221: 名無しさん :2017/06/02(金) 22:58:34
○ 日蘭蜜月世界支援ネタSS ・ ある証言、フランス人の場合
「名前は―――――。当時の階級は一等兵。所属は第五工兵連隊。機関助士だった」
第五工兵連隊と言うと、開戦当時はノール県のダンケルクに配備されていた部隊ですね。
「そうだな。あの時は、確かにあの場所に居た」
蘭仏国境砲戦……ダンケルク砲戦に立ち会っていたのですか。
「ああ。あの時はポワン=ブリュメール(*1)と呼ばれていた。
他のポワン……ヴァントーズ、フロレアール、テルミドールと並ぶ主要橋頭堡と定められた場所だった。
列車砲でペイバス(*2)の要塞線に穴を空けて、そこからベルギカに雪崩れ込む算段だったと聞いたよ」
なるほど。
「結果はあの有様だったがね」
あの場の一兵士として、作戦は成功すると思っていましたか。
「思っていたさ。列車砲があれだけ並んだ光景を俺は初めて見たし、古参の曹長は世界大戦の時でも見なかったと言っ ていたのを憶えてる」
何門ほどあったのか、お聞きしても。
「何門どころじゃなかった。何十、何百門もあったよ。フランス中の列車砲。さらに米英の列車砲も掻き集められた。
第五工兵連隊は鉄道工兵部隊でね。あれらを並べるための線路を作っていたから数は嫌でも頭に入ったよ」
英米軍も列車砲を持ち込んでいたのですか。
「ああ。あの時、あの場にあった最大の列車砲は、俺たちのM1916……五二〇ミリ列車榴弾砲だ。
次点は英国の海外派遣軍が持ち込んだ二門のオードナンスBL一八インチ列車榴弾砲だったかね。
米国の外征軍もいくつか持ち込んでいたが……本当に、たくさんあった。
一応偽装されていたが、砲列が延々と続いていた。
この世にある列車砲があの時のダンケルクに全て集まっていたと言われれば、俺はそのまま信じただろうよ」
それだけの列車砲に、ネーデルラントは反応しなかったのですか。
「反応はしていたよ。ラジオで俺たちの“大演習”の話を盛んに流していたからね」
ラジオと言いますと。
「俺たちの機関車は集まってくる列車砲を配置し直す作業に追われてね。
何日も機関車から離れられなかったし、場合によっては待たされることもあって退屈だったんだよ。
だから合間に機関士の軍曹がこっそりと持ち込んでいた携帯ラジオを聴いていたんだ。
国境近くだからペイバスのラジオも受信できてね。ワロン語だから俺たちでも理解できて、良い暇潰しになった。
……その小さくて軽い便利な携帯ラジオが、ペイバスのフィリップ社製だったのは皮肉だがね」
当時、ネーデルラントのラジオはなんと。
「国境周辺に疎開指示が出た、と言っていたよ。俺たちの“大演習”による流れ弾の懸念があるってね。
流石にペイバスの連中も解ってたんだろうよ。“大演習”が名目ってことにはさ。
実際、演習を装ってフランスの内陸に向けて並べられた列車砲は直前で向きを変えてペイバスに向けられる計画だっ たよ。
英語だとネプチューン作戦、だったか? 蘭本土侵攻の通称は」
蘭軍は動いていたのですか。
「いや、やけに静かだった。少なくとも俺はそう感じていたよ。
流石にポワンから近い要塞線の空気は違ったが、それ以外は不思議なほどに静かだった。
実際、ラジオ放送も疎開指示以外はいつもと放送の内容が変わらなかった。
俺たち第五工兵連隊は普段からノールに居て、ペイバスのラジオ放送を聴いていたから解ったんだがね」
それは開戦直前まで変化しなかったのですか。
「いいや、列車砲が大分揃い始めた頃から連中の偵察機が国境沿いに飛ぶようになった。
毎回うちの空軍機が迎撃に出ていたが、連中の偵察機はただ機械的に国境沿いに飛ぶだけで露骨に挑発をしてくるこ とは無かったらしい。
ただ流石に護衛機が付いていたらしくて、こっちも下手に動けないから静かな緊張感はあったと聞いたよ」
ちなみに、それらの機体は噴進機でしたか。
「まさか。プロペラ機だよ。フォッカー製の旧式爆撃機を改造した偵察機と同じくフォッカーのウォード戦闘機…… だったかね。英軍の連中はフューリーって呼んでたんだったかな。
まあ、プロペラと言ってもターボプロップとかいうので、戦闘速度はこっちの戦闘機とは桁違いだったらしいが」
222: 名無しさん :2017/06/02(金) 22:59:29
噴進機の存在は知られていなかったのですか。
「噂程度には聞いてたよ。ペイバスで配備されているかもしれないってね。
だけど米国の研究では、燃料を馬鹿食いする非効率なエンジンって話でな。
皆、それを信じていた。英国だけだったかね、あの頃から噴進機の研究を大真面目にやっていたのは」
そのまま開戦を迎えた、と。
「そうだ。何に喧嘩を売ったのか、正確に把握している奴なんて居なかったんじゃないか?
だがそれでも勝てると思うほど、ダンケルク砲戦の始まりは凄いもんだった。
早朝、内陸を向いていたはずの列車砲が一斉にペイバスの方を向いて、それから一斉に撃ち始めたんだ。
常に何処かで列車砲が弾を吐き出していた。まるでこの世の終わりみたいだったよ。
ペイバス自慢の要塞線のあちこちから黒煙が上がって、俺たちは歓声を上げた。無邪気にな」
……。
「だが、連中の反応は激烈だった」
何が起こったのですか。
「絶え間ない列車砲の砲声に混じって、妙な音が聞こえた。こう、風切り音みたいな音が、だ。
そして次の瞬間には、いくつかの列車砲が吹き飛んだ。
丁度装填中だった砲弾に引火して、派手に吹き飛んだものがいくつかあった。初めは事故だと思ったよ」
蘭軍の反撃ですね。
「ああ。何が起こったか判らないで突っ立っていたら、誰かが逃げろって叫んだんだ。
俺と軍曹は慌てて機関車から逃げ出して、近くに掘られていた退避塹壕に転がり込んだよ。
その直後に轟音と揺れを感じて、俺は気を失っちまった。
これは後で聞いた話だが、撃ってきたのは蘭軍の要塞砲だったらしい。
連中、内陸に向ける要塞砲にまで三六センチや四一センチの砲に換装していたんだ。
それも榴弾砲じゃない。戦艦に積むような艦載砲を転用したものだ。威力も射程も桁違いだったよ」
五二〇ミリや一八インチの列車砲には劣るのでは。
「威力はそうかもしれないが、射程は別だ。向こうの方がはるかに長い。
おまけにそうした大口径列車砲は、こっちには片手で数えられる程度にしかなかった」
しかし、同盟側の列車砲にも艦載砲を転用したものがあったと聞きますが。
「勿論、あったよ。だけどな、あの時の俺たちの列車砲の多くは第一次世界大戦の時に製造されたものか、あるいは軍 縮条約で廃艦になった戦艦の主砲を転用したものだった。
そしてそれらはほとんど十二インチから十四インチ程度ぐらいしかなかった。
三六センチはともかく、四一センチ近い砲を転用したものはなかったんだよ。
まあ、そりゃそうだ。何せその砲を持つ戦艦は現役なんだからな。
列車砲のために新造する余裕なんて無かったのさ」
蘭軍はそれらを新造していた、ということですか。
「そういうことなんだろう。あるいは作り過ぎた予備砲身を転用したか……どちらにしろ、贅沢な話だ。
しかも要塞砲だけじゃない。要塞線の内側、俺たちが堤防か何かだと思っていた延々と続く稜線は、
全部列車砲の掩体壕だったんだ。そこから斉射の被害を免れた列車砲が出てきて、反撃に加わった。
元々、ペイバスは云十年も前から列車砲大国だ。保有数は桁違いで、まともに撃ち合ったら負ける。
だから俺たちは連中の列車砲が展開していないのを確認してから攻撃したんだ。だが、見事に騙された訳だ」
今では、それらの施設は公開されていますね。
「どうせならもっと前から公開して欲しかったよ。無理な話だろうけどな。
それで気を失った俺はどれくらいかして、目を覚ました。
身体中が泥まみれで、何処もかしこも痛んだ。
幸い、俺は五体満足だったが一緒に塹壕に駆け込んだ軍曹は何処にも居なかった。
軍曹が居たはずの塹壕は、土砂で大きく盛り上がって丘みたいになっていた。ああ、あの人は死んだなと思ったよ」
あの砲戦でダンケルクの地形が変わったという話もありますが。
「変わったんだよ。あのあたり、やけに丸い池が多いだろう。昔は平らな原っぱだったんだ。
あの丸い池は全部、砲弾の着弾跡に水が溜まってできたのさ。
近くの川の堤防が砲撃でやられて、流れ込んだんだよ」
今では物珍しさから観光名所になっていますね。
「若い連中は知らんが。俺は絶対に行きたくない。思い出すからな。あの日のことを」
223: 名無しさん :2017/06/02(金) 23:00:12
話が逸れました。では、意識を取り戻した後、貴方はどうしましたか。
「そのまま塹壕から顔を出して様子を伺いたかったが、古参の曹長が言っていた言葉を思い出して止めた。
塹壕から迂闊に顔を出すな、頭を吹き飛ばされるぞ、ってね。
だから、もどかしかったが痛む身体で塹壕の中を移動しながら
誰か居ないか、あるいは外の様子を伺えそうな場所か物が無いかを探したんだ。
と言っても、狭い塹壕だからそこまで遠くには行けなかったがね。
退避塹壕だから他の塹壕とも繋がって無かったよ」
その結果、何か見つけたのですか。
「偶然、砲兵観測用の砲隊鏡が塹壕の中に落ちていたのを見つけた。
多分、何処からか吹き飛ばされたんだろうな。
鏡の片方は壊れていたが、もう片方は問題ないようだったからそれを使って塹壕の外を伺ったんだ」
何かありましたか。
「……何も、何も無かった……いや、語弊があるか。動く物は何も無かった、かな」
と言うと。
「あれだけ並んでいた列車砲も、機関車も、線路や仮設の車庫、弾薬庫すらも全部全部吹き飛ばされて残ってなかった。
時折、奇妙な形の焼け焦げた鉄屑が見えて、それが列車砲や機関車の残骸だと頭が認識するまで結構な時間が掛かった」
その光景を見て、どう思いましたか。
「呆然としたよ。実は俺は死んでいて、地獄に来たんじゃないかって思ったぐらいだ。
そのまま砲隊鏡を放り出して、塹壕の中でぼんやりと座っていた。どれくらい座ってたかは、憶えていない」
それから何か起こりましたか。
「そのうち、遠くから音が聞こえてきたんだ。工兵の建機が動いているみたいな音だった。
それを聞いて、俺たちの部隊の近くに侵攻のための戦車部隊が居たのを思い出した。
確か米国軍だったはずだ。だから、味方が助けに来たんだと思ったよ。
そして思わず曹長が言っていたことも忘れて、塹壕から顔を出して手を振ろうとした」
振ろうとして。
「片手が挙がったまま、動かなかった。
見えたのは、見たこともない戦車が何両も今まで見たこともない速度で向かってくる様子だった。
英軍でも米軍でも、当然俺たちの戦車でもない。ペイバスの戦車隊だと気付いた時には、砲身がこっちを向いていた」
撃たれなかったのですか。
「咄嗟に、もう片方の手を挙げたんだ。ほら、こうして、降参のポーズだ。
そうしたら撃たれなかった。敵とはいえ、しっかり見てくれたペイバスの戦車砲手には礼を言いたいね」
その後は、どうなりましたか。
「戦車の後ろを付いてきた兵員輸送車から降りてきた連中に拘束された。
その後はあちこち盥回しにされて、最後はペイバスの捕虜収容所に放り込まれた。
そこで機関士の軍曹に再開した。なんでも山みたいになった塹壕の向こう側で助かってたらしい。
軍曹も俺は死んだもんだと思っていたらしくて、お互いの足をしきりに触って確認したな、あの時は」
蘭軍の捕虜収容所の空気はどうでしたか。
「良い、とは言えなかったな。
まあ、俺たちは攻撃を加えた側だから当然だ。歩哨のこっちを見る目はとんでもなく冷たかったよ
でも飯は三食出てきたし、自由時間も適度にあった。
必要以上に俺たちを痛めつけたり、貶めることもなかったし、扱いはあくまで常識の範囲内だったよ」
他の捕虜の様子は。
「一緒に放り込まれていたのは軍のお仲間ばかりだった。
俺みたいに偶然生き残って、そのまま降伏した連中が多かった。
あの光景を見ていたせいか、反抗しようって奴は居なかったよ。
皆、心の何処かが折れていたんだと思う。
アルマーニュ(*3)の例の親衛隊が来るまでは、本当に空気がどんよりしていて、暗かった」
224: 名無しさん :2017/06/02(金) 23:00:42
例の親衛隊と言うと。
「ナチ党武装親衛隊……今は帝国武装親衛隊(*4)か。
あれの人間が何人か捕虜収容所に来たんだ。大体、捕まってから半年くらい経った頃だったかな。
捕まっている連中を集めて、外国人義勇親衛隊員を募集するために収容所を回っているんだ、と言ったんだ」
その話を初め、どう受け止めましたか。
「冗談じゃない、と思ったよ。
いくら収容所から出れるからって、同胞に銃を向けるのは御免だったよ。
だが、そう言ったSS将校の横に居た別のSS将校が一歩前に出てきて、
君たちの力が母国のために必要だと言ったんだ。それも流暢なフランス語でね」
フランス語で、ですか。
「ああ、ラジオで聞いていたワロン語とは違う、訛りの無い純粋なフランス語だった。
そして、私の名前はアンリ=フネSS義勇少尉だと名乗った。元々はフランス陸軍中尉だった、ともね。
それから母国が危機に瀕していると説明し始めた。そう、あの植民地義勇兵とは名ばかりの野盗共のせいでな」
エストシナ義勇兵ですね。
「そうだ。連中、ろくに戦わずに野盗に化けて母国を荒らし回ってたんだ。
俺たちは連中を欧州に呼び寄せるのには懐疑的だったが、
丁度中華贔屓が大統領になっていた米軍が徴募するように言ってきて、上の連中は仕方無く組織したんだとさ。
もしも過去に戻れるなら、まず連中に欧州の土を踏ませる前に洋上で船ごと沈めておくべきだと思うね」
そこまで酷かったのですか。
「戦争による被害以上に、散った連中の対処に追われていたほどだったよ。
負けたはずのこっちの軍隊の武装解除が後回しにされていたほどなんだから相当だ。
収容所に来た武装親衛隊も、警察任務のためにフランス全土に展開しつつあったらしい。
それを聞いて、俺は志願した。ただでさえ負けたのに、これ以上俺たちの国を荒らされて堪るかと思ったんだ」
その後はどうなりましたか。
「訓練もそこそこにペイバスやアルマーニュの四輪駆動車が供給されて、
それに乗って国中あちこちを哨戒したよ。散ったエストシナの連中を探してな」
久し振りに見た外の様子はどうでしたか。
「酷い有様だったよ。早期にペイバスやアルマーニュに占領された街よりも、
田舎の重要じゃ無さそうなところの方が荒れていた。強そうな軍隊が居ないところだな。
そういうところを連中はあえて狙って動いていたらしい。……本当に、本当に腹が立つ」
それを目の当たりにして、部隊の士気は大丈夫でしたか。
「俺が居た部隊はむしろ憤っていた。……いや、怒り狂っていた、か。俺を含めてな。
思い出せる範囲では他の部隊もだったような気がする。だけど正直、あまり憶えていないんだ。
皆、頭に血が上っていたんだ。そんな状態で連中を見つけたら、どうなるかなんて言うまでもないだろう?
そんな調子で後は終戦までずーっと哨戒と……駆除をしていたはずだよ。もう一度言うが、あんまり憶えてないんだよ」
……なるほど。では、本日はありがとうございました。
「別にいいさ。……ああ、そういえば、あの時の部隊では合言葉があったな。思い出した」
合言葉ですか。最後に訊いてもよろしいでしょうか。
「まずは撃て、然る後に考えよ。聞いたことはあるだろう? 我らがGIGN(*5)の標語さ」
(終)
*1 : 四国同盟による対ネーデルラント連合帝国戦争計画(オーバーロード作戦)内の
蘭本土侵攻作戦(ネプチューン作戦)で定められていたベルギカ方面の攻勢地点の一つ。
*2 : フランス語での、ネーデルラント連合帝国の意。
*3 : フランス語での、ドイツ帝国の意。
*4 : ドイツ帝国、帝国武装親衛隊。戦後の改編を経て、現在では国家憲兵に近い役割を担う。
*5 : フランス連邦共和国、国家憲兵隊治安介入部隊。対セクト作戦において、世界有数の能力を誇る。
225: 名無しさん :2017/06/02(金) 23:01:58
以上、供養完了。wiki掲載はご自由にどうぞ
最終更新:2017年06月17日 15:04