269: 新人艦長 :2017/11/17(金) 17:20:51
ヴァハト・アム・ラインシリーズ2話「ヴァハト・アム・ライン:ポーデンプラッテ」投下します
270: 新人艦長 :2017/11/17(金) 17:21:21
航空部隊による夜間攻撃というものは今に始まった物ではない。
古くはww1中に飛行船による空襲に始まり、航空機による空襲などに変わっていき1944年現在では少なくとも艦船攻撃やピンポイント攻撃ができないことはないレベルまで上がっていた。
だがそれでも危険性が高いことや専用の機材や訓練が必要ということで大々的に行われるものではなかった。
なのでまさか西部戦線全域の飛行場と後方の物資集積所に大規模な夜間攻撃――しかもご丁寧にレーダーに対するジャミングやチャフをばら撒いて――を予想できたものはいなかった。
「逃げるのは敵だ!逃げないのはよく訓練された敵だ!」
「サーチ&デストロイ!サーチ&デストロイ!」
「ヒャッハー!汚物は消毒だ―!」
「ホント戦争は地獄だぜフゥハハハーハァー!」
無線で叫びまくるのは日本から来た夜間航空攻撃の専門家から直々に教えられその影響をもろに受けたドイツ空軍夜間対地攻撃戦闘団「エルベ」のパイロットたちである。(なお日本人の影響をもろに受けたせいで痛い子飛行隊の別名がある)
ヴァンパイア飛行隊の異名を持つこの夜間攻撃に特化した部隊はその他部隊とともに各地でチャフをばら撒きながらフランスやオランダ、ベルギーに侵入、大混乱に陥る連合軍航空隊を尻目に各地の飛行場、物資集積所、橋、司令部、を爆撃していった。
この空襲でドイツ空軍は約80機の航空機を喪失するが200機以上の敵機を地上破壊、飛行場の各種設備を破壊ししばらくの間燃料や弾薬、パイロット不足で飛び上がれないようにし、10以上の物資集積所と20以上の橋を破壊又は被害を与え補給や部隊の移動を阻害、初動の反撃や増援の移動に大きな影響を与えることになる。
さらに翌日より昼間はあらゆる高度で米英機相手に有利に立ち回れる新型機フォッケウルフTa152とFw190により制空権をほぼ失った。
この状況を最大限に利用すべくドイツ空軍はさらに手札を切る。
マーケットガーデンやノルマンディーのように多数の輸送機がフランスへ侵入するとパラシュートを落として逃走、パラシュートの下には兵士のようなものを確認した。
これを空挺部隊と判断した連合軍は各地で大パニックを起こした。
報告は北はオランダ、南はスイス国境、西はパリ郊外、東はメッツという広い地域で報告された。
これにより連合軍司令部はドイツ軍の反攻先を判別できず、最も可能性の高いとされたメッツ方向の第3軍に警報を発し、予備部隊を第3軍の方へ送ることにした。
そこへ凶報が舞い込む。
アルデンヌ地域の前線へ大規模な砲撃を確認。バストーニュに敵空挺部隊の降下を確認
連合軍司令部にとってそれは恐ろしいことであった。
4年前のトラウマだけでなくこのときアルデンヌとその両隣にいたのは戦力の低下した再編中の部隊と新兵ばかりの部隊しか存在せず、補給や装備も非常に劣悪な部隊しか存在しなかった。
さらに大混乱で予備部隊の多くを第3軍に送るよう指示を出した直後、後方のインフラは一部が破壊、多くの地点で制限がかかっていた。
バストーニュに降りた空挺1個大隊は街にいた弱体な米1個大隊を3時間の戦闘で制圧。
死者20名負傷者180名を出すも約500人の捕虜――その中には歩兵師団の高級将校が複数存在していた――百数十台の車両と約1個師団分の補給物資、各種機密物資を確保した。
その後周辺を確保し増援の空挺部隊を受け入れ陣地を構築、撤退してきた米軍を攻撃し大戦果を挙げることになる。
この功績を受け作戦後降下猟兵部隊を率いていたラムケ大将とフォン・デア・ハイテ大佐は前者は柏葉・剣・ダイヤモンド付き騎士鉄十字賞を後者は柏葉・剣付き騎士鉄十字賞を授与された。
初動で交通の要所たるバストーニュをドイツ軍に奪われた連合軍の対応はさらに後手に回ることになる。
陸上では連合軍に対して猛烈な攻撃が開始された。
真夜中に夜が明けるまでの数時間、ソ連流の猛砲撃を行い翌朝、戦車部隊が前進した頃には前線部隊の大半が戦意を喪失。降伏した。
戦車部隊の進軍は順調で、特に主力のSS装甲師団と第5装甲軍はその日のうちにサン・ヴィト、バストーニュに到達した。
連合軍部隊の反撃は低調で、極稀に激しい抵抗を見せる部隊がいるがその大半は戦車部隊の砲撃で黙らせ進軍した。
かくしてヨーロッパのレイテと呼ばれるととなる西部戦線最後の大攻勢は幕を開けた
271: 新人艦長 :2017/11/17(金) 17:23:17
いかがでしょうか?
なんか短いけど気にしてません。
次回は陸戦の話です。
最終更新:2017年11月20日 11:11