310: ひゅうが :2017/03/26(日) 23:02:06
戦後夢幻会ネタSS――番外編「マツシロ・ケース」その4
――同 長野県 松代町
戦闘、というよりは一方的な殺戮に近かった。
敵となった者たちは男女比5対1程度の集団で、数は300ほど。
日本語の叫び声や金切声をあげて襲い掛かってきた彼らの練度はそれなりといったところ。
だが、武器の面ではお話にならない。
「まさか、竹槍で…それにこんな粗末な…」
欧州戦線ではナチ殺しを名乗り数多くの武勲をたてていた熟練兵が呆然と軽機関銃(もちろん鹵獲品だ)を手にしながら言う。
「国民簡易小銃ですな。これでも状態はいい方です。」
チュウゼンジはぶっきらぼうにいった。
彼なりに不愉快なのだろう。
松代に空挺降下した彼らは、すぐに空挺堡を確保。
川中島古戦場をのぞむ松代城跡を拠点に、そして文武国民学校を司令部とし、まずは象山地下壕の確保に向かった。
そこで彼らは100名ほどの武装集団に襲撃される。
即座に反撃が行われたが、彼らは20代から40代にかけての男女。いずれも徽章はつけていない。
歴戦の空挺隊員は、巻き込まれた現地人たちを守りつつ、彼らの正体の把握につとめた。
「内地と外地を問わず、低賃金労働者、それに…」
ぱらり、とチュウゼンジが遺体の国民服の胸ポケットのボタンを外す。
「それはアミュレットか?」
「お守り(アミュレット)です。しかし…ああ、やっぱり。」
ボロボロになった和紙をチュウゼンジが取り出す。
布袋の中から取り出したものだった。
一般の日本人が見たら目を剥く行為だが、テラーはこのときはそれを見つめるだけだった。
「一匹の妖怪がヨーロッパを徘徊している。共産主義という名の亡霊が」
「共産党宣言。カール・マルクス著」
「私家版ですね。発禁書ですから。」
「そのわりにはあなたは?」
「私は原書で読んでいます。それに私家版流通は止められるものじゃない。
わが国の中流階級以上の男なら一度は読んでいる程度のものでしょう。」
こともなげにチュウゼンジはいった。
今更になってテラーは気付いた。
彼は、敬語が苦手なたちなのだろう。
だから苦虫をかみつぶしたような顔でこうして会話をしている。
「それで、あの女性は何をいっていたので?」
テラーは、日本人が混じっていると知って激昂して罵声をあびせてきたうら若き女性数名の「分隊」が何をいっていたのか、とふと気になって問うた。
少し話題を変えたかったのだ。
「今まで体を売らせておいて、今度は鬼畜米英に体を売れとは外道極まる。そこまで堕ちた国は革命してやる」
この時点で、彼女たちの立場をテラーは知らなかった。
進駐軍が日本政府に向けて出した最初の命令も。
そしてチュウゼンジを余計に不機嫌にさせるであろう慰めの言葉を発する機会も得られなかった。
彼らは歴戦の勇士だった。
日が暮れるまでのわずか数時間で、彼らはにわか民兵を掃討してのけることができたのである。
確認できた遺体の数は、294だった。
311: ひゅうが :2017/03/26(日) 23:02:43
そして象山地下壕とともに、コンクリートや鋼鉄の扉で完全閉鎖済みの――ただし銃眼が多数あいている――ある地下壕へと彼らは進む。
すでに内側の日本軍部隊の指揮官とのコンタクトはとれていた。
チュウゼンジが丁重に捧げ持った袱紗包みの書状を示され、1週間以上も着替えていないらしい第3種軍装の指揮官は驚くほど協力的になっている。
内側から守るべきはずの国民――民兵だが――を撃っていた優良武器は、順次武装解除されていくだろう。
「待ってましたよ。」
坑道内で籠城戦を強いられていた男たちの中から一人の少し毛色の違った40代くらいの男が進み出た。
「彦坂忠義といいます。ご案内しましょう。」
――同 舞鶴山地下壕
コンクリート製の段々畑のような構造物がそこにはあった。
赤い夕陽に照らされて。
窓はない。
出入り口らしき場所には機関銃陣地が設けられており、周囲には数百の死体が転がっている。
この地下施設を襲った集団は、当初は500を超えていたのだ。
主力がとりついた象山だけでなく、そこから数キロ山奥にある舞鶴山地下壕にも民兵は押し寄せ、そして第1次世界大戦の塹壕戦のように手詰まりとなった。
攻城用のダイナマイトを持っていたとしても、それだけで装備がけた外れの正規軍の籠城を打ち破ることなどできない。
それでも押し寄せたことに、テラーは黄金への欲望のおそろしさを感じる思いだった。
「こちらです。」
「なんだ、これは…」
彦坂と名乗った人間は科学者だと名乗った。
武装解除前の日本兵の敬礼に鷹揚にこたえ、いくつもの鉄の扉のある建屋の構内を抜け、テラーは地下壕の中に足を踏み入れた。
もちろん、完全武装の兵士20名ほどがしたがっている。
スコット少佐は、日本側指揮官とともに象山地下壕へ残っていた。
坑道の外では、800名ほどの空挺隊員が抜け目なく日本側を見張っていることだろう。
「電力は、大井川発電所から高圧線を引いた。ここにいる間に気付いていただろう?」
「地下高圧線を分岐させたのですね。幹線から。」
「その通り。信州は水力発電所を多く有する。そこから電力を供給させた。」
彦坂博士は、にやっと笑い、巨大なスイッチを引き上げて地下壕の照明を全開とした。
そして、テラーとチュウゼンジの方をじっと見つめ、やがて三日月のように口を釣り上げた。
「ようこそ。松代ウラニウム濃縮・重水製造施設へ。
心配せずとも、この施設は除染済みだよ。――さて。何が見たい?
50トンに達する重水素化リチウムかね? それとも高性能火薬の二重円筒かね? それとも残ったウラニウム238数十トンかね?」
鷹さ1メートルほどの円筒形の物体が数百基も並ぶ光景の中で、彦坂はまるで「オペラ座の怪人」のように両手を広げた。
312: ひゅうが :2017/03/26(日) 23:05:23
【あとがき】――というわけでさくっと。
最終更新:2017年03月27日 12:05