641: パトラッシュ :2014/05/03(土) 09:53:34
凰鈴音SIDE(3)
帰りのバスの前に集まった五人は、揃ってあくびをかみ殺しながら赤い目をこすった。箒を除いて本国への連絡と、折り返し詳しい報告を求められて苦労したのが一目瞭然だ。箒まで眠そうなのは、何か別件に心を奪われて眠れなかったのかしら。というか、ここまで悩むとは一夏絡みしかあり得ない。あたしたちの知らない話があるってわけね。
おまけに千冬さんは容赦なく、朝食後にあたしたちをISと専用装備撤収にこき使った。デリカシーのない人よね――と思った途端、強い殺気で背中に冷や汗が流れたのは内緒だ。
「お早う、とんだ臨海学校だったな」
明け方まで動いていたのに少しも眠そうでない一夏に、昨日感じた疑惑を追及する気力もなかった。
「ふわぁ、アンタは元気そうねぇ……」
「さ、さすが現役の軍人ですわねぇ……」
「むぅ、私も軍人なのだがぁ……」
「一夏の前でだらしない格好はしたくないけどぉ……」
ひとり無言の箒は相変わらず一夏を――じゃなくて隣に立つ山本少佐を睨んでいる。さては少佐と悶着があったのかしら。
「多少の無茶は慣れているからな。ガミラスとガトランティス相手に連戦したときは、さすがに倒れそうになったが」
「俺もデザリアム戦では、ヤマトに戻った途端に寝てしまいましたよ」
相変わらず楽しそうに話す二人だけど、あたしたちは何も言えない。戦場経験を共有する者に横から口を出せないと思い知ったから。いつか、ここにいる面子で昨日の戦いを思い出す機会が来るかしら。
不意に英語の話し声が聞こえ、屈強な兵士に囲まれた福音のパイロットが玄関から出てきた。これから本国に連行か。正面出口へ行きかけた彼女は、責任者らしいサングラスの将校に何か言うと一夏の前にやってきた。柑橘系のコロンが香る、二十歳前後の金髪美人だ。
「Are you Lieutenant Ichika Orimura?(あなたが織斑一夏大尉?)」
「Yes、Ensign Natasha Fairs(そうだ、ナターシャ・ファイルス少尉)」
一夏がきれいな英語で応じると、周囲の全員が絶句する。アンタ戦争続きだったなんて言いながら、いつ語学なんて身につけたのよ!
「大佐の話だと、あの子はあなたのISに惨敗したそうね。まるで覚えてないけど、おかげであの子は翼を奪われてしまったわ」
「それは違う。ここにいる全員の協力あっての成果だ。機械が優れているだけでは意味はない」
あの子、とは暴走した福音のことか。あたしも必死で英語の会話を追った。
「……あなたは自分のISを信頼していないの?」
「動かすのが人間である限りという意味だ。ISはガミロイドみたいな自律型兵器ではないし」
「ガミロイドって何のこと?」
「異星人が使用していたナノマシン製のアンドロイド兵士だ。魂の存在さえうかがえる高度な自律性を備えていて、かなり人間に近かったな」
山本少佐の説明に耳を疑った。向こうの世界には、人間並みの自律性を備えたアンドロイドまで存在するの? 一夏が通訳すると、退屈そうだった監視役の米軍将校も顔色を変えていた。
「……アンドロイドの兵士までいる戦争なんて想像できないわ」
「俺たちには常識だ。ISが全軍備中で頂点の戦力か、数多くの強力な兵器のひとつかによって考え方も違ってくる。ISだけに入れ込むよりも、常に新たな可能性を探るべきだろう」
「ありがとう、オリムラ大尉。査問会を思うと憂鬱だけど、会えてよかった。許されるなら私もIS学園に留学したいわ」
一夏の頬にキスしたファイルス少尉を見送りながら、あたしの頭はまだグルグルしていた。ったく、最近の一夏はビックリ箱じゃないかと思えるわ。自律型アンドロイド兵士なんて本国に報告したら、二日連続で各国の政府や軍部がひっくり返るわよ。これまで聞いた話だけでも驚くばかりだけど、地球連邦が隠しているものはまだまだ多いわね。世界にどんな影響を及ぼすのか……って今あの女、一夏にキスしていかなかった?
※『銀の福音』事件完結編です。Lieutenant(大尉)とEnsign(少尉)の英語階級名称は、アメリカ海軍の表記に準拠しました(ヤマトもCosmo Navyなので)。wiki掲載は自由です。
最終更新:2017年08月22日 13:25