587: ひゅうが :2017/05/13(土) 01:46:07



―――1963(昭和38)年10月12日 北米大陸東岸


「妙だと思ったんですよ。」

なれなれしさをにじませながら、男がいった。
この輸送艦は基本的に米軍のおさがりのLSMだから、大西洋の荒波によるロールやピッチによってしこたまに揉まれている。
好天であるからこの程度でおさまっているものの、パナマ海峡を越える前後には折り悪くハリケーンのなりそこないに突っ込んでしまい、今回の「計画」関係者たちのうち船になれていない者たちはそろって舷側に出ることも出来ず様々な物体で船室を汚してしまっている。
船体の大きさからいえば輸送艦の方がまだマシであったのかもしれない。
護衛として艦隊に随伴する「あまつかぜ」は、まるでジェットコースターのようと形容されるすさまじさを発揮して何度かスクリューが海面上に露出していた。
まったく、日本唯一のターター・ミサイルシステム搭載艦であるのにこんな荒れた道筋をたどらされたのが奇跡のようだった。

「私たちが集められた時期がまず『早すぎた』?」

「本来なら今年の冷夏や昨年と変わらぬ厳冬を受けて設立されるはず、でしたね。」

「にも関わらず、我々はいた。」

いかにも官僚然とした丸めがねを光らせた男は、白い歯をみせて笑った。
実際のところ、彼は見た目通りの人間とは言いがたい。
彼がかつて読んだ物語のようなところでは、謎の怪人じみた行動力でもって敵中を潜行するようなヤツのはまり役だと思ったのだが…

「いつ気がついた?」

「北崎。」

「まぁ、そうなるか。あの人の存在が発端か。」

「そりゃ、そうですよ。あんな会社は史実には存在しません。」

「あの人は、我々の世界にもいたんだぞ?」

「えっ?」

ふふふ、と笑った海上自衛隊の一等海尉は、謎解きをする探偵の意表を突くことができた真犯人のような表情で種明かしをする。
ちなみに、若干青い顔を残している丸めがねの男と違い涼しい顔である。
それはそうだろう。
この男は生粋の海の男だったのだから。

「倉崎の専務だ。表には出てないが、『戦後』はドイツ人と丁々発止をやりあっている。おもに技術面でね。ほら、フォン・ブラウンがあのときはうちにいたから。」

「ああ、理解しました。」

そうかぁ…あの人がかぁ…と遠い目になる男を、「藤堂」という名の海上自衛官はふたたび上から下まで見直した。
「前の人生」では、JAXAでロケット開発をしていたというこの人物は、どういうわけか彼のことをよく知っていた。
彼が伏見宮姓を名乗っていたことも含めて。

「それで、原作の続きは出たのかな?」

「わかりきったことを聞かないでください。それに、御大は2017年に…」

「早いな。若すぎるだろうよ。三州公は突撃したまんまか。」

軽く瞑目して偉大なるストーリーテラーを悼んだ藤堂は、すぐに思考をきりかえた。

「ということは、我々の成果に『原作』の続きが関わっていることに間違いはないわけだ。
なかなか燃える話だね。」

「いえ、それだけじゃありませんよ。」

男、糸川英夫と呼ばれるこの物語世界で敗北を宿命づけられていたはずの宇宙開発の父は野望を隠そうともせずに口元だけで笑って見せた。
おそらく、藤堂の乗艦であったあの護衛艦の艦長や、津軽海峡で沈んだあの弾道ミサイル潜水艦の艦長もあの刹那には同じような表情を浮かべていたに違いない。

「遙かなる星への階梯は、我々がかけるんです。
そのためにこんな押し込み強盗みたいな艦隊を引き連れて我々はここにいるんですから。」



――かつて、アメリカ合衆国と呼ばれたその場所の残骸の前で、男たちはそろって高笑いをした。
輸送艦5隻と、それに満載された完全武装の陸上部隊の目的は、そこにある夢の跡からあらゆるものを収奪し、極東の弧状列島へと運び去ることだった。
最優先目標となったのは、旧ロケットダイン社製の大型噴進推進器「F-1」
本来ならばサターンⅤと呼ばれる月ロケットの心臓部を構成するはずだったそれは、核攻撃を受けたケープカナベラルの残骸の中でも奥まったコンクリート製のピットに資料とともに眠っているはずである。
余力があれば、組み立て途中のサターン1B、そしてさらなる発展型エンジンのM-1ロケットエンジンも彼らは手に入れる予定であった。

1年前の第3次世界大戦勃発とその後の混乱から海軍力を使い尽くしてしまったソヴィエトや欧州諸国は、それを阻止どころか察知できるだけの力は残っていなかった。
もちろん、1億人の国民を失い東西に分裂しつつあるアメリカの東半分も。

…それが世界史にどのような影響を刻むのかは、永遠に書かれることのない物語の続き同様にいまだ未来の事象に属する。

588: ひゅうが :2017/05/13(土) 01:47:35
【あとがき】――昼間書き込みをできずに158氏へと返信が遅れたお詫びに一品つくってみました。
ご笑納下されば幸いです。

590: ひゅうが :2017/05/13(土) 02:23:46
追記――昭和28年→昭和38年

おいははずかしか!
生きてはおれんご!(エクスレイ作戦発令)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年06月17日 19:20