108: パトラッシュ :2014/06/28(土) 09:16:41
織斑千冬SIDE
人類史上初めて銀河系外に出た宇宙戦艦ヤマト、か。つまり、あの艦はワープ航法で光速を突破して十七万光年彼方の大マゼラン銀河にまで達した最初の宇宙船というわけだ。ワシントンやモスクワ、北京などで中継映像を見ている各国政府や軍の高官は、突然出現した巨艦の雄姿に椅子ごとひっくり返っているだろう。いや、日本政府もこれほどの艦が来ると知っていたかな。うすうす感じてはいたが、地球人類は初めて「絶対にかなわない」存在に遭遇したのだ――異次元に住むとはいえ、同じ人間だが。
推定全長三百メートル超と米海軍ニミッツ級空母に匹敵するヤマトは、特徴的な音を響かせながら十機のISが展開する空域の中央にゆっくりと降下してきた。にしても、あれだけの艦を大気圏で自由に浮遊させられるエネルギーをどこから得ているのだ。それだけで各国軍部は真っ青だろうし、束ならハイジャックしてでも乗り込もうとするか。アラームが響き、通信用の小ウインドーが開いて私と同年輩の軍人が現われた。
<地球防衛軍所属、宇宙戦艦ヤマト艦長、古代進中佐です。あなたが日本側の護衛責任者ですか?>
「あ、はい。IS学園主任教員の織斑千冬です」
<ほう、あなたが織斑大尉のお姉さんですか。では誘導をお願いします>
頷いた私は計画通り、ISを指揮してヤマトを囲むと福島方面へ向かった。時速百キロほどのスピードだが、ヤマトは調子を落とすことなく進む。約一時間後、私たちは福島第一原発から半径二十キロの立ち入り禁止エリアまで到達した。
ヤマトの来訪とその目的は、ワープで出現した直後に政府から公表されている。ここまで来れば地上からも巨大な艦体は目視できるし、マスコミのヘリコプターも遠巻きに飛んできた。あの空中戦艦がどうやって政府発表通り福島第一原発事故を終息させるのか、一般市民も仕事や学校を投げ出してテレビ中継を注視しているだろう。日本に潜入している各国のスパイも、目の色を変えて監視しているに違いない。こんなことは白騎士事件以来か。
<織斑先生、自衛隊と警察、東京電力の監視車輌が所定の位置につきました。海上配備も計画通りとのことです>
山田先生の連絡で、舞台は整った。今はコスモリバースシステムとやらを信じるしかない。
「わかった――古代艦長、準備完了です。ISは予定位置まで後退します」
<了解。コスモリバースシステム起動準備だ>
後退しながらヤマトを観察すると、艦上の甲板前部からアンテナらしきものが伸びる。続いて艦の両舷と下部艦橋からも。ヤマトはゆっくり上昇しながら福島第一原発の真上千メートル付近の空中へ移動する。再び停止した艦を見守っていると、ヤマト周辺の空気が薄いグリーンに染まったように見えた。その範囲は風船が膨らむように拡大し、地上にぶつかってからは津波がうねるように広がっていく。ところどころで放電のような光が点滅する以外、樹木や建物などに変化はない。「緑の大気」とも呼ぶべきそれは私たちをも包み込んだが、ISの機能に特段の影響はなかった。やがて薄まって消えると、再び古代艦長がウインドーに現われた。
<織斑さん、コスモリバースシステムの作動が終わりました。目標地域の放射能除去は完了です>
「何ですって……」
信じられない報告だった。三十分にも満たない緑色の空気で、日本を苦しめてきた放射能が消えたと? 慌てて自衛隊の指揮車に通信をつなげる。
「山田先生、そちらはどうなっている?」
<……お、織斑先生、信じられませんけど避難エリア内に設置された自衛隊のガイガーカウンターは、すべて計測値ゼロを示しています。自然放射能すら検知されません。間違いなく福島第一原発と周辺の放射能は完全に消去されました!>
背後で自衛隊員の驚愕と歓喜の叫びが爆発している。信じられないが今、日本人は被災原発の悪夢から解放されたのだ。
※ヤマトの来航とコスモリバースシステムの披露は、幕末の「黒船」騒動をイメージしつつ書きました。wiki掲載は自由です。
最終更新:2017年08月27日 09:39