991: ひゅうが :2017/04/10(月) 21:23:19

 戦後夢幻会ネタSS――閑話「帝都防空戦 ―承前―」



――西暦1945(昭和20)年4月10日 横浜 日吉台地下


「波号第221潜水艦より報告。『敵超重爆大編隊、本土ヘ向ケ大挙侵攻中。高度、8000以上。』」

赤い照明に満たされた室内に、光がともった。
アクリルガラス製の表示板の上には、白線で日本列島周辺の地図が様々な縮尺で描かれている。
小笠原諸島南端までを含むものもあれば、現在激戦が繰り広げられている沖縄本島周辺から中国大陸の奥地までを含むものもある。
中でも最大の面積を占めているのは、関東地方を中心として伊豆諸島北部の輪郭を描き出したもので、そこにはいくつかの色に分けられた光があるいは灯り、あるいは明滅していた。
これらは関東地方周辺の航空基地やその上の展開状況をあらわしていた。
手作業で管制されているために表示のタイムラグこそあるが、これを使えば関東上空を飛行する航空機は一目瞭然なのだった。

三方の壁面にも同様の表示板があったが、それらには地図のグリッド線の格子模様とは違って何段階かに分かれた目盛線が太線で表示されており、細い破線が縦に引かれている。
わずかに湾曲している横線と縦の破線は、高度の表示板だった。
三方の壁を見れば、縦横軸をもって立体的に航空機の高度を把握できるようにできているのだ。

「父島電探基地、大島電探基地の感度は良好。敵大編隊、数は350以上です。うち50前後は高度1万を超えている模様。
連中、こちらを舐めているようですな。」

海軍から派遣されている参謀がいった。
この日吉台はもともとは連合艦隊司令部壕として建設が計画された地下壕である。
南雲GF長官たっての希望で横須賀に残り続けている連合艦隊司令部が海軍の消極的な賛同を得ている今、この場所は海軍が提供している扱いとなっているのである。

陸海軍統合防空司令部。
実質的には東部軍管区の防空司令部に海軍が合流したような代物ではあったが、この防空態勢が成立したことはある種の奇跡に近かった。

「電波妨害に対抗して線警戒機を同時起動させていたが…」

東部軍管区防空司令官が眉をひそめた。
最高戦争指導会議に詰めたきりの防空総司令官にかわり、彼は実質的な帝都防空の総責任者となっている。
体よく責任だけを押し付けられたようなものだったが、陸軍軍人らしい責任感でもって彼はこの仕事をこなしていた。

陸海軍が二つの防空司令部をたてていることを知った軍需省が「予算の無駄」として皇居…宮城に爆弾を落とされる恐怖を盾に強引に統合したこの司令部には、少なくとも防空に関して足を引っ張り合う趣味を持つ人間はいない。

いや、いるにはいたが、東条英機大将が手ずから動かした憲兵隊の手によってそのことごとくが拘禁されていた、というのが正しい。
実に皮肉な限りだが、ここへきて日本の陸海軍は完全な戦争指導の統合を達成していたのだった。


「やはり連中、舐めてかかっているようだな。」

「今日は、上空を強い気流が流れています。」

気象参謀がいった。
彼は、厚木基地や大島基地を飛び立った気象観測機からの情報を集計し、天気図を更新し続けている。
この司令部の表示板は、大阪からダース単位で呼び寄せた文楽や人形浄瑠璃の達人たちによって動かされている。
同様に、天気図の更新も人の手に頼っているのだった。
電子化という目標は放棄されて久しい。

支持棒を使い、気象参謀は器用に大東島北方の海上を指さした。

「現在、急速に低気圧が発達中です。雷電改などでは長期間の滞空と接敵が困難です。連中、それを狙ったのでしょう。」

「確かに気になるな。このまま関東方面へ向かうとも思われるが…」

ちらり、と陸軍から派遣されている参謀が気象参謀の方を見た。
彼は、あのキスカ島撤収作戦において天気図を描いた経験を持っている。
それを知っているのである。

992: ひゅうが :2017/04/10(月) 21:23:50
「私としては、なんとも。ただ、この急速な発達をする低気圧は予想外の動きをすることがあります。第四艦隊事件の時のように。」

「南西諸島方面へ?」

「おそらく。しかし、しばらくはこの海域で滞空するかと。
あくまで経験からいわせていただければ。」

ふむ。と東部軍管区防空司令官は腕を組んだ。
天気は西から東へ向かって変わっていく。
これが常道だ。
もしもこのまま低気圧が東進を続ければ、関東地方上空を通る気流は大きく乱れる。
下手をすれば、迎撃戦闘機が高高度で滞空できないかもしれない。
そうでなくとも高高度へ上がること自体が難しいのだ。

実際昨年12月に行われた東京大空襲においては、冬の大荒れの天気を突いて来襲した敵戦略爆撃隊によって東京下町が集中的に爆撃され、3000名以上の犠牲者を出している。
このときは、低高度侵入であるにも関わらず敵戦略爆撃隊の第一次捕捉に失敗していた。
先ごろ稼働を開始したというマリアナ諸島にいる敵将はそれの再現を狙っているのかもしれなかった。

「今の段階で全力待機するのは危険です。」

陸軍参謀がいった。

「高高度で滞空しているうちに通常の戦闘機隊では燃料が尽きます。」

「高高度戦闘機のみを滞空させては?通常の局戦は通常通り待機として。」

海軍参謀が反論する。

「戦力分散になりはしないか?」

陸軍参謀が眉間の皺を深める。
日本側が持つ迎撃戦闘機は無限ではない。
上空での気流の乱れから高高度戦闘機部隊が退避を余儀なくされた場合は、その分少ない数の通常の迎撃戦闘機部隊で敵超重爆を相手にしなければならない。

盟邦ドイツを連日空爆している敵超重爆B-29は、その高高度性能もさることながら化け物じみた防御力が何よりの脅威であるのに。

「しかし、気象参謀は天候はこのままと言っています。うまくすれば下と上から敵超重爆を挟み撃ちにできるかもしれません。」

海軍参謀が応じ、司令官の方を揃って見る。
気象参謀の後ろでは、この道30年以上という中央気象台から派遣された技官たちが固唾を呑んで司令官の方を見つめていた。
軍属という形でこの司令部に詰めている彼らは、基本的に軍事に関する発言権を有していなかった。
そのため、気象参謀を通じて進言をしていたのだった。

数秒だけ目を閉じ、司令官は決断を下す。


「高高度戦闘機部隊の上空待機をとろう。」

陸軍参謀は、よろしいのですね?という風に少し首を傾げる。

「気流が乱れると踏んだのなら、敵の侵入経路は、富士山上空で変針し帝都を目指すという昨年の東京大空襲のコースをとる可能性が高い。
大編隊をもって浦賀水道上空を通り過ぎるのは、横須賀防空砲台の存在からも考えづらいからな。
かといって房総上空からでは、接近する低気圧や富士山上空の気流に逆らって飛ぶことになる。
これも大編隊の侵入路としては今回は不適当だろう。」

いったん言葉を切った。

「敵超重爆を一網打尽にする好機である。
やるぞ。」

993: ひゅうが :2017/04/10(月) 21:24:23


――同 海軍厚木基地


「発動機まわせ!」

「噴進弾はまだか!在庫一掃でいい、ありったけもってこい!」

怒号が響き渡る。
帝都防空を担う海軍第302航空隊は、その所在地から厚木空と呼ばれることが多い。
同じく帝都防空の任につく陸軍の飛行第244戦隊が調布、飛行第5戦隊が立川空と呼ばれるのと同様である。

もとは、横須賀鎮守府の外郭に位置していたこの厚木基地は、今やその位置から帝都東京を守る最前線と位置づけられていた。

関東平野上空8000メートルを吹き渡るジェット気流は、富士山の上空で大きく蛇行して東京上空へ向かう。
そのため、ここ数か月は無理をして高高度侵攻を行うアメリカ陸軍戦略爆撃隊は帝都を目指す場合にはこの厚木基地のすぐそばを通ってゆくのである。

とはいっても、ここ2か月あまりは帝都を目指す動きはそれほど活発なわけではない。
昨年末の東京大空襲において、送り狼としてB-24爆撃機400余機に襲い掛かった厚木空が敵に壊滅的な打撃を与えていたためだった。
以後の米軍は本土周辺への数十機単位での機雷投下へと戦術を切り替えており、同時多方向からこれを行うことで着実な本土の機雷封鎖を行うことを優先している。
実にいやらしい戦術であるが、効果は抜群だった。
いくら迎撃して撃ち落としたとしても、必ず別方面に機雷が敷設され、多大な手間をかけた掃海か近海航路の被害、そして港湾の封鎖が発生するのである。

これに鬱憤をためていた厚木空は、いざ大規模編隊による襲撃という報告を聞き、全力出撃を即決したのである。


「高高度待機組の第1梯団、出撃準備を完了しております。」

「よろしい。」

海軍第302航空隊指揮官と厚木基地司令を兼ねる源田実少将が深く頷く。
前任の小園司令官(現在は館山空付き)から交代して以来、待ちに待った機会である。
これまで陸海軍は帝都周辺だけでも2000機を超えるB-24を落としてきた。
そこへきて、この機会だ。
マリアナに展開する敵戦略爆撃隊は500機あまり。その総力出撃に近い今回の来襲を撃退できれば、本土への圧力は大幅に減じることができるだろう。
それは、沖縄本島での文字通りの「決戦」に総力を投じようという海軍の希望が現実になることを意味している。
その先駆けとなれないことは残念ではあったが、それ以上に帝都防空という名誉が源田の心を満たしていた。

実際、戦後に出版される回顧録において源田はこの仕事を生涯の誉とまで言い切っていた。


「編成は?」

「第一波は、烈風改二特35機、極光(キ83)20機です。第二波以降は中高度待機。
以後、第四波までの準備を完了しました。」

「結構。」

源田は薄く笑った。

994: ひゅうが :2017/04/10(月) 21:24:54

烈風改の航続距離を犠牲とし、発動機を口径の大きなハ50へ換装し、機体とカウリングの間の段差の気流を「排気管で吹き飛ばす」という強引な方法で解決した「改二特」あるいは非公式に「改三」と呼ばれる改造機を操るのは、いずれも熟練の戦闘機乗りたちだ。
翼下にぶら下げた噴進弾や強力極まりない30ミリ機関砲は、いかな敵超重爆も粉砕するだろう。
そうした確信が彼にはあった。
高速度性能から陸海共用機となったキ83「極光」は、烈風改二シリーズよりもはるかに余裕のある携行弾数でもって敵編隊を引っ掻き回す役である。

彼ら302空の後方には、立川に展開する飛行第5戦隊や帝都防空の最後の砦である調布の飛行244戦隊が控えている。
さらには、久我山周辺を皮切りに配備がはじまった高高度高射砲(海軍15.5センチ砲転用)が隊列から落伍した敵超重爆を狩り出す役目を担っていた。
運悪く浦賀水道方面へと向かえば、猿島砲台や東京湾要塞第2海堡上に設置された同様の高射砲が火を噴く算段となっている。
一部では東京湾要塞の戦艦主砲すら管制下に置いた防空システムは、数こそ少ないが威力は桁違いであった。

「『剣部隊』、出撃! 高高度がアメさんだけの領域でないことを教えてやれ!」

高いアスペクト比から味方には「イヌワシ」とあだ名される烈風改二が飛び立ち、続いてやや速い速度で極光が続いて離陸する。
管制塔からは見えないが、すでに飛び立った一式陸攻改造の「特殊攻撃機」は、腹に抱いた榴散弾を仕込んだ大型ロケット弾をコンバットボックスを組む敵大編隊に撃ちこむべく上昇を継続中だろう。
また、調布基地や立川基地からも陸軍航空隊に所属する高高度戦闘機 秋水(キ94Ⅱ)や極光(キ83)が舞い上がりつつある。
厚木空独特の高高度の空と一体化した迷彩塗装とは少し違う銀無垢の姿の機体には、いずれも日の丸が描かれている。

彼らは、何もしらずに帝都へ侵攻する驕敵を覆滅すべく、地上からの管制を受けてそれぞれの戦場へと駆け上がっていく。

その頃、関東地方各所には空襲警報が発令。
陸海軍の無線交信傍受班は米軍の無線符丁をつきあわせ、爆撃目標を特定。
それを中央司令部へと伝えていた。



――日本側の期待とは裏腹に、この日帝都東京を狙ったのはB-29だけで編成された大編隊ではなかった。
いわゆる「ハンプ越え」用に作られながらも、実際は運用されなかったB-24C改 200余機。
75機が投入されたB-29とともに進撃する彼らの旅は、日本側がドイツ同様の高高度戦闘機を保有していないという事前情報に基づいていた。

戦争という機会においてはまれによくあることではあるが、彼らは完全に間違っていた。

995: ひゅうが :2017/04/10(月) 21:25:50
【あとがき】――ちょっと急いで書いてみました。
いろいろやりすぎたかもしれない…
実際の空戦描写?
さぁて何のことかなぁ!?
最終更新:2017年04月16日 15:51