707 :①:2011/12/24(土) 10:27:43
今朝、ある方の訃報を聞き、この短編を書きました。
と、同時に、あの事故で亡くなられた方たちの無念を思うと
あんな事故は二度と起きて欲しくないという思いと共に
鎮魂もこめて、駄文で申し訳ないですが。
1.社長室にて
「しかし、
夢幻会、いや、嶋田さんがよく<<富嶽>>の機体の一部流用を認めましたね」
「カリフォルニア進駐があるからな。軍部としても400人の完全武装兵士がつめる輸送機は使い勝手があるだろう。
それにもともと嶋田さんは航空屋だ。日米戦後の世界も見ている。民間航空の発展が明らかなのはわかっている。
アメリカが分裂した今、民間航空機の供給先は日・英・独・ソだ。このうち日英が熾烈な商戦を繰り広げることはわかりきっている。
今のうちに大型機製造の経験は積んでおくことに越したことはないからな。辻さんもそこはわかっていて予算も出してくれた」
ここは倉崎重工のビル
社長であり設計者の倉崎重蔵と息子の潤一郎が茶を飲んでいた。
二人の前には模型がおかれている。
試製「富嶽」輸送機
XY99とボーイング747をモデルとした巨大輸送機は試作機が完成し、試験飛行を順調に重ねていた。
「これが本当に飛ぶとは思いませんでしたよ」
潤一郎は模型を手に取りながら、浮かない顔で続ける。
「しかし、出来たばかりなのに、トラブルを想定した飛行というのはかなり危険じゃないかと…」
「流石にこんな巨大飛行機を一から製造したからな、どんなトラブルが起きるかもしれん
これから製造する旅客機の設計の為にも試すに越したことはない」
重蔵は紅茶を飲み干し、カップを机に置いた。
「本当に、大丈夫ですかねぇ」
息子の潤一郎は心配だ、以下に技術が進んでいるとはいえ扱うのは人間。しかも飛行試験である程度慣れているとはいえ
今まで見たこともない巨人機にわざとトラブルを発生させてテストするというのはいささか性急過ぎると感じていたのだ。
しかし父親の重蔵は一向に心配する気配もなく、
「大丈夫さ」
と言って、パイプに火をつける
「彼らは私がもっとも信頼するテストパイロットチームだ、大型機の操縦経験も豊富だ。それに…」
ふうっとパイプの煙を一息はく。パイプの香りが社長室に広がる
「…彼ら自身が望んだのだ、借りを返す為に」
そう言って重蔵は窓に近づいた。
「借りを返す?借りってなんですか?」
潤一郎が背後から質問をする。しかし重蔵は空を見ながら独り言のように呟いた
「そうだ…彼らはあの山に二度と飛行機が行かないためにな…」
窓の外には夏の太陽がさんさんと輝いていた。
708 :①:2011/12/24(土) 10:29:37
2.相模湾上空
羽田飛行場を離陸した試製「富嶽」輸送機は順調に高度を上げていた。
「キャプテン、まもなく予定高度に達します」
「そやね、ほんなら水平飛行に移るとするか、コーパイたのむ」
「はい」
副操縦士は操縦桿を水平に戻していく。
「エンジン・油圧共に正常…しかし6発のターボプロップエンジンというのは面倒ですね」
後ろの航空機関士が計器を読みながらぼやいて報告する
「しょうがないよ、俺は前の時代で操ったことはあるがそれでも双発だからなぁ。まだこの時代でジェットはまだ早すぎるからね」
「まあでも、また747並の大きさの飛行機を操れるとは思いませんでしたよ」
副操縦士が笑いながら言う。
「操縦性もYS11並に安定してるから良い飛行機だわ、これは」
「ま、僕もいろいろやることがあって楽しいですけどね」
クルーは笑いながら試製富嶽をテスト開始地点へと操縦する
「まもなく開始地点です」
航法担当の航空機関士がチャートを見ながら報告する
「よし、はじめるか。tokyo control…あー、東京管制、こちらJ10001、これより非常対応飛行試験を行う」
「了解、周辺に航空機なし、気をつけて」
「了解」
機長はマイクを置いた
「どうも昔の癖がぬけんな、管制と話すときはつい英語が出ちまう」
機長は苦笑いをする
「みんな気合入れろよ、エンジニア、始めてくれ」
「了解」
航空機関士がパチパチとスイッチを入れた
「ハイドロプレッシャオールロス!」
とたんに操縦桿は重くなり、機体はフゴイド運動を始めた。
「重い…」
「ストールに気をつけろ!」
「はい」
副操縦士が重い操縦桿を操作しながら返事をする
「あの時と同じか…いや、垂直尾翼があるだけまだマシだな…さぁて、どーんといこうや!」
試製富嶽とパイロットクルーの格闘が始まった。
709 :①:2011/12/24(土) 10:30:49
3.故郷の山にて
群馬の山中で1機の零式練戦が戦闘訓練を終えて飛んでいた。
「いいか、今日教えたとおり空中戦は単機でやろうと思うな、電話無線があるから遼機と連携を取りながら敵を追い込むんだぞ」
「はい!」
練習生が力強く返事をする。
眼下には険しい山が折り重なり、谷間の川沿いに少し家が見える。
「教官殿、ここら辺は教官殿の生まれ故郷ではありませんか?」
「ああ、そうだ。いーとこだぞ」
彼が見間違えるはずもない。
「山んなかにある村だが、情は厚いしうまい酒もある」
そう言うと練習生が笑う。しかし彼はすぐに緊張した声で
「教官殿、左に大型機!」
「ん?」
見ると見たこともない大型機がヨタヨタと険しい山の上を飛んでいた
「何かトラブルが発生したようだな…近づくぞ、操縦を代わる」
零式練戦は大型機に近づいていく。
やがてヨタヨタしている大型機に並ぶ
無線機の周波数を民間周波数に変えて呼びかけた
「そこの民間機!こちらは筑波海軍航空隊黒沢大尉!何か故障か?操縦可能か?」
「…こちら倉崎重工J1001、黒沢大尉、こちらは機体障害テスト飛行中。心配ない、テストは終了した。まもなく正常飛行に戻る…」
そう言っている間に大型機はヨタヨタした飛行をやめて上昇し始めた。
「…よかった、問題はないんだな、しかしでかい飛行機だなJ1001」
黒沢大尉は富嶽よりも太い胴体を見て問いかける
「…日本の明日の翼ですよ、ところで黒沢大尉…」
「ん?」
「…下のお名前は?」
妙なことを聞いてくるもんだなと思いつつ黒沢大尉は答えた
「小官の姓名は黒沢丈夫だが…」
答えた途端、しばらくJ1001の沈黙が流れた
「どうした?J1001」
「…いやなんでもない。本機は羽田に戻ります」
「そうか、我々も厚木に戻る、無事な飛行をJ1001」
「…黒沢村長も、またお世話になりました…」
(村長?「またお世話」?どういうことだ?)
黒沢大尉はそう思ったが、大型機は南東の空に向かって旋回し始めた。
(まあ、いいか…)
「練習生、我々も筑波に帰るぞ、操縦を任せる」
「了解!」
零式練戦は東に向かって旋回する
二機の飛行機が離れていくのを、「御巣鷹の尾根」だけが静かに見守っていた
最終更新:2012年08月19日 11:18