297: 名無しさん :2017/05/06(土) 23:44:29
 沖縄に乗り上げた「大和」を曳航しようとしても、米軍の時には頑として離岸しなかった世界であれば、従軍記者が撮影した写真に無数の手が写っていそうです。

 死して尚も「大和」を守ろうと、必死で艦体にしがみつく腕が。

317: 名無しさん :2017/05/07(日) 01:21:28
297さんを見て、二次創作どころか三次創作の如くネタを。

 最初は、起床ラッパを担当していた水兵だった。
 定刻になってもラッパが鳴らず、不審を抱いた周囲が気づいた時には、既に彼は「ミズーリ」のレーダーマストの先端に昇っており、衆目を十分に集めた瞬間に飛び降りた。
 周辺の風景が一望できる、湾内で最も高い位置から。

 二人目は、「ミズーリ」のコック長だった。
 艦長の朝食に副長がケチをつけた瞬間、やおらキッチンの包丁を投擲して副長を殺害。その後は駆け付けた兵士を次々と殺傷して装備を奪うや、艦内を縦横に馳せ廻って遭遇した乗員を次々と殺傷。一個人の凶行とは信じがたい犠牲を出した。
 偶々乗艦していた海兵隊員いわく、取り押さえて事情聴取する所ではなく、戦場で邂逅した日本兵よりも凶悪で、咄嗟に砲術長が主砲を撃つ事でコック長を海に吹き飛ばしていなければどれだけ死傷者が出たか分からないと語った。

 三人目は、新人の衛生兵だった。
 温厚で親切な、兵士よりも教師が向いていると誰もが思うような人物で、自分でも除隊後は教職員になりたいと語っているような好青年が、「ミズーリ」の周辺に存在する全ての船舶にM1カービンを乱射したのだ。

 これらの事態を、過酷な戦闘で乗組員の心理的な治療が必要であると提督と各艦艦長以下の主要幹部が会議中に、それは起こった。

 提督つきの従卒が、いきなり発火したのである。

 提督以下、衆人の目の前で直立不動の姿勢を保っていた従卒が、いきなり全身が青い炎に包まれたのだ。

 それが従卒自身の自殺でない事は、自身に何が起こったのか理解できず、恐怖すら浮かんでいない困惑の表情が物語っていた。

 奇妙にも全身が骨すら殆ど残らない程に焼きつくされながら、彼の頭部のみは火傷ひとつなく、生けるが如く焼け跡ひとつない足許の床にストンと着地した。

 人体自然発火。この異常事態の原因は―――。

 ―――やはり、あれだな。

 その場にいた全員が、艦内からは見える筈のない存在が目の前にあるが如く、ある方角に視線を向けた。

 宜野湾市沖、「8番岩礁」。

 四度に渡り、米軍が行っている離岸作業にも関わらず、頑として動こうとしない存在。

 現在、五回目の作業が計画されており、今度こそ成功させる為に万難を排して(予算と人員が許す範囲で)離岸を完了させる予定の、戦艦「大和」。

318: 名無しさん :2017/05/07(日) 01:22:38
 対応は速やかに、そして密やかに行われた。

 南北の合衆国長老教会、福音派の正統長老教会、聖公会など。プロテスタント諸宗派の従軍牧師が参集し、様々なエクスーシア(悪霊祓い)の儀式を「大和」に施そうとし……悉く、自らの血肉に染まった。

 従軍牧師ではない、ある本職の日系牧師は、悪霊の中枢として艦内の大和神社を焼却すべく自ら乗り込もうとしたが、艀が接舷しようとして横転。スクリューに切り刻まれて三日後に死亡する。

 合衆国ではこの頃は少数派であるカリフォルニアやニューヨークのカトリックから、本職のエクソシスト(祓魔師)が派遣され、盛儀祓魔式が厳かに執り行われ、無事に終了した。

 満を持した合衆国海軍は、五回目の「大和」離岸作業を開始したのだった。


 ……だが。

 教皇の要も古い旧教の準秘跡を以てしても、「大和」を鎮める事は出来なかった。
 その成功は、昭和27年4月17日を待たなければならなかった。

 恐縮の極み。ウィキへの掲載はお任せいたします。
最終更新:2017年06月17日 19:09