639: 弥次郎 :2017/06/09(金) 00:08:04

サラエボが着火して、ドイツとロシアとイギリスとオスマンが大きくして、オーストリアが油を投げ込んで、アメリカとイギリスが良かれと爆薬を投げ込んだ。そして、残ったのは日本とフランスだけだった

        • とあるジョークより


オーストリア人 アメリカ人 イギリス人お断り

        • 戦後間もないドイツで見られた看板


戦争を終わらせるための、人が終わせることができなかった戦争

        • 1921年のとある新聞より



日仏ゲート世界「War After War」1 -The Secret Adversary-



大日本帝国 要塞行政都市 安土。
修羅場の様相を見せる会議室では夢幻会のメンバーが話し合いを重ねていた。
誰しもが疲労を色濃く浮かべ、しかし、手を休めることなく書類の決裁を行い、話し合いを重ねていく。
予想内とはいえWW1への参戦。予想外のパンデミック。予想外のアメリカの失策。そして予想外の支援要請の嵐。
得た権益は少なく、ただ膨大な仕事だけが大日本帝国にはあった。

「くそ、どの国も二言目には支援、支援、援助、援助と……こっちのことも考えろってんだ!」

「戦時体制を解除できても動員体制は維持……くそ、予算の練り直しだ!」

「動員体制を戦後も維持とかどこのソ連ですか」

「陸軍に防疫装備の充実をしとかないとな。ガスマスクだけじゃなくいっそのこと化学防護車でも作っとくか?」

「いや、それよりか市街向けの装甲車の方を先にしよう。トラックも関東大震災のことを考えれば数が欲しい」

「……あの、海軍の予算は」

「陸軍としては、予算維持を願いたい……というか、増やして……」

「すまんが少し減らすことになる。航空母艦と艦載機とレーダーの予算は削らないから安心していいよ」

「(´・ω・`)」

「陸軍は暫くルノーFT-17とその系列で我慢して。ソミュアS1はかなりいい結果出てるし」

「(´・ω・`)」

現在の大日本帝国の状況は、控えめに言ってもオーバーヒート寸前だった。
戦争が終結し、同時に病気との戦争が始まったために日本は欧州に送る必要物資の生産工場となった。
それは、国内の生産ラインや農家に対してかなりの負荷をかけた。戦争が終わったのに、欧州を支えるために物資の統制を維持し続けなければならないのだ。
確かに輸出によって利益を得ることもできるのだが、その価格については友好価格以下の、必要経費も鑑みれば赤字寸前の、ギリギリプラスを維持している状態だった。確かに大日本帝国の存在する日本大陸は世界でも有数の食糧生産地ではあるが、世界中を賄えるほど潤沢に生産できるわけではない。日本もまた国内にまかなうべき国民を多く抱えている。
3年にも満たずに戦時体制を解除できる、少なくとも準戦時体制までは段階的に解除できると開戦時には予測していたのが大幅に狂っている。
この分では10年以上かかるのではという懸念さえもあったほどだ。国内にもスペイン風邪の患者が現れ始めていることからそれへの対処もある。
大陸化で増大した人口に配り切るだけのマスクや消毒液などを生産する手間と、それを配る手間。楽をする余地など、ほとんどない。

640: 弥次郎 :2017/06/09(金) 00:09:11

自然と、夢幻会メンバーの口からも愚痴が漏れ出てくる。

「マヴラブでアメリカはこんな気持ちだったんだろうな……」

「口ばかりで支援支援と駄々をこねられても困りますな……」

「はぁ……何時頃帰れるかなぁ」

とはいえ、各国が日本に支援を求めているのもわからなくもない。
列強の中で、世界大戦を経たうえで健在で、またAB風邪から逃れられている列強は大日本帝国のみなのだから。
アメリカもイギリスも国内問題に火がついていて大わらわであるし、フランスもフランスで最前線に立つ国家として多忙を極めている。
となると残る列強の大日本帝国に誰もが縋り付くのだ。ゲートがフランスにあるということも、欧州各国が縋りついてくる要員でもあった。

いや、それだけならばまだ何とかなる。
問題なのは、なまじ「支援ができる」という事実が広まってしまっていることだ。
豊穣な日本大陸を以てしても、そしてインドシナ・フランセーズの生産能力を以てしても、高まる需要は不安を覚えるほどだった。

「支援物資の製造や調達はもう少しで赤字です。そろそろ支援の拡大は抑えたいんですが……」

「そんなにひどいか?」

「ええ、そりゃもう。赤字すれすれを何とか維持してます。ゲートが無かったらそれこそ帳簿が真っ赤になりますよ」

大蔵省に所属するメンバーが資料を配り始めた。
その資料は、夢幻会メンバーの予想のさらに上を行く悪い未来を予告していた。
本来、欧州と日本大陸は遠かった。果てしなく、遠かった。だが、日本大陸にはフランスと繋がるゲートがあった。
そのゲートは現在もフル活用されているが、逆に言えば、それがなかった場合は阿鼻叫喚の地獄が広まっていたことだろう。
何しろ輸送費用が桁違いに安く、時間もかからないという素晴らしいものなのだ。浮いた費用は別な支援物資の購入に割り当てられるし、感染拡大阻止のために欧州に留め置かれている派仏軍への連絡やその家族への補償なども行わなければならないので、戦時国債を節約することにもつながっている。しかし、それにも限度があった。

「なんとか古米や古古米をはじめとした飼料用でも食用に転用できるものをかき集めてますが、それを食べられるようにして、輸送して、あちらで配る。臨時の予算を組んでいますし、欧州の特別国債を買うという形で何とか間に合わせていますが、それでも長期の信用が講和会議の影響でガタ落ちしてますので、日銀の方だと積極的な推進には反対です」

「……アメリカもダメか?」

「アメリカも国内の立て直しで手一杯です。ウィルソンの大失策の影響で国債がそれはもう酷いことに……」

Fで始まる4文字の悪態をついたメンバーは何とかならないかと頭を抱える。

「ウィルソンめ、劣化パッチでも付けたかのようなミスを重ねやがって!」

「……アメリカの会社を買い叩いても国庫は潤いません。高いツケとしておくしかありませんな」

「だがそれでは国内の資金が不足するぞ?紙幣を刷っても価値が担保されないとなると市場が止まる。
 戦時国債を買ってもらってはいるが、それも一時しのぎにしかならんぞ?」

「赤城山に埋蔵金でも埋まってないかなぁ…」

「徳川家に期待するなよ。まだ菱刈鉱山の開発はカードとして残しておきたい。あの埋蔵量は逆に経済を崩壊させかねないしな」

ハァ、と揃ってため息。愚痴ったところで現実が変わるわけでもない。ただ、愚痴は言いたい。
一体だれが、このような展開になると予見できただろうか?
歴史が剥離したというレベルではない。事実上破たんしている。
辛うじて史実の知識のアドバンテージは失われていないが、それでも著しくその価値を下げていることに変わりはない。
今後の世界の動きも、かなり史実と剥離するであろうことは確かだ。まあ、ブルボン家が存続している時点で、何を今さらと言えるかもしれないが。

641: 弥次郎 :2017/06/09(金) 00:10:32

ところで、と声が上がる。
外務省に属するメンバーが意外な国からのアプローチがあると伝えた。

「ソ連がどうやら接触を求めてきています」

「は?」

「ソ連が?」

「ええ。どうやら白軍の黙認を引き換えにバーター取引を望んでいます。
 どうやらウクライナをはじめとして国内の生産高を向上させて人民に配らなくてはならないようです。
 ついでに、国内産業を何とかしたいようですね」

「……えぇ?何?スターリンが『農民は至宝だ』とか言い出したのか?」

「どうやら似たようなことは表明していますよ。どうやら史実以上に尻に火が付いているようで、赤軍内部でも支持を集めています。
 国内の立て直しの名目ということでスターリンの権力はどうやら史実以上。とはいえ、世界革命を訴える派閥もいるので油断はできません」

しばし絶句をした夢幻会メンバー。
しかし、この事態に思考の停止は御法度。すぐさま切り替えて議論が始まった。

「どうする?」

「要請にこたえる他はないでしょう。ロシア白軍の支援を行っている以上、白軍に対する不義理は出来ませんし。
 拡張政策を勧めないという確約がもらえれば、時間はかかるでしょうが何とかなるかと思います」

「余裕が無ければ外に出てくることはないと思うが……一応警戒だけはしておくか」

「とりあえず、赤シンパが蔓延りすぎるのは警戒だな。あと、お隣の国に流れ込んできたら流石に困る」

中国共産党のことを思い浮かべ、誰もがため息をつく。
史実同様のめんどくささを発揮してくるという予想はある。
長年の怨恨に加え、フランスと組んでインドネシア・フランセーズの拡大に加担していた日本への恨みは相当な物だろう。
共産主義でもなんでも利用して、報復を目論んでいるというのは自然な予測だった。

「とりあえず国内とアウスタリ大公国での穀物の買取は推進しましょう。
 陸稲も水稲も麦も、必要としている人間はたくさんいます」

「生産調整はこっちで泥をかぶってでもやるしかありませんな……欧州が持ち直したら価格が暴落しかねない」

「うん。農協を通じて全国に通達しておく。暫くは買い取りを続けるとはいえ、油断は大敵だ」

「もうすぐ関東大震災か?」

「ええ。一応準備は進めています。けど、首都でもないのである意味神経質になりすぎる必要はありませんね」

「今思うと東京に首都を置かなくて正解だったな……」

「まったくですよ。我々の先達の英断に感謝ですな。
 とはいえ、こちらでも地震が無いわけではないですし、油断すべきではないでしょうね」

「戦勝の浮かれを消すにはちょうどいいでしょう」

「いえ、むしろ厭戦気分の方が盛り上がってますよ。これでしばらくは内政に集中できます」

会合の場の議論は、さらに白熱していく。
しかし、誰もかれもが疲れを隠せない。一体どれほどの仕事がこの後に待ち受けているというのか。

「一応、日本は勝ち組の筈だよな?」

「ああ。そのはずだ。そう、信じたい……」

そんな声を漏らしながらも、秘された組織は、未来に向けて思考を巡らせるのであった。

642: 弥次郎 :2017/06/09(金) 00:11:46
以上。wiki転載はご自由に。

戦争を始めるのは簡単。戦争を終わらせるのは難しい。戦争の傷をいやすのはとても難しい。
WW1というものが残した傷跡は、とてつもなく大きなものとなりそうです。

WW1後の各国の様子を「War after War」シリーズとして投下していく予定です。
こちらは一応ストックというか、どういう流れにするかの下地もあるのですが、まだ未完成なので不定期となりそうです。

次はドイツとフランスの様子を書いておきたいですね。
ゆっくりゆっくりお待ちいただければと思います。

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最終更新:2017年06月17日 20:11