493: ひゅうが :2017/07/13(木) 01:21:36

惑星日本ネタ―――「水星(火星)年代記のようなもの」 その15.5



――1983年5月21日 水星 大日本帝国政府直轄 軌道幹線「新海道」


「かつてフランス第三帝国の総帥 シャルル・ド・ゴールは、空を飛ぶイメージ、空から舞い降りる総帥というイメージを宣伝映画で多用したそうだ。
キリスト教の天使、あるいは原初的な信仰の共通イメージを踏襲したのかもしれないけれども。」

「我が国の神話でもありますな。日本を統べる――まぁそちらのローマ教皇のような感じでやっておられる方ですが、その先祖は神々の国から天下られたと。」

「よくある話だ、と思うよ。」

「言葉を選ばずともよろしいですよ。本気で太陽神そのものであると信仰している者などごく少数。
そして信仰というものが科学的な真実とは違うということはもちろん弁えていますとも。」

「侮りすぎたかな。謝罪する。」

「お受けします。しかし億が一に神々が実際に地上へ子孫をくだされたとしても、代を重ねること百二十代以上ともなれば…
そういうことです。代を重ねることにこそ価値がある、概ね私はそう理解しております。」

「ありがとう。私もいらぬ心配をしたようだね。」

「貴国が宗教的に一神教を大事にしておられることも存じていますよ。
もっといえば、わが国は260年前の天変地異後の混乱の中でキリスト教を公認しました。
国民の1%以下ではありますがその博愛と平等の精神は国民すべからく尊重されるべきと考えていることでしょう。」

「公式発表かな?」

「個人的な感想でもあります。」

「便利なものだね。民族意識がほぼ統一されているとは。」

ふふふ、と二人の軍人は笑いあった。
実に和やかな会話である。
分断都市となったパリの壁ごしに行われているがごとく。

要するに内情を双方が探りたがっているがゆえのざっくばらんな会話を二人は交わしていたのだった。
片方は、帝国宇宙軍中佐 嶋田繁太郎。
片方は、合衆国空軍准将 バズ・オルドリン。
場所は、いわゆる控室である。

双方が共通していたのは、自分達に今の状況を強いた上司たちへの強い不満だった。
つまりは「ちくしょう、いつか(以下略)」というアレだ。

「それゆえに、貴国らへの恐怖感も強いのです。白一色のカンバスに落とすならどんな色でも目立ってしまうものですから。」

「なるほど。」

オルドリンは少し考え込む様子で、やがてこともなげに言った。

「くそったれ(ブラディ)な世界が血まみれ(ブラッディ)になるのは恐ろしいからな。」

494: ひゅうが :2017/07/13(木) 01:22:14
嶋田中佐は何を考えているのかわからないオリエンタル・スマイルでこれに応じる。
ああ、やはりこの人たちは東洋人だとオルドリンは妙な親近感を抱いた。
実際は、一気に距離を詰めてきたこのアメリカ人のやり方を厄介ごとの前触れと警戒していたのだが。
「かつて」航空技術者であった彼にはそうした経験がいやというほどあった。
(この手の類は自分達こそ最高であると信じて疑わないから無自覚に迷惑を振りまくのである)

「さて、時間です。」

嶋田はいった。
ここまで6時間。
水星の月であるイザナミから高度3万7000キロの静止軌道上に存在する「星見原」までを3時間で到達するロケット技術に加え、真空チューブそのものである軌道エレベーターは、大気圏に達するまでのほとんどを欧米では実用化されていない高温超電導リニアモーターで駆動していた。
その外側を木星圏からのヘリウム輸送管、そして呆れたことに地球上では構想上の存在である立方晶窒化炭素などという物質で構成していたからだったが、要するに外観はガラス張りそっくりであった。

余談であるが、この技術の大盤振る舞いを称して地球ではテクニカル・ハラスメントと称したという。

そうして近づいてくる地上を前に、外交担当者たちはこのあと予定されている歓迎式典の手順の詰めに入った。
こうなると、軍人たちは邪魔者である。
パーティー会場では邪魔者は壁の華となるのが古今東西変わらぬ真理である。
しかも、そういう者に限って厄介ごとを任せられる。

この場合、それは「両国の軍人が正装して軌道エレベーターの扉の両側に立ち、代表団に向かい敬礼し先導する」というものであった。

不運にも、この場における最上位階級の軍人はこの二人だけであった、というわけである。

「ああ。」

なお、バズ・オルドリンはこのときのことを、「何か気の利いたことを言おうと考えてはいたが、感動がそれを掻き消しまった」と述懐している。

495: ひゅうが :2017/07/13(木) 01:23:04
【あとがき】――ちょっと追加

500: ひゅうが :2017/07/13(木) 02:12:30
確かにその通り。「立方晶窒化炭素」が正確ですね。失礼しました。
モース硬度はダイヤモンド以上。
そしてそれを分子レベルで組み合わせたチューブで軌道エレベータを建造したとしておりまする。
化学的性質は不明ですので好き放題にさせていただきました。

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最終更新:2017年07月13日 19:14