641: 弥次郎 :2018/01/10(水) 23:12:33
日仏ゲート世界 War After War8 -Taken at the Flood-
- 西暦1921年6月13日
- フランス帝国連邦 帝政フランス ロワレ県 オルレアン・ブリシー航空基地
オルレアンという都市の空を守るための、人造の猛禽類たちの巣、それがオルレアン・ブリシー航空基地。
航空機の発達より前、飛行船の発達が始まる頃より整備されてきたこの基地は、フランスでも有力な航空戦力が駐在していた。
もとより、このオルレアンという土地はアンリ4世---大帝アンリ4世の御世から、交易都市として開発されながら、同時にゲートとそこに集まる富を守るための城塞都市としても開発が進んでいた。ゲートがもたらす富は、周辺を囲う城壁だけに限らず、その外側に堀や防御陣地を充実させ、大型の火器、大砲やバリスタなども多数配置させることが出来た。
いや、富だけではない。技術という点でも、このオルレアンというのは最先端の街だった。
新しい戦術が生まれ、兵器が生まれ、乗り物が生まれ、ゲートが拡大し、その度毎にオルレアンは進化を重ねてきた。
その積み重ねこそが、このオルレアンと言う街なのだ。
しかし、最近のオルレアンに活気は乏しい。
それも当然。欧州に顕現した黙示録の時は、この摩訶不思議な門の誕生したオルレアンにもその一端を表していたためだ。
逐次感染者を都市の外に退去させ、徹底した除染と滅菌を繰り返しても、その疫病は残り続ける。
致し方ないことでもあるのだろう。なにしろ、このオルレアンというのはフランス本土と
日本大陸を結ぶ要衝。
人が必然的に集まり、人が必然的に散っていく場所。かつてペストが流行した時は死に物狂いの努力によって
パンデミックこそ阻止されたが、
現代においてはその時以上に人の行き来があり、人口が増えていることも手伝って正しく薄氷の平穏であった。
都市が完全閉鎖とならないのも、ゲートという移動手段によって膨大な支援物資を運び、欧州各地へと運ぶためで、それを行えばそれこそ欧州の多くが飲み込まれる。そうであるが故に、苦渋の決断だ。
そして、その航空基地には多くの日本人の姿があった。
戦地に赴いて活動したが故にどこで感染しているか分からず、キャリアーとなりかねないために、このフランスにとどまり続ける大日本帝国派仏軍の軍人たちである。
ゲートを通じて人が戻ることは簡単である。しかし、岐阜に、ひいては
日本大陸に疫病を持ち帰らないためには、物理的に帰ることを諦めるのがもっとも効果的なのである。元々、ドイツ帝国を相手取るということもあって、かなりの動員が行われていたために大日本帝国軍は、陸海から結構な人員をフランスへと派遣していた。
それらが分割にせよ、一斉にせよ帰還させれば、どれほど持ち帰ってしまうことか。
これは日本人に限らず、イギリス軍兵士やアメリカ軍兵士も同じであった。
少なくとも流行が収まるまでは、ということで彼らはフランスやイギリスなどに留め置かれている。
大日本帝国軍は少なくとも他国軍よりは幸運であった。
何しろ、勝手知ったる同盟国の領内なのである。日本語とフランス語の両方に通じているのは当たり前であったし、現地の人々も両国の言葉に通じる人間が多かったためだ。完全に貰い事故であるということもあって、同情させされていた。
彼等はフランスでの「勤務」を言い渡され、時には訓練を行い、時には消毒や物資の運搬や輸送を手伝いながら時間を過ごしていた。
故にこそ、悲劇はあれども悲観はなかった。---あくまで、大多数にとっては、だが。
嶋田繁太郎は眼前の光景に改めて奇妙な感想を抱いた。
一言で言うならば、ナニコレ、である。
アフリカ系フランス人がおり、金髪碧眼の典型的な白人のフランス人がおり、「フランス人」のアフリカ出身の黒人がおり、黒髪黒目のテンプレートな日本人がおり、エフタル系の日本人がいて、おまけにフランス人とのクォーターの日本人までいる。
さらに自分から見て左奥で飲み物を用意しているのはインドシナ・フランセーズの出身の「フランス人」兵士だ。
彼もまたゲートを通じてこのフランスに赴き、こうして留め置かれている。奥のソファーでゆったりとくつろぐのは、確か中東系のフランス人だったはず。彼自身は中東系の血を引くがフランス語圏で暮らして久しく、国籍もフランス人だ。
室内に満ちる言語は、日本語とフランス語の両方。「フランス人」の括りの人間さえも日本語のジョークに笑っているのである。
さらにこの航空基地には、北米から
日本大陸を経て、フランス帝国本土へと渡って来たという経歴を持つ、暗号特技兵のナバホ---所謂ネイティブ・アメリカンの一族の血を引く兵士までいる。
643: 弥次郎 :2018/01/10(水) 23:14:07
北米を巻き込んだ、フレンチ=インディアン戦争。その戦争と、悲しみの逃避行の果てに、ネイティブ・アメリカン達はアカディア大公国へと、アメリカ大陸西海岸を領域とする国家に流れ着いた。追い立てられたのはフランス人と、そのフランス人と共和を保っていた現地の人々だった。その結果は、こうして目の前に現れており、現在もアカディア大公国でそれぞれの文化や風習に基づいて暮らしていることからもうかがえる。
これがまさに人種のるつぼか、と思わず嘆息してしまう。
いや、これは別段おかしなことではないのだ。嘗て、この欧州に君臨したローマのごく当たり前の光景。
フランス帝国連邦が、「ローマの後継」を掲げ、人種や生まれに縛られない、君主と法による統治を目指して突き進んで生み出した光景。
この光景こそ、ローマなのだ。
アメリカにおいて史実以上に差別が根強く残り続けているらしいことを考えれば、
アメリカは「人種のるつぼ」、現代のローマと呼ぶにはふさわしい状況とは言えないものだった。むしろ、その称号はフランス帝国にこそふさわしいだろう。
そして、と自分の目は隅に腰掛けて隣にいる人間から逐次会話を翻訳してもらいながら参加している「ドイツ人」を捉える。
彼の名は、ヘルマン・ゲーリング。モルヒネ、と真っ先にイメージしてしまう彼は、しかし、現段階ではモルヒネ中毒などではない。
彼はドイツとの短くも激しい戦争の際に撃墜され、エネミーラインということもあって捕虜となり、流れに流れてこの基地へと流れ付き、フランスとドイツに跨って航空機のパイロットとして活動しているのだ。
現場にいても、定期的に送られてくる手紙を見るまでもなく、
日本大陸の
夢幻会の面々の意図は察せられる。
ドイツ軍に伝手を作り、フランスの味方に引き込みやすくしろということだ。
それに実際問題、航空機による物資の輸送にはパイロットが一名でも多く必要な状況が続いており、彼も貴重なパイロットとして動員されている。史実と異なることといえば、自分がそうであるが、比較的大きな航空機や飛行船を目撃していることだろう。元々
日本大陸では夢幻会がWW2期の爆撃機の研究を行い、その中で大型航空機の開発や研究を推し進め、今回の
パンデミックに合わせて急遽実戦投入されているのだ。
勿論、この時代の、本来の歴史において後々に登場する大型爆撃機などに及ぶものではないが、それでも運搬する能力だけはある。
操縦感覚が違うなどという言い訳が通用するはずもなく、パイロットを任されている。
(流石に直接見せてはいないが…それでも、何らかの影響はあるんだろうな……)
ウラル爆撃機にはまるんじゃないか、とそんなことをぼんやりと思う。
急降下爆撃キチなドイツ軍の芽は潰されているのでは、とも。
実際のところ、現段階で最も必要なのは、大きく、物を沢山運べる輸送機の方だ。
鉄道や陸路での輸送も行われているが、地形を無視して運べるのは航空機の強味。
感染の広がる地域に対しても落下傘を使えば人と人の接触を無くした輸送ができるのも、今は強味である。
いや、ひょっとするとエースパイロットの集中運用というのに憧れるかもしれない、とも思う。
ここオルレアンにちかい航空基地は、オルレアンの門とその周辺の富を守るために精鋭たちが集められている。
それこそ、フランス各地から選び抜かれたパイロットが集められている。最前線基地ほどではないにしても、万が一のことを考えればここに戦力を置いておくに越したことはないのだから。
そんなことをつらつら思っていると、居室の入口の方に人の姿が現れた。
「お、帰って来たな色男!」
「ご苦労さん」
見れば、そこには山本五十六の姿があった。手に袋があるところを見ると、どうやら郵便と新聞を受け取ってきたようだ。
人の行き来が制限されているからこそ、手紙や新聞、そしてラジオといった情報伝達手段は重要であった。
ラジオは広く情報伝達することに優れ、手書きの手紙は人々に慰めをもたらしたし、新聞は必要な情報を活字として、形として残せるので有益。それぞれが、それぞれの役割を果たしている。
そしてそれを配るのも重要な仕事…ということになっているが、どちらかといえば山本が自発的にやることで、嫉妬などを躱しているというのが正しい。
644: 弥次郎 :2018/01/10(水) 23:15:32
談笑をしながら手紙や新聞を配る山本は、少し疲労の色が見える。
無理もない。山本に限らず、この基地の兵士達、そして日仏合同軍はAB風邪とスペイン風邪の感染拡大阻止に奔走しているのだ。
航空機パイロットもその例に漏れない。連絡役としてや輸送を担当するために文字通り飛び回り、そうでないときは慰問に赴いたり、あるいは地上で仕事を担当している。そうでもなければ、何時罹るのかもわからない風邪の恐怖をぬぐえないのだ。
激務で体力が消耗することもそれはそれで危険なのだが、人が仕事を求めるのも精神の平穏を保つための行為に他ならない。
そのような雰囲気となるのも、少なからずうんざりしつつあるためだ。ストレスがかかり、苛立ちを募らせ、心を不安定なものとしている。大々的ではないが
日本大陸でも風邪の感染者が出ており、このフランスでの駐留も、既に効果が乏しい段階に入っているのではという、帰郷の欲望が幾分か含まれた風説が立ち込めているのも悪影響であった。
しかし、感染者が多くないのも、その感染者への対処が出来ているのも、駐留の効果ともいえる。
その線引きはどうすべきか。大日本帝国は、そしてフランス帝国連邦は判断を迫られていた。
この基地に限らないが、休息の時間は長くとられている。
パイロット達は育成に時間がかかるということが判明しているので、特にその傾向が強い。
そして、各々が自由に休憩時間を過ごしていた。山本と嶋田の姿は居室にあった。
山本の手には手紙がある、
「彼女からか?」
「ああ」
彼女、特に山本の関係者で彼女といえばマタ・ハリに他ならない。
芸名をマタ・ハリ、本名をマルガレータ・ヘールトロイダ・ツェレ。
ダンサーであり、女スパイであり、幾多の男たちを虜にしてきた女性。
そして現在のところ、山本と交際中の女性である。
故にこそ、彼は色男だの、もげろだの言われることになっているのである。
この世界において、山本は腸チフスに罹患せず、正史における妻である三好礼子と出会うことはなく、さらに出会う年には山本は欧州の地を踏み、航空機パイロットとして活動していたので、客観的には未婚者であった。
当然のことながら、女スパイの代名詞ともいえる彼女との交際や結婚には大きな問題があった。
というか、反対意見さえもあった。彼女が絶対に味方、という保証はどこにもない。
山本が将来的に出世するだけの能力があることは明らかで、彼自身が二周目であり、彼を通じて
夢幻会の情報が漏えい、ひいては彼が持っている未来知識が一体どこで漏れるか分かったものではないのだ。史実と歴史が剥離して久しいが、それでもまだ有用な情報は星の数だけ存在する。徒に拡散させれば優位性を失いかねないし、混乱を呼ぶ。
情報隠匿を徹底できるか?というと、人であるが故に難しかった。彼女はむしろ、情報を聞き出す側だ。
手段を選んでなどいないだろうし、その手の技術に通じている部類の人間である。
故に、今の段階では検閲をかけている。
幸い彼女との直接会う機会は疫病があるためにできずにいるので、手紙を調べて迂闊に漏らしていないか確認できている。
並行して、山本に対してスパイと付き合う方法を叩き込んでいる最中である。要するにスパイがスパイを相手取る際に使う技能だ。
山本はなんで俺がスパイモドキにならなきゃならんのだ、と文句を言いつつも、今の余暇を利用して必死の勉強を行っている。
そして嶋田もまた対スパイの技術の習得に努めている。まあ、風紀引き締めにはちょうど良いかと思う。
元々秘匿された知識を持つ会合なのだ、その手の知識を知っていて損はないのだし。
「彼女は元気なのか?」
「勿論元気だ。ただ、人気者だから体に気を遣うように周囲が勧めてうんざりしているようでな……」
無理もない、と思う。彼女は多くの人間に、それこそ上は政治家から下は一兵卒にまで触れ合う可能性のある人間だ。
彼女を気遣ってというよりも、彼女を媒介して疫病が広まるのを恐れているのだろう。
人に近づきやすい彼女だからこそ、その危険性は嫌でも高まる。
それでも目の前の男はそんな女性にほれ込んで、多くの男性を押しのけて彼女の隣を射止めた人物だ。
彼女が憎からず思っていることを考えると、ほんの少しばかり触れ合って、その後めっきり会えなくなった心情は如何ばかりか。
こうして仕事に打ち込んでいるのも、寂しさを感じないためなのかもしれない。
645: 弥次郎 :2018/01/10(水) 23:16:27
「この前はなぁ…」
「ストップだ。自慢話はもう嫌というほど聞いた!」
「そ、そうか…」
彼女からの手紙を片手にのろけ話を始めそうな山本を、嶋田は咄嗟に止めた。
二度目ということもあって達観しているというか、客観年齢の割に枯れていたかに見えた山本だったが、どうやらマルガレータとの出会いは山本の心に火をつけてしまったらしい。これまで燃え上がっていなかったからこそ、逆に燃えてしまったらしい。まるで初恋をした少年のようだとさえ思う。個人的には燃え上がりすぎないのかひやひやする。
山本とマルガレータが共に過ごせた期間は短いが、彼等にとっては十分すぎたらしい。
ともかく、と咳ばらいを挟む嶋田。
周囲に気を配ってやれば、人の気配は遠い。
密かに話し合うには格好の状況だ。
「で、わざわざ読んだのは理由があるんだな?」
「ああ。一つ、今後の展望を聞いておこうと思ってな」
嶋田繁太郎宰相閣下のな、と小声で付け加えられ、嶋田も思わず表情が引き締まる。
今後の展望、と言われて、この状況で何についてなのかなど明らかだ。
「世界情勢か?」
頷く山本は、手に持っていた新聞を広げる。
そこには、新聞二面にも及ぶ世界地図が掲載されており、各地の情勢が簡略ながらも書かれていた。
風邪による死者の数や戦死者も各国の領土上には表記されており、それは文字通り世界全体に及んでいる。
また、戦後の戦争や動乱が勃発した地域ではそれも表記されている。最近のもので言えば、希土戦争だろう。
エーゲ海を挟んで、ギリシャとオスマン帝国を挟んで交戦のマークが描かれている。
ロシアはと見れば、赤い下地に共産党のマークが描かれたソ連とロシア帝国に分断され、移動中と思われる列車がデフォルメされた状態で両国の間を走っている様子が描かれている。
アイルランドとイングランドは炎上しているイラストが描かれ、どんな状況か一目瞭然。
それらだけでなく、見れば見るほど情勢が違うことが、世界地図上の、あちらこちらにある。
嶋田にとっては既に前世とも、そのまた前世とも違うことが明らかであるし、山本にとってもそうであろう。
彼等は軍人ではあるが、軍事が政治の一環であることもまた確か。政治的な観点の無い軍事などテロリストと大差はなく、軍事的な理解の無い政治など児戯にも劣る。故にこそ、双方への理解が求められるのだ。
そういった意味では、この二人は前世の経験を含めれば世界でも高レベルにあると言えるだろう。
そんな二人は双方の持つ知識と経験から、こうして議論を度々かわしてきたのだ。
646: 弥次郎 :2018/01/10(水) 23:18:15
その地図を見て、嶋田が着目したのは欧州。正確にはオスマン帝国とロシアまで含んだ広い地域だ。
WW1において主戦場となり、戦後にはニンフェンブルク体制が敷かれている地域でもある。
「一応の決着はした欧州だが…」
すっと嶋田の指はフランス帝国連邦本土の帝政フランスの隣、ドイツ帝国---現状ではドイツ連邦共和国を指す。
今次大戦の、名目上の敗戦国。実体としては、終戦を決定づけるためのスケープゴートに近い役目を負わされた国。
まあ、ドイツが早晩継戦能力を失うのは目に見えていたし、あのままの状態で戦争が継続されたら押し負けるのは
どう控えめに見てもドイツだというのは一致しているので、判定負けといったところであろうか。
「ドイツに枷をはめることで現状は維持されている。
幸い、ドイツでは今回の講和や戦後体制についての不満はあまりないようであるし、過酷な条件が課されたわけでもない。
目下の課題は疫病と制度の組み換えだろうが……逆に言えばそれ以外は問題がない」
少なくとも、史実のような無茶な賠償金や技術の接収などは行われておらず、疫病対策を行わなければならないという事情を斟酌して各国はドイツから搾り取ることを控えた。
どっちかといえば、日本とフランスが控えさせたのが正しいが。
ともあれ、分かりやすい課題がある状態なので、そこに向かって進めばいいというのは殆どの人間が分かろうというもの。
むしろその動きを邪魔しようとしたり、別な方向へと引っ張ろうとする方が難しい。
「なるほど。ルール地方も残り続けることだろうし、ドイツが暴発する要素は少ない、か……」
「だがドイツが絶対に安全ということではない。
疫病封鎖のラインが揺らいだこともあるし、二つの風邪への対処は楽ではない。
目に見えない敵が相手だ、いつまで続くかもわからん以上、並大抵の戦争に疲弊するだろう。
何時までもそれに晒されたら、どうなるかは分かり切っている」
「……不満をぶつける先を求める、か」
不満をぶつける先があれば、自分より弱い立場の層があれば、強い層から圧政を受けようとも何とかなってしまう。
ユダヤ人然り、江戸時代における非人然り、河原者然り、均衡を保つためにこそ、弱者は必要とされる。
平等が担保された時代においても、不思議と人間は自分より立場が弱く、攻撃する相手を求めてしまう。
まして、この時代はユダヤ人差別をはじめとした有色人種への差別、それへのカウンターとなる白人への恨みが平然とある時代なのだ。
社会的な思想に対する差別さえもあった。サッコ・ヴァンゼッティ事件が特に記憶に新しい。
イタリア系移民にしてアナーキスト。
アメリカの威信をかけた派遣軍への徴兵を拒否した二人。
アメリカはWW1という特大の賭けに負けたツケと負債による不安を、そういった思想や異なる人種にぶつけることで逸らすことを選んだ。
その動きがドイツで起こらないとは、規模や質こそ違えども起こらないとは、一概には言えない。
事実、オーストリア人への差別などはすでに起こっていると聞く。それが何の拍子に変質するか分からない。
「ドイツはいまだに仮想敵国だ。牙を適度に抜いている状態にあるならばいいが、どういう立ち位置となるかにもよるだろう。
敵味方の区別を今すぐ決める必要はない。だが、いずれは決定的にしなくてはならないだろうな」
その言葉に、山本は冷戦を、自分が経験した日英独の3基軸による冷戦を想起した。
中立など最低限以外は不要。敵か、味方か。それこそがあの世界情勢では求められていた。
上手く3基軸にからみ生存を見出す国、3基軸の思惑から生かされる国。どれかの国の思惑から乱され続ける国。
この世界においては、早くもそれと同じ状況が求められるかもしれない。まだ、確定的な破壊をもたらす兵器は生まれていない。
だが、いずれは生まれ落ちることになるだろう。人の歴史は、良きにせよ悪しきにせよ、収束するのだから。
「山本、お前はどう思う?」
問われた山本の目は、地図上の
日本大陸の隣国の大陸を見て、少し迷って南北アメリカ大陸を見つめ、さらにインドに流れ、最終的に困ったように天井を見上げて止まる。そして山本はややあって苦笑して、降参したように肩をすくめた。
「はっきり言えば、何処が爆発してもおかしくない所ばかりでな。言い方としては卑怯だが……」
少し迷い、しかし、それを振り切って自分の考えをぶちまける。
「全部、だな」
647: 弥次郎 :2018/01/10(水) 23:18:59
その答えに、ふっと嶋田は笑うしかない。
「全部、か。その言い方は確かに卑怯だな」
何があるか、という問いかけには少しずれた答えだ。
だが、それを嶋田は責めることはしなかった。むしろ正解を射抜いたとさえいえる。
自分はひとまず世界のパワーバランスを担う欧米の国が集まる欧州を挙げたが、それはあくまでもパワーという点での話である。
どこかで別な要素によってバランスが崩れることは当然ながらあり得るのである。
「可燃性の大きさの違いこそあれど、何処かで小火が起きれば全体にあっという間に延焼するだろう。
バルカン半島だけが火薬庫ではない。形を変えて各地に現れている。現に、エーゲ海はコントロールされたとはいえ、暴発した。
一歩間違えば世界大戦がもう一度起こっていたかもしれない。まあ、それはイギリスの思惑もあって鎮火したがな」
「……そうだな」
希土戦争については、この基地にいた二人にも情報がもたらされていた。
正直のところ、イギリスを甘く見ていた。カードがオープンとなった後に漸くその意図に気が付いたとさえ言える。
外交においてイギリスはやはり強敵だと、改めて認識させられた戦争となった。それは本土の
夢幻会も同じだろう。
では、と嶋田は仕切り直す。
「では、燃え上がらないのは?」
「決まっている。今燃え上がっては困る、という各国の意思だ」
その断言は、問いかけた嶋田の予想通りの物。
「ギリシャとオスマンは、意図的に、他国からの干渉が起こりにくい状況を狙って開戦させられた。
だが、今後はそのような事態が起こった場合、各国は無理をしてでも止めるだろう」
「確かにな」
「だが、人はいつか忘れる。忘れていくことで、徐々に枷が外れていく。
そうすれば枷が外れ、タガが外れ、心が止まらなくなり、国家の動きが止まらなくなる。
そのくせ、火種や火薬庫は今回の戦争の結果もあって各地に出来上がっている。いや、これまでの問題に加えて、疫病という問題の種がばらまかれて、経済や社会的な混乱も引き起こされている」
まるでドミノ倒しだ、と嶋田は頷きながら漏らす。一つ倒れただけで、全てが連鎖的に崩れていく。
サラエヴォ事件をきっかけに始まったこの戦争は、何も当時だからこそ起こったものではない。
当時はまだ欧州を中心にした、範囲の狭いものだった。
それが拡散している。現在進行形で、一つ一つドミノが追加され、世界各地を結びつつある状態に等しい。
慎重に設置されている間であれば、何ら問題はないかもしれない。だが、どこでどのようなことが起こるか分かったものではない。
「パナマを挟んで親仏勢力と
アメリカがにらみ合う中南米か、極寒の土地で表面上の平穏があるロシアか、
アカディア大公国とアメリカ合衆国の間か、はたまた東欧やドナウ連邦とその周辺地域か、一体どこで起こるか?誰にもわからない」
もはや前世の歴史知識など参考程度にしかならんしな、と吐き捨てる山本。
それについては嶋田も同意見である。参考程度にしかならない、という言葉でなぜか、戦国時代、織田家による天下統一事業のことを思い出したが、思い出したくないことまで思い出しそうなので、そのまま意識を現代へと、現実へと引き戻す。
「今回は、この世界大戦はたまたま思惑が一致したから収まった。
だが、抑え込んだ反動は確実にある。理性は本能を抑えられるが、衝動を抑えることは難しい。
無理矢理抑え込んだならば、反動はなおさら高まるだろう」
だから、と世界地図をにらむ山本は断言した。
「次の戦争は、それこそ世界を巻き込んだ大戦争になるぞ」
それこそ、三千世界を焼き尽くすものとなる。山本は言いながらも、信じたくはなかった。
だが、前世の、主観的に覚えている記憶がそれを否定している。いずれまた、戦争が起こると。
「だが、それを分かっている状態ならば、抑止しようと動くのもまた必然だ。
国際調停機関の設立について、ニンフェンブルクで議論されたらしいしな」
各国のエゴをどこまですり合わせられるかにもよるがな、と付け加える。
史実の国際連盟は各国の思惑やエゴ、そして事情によって影響力を行使しきれなかったところがある。
その後の国際連合においては改善されたかもしれないが、影響力が大きくなりすぎたり、複雑化した構造故の淀みの発生などが起こった。
どちらが良いか、と言われて一概には言えない。各国のパワーバランスや関係が露骨に対立している状態ならば、むしろ邪魔になるかもしれない。
648: 弥次郎 :2018/01/10(水) 23:19:53
「そこが問題だ。どこまで影響力を持てるか。どこまで各国の足並みをそろえて、問題を解決していけるのか。
結局のところ何時までも安定した世界などはあり得ない。どこかで必ず、ほころびる」
「起こる可能性があるならば、いつかは必ず起こる……まったく、油断も隙もありはしないなぁ」
つらつらと考えたところで、休憩時間の終わりを告げる鐘が鳴る。俄かに、基地内の空気が切り替わる。
訓練された軍人たちが、一斉に休憩状態から仕事の状態へと意識を切り替えたのだ。
「ここまでか……また後でな」
「ああ」
そして二人も立ち上がり、それぞれの仕事へと戻る。
今はまだ、たんなる海軍の航空機パイロットに過ぎない。
未来を思いながらも、過去の出来事に思いをはせ、未来を夢見る。
少しでも良い未来を、良い世界をと。
人は平和へと歩いていくことができるのか。
何一つ、分からないことだらけ。
黙示録を半分ほど迎えた世界は、望んだことではないにしても、平穏と言えるかもしれない。
だが、何かが、動いていないかのように見えても、よく見れば動いているものである。
その動きの積み重なり、人々が進んでいった先にこそ、未来がある。
平和か、争いか、破滅か。
いずれ満ちる潮に乗って、船は、地球という惑星は進んでいく。
これまで人類がそう進んできたように、これからもそのように進んでいく。
果たしてその進路はどうなっているだろうか?
次の場所へとさまよいながらも進む人類は、一体何をなすのだろう。
ほんの少し先にある希望をつかみ取れるのか。
- そして、それでも人は、人々は、誰しもが、生きるために戦い続けていた。
【終幕】
649: 弥次郎 :2018/01/10(水) 23:21:25
以上となります。wiki転載はご自由に。
作中のようにフランスに派遣されていた大日本帝国軍は現地で待機しております。
長い海外出張ということになりそうですね…まあ、史実の泥沼となった戦地、ベトナムだとかイラクだとかアフガニスタンに比べればかなりマシですけどね
これにて、「War After War」
シリーズ終幕となります。
WW1が終わっても変わらない人間の営み、愚かしさ、素晴らしさ、健気さ。
それらが全てひっくるめて、人間という奴なんですなぁ。
今回は前
シリーズよりも多い8話で完結となりました。
本当は他にもたくさんのことが起きているのでしょうが、今
シリーズはここまでとします。
色々と盛り込んでもいいのですが、やはり、区切りを設けるとメリハリがつきますからね。
投下して感想を読んで皆さんと議論できたこともありますし、議論からサルベージした情報を元にして、また新しい物語をくみ上げられますしね。実際、「War After War」
シリーズは皆さんからいただく意見や感想、それと並行して行われた議論を元にしてあちこち修正をしたり軌道変更して書いてます。
今後についてですが、もう少し日仏世界の土台となる話を書いてから、ゆっくりとWW2の考察に入ろうかなと考えております。
歴史年表で言えば、日本とフランスの交流が始まった1600年代から史実でナポレオンの台頭した1800年代の間、史実においてフランスがごちゃごちゃと制度が入れ替わってカオスとなった1800年代から1900年までですね。
フランスが史実以上に海外へと植民地を拡大して国力を付けていく流れや、フランスの影響で史実と剥離する各地の情勢とか、色々と書いておきたいところはたくさんあります。物語を積み上げていくことで、
日本大陸世界の「日仏世界」を形作る。
これって大変ですが、大変面白いのですよねー。
しかし、日仏世界全体の大まかな流れは出来ているのですが、その為にはまだ語り切れていない所が多いですなぁ…
私が頭の中で構築しても、それを資料を基にして検証し、アレンジし、文章として完成させるのはやはり楽ではないです。
そういった意味でも長くなるかもしれませんか、どうかお付き合いくださいませ。
この
シリーズのエンディングは、前
シリーズが「埋没していく」というイメージの曲でしたので、
今度は「静かで、しかし、確実な動き」をイメージしたこの曲を。まるで万華鏡を覗くような曲だと私は思います。
日仏ゲート世界発案&作者:弥次郎
サブタイトル引用元:アガサ・クリスティーの著作
推奨エンディング:Armored Core for Answer OSTより「Someone is Always Moving On the Surface」
協賛:
夢幻会
原作:『提督たちの憂鬱』
原作者:earth氏
日本大陸ネタ原案:ハニワ一号氏(ネタの書きこみ25 レス番204)
世界観考案:
日本大陸スレの住人の皆様
スペシャルサンクス (順不同 コテハンの方 敬称含み) :
ひゅうが氏 New氏 ナイ神父Mk-2氏 リラックス氏 トゥ!ヘァ!氏 クー&ミー氏
194氏 ham氏 モントゴメリー氏 時風氏 陣龍氏 And You!
最終更新:2018年01月14日 10:01