267: ひゅうが :2017/03/26(日) 20:45:34
戦後夢幻会ネタSS――番外編「マツシロ・ケース」その3
――同 東京 第一生命館
ダグラス・マッカーサーはいらだっていた。
この日、彼のもとには戦略偵察機XF-12レインボウから発せられた沿海州や樺太の情報が報告書として上がっていた。
いわく、ソ連軍は国境地帯に兵力増強中、無線交信量が爆発的に増大する傾向あり。
何より気に入らないのは、この6月7日午後に入ってその量が激減したことにあった。
明らかに、ソ連軍は何らかの軍事行動をこの極東一帯で起こそうと試みている。
それも一両日中に。
マッカーサーとしては、この上は大切な時間をこの小柄な日本人に費やすのはいささか以上に勿体ない。
だが、彼は機会を惜しむ機会を封じられていた。
「そろそろ、空挺部隊が松代上空に達しますな。」
「うむ。」
楽しげに紅茶をすする男、阿部俊雄。
この戦争を終結させる際にも暗躍していたという海軍軍人は、驚くほどのふてぶてしさでマッカーサーの前にあった。
本来ならば、この男はマッカーサーにとって取るに足らない男である。
MPに戦犯容疑で逮捕させ、日本人が空襲で丸焼けになったり艦砲射撃で灰になったと主張する各種情報を根こそぎ吐かせることもマッカーサーは考えていた。
だが。
「我々のお願いを聞いていただき感謝いたします。元帥閣下。」
「日本海軍にそのような猫なで声をされると怖気がするな。」
精一杯の嫌味を込めてマッカーサーはいった。
お茶くみの役割を押し付けられたウィロビー参謀長なら震え上がって自らこの場所を去ること確実な怒気をぶつけられても、ソロモン海で修羅場をくぐった(忌々しいことに合衆国政界の大物の息子を気まぐれに助けてもいる)この男はまったく鉄面皮のままである。
「御謙遜を。欧州戦線の英雄。不屈のマック。あのバルジの戦いから一気にベルリンまでを打通した機甲戦は今後の見本となるでしょう。」
マッカーサーは少し驚いた。
阿部の声には、大きな敬意がこめられていたからである。
「ことに、重防御拠点を迂回し、超重爆B-29による徹底した爆撃により弱体化させ囲むことで華麗に戦線を突破した『飛び石作戦』は見事でありました。」
「うむ。」
そういわれると、悪い気はしない。
元来マッカーサーは称賛されることが大好きな男である。
この日本に占領軍司令官として降り立ったのも、一度ならずに二度までも苦杯をなめさせた日本人を軽く足蹴にしてやるつもりがあったからに他ならない。
それを味あわせた日本人から浴びる称賛は、思いのほか心地よいものだった。
「君らが治安を保証できないといったからだよ。」
憤りというより嘲りを含んでマッカーサーはいった。
この目の前の男は、日本が開発していた原爆関連資料などの極秘資料を隠しているマツシロの地下坑道の存在を彼に明かしていったのだ。
閣下がフィリピンに保管しておられたものの半分はそこにあります、と。
その時点でマッカーサーから、この男を解放する選択肢は消えた。
だが彼はこうもいった。
「現在、海軍陸戦隊と陸軍特殊部隊の選抜部隊150名が坑道の守備についております。
しかし、終戦時の混乱により武装解除命令が出せておりません。」
「無線で事足りるではないか。」
「それが…あの施設への通信コードを集中的に預かっていたのは宮城(きゅうじょう)、近衛師団本部ですな。
丸ごと艦砲で吹き飛んでおります。
石原莞爾大将とは連絡がつきません。」
268: ひゅうが :2017/03/26(日) 20:46:20
つまりは、マッカーサー家がフィリピンで蓄え、その後欧州から様々な手段で脱出させた結果数倍の額に跳ね上がった金塊は、その経緯を記した記録や秘密兵器の資料もろともにあそこにあるというわけだった。
そして彼の祖父アーサーと同様にマッカーサー家は清廉潔白というわけではない。
大統領選挙への野心を燃やす彼としては、真っ先におさえておかなければならない代物なのである。
「さらに、宮城事件によって叩き潰した反乱分子が山中をあそこへ向かったとの情報もあります。
なにせ、資料があったのは近衛師団本部。
石原大将が何をしたかはもう御存知でしょう?」
となれば、宮中に大きな伝手を持つというこの若造を通じてエンペラーの命令を直接発行してもらうしかない。
それも、「GHQを構成する各国には内密で」。
マッカーサーが執務室でこの不愉快なんだか愉快なんだかよくわからない男とこの3時間にらめっこしているのはそうしたわけだった。
「閣下!」
「何事だ。」
部屋へ駆け込んできた腹心のウィロビー参謀長を冷たく一喝する。
ウィロビーは、忌々しげに阿部の方を睨みつけていたが、やがてマッカーサーの視線に負けて直立不動で読み上げた。
「マツシロで戦闘です。」
「日本軍か。」
「いえ。それが――民兵のようです。」
何?
とマッカーサーは顔を引きつらせる。
この日本国内で、民間人に紛れた民兵とそれ以外を見分けるのは難しい。
「ああ、『やはり』。」
だから阿部がこともなげに言い捨てた言葉に再びマッカーサーは絶句する。
「あれは、閣下が釈放した人々ですよ。もっとも忠誠心がモスクワの方に向いてはいますが。」
釈放した人々のことはマッカーサーも覚えている。
まだ東京都内に入らぬ段階で、連合国側からの強硬な要求によって日本政府は5月15日時点で政治犯の予防拘禁を解除していた。
3日前に解放者マッカーサー万歳というデモを聞いたマッカーサーは、自分の名をもってそれを許可したことに大いなる自負を感じたものだった。
「知っていたのか?!」
「通信が途切れる前、松代象山坑道警備部隊は国民義勇戦闘隊ではない民兵の存在を確認しております。
ああ、すると工事を担当していた今話題の大陸の人々から漏れたのでしょうな。
まぁ無理もない。」
「貴様…それを承知で?」
「だから申し上げたのです。完全武装の空挺部隊でないといけないと。理由を聞かなかったのは閣下ですぞ。」
阿部は今や真剣な目でマッカーサーの方を見つめていた。
「つまりは救援作戦であります。1個大隊1000名の完全武装の兵士がいれば、坑道に張り付く素人民兵もどき数百程度鎧袖一触でしょう?
それに、日本軍残党との戦闘ははじめから想定内であったはずです。」
マッカーサーは思い切り舌打ちした。
阿部は、再び――このところ日参している吉田茂のようなジョンブルっぽい仕草で――紅茶を口にした。
「うん。うまいな。さすがはセイロン産。おかわりをいただけますかな?」
269: ひゅうが :2017/03/26(日) 20:47:21
【あとがき】――続きを投下。こういう嫌味は吉田さんにやってほしかったのだけどなぁ…
まだきれいな吉田さん状態だし。
最終更新:2017年03月27日 11:53