掲示板ネタ
まだリアルバーテン編







うつしよのよるへ






悲壮感漂う休憩室から人数が増えてきた為に待合室まで移動した
移動したところで漂う悲壮感が消失することもない
むしろ時間経過により寿命が縮まっていることを予感させるだけだ

口火を切ったのは嶋田前内閣の実質的No.2の立場にいた大日本帝国の元閣僚、辻政信だった

「先生一つ確認したいのですが宜しいでしょうか?」

「は、はい、何なりとお訪ねください」

「では率直に。玉城くんは回復・・・いいえ誤魔化しはやめにしましょうか。生存できる可能性は0で間違いありませんね?」

生存率0、死亡率100

戦争などで敵機に撃墜され自機の爆発等に巻き込まれ行方知れずとなってしまったパイロットでさえ完全に100%となる死亡率はない
0,という低い確率ではあっても後々生存していたことが明らかになるケースもあるのだ

各種ガン等の死亡率の高い病変でも5年生存率で0等はほとんどあり得ない数値

しかし、稀に存在する

生きる気力を喪った重病患者や命に関わる怪我を負った場合にやはり死を強く意識して、或いは生きようとする気持ちを喪失した際に実質的0となる可能性が


そして今回のケースは該当例がある
生きる気力を喪失したケース

現在進行形で死に向かっているケース

「0と100が存在しない前提でお答えいたしますが、このまま全数値の低下が止まらなければ朝までに生存率ほぼ0というのが現時点での私の正式回答です。生きる気持ちがない。死にたいと願っているかのような患者さんのケースでは余命1年であった方が2週間で亡くなった例もありますので、生存率0はほぼ確実かと」

答えたその時に椅子から勢いよく立ち上がった女性が二人いた

ブリタニアの戦姫マリーベル・メル・ブリタニア皇女殿下と、その御親戚のクララ・ランフランク姫殿下のお二人だ

「う、そ、です。嘘に決まってますわ!にい、さまが、兄様がお亡くなりになるなんてわたくしは信じません!」

「無いよ? 絶対そんなこと無いよね? 嘘ついたら酷い目に合わせるよ? だから、だから嘘だって言ってよ!!」

マリーベル殿下はまだしもクララ姫からは身も凍りつくような殺意が漏れ出ている
職業柄闇社会の患者さんも見たことがあるために齧った程度には殺意のようなものを感じ取れるが、クララ姫殿下の殺意はまるで闇社会の人間が可愛らしく感じてしまえるほどに強烈だった

「マリーベル落ち着いて。クララもそういう事はやめなさい。二度は言わないよ。わかったね」

マリーベル殿下、クララ姫殿下、お二人ともシャルル皇帝の兄君の言葉に自分を抑えてくださった

「すまないね騒がしくて。ただ、まあこの二人はちょっと、ね」

VV殿下は言葉にこそされなかったが私も察する事はできる。そういう事なのだと
名無しの事務次官、おまえを凄いと初めて感じた。いまこの待合室にいる全員が例外なく雲上人なんだぞ
こんなこと、政治板の連中に話しても誰も信じないだろうがな

すると再び静まった場に辻閣下の声が響く

「実は玉城くんが回復しない理由について私には心当たりがありましてね。こちらは今日の正午過ぎくらいに彼と遊んでいたらしい青年から伺った話なのですが、共にお遊びになられていたマリーベル殿下とクララさんはその青年を御存じですね?」

問われたマリーベル殿下はうつむき、クララ姫殿下は言葉なく頷くのみだった

辻閣下が語り始めたのは、ありがちな人間不信に陥る一つの例の話だった

昔から鬱陶しい、嫌いだと言われたり

調子に乗っていてムカつく等蔑まれたり

恋した女性、元々脈はなかったろう女の子に勘違いから振られた話

最悪のタイミング
最悪の条件
最悪なコンディション
人生不幸で始まり不幸で閉じそうになっている。そんな話の集大成のようなある青年の昔語りだった

インターネット掲示板でも嫌われ
どこへ行っても鬱陶しがられ
何をしても上手く行かず
努力に結果が付いてこない

そんなどこにでもありそうな話を集約させたような話だった

「つまりはこういうことです。玉城くんは誰も信じていない。信用できない。うわべで仲良くしてくれているだけだと誰に対しても等しく考えていたそうです。死ぬ間際・・・失礼。死を間近に捉えたことで自分が嫌われ者であったことを冷静に第三者的な見方で強く自覚し、かつ今の交遊関係全般に対しても実は嫌われているんだろうと考えてしまった。そんな中で彼の青年、調べましたが名無しの無職さんだけは何の疑いもなく遊んでくれた最初で最後の方だと認識して満足し、満足しきったがゆえに今まで充分生きてきた事を、生ききった事を心が受け入れてしまい、そして迫り来る死その物もまた受け入れてしまった。マリーベル殿下とクララさんには特に悪い言い方となってしまいますが、彼は貴女方にさえ本当は嫌われてるんだと思うと語っていたそうです」

待合室には再び沈黙が降りる

間もなくクララ姫殿下が泣き始めた

「う、ぁぁ、うわぁぁん、うぁぁ、ひど、いよ、ひどいよぉ、クララ、クララお兄ちゃんのことずっとずっとずぎだっだのにぃ、ひっく、ひっく」

止まることなく流れる涙はやがてマリーベル殿下の頬を濡らす形で彼女の瞳からも溢れだしていた

「にい、さま、は・・・わた、くしを、ずっと、御信用、くださって、いなかった・・・? どう、して・・・ねえ、どうしてなの・・・兄様?」

次々と溜まり、一筋一筋頬をかけ落ちていく涙の筋が悲しみに染まった川の流れのようにも見え、殊更に悲痛な想いが伝わってくる

「マリー・・・」

「オル、ドリン・・・どう、して兄様は、わ、だじの、ごど・・・」

「あの馬鹿っっ・・・よくも、よくも僕の大切な娘と姪を泣かせてくれたなっ・・・! 頭に来るのは僕らだけじゃなくクララとマリーベルまで信じていなかったことだよ! どうしてだっ・・・どうしてなんだよ!」


悲しみは伝わっていく。信じられていなかったこと。信頼されていなかったこと

本当の意味での一方通行だった気持ち

暴かれた非情な現実にこの場に集う雲上人たちはただやり場のない怒りを抱いていた

「皆さん怒るのも、嘆くのも、色々思うところもおありでしょうが、とりあえずはそこまでにしておきましょうか」

一人マイペースを崩さない辻政信閣下を除いて

「マサノブ?」

「いやね、簡単なんですよ。本当に信じていないのかどうか、その深層心理の奥深い場所にこそ彼の気持ちが隠されているはずですから。だったら行けばよろしい。自らの足で、自らの意思で、玉城くんに問いかけてあげればよろしいのです」

「そんな、簡単に言うけどねマサノブ。いまはそれどころじゃ」

「いいえ、それどころで済むところまで漸く来たからこそです。先生、何度もお訊きして申し訳ありませんが、玉城くんは、患者さんには肉体的損傷での死亡危険度については無いのですね? 精神が死を望んでいるというだけで。つまり精神が肉体を死の寸前にまで追い込んでいる玉城くんはいま"死に追い詰められ切った段階にある"という見解でよろしいのですね?」

「はい、体の方は全治三ヶ月といったところでしょう。しかし精神が死を望む事を是とし肉体の生命活動を停止させようとしています。はい、患者は"追い詰められ切った状態"におかれています」

「ほう帝都総合病院の医師自らの言葉の下で絶対的に追い詰められていると。それはなおよろしい。さて、最適任者も丁度お二人ともお揃いの事ですし、参りましょうか」

「マサノブ、ちょっと僕には分からないんだけど、どういうことなんだい?」

「まあ、私は皆さんよりも彼について詳しいとだけ言っておきましょうか。ではマリーベル殿下とクララさんにはこちらをお渡ししておきます」

辻閣下が懐より取り出したのは何かの液体が入った小瓶だった

「さあ、今宵はギャンブル好きな玉城くんに合わせて私もかけると致しましょう。私は玉城くんが回復しないにーーー」

無茶苦茶な話をしだした辻閣下は別の内ポケットより小切手を取り出すと、なにも書かれていないそれに500万と書いた

「ーーー!」

するとこちらもなにかをお気付きになったのだろうか?

ブリタニア皇帝の兄君VV殿下も取り出したる小切手に「じゃあ僕も馬鹿が回復しないに1000かな」1000万

他はいないかと促す二人に

泣きながらも、涙で頬を腫らしながらもマリーベル殿下が回復しないに名無しの無職への口づけをかけ、クララ姫殿下も口づけを掛けようとして辻閣下に高校生はこういった遊びは早いですよと止められていた

「ま、ほぼほぼ勝敗の決まったデキレースとなりますが、負けた分は玉城くんの手術費用と入院費用として病院側で差し引きの形にさせていただきましょうか」

「一つ確認だマサノブ。これは魔法使いの領分と見ていいんだね? 僕らは・・・僕らの敗けは100%でいいんだね?」

敗けは100だと?

そんなっ、そんな馬鹿なっ?!

いま患者は、名無しの事務次官・・・玉城真一郎は助からないと説明したばかりだというのに辻閣下はいったいなにを・・・?!

「先ほど申し上げた事とは異なりますが、この世に現実としての0と100なんて%はありませんよ。そうですね。我々の勝率は精々0,01、いや最悪まで追い詰められている事を鑑みるに0,001~0,0001%の一発勝負です。高く見積もっての話ですよ? ああそれとマリーベル殿下、クララさん、これより貴女方には玉城くんの元に行っていただきお渡しした水をそれぞれ彼に飲ませていただきますが、彼はいま自分で飲む事ができない状態です。昔から人を助ける際に行うのは・・・ わかりますね。これは救命行為です。既存の方法が通用しない時間もない以上は先生にもご了解いただけますね?」

辻閣下の確信に満ちた言葉に対して、対策の無い私には否という事はできなかった

それからまあ、ちょっとだけ時期が過ぎた頃だ
あいつがアメリカに出張して結構たったかな? 半年くらい

俺たちは遠距離恋愛してた

あの日、俺の自宅で勢いから関係もって、そこで初めてあいつが昔から俺のこと好きだったってさ、逆告白されちまったのよ

いやー、飛び上がって喜んだね

マジで人生最良の日だったぜ

軽蔑された女の子は時を越えて好きだと告白してくれたのだ

って、なんかメロドラマに有りそうなでも本当の話

一も二もなく俺も好きだ!結婚しよう!ってなったよ

しかしまあアメリカ出張から帰って来てからとお約束展開まで着いてきちまったがそりゃ仕方ねーよ

お役所勤めの官僚様なんだから、俺もあいつもさ



そんなこんなで、あいつが帰って来てから一月

俺は着なれねータキシードなんか着て教会の真ん中に立っていた

理由はまあ、察しろ

わからないって?

結婚すんだよ。言わせんな!
昔の同窓生たちがみんな駆け付けてくれた
結構な人数だ。学年全員来てくれてんじゃね?
名簿見とけばよかった

招待状出したのはあいつだ

俺は名簿なんか残してないし昔のアルバムなんかもどこかへいっちまってたから

その辺りも気配り上手というかなんというか頭があがんねーわ

そうこうしてると新婦が入場してきた

流れるのはお決まりのウェディングテーマ

チャチャチャチャー、チャチャチャチャー、チャチャチャチャっチャチャチャチャっ、てやつ

やって来るのは真っ白なウェディングドレスに身を包んだあいつだ

……綺麗だ

なんか、こう、綺麗だ

白いヴェールに隠された表情も、白一色の衣装も、それに身を包んだあいつも
全部まとめて綺麗

空から舞い降りた天使が翼だけを隠しているような美しさがそこにはある

さっすが、ガキの頃の俺は見る目あったよな

俺の勘違いやら、こいつとのすれ違いでやなんやで延びちまったがようやっと収まるべき場所に収まった感じだ

ああ、人生、幸せだぜ

必死こいて勉強して

必死こいて受験して

大学でこいつと再会して

同じキャンパスで学んで

念願だった官僚にもなれてさ

出世コースにも乗れて順風満帆だ

幸せって連鎖すんのな

特に意識しなくても転がり込んできて、なにもない日常の中にその幸せってのはあって
俺はただそれを逃さずに掴めた。ただそれだけの話だよな

親父さんにエスコートされて歩いてきたあいつがやがて俺の前で、俺の隣で止まる

俺は静かにその白いグローブに包まれた手を取り、神父の前で二人並んだ

「汝、玉城真一郎はこれなる◯◯を健やかなるときも、病めるときも、また苦難の中にあっても、互いに助け合い愛し続ける事を誓いますか?」

「誓います」

「汝、◯◯。貴女はこれなる玉城真一郎を健やかなるときも、病めるときも、苦難の最中にあろうとも支え助け合いながら愛し続ける事を誓いますか?」

「誓います」

荘厳な空気の中で進行していく宣誓

神様なんて本気で信じている訳じゃねー
ただこいつのことは・・・?

こいつのことは・・・?

こいつのことは・・・?

信じて、いる?

「玉城くん、私幸せよ」

「あ、ああ、俺も幸せだ」

信じているんだろうか?

おい、なんでこんな疑問が出てくんだ?

関係持ったのは確かに勢いからだったが、その後のアメリカ出張中の遠距離恋愛は本気だったはずだぜ

なのになんで

俺はこいつの事を信じられないと感じてるんだ

「それでは誓いの口づけをーーー」

心の中に生まれた妙な不信感

感じ続けていた違和感と不安感

それらが最高潮に高まっている時に神父からは結婚式に付き物の謳い文句が告げられ

「させません」

なかった
は?

「いま、なんつった?」

「させませんと申し上げました」

いや、させませんてあんた職務放棄かよ?!

聖職者がいいのか?

って目を見張った直後だった

バサァッ

前触れもなく神父が聖職衣を脱ぎ去ったのは

「へ? あ、あんた誰?」

聖職衣の下から現れたのは左右に黒。胸部下、腹部にかけて赤い意匠が施された足首まで隠すロングスカートをしたピンクのドレス姿の女

背中には白い羽が広がりそのまま女の身を包むマントになっている

薄紅色の長い髪と紺碧の海を連想させる瞳が印象的で、その目は今結婚しようとしているこいつ、じゃなく。なぜか俺だけを映し出していた

「た、たまきん、誰よこの女?」

「い、いや、誰と聞かれましても俺にゃさっぱり」

知らんとしか



…?

…ほんとに、知らん・・・のか?

知らないのか?

俺はこの女を

「お迎えに上がりましたわシン兄様」

高い声音と微笑みを浮かべたままに俺の手を取る見知らぬ女

「ち、ちょっと待てよおい! 俺とこいつは誓いの口づけを交わして結婚を」

「偽りの誓いなどに何の拘束力や価値があるのでしょうか」

「い、偽りだぁ?」

そうだよお兄ちゃん!


ダンっ!


今度は招待客の最前列に座っていたらしい黒いスカートにフリルをあしらったワンピースのこっちもまたピンクっぽい色をしたストレートロングヘアの小柄な少女が床を蹴って立ち上がった

こんなガキ招待されてねーよ!

誰が連れてきたんだバカヤロー!

「この教会も。ここにいるお客さんも。この世界も。それとぉ、その女も」

その女と少女が言ったとき、少女の目に危険な色が浮かんだ

敵でも見つけたような

いまにも殺しにかかって来そうな危ない微笑みだった

「全部ぜーんぶうそっこだもん。お兄ちゃんを惑わす嘘ばっかり」

カツ

神父という偽りの皮を剥いだ方の女も赤いピンヒールを履いた足を前に進めて歩み寄ってきた

俺の手をぐっと強く掴んだままで

「そうですわ。ここはシン兄様を惑わせる悪い世界。確かにあったかも知れない世界なのでしょう。確かな可能性の世界なのでしょう。ともすればシン兄様にとり至上の幸福にして理想の実現なされた唯一無二の世界やも知れません」

女は語る

ここは俺の理想の世界だと

もっとも望んでいた夢が全部かなった世界

唯一無二の俺だけの世界で幸せな場所なんだと

「ですが、わたくしマリーベル・メル・ブリタニアはこの世界の一切を否定致します!」

意味わかんね。そこまで言って
そこまで分かっててなんで否定されにゃなんねーんだよ!

「わたくしはわたくしの幸せの為にこの理想溢れる世界のすべてを否定します!兄様、まことに申し訳ございませんがわたくしの幸せの為に兄様の幸せには犠牲になっていただきます」

はぁー?! なに言ってんだよこのアマぁー!

「ふざけんなよ! 俺の幸せよりテメーの幸せのが大事で、そのために俺の幸せを」

「ええ否定致しますよ。もう一度繰り返しますわ兄様。わたくしはわたくしの幸せの為に貴方の幸せを犠牲にします。兄様の幸せがわたくしの幸せにとり害悪となるのならばその様な幸せなど断じて認めるわけには参りません! そんな幸せなどこのわたくし自身が自らの手を持ち斬り捨てて御覧に入れます」

「あっ、クララをそこの脳みそ筋肉お姫様といっしょにしないでね? クララはクララの幸せの為にクララがお兄ちゃんを養ってあげるんだからお兄ちゃんがニートでも、無職でも、ごろごろしてる博打狂いの駄目男でもなんでも受け入れてあげる♪ でもー」

マリーお姉ちゃん以外でお兄ちゃんに近づく女は殺しちゃうかも?
お兄ちゃんを盗ろうとする女もお兄ちゃんを傷つけようとする存在も全部滅っさーつ!しちゃうかも?
決着ついたらマリーお姉ちゃんだろーと容赦しないかも?

無邪気に笑っていたちっこい少女は、目を細めて殺意を込めながら笑う

いまにも襲いかかって来そうで

でも・・・なんだ?

なんだっけか?

と、とにかくだ! この変な女とちっこいガキは頭おかしいぜ!

「た、たまきん、なんだかこの人たち変よ」

俺にしがみつくあいつ

伝わる感触は震え。恐怖を覚えてるんだこの変な女どもに

ここは俺が守ってやらにゃ男が廃るぜ

「テメーらいい加減にし」

「下がりなさい下朗!」

下朗って普通男に対して言うよな?
じゃ俺が下がれってことかよ

ほいじゃ一歩下がろうとする俺はしかし、この変な女に掴まれた手が下がらせてくれないんですわはい

現実逃避だよな。これ絶ってーにこいつに対して言ってるわ

つーか見も知らない変な女になんで俺の嫁さんを下朗なんて言われにゃならんのだ

「お兄ちゃんに触るなっ!うそっこ女ァァァ!!」

続いてちっこいガキがやっぱり俺の嫁であるこいつを罵りながら俺の傍までてててーと駆け寄ってきて、こいつから、俺の嫁から俺を引き剥がす

なんかよくわからんが二人ともこえー顔して目を赤く光らせながら俺の嫁を睨み付けている

くっそ、なんだよこれどうなってんだ

教会の余興とかじゃねーよな?

なんでいきなりこんなことに

「悪い魔女は大切なものを奪っていきますなにもかも。さしずめそこな下朗は悪い魔女で、わたくしは貴方を救いに参った騎士といったところでしょうか」

羽根つきマントにドレスの女は童話に出てくるお姫様みたいな格好してるくせして騎士とか抜かしてやがる

「じゃあクララは善の魔法使いだね。悪い魔女を殺しちゃおう!」

ちっこい少女はちっこい少女で無邪気に物騒なこと抜かして

「兄様。兄様はいまお幸せですか?」

ドレスの女が俺に問う。幸せか?

「そりゃ幸せに決まってんだ 」

ろーーーそう答えようとして、俺はでも答えられないでいた

「理想は理想。夢は夢。追うのも目指すのも自由であり全ては自己の責任である。しかしながら、うつしよはゆめ」

「よるのゆめこそまことーってね? お兄ちゃんは夢を見ているだけなんだよ。理想が叶ったかも知れないどこかのあかるーい世界の夢を。でもそれは夢だから。妄想だから。じゃあ反対に日の目を見なかったお兄ちゃんの現実という夢はきっとお兄ちゃんにはつまんない夢だね。いやーな夢だよ? もうメチャメチャのグチャグチャで掃除機で吸い込んでゴミ箱ぽーいってしちゃいたいくらいにひっどい夢。現実なんてそんなものだもん。でもね、それでもクララが幸せになれる夢でクララがお兄ちゃんを幸せにしてあげられる夢でもあるんだぁ」

屈託のない純粋な笑顔。これはたぶん、俺にだけ見せる顔なんだなと
なんかわかっちまった

「わたくしが幸せになれる夢。兄様がお求めになるのならばわたくしの幸せが叶う夢でもありますわぁ。帝都でデートなどどうでしょう。わたくしと二人だけで。護衛の目を掻い潜るなんて造作もありませんので朝から夜まで御一緒できます。朝食はファミレスなど如何? 普段口にする機会がございませんので。昼食には日本の名物の一つラーメンなど食したいですわ勿論二人だけでですわよ? 夜にはイルミネーションを観ながらレストランへ行きワインでも嗜みながら、そして最後はホテルで甘いひとときを」

ドレスの女は頬を赤らめて瞳をうるうる潤ませて
うっとりした表情を俺に見せている

「うわーひいちゃうわぁ、下心の塊だよー。マリーお姉ちゃんそんなこと考えてるなんてお姫様失格だねー」

「うふふ、日本には姫始めがございますのよ? クララでは犯罪になってしまいますもの。ですがわたくしと兄様ならばランプだけが灯された一室において男と女として愛を語り合ったところで問題などありませんもの」

ドレスの女の潤む瞳が近づいてきて、そのまんま唇にちゅー・・・うあ、柔らけー。湿ってんのに温もりがあって、甘い?甘酸っぱい?んな感じが口の中にまでいっぱいに広がって

唇ってこんなに柔らかいもんな・・・

あれ、俺なんでキスしたことねーわけ?

結婚する、のに、なんで、だ

「あーっずるーい! クララっ、クララもっ!」

「うふふふ、クララでは事案になってしまいますもの。駄目ですわ」

「くっ、卑怯だよ年齢持ち出すなんてーっ、ふ、ふんだ。いいもん。 クララはいつもお兄ちゃんの傍にいるから無理やり奪っちゃうもん」

「またストーカーでもなさいますの? ああこれは失礼を。スニーキングでしたわね。それならばわたくしもシン兄様をスニーキングする自由がありませんか?」

「皇女様のくせにストーカーするなんてはーずかしー」

「恋に身分は関係ありませんわね。それにわたくしのもう一つの名はマリーベル・ランペルージ。一民間人でしてよ?」

ドレスの女の得意気な顔。結婚だってとまたうっとりした感じになりやがる

この顔もたぶん、俺だけに見せる顔なんだろうなってなんか感じた瞬間だった

「さあシン兄様。暗く詰まらない失敗した人生を歩むなにもない日常たる"うつしよのよる"へと帰りましょう。わたくしマリーベル・メル・ブリタニアの幸せのために」

「ブリタニア一族の闇に生きるわたし。ギアス嚮団エージェント、クララ・ランフランクがお兄ちゃんを幸せにしてあげられる世界に」

矢継ぎ早に、早口で捲し立てながら俺を俺の好きだった嫁さんから引き離す二人の女

わけわからねーことばっか抜かしながら俺を引きずって行こうとする二人の女

そんな俺をあいつは俺の嫁は

俺の嫁は

俺の、嫁・・・?

…?

そんなもん・・・俺にいたっけ?

立っていたはずの、俺にしがみついていたはずの嫁が、いない・・・

俺は玉城真一郎

厚生労働省の出世コースに乗ってる課長様で、嫁は昔俺を振ったあいつで、あいつは厚生労働省の部長で
アメリカから帰って来て今日、結婚するはずだった俺の嫁で

「うつしよは、ゆめ?」

独り言を口にする俺にドレスの女がはいと答える

「よるのゆめこそ、まこと?」

独り言を口にする俺にちっこい少女はそうだねーと答える

「兄様はお一人ではありません」

「お兄ちゃんは一人ぼっちじゃないんだよ?」


だから、夢敗れて暗い人生を歩いている"まことのよるに帰ろう"

真実のわたくしが

ホントのわたしが


"ずっと一緒に歩いてあげるから"


二人の言葉が響いてそれぞれの目に赤い鳥みたいな光が羽ばたく

今までいた嫁の姿はもうなかったが、それまであった教会も

招待されていた俺の同窓生たちも

学生時代の教師や嫁の親父も綺麗さっぱりなくなっちまった

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最終更新:2018年04月07日 10:43