331: ひゅうが :2017/03/27(月) 00:08:11


戦後夢幻会ネタSS――番外編「マツシロ・ケース」その5




――2か月後 山形県米沢市


「あれは、閣下の仕込みですね?」

「いつ気が付いた?」

枯れ木のような老人が相好を崩す。

「あの襲撃があってすぐ。」

下村定は、怜悧な瞳でそう断じた。

「皇統護持作戦。占領軍により陛下が軍事裁判に引き出されることを想定した皇族の退避計画。
その行き先は数あれど、本命となったのは新潟。
そしてあの松代地下大本営予定地の建設労働者は『新潟港から送還される』
東条元首相の指示を受けてこれを統括していたのは、閣下だとお聞きしましたからね。」

「保科か?」

海軍の保科善四郎大将は、阿部俊雄少将の協力者の一人である。
海軍が復員省へと改組されようとしている今は軍務局長の地位にある。

「ええ。」

「あいつはおめでたいな。」

自分の事を思い切り棚に上げて、石原莞爾大将はからから笑う。
嘲笑だった。
この男は、本質的には満州事変の頃とは変わっていない。
ただ、バカに対して寛容になり、説得の手間を覚えただけである。
たちが悪いことに頭のキレはそのままに。

そんなことを下村は思った。


「とまれ、陛下の身分保障は内々に確保しました。」

「いろいろ大変だったらしいな」

「何をおっしゃりますか。白系ロシア人特務の情報をもとにソ連軍の満州侵攻を予測して、獄中から出たばかりのバカどもに『松代の金塊』の情報を吹き込んでのけたあなたほどではありませんよ。」

悪魔のような笑みを、石原は浮かべた。
すでに死病に冒されているだけあって、その姿はこの世ならざるものに見える。
あれは何だったか…何かのゲームで。

そうだ。マキリの蟲爺。
霞が関勤務の合間にプレイしたことのある、あのゲームの妄執にとらわれたかつての理想主義者の末路だ。

ああむしゃくしゃする。この老人は、日本という国の肢体を好き勝手改造してのけた挙句、免責されたままあの世へいく。
後始末を大嫌いな東条上等兵や我々に押し付けて。

なんという無責任。なんという不逞の輩か。

これで、近衛邸へもぐりこませていた特務を使ってあのルーピーの自決を阻止しているから始末に悪い。
スケープゴートは十分というわけだ。
まぁおかげで、廣田弘毅元首相は戦犯指定から解除されたのだが。

「おかげで米軍は、わが国は米軍による領土保障を確保しただろう?」

からからと石原は笑う。哄う。

「そのために、満州や樺太のわが国民を生贄に差し出したのですか?」

「怒るな怒るな。後始末をしてやっただけのこと。きちんとマッカーサーにもヤツの金塊の半分は返してやっただろう?
いつでも最終兵器が作れるだけの物資や機材もくれてやったのだ。」

これでやつはわが国には無体はできまいよ。
あの遠心分離機の内部に施された分厚い金メッキの出所を知るのは我々だからな。
いや、アメリカのことだから早々に司令官を替えるかもしれんな。
そんなことを石原はいった。

日本軍がどこからか金を手に入れたのか。それは、日本軍が建造していた超巨大な新型爆弾とその製造設備という特大級の「爆弾」によってうやむやになっていた。

332: ひゅうが :2017/03/27(月) 00:09:12

たちが悪いことに、そのコアとなる20キログラムのウラン235はどこからも発見されなかった。
そんなとき、ソ連軍は業を煮やして満州国境を侵犯。
なし崩し的に武装解除中の関東軍と戦闘状態に入った。
すでに大陸の民間人が大挙して旅順大連や朝鮮半島南部に脱出しつつあったのがせめてもの幸いである。
この状況で、下村などのちに「吉田機関」と呼ばれる集団は、マッカーサー相手に取引をもちかける。

条件付き降伏にも関わらず、全土へ進駐してしまってからあらわになりつつあった日本への露骨な内政干渉、とどめが天皇の戦犯訴追をはじめとする連合国強硬派の進める政策の中止と将来の同盟国としての日本再軍備の確約である。

すでに急速に悪化しつつあった日本国内の治安と、松代の施設に迫っていた共産ゲリラ(これはある意味誤解だった)という現実をつきつけられた米本国は1か月あまりを議論に費やした。
しかし、この8月、ついにこれを受け入れた。
最後のピースとなったのは、占守島事件…米重巡インディアナポリスの撃沈事件である。
早い話が、ソ連は欲張り過ぎたのだ。

そしてマッカーサーも、見つけたばかりの金塊――彼がいうところの「フィリピン独立のための財産」の半分を手放す羽目になっている。
その分だけアメリカ政府に与える手土産として相応以上のものを手に入れているから怒るに怒れない。


「北方で頑張っている阿部さんたちには言えませんな。」

「言う必要はない。」

石原はぴしゃりといった。
下村は思う。この男が余命わずかでなければ、八つ裂きにしてやりたいくらいだ。
もうどこまで、今回の事件にこの男の手が伸びているのかわからない。
こいつなら、ソ連が日本の海軍力やそれを支えた人員を喉から手が出るほど欲しがっており、さらにそれ以上に不凍港を同様に欲していることをエサに何らかの取引をしていてもおかしくはないのだ。

「それで、今日呼び立てられたのは?」

「いや、ただ顔を見たかっただけの話だよ。」

ぬけぬけと、石原はいってのけた。
下村がやってくること自体、彼とその仲間がGHQに逮捕されていないという証左であり、この石原莞爾が描いた絵図通りに物事が動いている、そういうことなのだろう。

「最期に何かいいたいことは?」

下村はいった。
この米沢の石原邸の玄関には、すでにMPが待機している。
予定されている戦犯裁判における事情聴取のために出頭が求められているのだ。
もっとも、免責で終わる可能性は高い。
死病というのは便利である。
殺意が湧くほどに、この男は用意周到だった。

潜水艦による撃沈と称して日本本土に搬入した残る半分の金塊のかわりに、20キログラムのウラニウム235を引き渡し、すべてを闇に葬るお膳立てをしてから表へ出てきたのだ。
もちろん、米政府が態度を翻したのなら、皇統護持作戦に基づき分散している皇族がどうなるかを下村は知っていた。
すでに英国か、それともフランスか…まぁ考えるにろくなこともあるまい。


「なにも。言わずとも君らは、日本を守るだろう?」

下村は、何も言わずに席を立った。


8月15日の空は、奇妙なほどに晴れ渡っていた。

333: ひゅうが :2017/03/27(月) 00:11:05
【あとがき】――予想以上にドス黒い話になってしまった…だが私は謝らない

341: ひゅうが :2017/03/27(月) 00:25:05
なお、このあとマックは奇妙な「栄転」を遂げます。
まぁ、好き放題にドイツを改造でき、さらに感謝を受けたのですから彼は彼なりに幸福でしょう。
また、日本降伏に伴いスローダウンしていたマンハッタン計画に基づき、8月6日、ニューメキシコ州アラモゴートにおいて「ウラン型N兵器」の初の起爆実験が行われております。
どっとはらい。
最終更新:2017年03月27日 12:19