰おうという意図もある。
ちなみに指揮権に関してはレビル大将、林大将、南アフリカの指揮官の順となっている。この件に関してはMSを運用する以上、尤もその新機軸の兵器に通じているであろう大洋軍の林大将に任せようという意見はあったのだが、林大将がこれを固辞している。
その理由に関しては陸空共にユーラシア軍が尤も数が多く、今次大戦においては大洋よりも実戦を多く経験しているというものであるが、実のところ林大将の本音は、

(レビル〝将軍〟に任せた方が良い。何しろ彼は世界は違えど〝地球連邦軍〟という巨大組織の総指揮を執った人物の同位体なのだ。適任だろう)

そういった転生者ならではの見方からであった。無論、今次大戦での実戦経験の有無など、そんな本音以外の部分も確かな理由なのだが………兎も角、彼は今回の戦いではレビル大将の補佐に徹する積りであった。




(クソ! クソ! クソ!…くそったれ! 畜生め!)

窮屈な運転席に体を収めている彼は、半泣きになりながら口汚く誰とも知れない軍人どもを罵っていた。
目の前…ろくに周囲も見えない強化ガラスに覆われた僅かな隙間というべきものでしかないが、それでも彼は否応なく粉塵と共に味方の戦車が吹き飛び、スクラップに化す光景を見せ付けられていた。
いつこの車体が、自分がその仲間入りするのか、それが恐ろしくて、怖くて堪らない。絶えず爆発音が轟き、車体も自分の身体も揺れてビリビリと震える。

(畜生! ちくしょう! クソがっ!)

怖くて恐ろしくて股間はとっく湿っているが、それでも彼はペダルを踏み込むのを止めない。否…足が恐怖で強張って動かせないのだ。
だから罵ることしか彼に出来ない。無理やり徴兵され、妻子の安否を盾され、10日日間にも満たない僅かな訓練で、こんな死地に送られた彼に出来る事はそれだけだった。

800: 蒼猫 ささら :2017/03/09(木) 01:25:30

(くそぉぉ!)

指揮者が何かを言っているのが聞こえるが聞き流した。そもそもそいつも自分と同じ身の上だ。まともな指揮をとれるとは思えない。十年以上前に一時軍にいた事があるという話だが……どうでも良い。普通の車に比べて戦車の運転などまともに出来やしないのだ。戦場ではただ真っ直ぐ走らせることしかできないし、足はペダルを踏み込んだまま動かない。

「くそ…畜生がぁぁぁーー!!」

もう何が何だか判らずそう声に出した直後、彼の乗る車両は榴弾の直撃を受けて炎と砂煙を共に派手に吹き飛んだ。

彼のような人間は北アフリカ機甲部隊の彼方此方に居た。
家族を盾に徴兵され、まっとうな訓練も出来ずに最低限の事だけを叩きこまれ、戦地に送られた哀れな肉壁。
恐怖で竦まないようにガンパウダーと興奮作用の強い麻薬を与えられて突撃する、敵に消耗を誘うだけを目的とした死兵だ。

故に死を前にしても彼らはただ進む。どれほどの損害を受けようとも。
まるで死を恐れないかのようなその在り様は連合の兵達に不気味さを与えた。鋼鉄の津波のように迫り、いくら砲撃に晒されようが只々突き進む。

「なんだこいつら…!?」

死のが怖くないのか!?とでも言うように、そんな声は連合兵…特に突出した位置にある為に敵により殺到される形となったユーラシア兵に多く広がった。

そこに―――

『死ね! 死ね! 死ね!…死んでしまえぇぇえ!』
『かあさん! かあさん! かあさん!』
『ヒヒ…ひひひ! あひゃっひゃやひゃ!』
『くそ! くそが! みんな! みんな! 死んでしまうんだ! ハハッ…みんなくたばれぇー!!』

憤怒、絶望、狂笑、憎悪…異常なまでにそんな感情に染まった声が何故かオープン回線で通信で解放されていて、連合兵に届く。

「な、何なんだ…」
「…狂ってんのか?」

思わず怯んだ。砲撃に晒され、仲間が倒れようが止まる事無く迫る鋼鉄の車両群に。
ただでさえ一方的で、虐殺というべき状況にある事がこれに拍車を掛け、連合軍の前面に立った機甲部隊に動揺が走った。

そして―――

意外な事に綻びが出たのは殺到を受けたユーラシアではなく、大洋所属の機甲部隊だった。
理由は単純だ。今次大戦以前から実戦を経験していない部隊が多く在った為だ。
ガンパウダーと麻薬で興奮した敵の狂騒に動揺しきり、怯みが大きくなった部隊の砲撃密度が薄まり接近を許してしまった。

「うわぁあぁ!?」
「ぐ…!」

接近を許し俄かに砲撃を受ける。しかし相手は旧式。損害らしい損害はない。MAやMTは勿論、61式戦車とて悪くても履帯が外れた程度だ。
そして接近した敵戦車や装甲車もすぐさま撃破され―――

「―――なんだ!?」

大洋兵はそれを見た。撃破された車両から敵兵が這い出て、彼等の方を向かいRAMを構え、RPGを持ち、中には無謀にも小銃や拳銃を撃ちながら駆けて来る。それを見て思わず砲撃の手を緩めてしまう。
一応に這い出た敵兵は何処かしら負傷しており、血塗れであったり、火傷を負っていたり、腕が歪に折れ曲がったり、体の一部が欠けていたりしたが、泣き顔か憤怒のような凄まじい形相で走り、敵意を向けて無謀な攻撃を行う。
兵員輸送車両も混じっていたのか、その人数は思いのほか多い。

801: 蒼猫 ささら :2017/03/09(木) 01:26:44

「く、来るなぁ!」

MTとMAのパイロット達は生身な兵に対して過剰である火力を意識したのか撃つのを躊躇ったが、61式戦車の乗員はそうは行かない。RAMやRPGを持った兵士は脅威だ。同軸機銃をもって薙ぎ払う。
多くの敵兵がそれで血飛沫を上げて倒れるが、運が良いというべきなのか…いや、同様と怯みがあった為にやはり射撃が甘かったか、それとも撃つのを躊躇う気持ちがあったからか、幾人かの敵兵を見逃す事となり、MAガンタンクの足元に辿り着いた敵兵が履帯に抱き着くようにして―――爆発した。

「なっ!」
「ひ…ッ!」

その瞬間見、ガンタンクについた人型に近いベットリとしたモノを確認した兵が小さく悲鳴を漏らした。

この光景は綻びが出た大洋の一部隊から伝搬するように彼方此方に見られるようになり、ユーラシアにも同様の事が見受けられた。

敵の狂騒によって動揺して怯み、これによって砲撃密度が弱まり、接近を許し、撃破しても這い出る敵兵の凶行に更に動揺し、砲撃の手を緩めてしまい、無謀な特攻見せられる。これらよって動揺と怯みが極まる。

この動揺と怯みの伝搬は現場の兵だけでなく、林とレビルも感じ取っていた。戦況図から見ても砲撃の密度と精度の低下は明らかであり、味方機甲部隊の士気も低下が著しいのは確かだった。

「レビル閣下!」
「分かっております、林閣下!」

砲撃力の低下し、動きが鈍った前面の味方機甲部隊飲まれる可能性が出てきた。敵機甲部隊本体は無傷なのだ。

「艦隊を前に出して一斉射撃! 合わせて機甲部隊を後退! ヘリ部隊も前面に出して支援!」
「了解! こちらも同様にします! その後は…」
「……やむを得ないでしょう林閣下。攻勢に転じるほかありません。この状態で受け身立っては……それでも最終的には負けはしないでしょうが―――」
「―――戦線が崩れ、被害が大きくなりかねませんか」
「ええ、ですのでこちらのMS部隊の打撃力でイニシアチブを取り戻します」

僅かに苦い表情で言うレビルの言葉に林は頷く。空が片付くまでという思いもまだ少なからずあったが、

「…それが宜しいでしょうな。敵に我が大洋が誇るMSの恐ろしさを思い知って貰いましょう」

林はニヤリとした笑みで不敵にそう言い放った。

802: 蒼猫 ささら :2017/03/09(木) 01:27:42
以上です。
ブラウンたちは出番なし。
ザフト陣営のテコ入れの為に北アフリカ軍を増強。加えて外道的精神攻撃を実行し大きく連合を揺さぶってますが、これはバルドフェルトの発案ではなく北アフリカ軍の発案です。
戦闘開始時は飲めなかったし、採る積りもなかった戦術ですが思いの外に空軍が押された為に止む無く実行してます。
徴兵された哀れな肉壁達がとっくに麻薬漬けの興奮状態であった事もその理由です。
バルドフェルトとしては折角の戦力であったから、もう少し有益に使いたかったでしょうが……指揮系統を一本化を図りながらもやはりズレが。

ちなみに連合がビックトレーなどの艦隊を敵機甲部隊排除の為に前に出さなかったのはザウートの遠距離砲撃を警戒したためです。前年10月に確認されたヒルドルブの登場と今作戦で量産タイプが投入された影響で、対地攻撃に有効なアップデートされたジャベリンが徐々に出てきているからです。

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最終更新:2017年03月13日 08:52