112: フォレストン :2017/02/19(日) 12:38:17
陸軍のアウトソーシング。
「中東に比べると本国は冷えるな…」
1945年5月下旬。
ロンドン・ヒースロー空港に一人の軍人が降り立っていた。男の名はデビット・スターリング。長距離砂漠挺身隊(LRPG:Long Range Desert Group)所属の陸軍少佐である。
同月15日に行われた日独模擬空戦において、LRPGと英国情報部による共同作戦は赫々たる大戦果を挙げていたのであるが、大っぴらに出来ない極秘作戦であるが故に上層部に直接報告する必要が生じた。そのため、現場指揮官のスターリング少佐だけ一足早く帰国したのである。
「スターリング少佐。お迎えにあがりました」
「遠路はるばるご苦労様でした。早速ご案内致します」
空港のロビーには陸軍と情報部の人間が出迎えに来ていた。3人を乗せたベントレーは、2トンを超える車重を感じさせない滑らかな動きで加速を開始する。
「…そういえば、目的地を聞いていないのだが。ナンバー10か?」
「着けば分かりますよ。我が国の真の国家中枢です」
「時間に余裕がありません。飛ばしますよっ!」
ヒースロー空港からロンドン市内まで1時間ほどの道のりであるが、ベントレーはその名に恥じぬ高性能ぶりを発揮。100km/h越えの高速巡航により30分で走り切ったのである。
113: フォレストン :2017/02/19(日) 12:39:47
「我々はここまでです。ここから先は少佐お一人で」
「分かった。ありがとう…」
案内されたのは国会議事堂の一室であった。入口には『During the Round Table』(円卓の間)と書かれたネームプレートが掲げられていた。ただならぬ雰囲気を感じて扉を開けるのを躊躇したが、意を決して扉を開け放つ。
「やぁ、英雄殿の登場だ」
「遅かったじゃないか。早くこちらへ来たまえ!」
「さすがというか、歴戦の勇士は貫禄があるな!」
扉を開けたスターリングの前に現れたのは、与野党の有力議員や官僚、公務に関わる大貴族、さらに各界の著名で実績ある識者らであった。平時であれば、まず一堂に会することは有り得ない面子である。事前にある程度の情報は知らされているらしく、彼らは興奮気味に囃し立てる。
「彼は長旅で疲れているのだ。もう少し労わりたまえ!」
騒ぐ彼らを一喝したのは、現首相であるオズワルド・モズリーである。
現実離れした光景にただ絶句するしかないスターリングであった。
「すまないなスターリング君。最近明るいニュースが無かったので、彼らが浮かれるのも無理も無い事なのだ。許して欲しい」
「いえ…。その、首相閣下。この集まりは一体…?」
「聞いておらんのかね?ここは円卓。我が国の真の中枢だ」
円卓は、いかなる外部からの横やりを受けないように完全に独立した存在である。過去に政治に振り回されて失敗した愚を繰り返さないために、純粋に国益を追求するために配慮されたためである。
今まで前例が無い指導体制故に最初は不手際も目立ったが、世界中に張り巡らされた諜報網から集めた情報の収集と分析が有効に機能し始めると着実に成果を得ていった。円卓のことを
夢幻会の猿真似と嘲笑っていたドイツも、同様の組織である『騎士団』の設立を真剣に検討することになる。
114: フォレストン :2017/02/19(日) 12:41:23
「では、スターリング少佐。今回の作戦の詳細な報告を聞こうか」
場が落ち着いたのを見計らって、英陸軍参謀総長アラン・ブルック元帥(Sir Alan Brooke)がスターリングに報告を促した。
「はい。今回の作戦で得た戦利品ですが…」
彼の戦果報告を聞いて、円卓全体にどよめきが広がる。それほどまでに得た物は多かったのである。今回の情報部と軍部の極秘共同作戦において挙げた戦果は以下の通りである。
- 陸軍の主力戦車の詳細。
- 軍用暗号の一部。
- 最新のジェット戦闘機の機体とエンジン構造の図面や部品の一部。
- 上記以外の装備の現物や取扱説明書など。
疾風に完敗してお通夜状態なドイツ空軍はもちろん、空軍の惨敗に動揺した陸軍や親衛隊も外部に対する警戒が甘くなっていた。そこに情報部が入念に下調べと工作を実施し、さらにゲリラを装ったLRPGで各基地を襲撃。襲撃で混乱する基地内に密かにエージェントが送り込まれ、スマートかつ徹底的にバレない程度に機密を盗んでいったのである。
ドイツ側も決して無能というわけではなく、部品の紛失やかすかな違和感で外部からの工作に気付いた者は幾人もいた。しかし、彼らの報告は現場責任者に握りつぶされた。もちろん保身のためである。疾風に完敗して世界中に醜態を晒したうえに、外部からの工作を受けたことを伍長閣下に馬鹿正直に耳に入れた日には、冗談抜きで物理的に首が飛びかねない。良くても最前線送りであろう。紛失した図面や部品は最初から無かったことにされ、真相は闇に葬られたのである。
115: フォレストン :2017/02/19(日) 12:42:56
「…報告は以上です」
「うむ、素晴らしい戦果だスターリング君。諸君らの国家への献身に何らかの形で報いねばなるまい」
「ありがとうございます。首相閣下」
なお、褒賞の内容については事前の協議にて既に決定しており、以下の通りであった。
- 作戦に参加した情報部員に大英帝国勲章(Order of the British Empire)と報奨金の授与。
- 作戦に参加したLRPG全隊員にヴィクトリアクロス(ヴィクトリア十字章:Victoria Cross)授与。
- デビット・スターリング少佐を除く作戦に参加したLRPG隊員の1階級昇進。
- デビット・スターリング少佐を除く作戦に参加したLRPG隊員にミリタリーメダル(Military Medal)授与。
- デビット・スターリング少佐の2階級特進。
- デビット・スターリング少佐にミリタリークロス(武功十字章:Military Cross)授与。
昇進と勲章の大盤振る舞いであるが、これはドイツ相手にパーフェクトゲームを成し遂げたことと、極秘作戦で大っぴらに出来ないことを鑑みてのことである。ただし、スターリングの特進については別の思惑も存在していた。
「ところで、スターリング少佐。君は興味深い提案をしていたね?」
「例の特殊部隊のことでありますか?」
「うん、君には部隊司令として部隊の創設に関わってもらいたい」
アラン・ブルックの言う興味深い提案とは、彼の提案した特殊部隊のことであった。第2次大戦中、LRPGは遅滞戦術の一環として枢軸側の飛行場の襲撃を行っていた。彼らは最前線を大きく迂回して砂漠を踏破、敵の飛行場に機関銃を乱射しながら殴り込み、駐機中の航空機をダイナマイトで爆破し、コクピットに手榴弾を投げ込んで破壊した。爆薬類が尽きると手斧で破壊するなどして、最終的に100機以上の航空機に損害を与えていた。スターリングは、このときの経験を元にして、より効率よく作戦遂行が可能な特殊部隊の創設を上申していたのである。
彼の提案は、諸般の事情で判断保留のまま棚上げされていたのであるが、今回の大戦果によって再び注目されることになった。後にSAS(Special Air Service)と呼称されることになるこの部隊は、世界最強クラスの特殊部隊として戦後の局地紛争や対テロ戦で目覚ましい活躍をあげることになる。
116: フォレストン :2017/02/19(日) 12:44:37
「…ところで、君は今後の陸軍についてどうすれば良いと思っているかね?」
「は?参謀総長閣下、それはどういう意味で…」
「言葉通りの意味だよ。戦時の兵力を維持するには限界がある。いずれ縮小せざるを得ないだろう。しかし、ドイツとの再戦に備えるために陸軍の軍備に手を抜くことは出来ない。我々も知恵を絞っているのだが、中々良い案が出てこないのだ。何か良いアイデアは無いかね?」
「…」
英国は海軍国であり、当然ながら軍備は海軍が優先された。そのため、戦時ならともかく平時における陸軍戦力は縮小せざるを得ないのである。これは戦後復興のための人材不足に悩む産業界からの強い要請でもあった。
なお、同様の問題は極東のチート島国でも抱えており、かの国の陸軍では肥大化した国土を少ない師団数で守ることに悲鳴をあげていた。しかし、仮想敵がドーバーを挟んで目前にいる英国のほうが、より問題は深刻であった。バトル・オブ・ブリテンの最中に、陸軍の建て直しに奔走したアラン・ブルックが、目の前の英雄に縋るのも無理もないことであった。
「あくまでも個人的な案ですが、無いわけではありません」
「…聞かせてもらおうか」
「大兵力を養うには、とかく金がかかります。この問題を解決してしまえば良いのです」
「それが出来れば万々歳ではあるが、そのようなことが可能なのかね?」
「出来ます。軍隊ではなく会社形態にして利益を確保すれば良いのです。前線ならともかく、後方ならば警備任務が精々なので装備は旧式でも問題ありません。会社の体裁をとりますが、有事の際に速やかに軍に戻れるように階級に相当する役職も用意します」
彼の提案は、いわゆる史実の民間軍事会社であった。このとき既にインドの独立は秒読み段階に入っていた。未だ公的には伏せられていたが、最前線にいたスターリングは英国がインドを手放すことを確信していた。彼は英国が衰退していくのを憂慮し、英国の海外における影響力を確保するための構想を練っていたのである。
117: フォレストン :2017/02/19(日) 12:45:28
「面白いアイデアだ!なるほど、『軍隊』では無いのだから、国外派遣で世論に配慮する必要は無いな」
「死亡しても『戦死』ではなく『殉職』扱いですな。遺族年金も抑えられます」
「『社員』が不足するようならば、グルカ兵を充てればよい。それでも足りなければ、現地採用すればよいな」
「情報部としても、現地に展開しやすくなるので全面的に賛成です」
「需要も期待出来ます。中東の湾岸諸国や香港などの都市国家、今後の状況によってはさらに需要が増大するでしょう」
まさに瓢箪から駒なスターリングの提案は、円卓の面々で活発に議論された。最終的に以下のように決定したのである。
- 組織は警備会社の形態にすること。
- 営利組織として利潤を追求すること。
- 『人材交流』を容易化するために、軍の階級に対応した『役職』を用意すること。
- 情報部と新設される特殊部隊(SAS)の出先機関とすること。
118: フォレストン :2017/02/19(日) 12:48:20
彼の提案した会社は、『ウォッチガード・セキュリティ』の名で警備会社として起ち上げられることになった。極秘にされていたが、筆頭株主は英国政府であり実質的には国策会社であった。社員は陸軍を除隊したものを優先的に採用し、優秀な軍歴保持者は優遇される制度になっていた。
ウォッチガード・セキュリティの装備品であるが、これは陸軍が軍縮して浮いた装備がそのまま譲渡された。基本的に後方警備であるので、旧式の型落ち兵器で十分だったのである。当時はステンガンが有り余っていたので、隊員の装備は基本的にステンガンであったが、業務が拡大すると独自に装備を調達することになる。
装備品の調達範囲は多岐に及び、英国だけでなく日本や北欧、モノによってはドイツからも調達することもあった。これは、民間会社としてのアリバイ作りであるが、調達した装備品を研究・解析するためでもあった。もっとも、これらの研究は兵器開発には役立っても、兵器の英国面を無くす役には立たなかったのであるが。
社内における役職であるが、『一般隊員』が兵卒に相当し、『分隊長』が下士官、『隊長』が尉官に相当した。佐官クラスだと『課長補佐』や『課長』、将官クラスだと『部長』や『本部長』となる。もっとも、これは表向きの話であり、会社の内部資料では軍の階級がそのまま用いられていた。この他にも、入社前の経歴や戦功が給与に反映された。さらに、社員が挙げた業績によって特別ボーナスが支給されるようになっていた。
なお、ウォッチガード・セキュリティにおいても兵士は兵士、下士官は下士官で終わりという点では変わりなかった。たとえ入社前に歴戦の勇士でも、入社後にどれだけ実績を重ねても、入社前に幕僚課程や上級士官課程を取得していない者は現場揮官以上に昇進できない制度になっていた。そのため、キャリアアップを目指して業務の合間に勉学に励む隊員が急増した。この傾向は、特にアフリカで現地採用された隊員に多くみられ、アフリカ出身の『課長』や『部長』の比率が高くなっていくことになる。
警備会社ではあるが、国内よりも海外に展開することが多いために情報部が隠れ蓑にするには最適であった。情報部員は渉外担当や、通信担当に所属していたが、重装備を持ち込んでも怪しまれないので、資材調達担当にも所属していることも多かった。ウォッチガード・セキュリティの上層部は、社員に情報部のエージェントが紛れていることは承知していたが、具体的な人数や配置までは把握しなかった。もちろん機密保持のためであるが、あくまでも民間企業と言い張るためでもある。
基本的に後方警備が主要な業務なのであるが、緊急事態に対応するために少数精鋭の部隊も用意していた。隊員は全員がSASからの出向か元グルカ兵であり、士気も練度も高い装備優良部隊であった。その戦闘能力は非常に高く、後に南アフリカ支社に所属する緊急展開部隊は現地の正規軍を圧倒、壊滅的損害を与えて内戦終結に寄与することになる。
119: フォレストン :2017/02/19(日) 12:51:05
「…というわけで、スターリング君。SAS司令と警備会社社長を兼任してくれ」
「ちょ、ちょっと待ってください首相閣下。さすがに兼任は無謀では無いかと思うのですが!?」
円卓での会合から1週間後。モズリーに個人的な面会を要請されたスターリングは、思わぬ事態の推移に動揺していた。モズリーは、そんな彼の肩をにこやかに笑いながら叩く。
「なに、君は若いんだ。いくらでも無茶は出来るだろう」
「いや、これは無茶とかそんなレベルでは…!」
「スターリング君、知ってるかね?あの日本のシマダ首相は1日3時間しか寝ていないと聞くぞ。君は若いんだから2徹や3徹くらい問題ないだろう」
顏は笑っているが、目は笑っていない。というかヤバい。ぶっちゃけ『石川目』である。選択肢は『はい』と『YSS』しか存在しなかった。
半年後の1945年11月、ウォッチガード・セキュリティが正式に設立された。社長には、デビット・スターリング予備役大佐が就任した。民間会社の社長が現役軍人だとまずいので、表向きは現役から退いた形にしたのである。実際はSAS司令を兼任する必要があったので、軍籍は保持していた。
さすがに二足の草鞋は無理過ぎたので、後に正式に退役して警備会社に専念することになるのであるが、軍と情報部、さらには円卓ともパイプを持つスターリングは、貴重な人材として散々にこき使われることになるのである。
120: フォレストン :2017/02/19(日) 12:52:19
ウォッチガード・セキュリティの初仕事は、日本が中国大陸に獲得した新領土に建設中のユダヤ人自治都市の警備業務であった。この仕事にはロスチャイルド家の意向が強く働いていた。民間企業である限り、有力株主の意向には逆らえないのである。もっとも、ロスチャイルドにとって、ユダヤ同胞の支援は表向きの口実であり、本音は自治都市建設に関わることによって、日本とのコネクションを築くことであったが。
現地に展開するためには日本政府との折衝が必要であったが、民間企業であるためにあっさりと入国が認められている。これが英軍であったら、日本国内の世論が煩くてそう簡単に事は進まなかったであろう。
今回の業務に先立ち、パレスチナ在住のユダヤ人を大勢採用していた。自治都市に住むユダヤ人との摩擦を少しでも減らすためである。ユダヤ人たちが多く住むパレスチナは、英国の信託統治領であるが、この土地の周囲ではドイツ第三帝国の影響力が増していた。
『このままではいずれ自分たちも強制収容所送りになるのではないか』
そう危惧する声がパレスチナに住むユダヤ人の間に広がりつつあったのである。ウォッチガード・セキュリティの社員募集は、手に職を持って自由の地(ユダヤ人自治都市)へ行ける格好の手段であった。これはユダヤ人のパレスチナへの移民制限の強化と、欧州から流れ込んだユダヤ人の極東移送を進めている英国にとって都合の良いものであった。この動きに旧北米西海岸在住のユダヤ人も同調し、パレスチナへの同胞の支援を打ち切ったことにより、パレスチナからのユダヤ人脱出は加速化していくのである。
パレスチナからのユダヤ人脱出が進むにつれて、あくまでも聖地に祖国を作るべく自ら残ったユダヤ人達は次第に先鋭化していった。彼らはユダヤ人過激派と呼ばれ、パレスチナ周辺で過激なテロ活動を開始した。当然ながら、現地のパレスチナ人と衝突することになり、現地の治安は急速に悪化していくことになる。
121: フォレストン :2017/02/19(日) 12:53:38
ウォッチガード・セキュリティは、ユダヤ人自治都市の警備を皮切りに、大型案件を連続で受注することに成功して順調に業績を伸ばしていった。もっとも、これは営業努力云々以前に半ば国策会社であるが故に国家的プロジェクトに絡みやすいということもあったのであるが。現在の主要な業務は以下の通りである。
- 警備業務
- 後方における輸送業務
- 身辺警護業務
- 兵士の訓練
- 特殊業務
警備業務であるが、これは比較的安全な地域の警備を軍に代わって請け負う業務である。現地に駐留している英軍に代わってウォッチガード・セキュリティが常駐警備を請け負うのであるが、軍隊と比べると遺族補償、軍人恩給、褒賞などが無いので安上がりであった。英国の勢力圏内でも比較的安全な地域の警備をウォッチガードセキュリティに任せた結果、大幅な経費の節減に成功して財務大臣が小躍りしたと言われているが定かではない。
比較的安全と言っても、偶発的な戦闘も十分にあり得る場所なので、軍務経験者の比率が高いのが特徴である。その構成は元英軍兵士が大半であったが、業務が拡大すると人材不足を補うために現地採用された隊員が増えていくことになる。
現地採用される隊員が急増したのには、本国や豪州、カナダ出身の人材を雇用することによる人件費の高騰を抑える思惑もあった。アフリカや南米の植民地、さらに中国大陸などの内戦や紛争状態にある場所では、実戦経験豊富な元兵士を安く大量に雇用することが可能であった。英国人からすれば、薄給であっても現地採用される隊員からしてみれば破格の報酬なのである。特にネパールでは出稼ぎの手段として人気があり、グルカ兵の選抜に漏れた訓練生の応募が殺到していたのである。
122: フォレストン :2017/02/19(日) 12:56:30
ネパール国内には、子供の頃から格闘技や英語等の基礎教育を受けさせるための専門学校が存在しており、グルカ兵となるために日々の教育と鍛錬が行わていた。しかし、グルカ兵の登用は徴兵制でも志願制でもなく、英軍のスカウト部隊が山村を巡回する方式を取っているために競争率が非常に高く、グルカ兵への登用は狭き門であった。グルカ兵ほどでは無いにしても訓練生の戦闘能力は高く、現地採用された彼らはウォッチガード・セキュリティでも重宝されていたのである。
なお、英軍を退役したグルカ兵は、雇用契約によりネパールへ帰国させられるのであるが、英軍の年金だけでは生活が難しいため、その大半はウォッチガード・セキュリティに再就職することになった。彼らはその戦闘能力と経歴を考慮されて破格の報酬で雇用されて警備業務や後述の特殊業務に所属することが多かった。
この部署で10年間勤めあげると英国の市民権が付与されるのも、人気が高い理由である。アフリカ等の困窮する地域で現地採用された隊員は、貯蓄して10年後に英国へ移住するのが夢であった。もっとも、10年経つ前に大半が『殉職』か負傷による『退職』の憂き目に遭うのであるが。
123: フォレストン :2017/02/19(日) 12:57:50
後方における輸送業務であるが、これは英軍が駐留している地域で軍への補給を請け負う業務である。現地採用された隊員が際立って多いことが特徴である。業務内容が単純な力仕事やピッキング作業がメインなので、地元民を多少教育すれば事足りたのである。警備業務と同様に人件費が安上がりなので、これまた大幅なコストカットが可能であった。
難点としては、英軍に対する忠誠なんて存在しない地元民を雇うため、敵対勢力による後方破壊工作を受けるリスクが高いことである。そのため、枢軸側勢力に近い場所では英軍が業務を担うことが多い。それでなくても、政情不安定な場所だと現地のゲリラに襲撃されることが多く、非戦闘員が関わる仕事にしては死亡率は高めである。それでも、破格の報酬であるために募集かける度に応募が殺到しているのであるが。
人海戦術的な業務であるので、人材をまとめて雇用するために現地の人材派遣会社と契約することが一般的であり、雇用されてもウォッチガード・セキュリティの名前が出てこないことも多かった。そのため、何も知らない地元民が報酬につられて雇用契約を結んだ結果、『事故』に遭って『殉職』するケースも少なからず発生していた。
地元政府から危険性を指摘されたため、一時期は表立った募集を取りやめたのであるが、人材が確保出来ないとして現在では、バイト雑誌にも大々的に掲載されている。地元当局では、安易に多額の報酬につられないことや、危険性を承諾したうえで契約を結ぶことを呼びかけているが、焼け石に水であった。
なお、黒幕である英軍は、全ての責任を地元の人材派遣会社に押し付けており、むしろ被害者であるとして件の会社を相手に訴訟を起こしているが、最終的にこの件は有耶無耶になっている。
124: フォレストン :2017/02/19(日) 12:58:38
身辺警護業務は、英国人2名に現地人6名で構成される身辺警護小隊が最小限の構成であり、必要に応じて組み合わせる形式を取っている。個人の護衛からVIP警護まで幅広く対応出来るのが売りである。
政情不安定で紛争が多発する場所への学術調査や取材、個人的な旅行で移動する際には、必ずといって良いほどお世話になる部署である。なお、日本の勢力圏内では同様の業務を海援隊が行っており、現在は双方の勢力圏内への相互乗り入れなどの業務提携が進められている。
ヒマラヤの山岳ガイドを提供しているのもこの部署であり、現在は日本人登山家が主な顧客となっている。山岳ガイドを行うシェルバ族には、元グルカ兵の経歴を持つものが多いのであるが、これは上述の警備業務を何らかの理由で引退したか、英軍との雇用契約を終了して帰国したグルカ兵が再就職したものが大半である。
VIP警護は、護衛対象の重要度に応じて人員数が変動するのであるが、国家元首クラスになると大隊規模の護衛を付けることが一般的であった。指揮官は元SASか実戦経験者が充てられ、隊員も実戦経験者が優先的に割り当てられている。こちらは中東の湾岸諸国が主な顧客となっており、現在でも部族間の争いや後継者問題などで需要は多い。オイルマネーで潤っているためか、金払いが非常に良い優良顧客である。
125: フォレストン :2017/02/19(日) 12:59:13
兵士の訓練は、文字通り教官を派遣して現地の兵士の訓練を請け負う業務である。軍事顧問団を派遣すると敵対する国家を刺激することになりかねないが、ウォッチガード・セキュリティは、あくまでも民間企業なので、そのような問題は発生しなかった。そのため英国の勢力圏内だけでなく、北欧やイタリアの植民地でも業務を請け負うことがあった。
訓練と同時に兵器の売り込みも行うため、世界中の兵器メーカーと提携しているのが特徴である。なお、一番人気は日本製の兵器であるが、日本政府の方針と価格や武器弾薬の供給問題から導入は難しく、勢力圏に所属する兵器メーカーとの契約を仲介することが多い。別料金とはなるが、軍事音痴な新興国家に対して、身の丈に応じた軍備のアドバイザーとしての仕事も請け負っており、兵器メーカーとの価格交渉や契約調印のセッティングまで行っているのである。
国や自治領が顧客であり大型案件になることが多いため、枢軸側の兵器メーカーも積極的にウォッチガード・セキュリティと提携している。ちなみに、英国製兵器を選択すると割引で購入出来るのであるが、こちらの実績は一部を除いては芳しくようである。
126: フォレストン :2017/02/19(日) 13:00:12
特殊業務とは、今まで紹介した業務の全てに当てはまらない業務をまとめたものであり、上述の緊急対応部隊もここに含まれている。暗殺や破壊工作、その他表ざたに出来ない任務のオンパレードであり、人材も元SASや元グルカ兵、犯罪者や英国情報部など物騒な人材のサラダボウルである。
特殊業務は、ウォッチガード・セキュリティの支社の中でも、アフリカや中国大陸など政情不安定で紛争多発地帯の支社に密かに存在する部署である。
警備業務とは違い、ガチで戦争の出来る部署であり、SASやグルカ旅団からの出向者が多い。地域紛争などで彼らに戦場経験を積ませるための部署であるともいえる。精鋭部隊として、いかに訓練したところで、実際に人を殺さなければ戦場では使い物にならないのである。そのため、最近までSASやグルカ旅団の隊員は、一度はこの部署に所属して実戦経験を積むことになっていたのであるが、現在ではこの制度は廃止されている。
127: フォレストン :2017/02/19(日) 13:01:12
特殊業務の中でもひときわ異彩を放つのが、かつて南アフリカ支社に存在していたといわれる『レッドキャップ隊』と呼称される大隊規模の部隊である。事実上、円卓の直轄組織であり、この部署に所属すると、『殉職』扱いとなり隊員は『デッドマン』(deadman:死体)と呼ばれて社員名簿からは抹消された。家族との連絡に制限が付けられ、家族宛ての手紙も二重三重の厳しい検閲を受けることになる。
他の部署にくらべて破格の報酬が得られるが、それだけ命がけの部署である。様々な裏工作に従事しており、一部の例外を除けば、この部隊に所属する隊員の大半は豊富な実戦経験を有していた。
隊員の大半は何らかの形で犯罪と関わっており、多大な戦功を挙げながらも、犯罪を犯して除隊させられた元兵士や、かつて戦場指揮官として名を馳せながらも、戦犯として処刑されかけたところを、情報部の手引きで逃げだした元将校などである。彼らは一生遊んで暮らせるだけの報酬につられて、決して表に出せない任務に励んでいるのである。その大半は自らの人生の幕引きという形で終了するのであるが。
実戦経験豊富で最新装備に身を固めたレッドキャップ隊は、非常に使い勝手の良い捨て駒であり、上述のSASやグルカ旅団からの出向者の多い部隊とは違って全滅必至の極秘作戦に投入されることが多かった。アフリカの紛争の陰には彼らの暗躍と犠牲があったのであるが、あらゆる痕跡が消去済みであるため、後世における追跡調査を困難なものとしている。
128: フォレストン :2017/02/19(日) 13:02:08
英陸軍の経費節減の奇策として生まれたウォッチガード・セキュリティは、北欧や旧北米大陸の警備会社を吸収合併し、現在では世界最大のPMSCs(Private Military and Security Companies、民間軍事・警備会社)として業界に君臨している。英国と日本の勢力圏、さらには枢軸側勢力の一部にまで営業範囲は広がっており、従業員は数十万人規模で売り上げも小国の国家予算クラスという堂々たる多国籍企業である。
現在の売り上げは民間企業および富裕層向けの警備事業が約半数を占めており、純粋な民間軍事会社としての色合いは薄れてきてはいるが、未だにコア業務であり現在も有力な部門である。陸軍と情報部との関係も非常に強く、世界的な多国籍企業にも関わらず黒い噂が絶えない。
陸軍にしてみれば、兵士を養ってくれるうえに実戦経験まで積ませてくれる得難い存在であった。削減した人件費の一部を兵器の開発と生産に充てることが可能となり、さらに世界中に拠点があるので新兵器の実戦テストの場所には事欠かなかった。その関係は親密というより、既に癒着関係といってもよく、現に陸軍高官の天下り先の大半がウォッチガード・セキュリティである。
情報部は、世界中に存在するウォッチガード・セキュリティの支社を拠点として活用していた。その見返りに営業に結びつきそうな情報をウォッチガード・セキュリティの営業部に提供している。ウォッチガード・セキュリティ側も、独自に築き上げたネットワークを生かして得た情報を提供しており、もはや共存関係といってもよいくらいである。
結果的にウォッチガード・セキュリティのおかげで、英国陸軍はスムーズな再編が可能になったといえる。陸軍の装備の刷新が順調に進み、その成果は1950年代になってから開催される軍事パレードで衆目に晒されることになる。
129: フォレストン :2017/02/19(日) 13:03:45
最後にデビット・スターリングであるが、彼はウォッチガード・セキュリティを世界的企業に育てた後は現役を引退するつもりであった。しかし、周りがそれを許さなかった。軍人として英雄でありながら、巧みな営業手腕を持ち、陸軍と情報部、さらに円卓にまでコネを持つ人材が放っておかれるわけがなかったのである。
彼を担ぎ上げたのは保守党の重鎮であるハロルド・マクミランであった。彼は円卓の必要性は認めていたが、議会政治もまた尊重されるべきと考えていたのである。日本が議会政治を重要視していることを知っていた円卓もこの動きに同調し、かくしてデビット・スターリングは、一代貴族のスターリング男爵として貴族院に列せられ、政党政治の健全化に向けて奮闘することになる。
スターリングは、貴族院議員となったほぼ同時期に円卓の正規メンバーとなった。良識人であった彼は、円卓の奇人変人に振り回されることも多く、晩年まで苦労し続けたという。
後世では、世界的な実業家として名高いデビット・スターリングであるが、英雄としての業績が世に知れ渡るのは、機密指定が解除される20世紀末まで待たれることになる。
最終更新:2017年09月10日 16:47