763: ひゅうが :2018/06/19(火) 07:44:08
749-752
支援したくなって即興でつくってみました。ご笑納ください
764: ひゅうが :2018/06/19(火) 07:45:02
――西暦1998(平成「3」)年1月13日 国防海軍 呉軍港
「き、機関圧力定格値に到達。」
「間違いないのか?第2次大修理の際の傷口からの蒸気漏れがあれば致命的だぞ!」
「も、問題を認めず。」
「艦底部探査班より報告。水漏れなし」
「電路の通電を確認しました。現在水圧装置をチェック中。」
「CICより報告。リンク16はじめ各装備ともに正常に作動中です」
次々に入ってくる報告は、いずれも規定通りのものだった。
「艦長。本艦はいつでも戦闘可能であると認めます。」
しぶしぶ、というよりは何か薄気味悪いものを見たような表情で副長が報告した。
第1種予備艦となってからも、この軍艦には艦長が存在する。
主力艦として海をかけた最後の機会からずいぶんと時間がたった。
伊豆大島への突入船団を牽引したときから数えれば10年あまり。3年前の大震災の際には宿泊船として現地に停泊するなど、その巨体を利用して雨露をしのぐ場所としての役割を期待されてであるが短期的な現役復帰が行われたこともあった。
それでも速力は10ノットの発揮がやっとであったし、艦齢70年を超えた鋼鉄の塊はそれがふつうであるはずだったのだ。
「ああ、そうか。」
航海艦橋。そういわれる場所で立ち尽くす艦長含め、呉鎮守府からやってきたヘルメット姿の男たちの沈黙を破ったのは、この場では場違いであるはずの白髪の老人だった。
蒸気タービン艦である上に、機関形式が1950年代のものであるこの軍艦は、機関の始動手順を知っている者が極めて限られる。
大型空母に乗り組んでいる者をあてればよいと思うかもしれないが、瀬戸内の奥座敷である呉にすぐ駆けつけられるものなど限られていた。
それに、今は非常時である。
すでに横須賀や宿毛湾はハチの巣をつついたような騒ぎになっているはずだった。
「忘れていなかったんだ。あの約束を――」
その一言が、呉鎮守府からわざわざ点検にやってきた者たちの表情を一変させた。
元来、この国防海軍という存在は、かつての帝国海軍、その最期の姿を亀鑑としてつくられている。
であれば…
765: ひゅうが :2018/06/19(火) 07:46:06
――同 首相官邸
「呉鎮守府より報告です。『戦艦長門は全力の発揮が可能』」
「馬鹿な…」
複数の人間が思わず会議室の席から立ち上がった。
うめき声を絞り出した海上幕僚長などは驚愕で顔を固まらせている。
あの艦が練習艦として使用されていた頃に乗り込んだことがある人物であるのだからなおさらだろう。
「艦齢70年以上、『第一次』大戦直後の生まれだぞ彼女は
艦底からの水漏れなど日常茶飯事、15ノットを超えれば必ず缶が息をつく。
主砲を射撃すればどこかで何か折れたような音が響く…そんな年齢の老朽艦が全力発揮を可能?なぜそんなことが」
「はい幕僚長。稼働可能な全艦を沖縄へ送るべく緊急点検を、との命令を受けまして、モスボール艦を除いた『すべての』予備艦の調査を行いました。」
顔をわずかに紅に染めた海軍士官が、うわごとのようにまくし立てていた海上幕僚長へと律儀に返答する。
海幕長ははっとなって口を閉じた。
今まで何をいっていたのかわからなかったらしい。
首相官邸地下の幹部会議室
いささか古びてきつつあるこの部屋では、国防軍のトップたちが投入可能な兵力を最高指揮官に報告しているところであった。
この数時間前に皇居での認証式を終えたばかりの内閣総理大臣は、妖怪じみた存在として扱われている政治家だった。
この年齢層の人間らしく軍隊経験を有している男は、極めて実務的だった。
最初の命令として稼働全艦艇の出港と、航空部隊の西方への集結を命じ、続いて予備役招集を開始した陸上部隊をはじめ予備兵力のチェックを命じていたのだった。
今このときは、全面核戦争を想定して繰り返されていた緊急出動演習の通り事態は進行している。
今頃は浦賀水道や豊後水道沖のヘリからの映像が全国に流れているはずだろう。
だがそれだけではいけない。
予備兵力のありなしは指揮官としてもっとも気にするべき事柄である。
だからこそ、次々に入る報告は官邸に集約されており、市ヶ谷の中央指揮所に詰めることになる陸海空の幕僚長たちは自らそこへ集まることでしぜんと総理大臣へと情報を集めるようにしていたのだった。
ゆえに海幕長も内閣総理大臣も、入る情報の新鮮さに変わりはない。
しぜん、事態を把握したばかりの文官武官を問わず、幹部会議室には一瞬の沈黙が支配した。
「ああ。そうか」
沈黙を破ったのは内閣総理大臣だった。
「長門は、忘れていなかったんだ。半世紀前に大和や陸奥たちと交わしたあの約束を。」
かつての沖縄沖海戦――連合艦隊最後の戦いに赴いた軍艦たちの最後の生き残りであり、直前で機関故障により引き返すことを余儀なくされた戦艦長門。
彼女にも魂が存在するとすれば、その意思が姉妹たちとの約束を守れなかったことに無念さを感じていたとしても不思議ではあるまい。
「総理」
官房長官として官邸に入ったばかりの元官僚は、メモを片手に「出すべきです」の一言を発そうとして、そこで止まった。
12年前の三原山噴火の際には上司を介してこの元海軍軍人へと報告を上げた官房長官は、総理大臣の閉じられた瞼の端から涙が流れ落ちていることに気が付いたのだった。
「よし、出そう。外務大臣」
「は。外務省としても賛成です。
あの艦を出すならば、国際社会へのインパクトは抜群です。なにしろこの世に3隻しか存在しない『戦艦』ですから。」
外務大臣がいった。
「さらには、ホワイトハウスへのこの上ないアピールともなります。」
一瞬あっけにとられていた官房長官も追随した。
「内閣官房としても、国内へのアピールとして十分すぎるものがあると認めます。
あの艦が沖縄へ向かう、その一事がすべてを象徴することになりましょう」
そう。あの最後の戦いについては、この国では今や小学生ですら知っている。
「国防省としても、出すこと自体に否はありません。
在日米軍および米国防総省からも『全力でサポートする』との確約をいただいています。
わが国防軍だけでなく現場へ急行中の米軍の士気もさらに高まるかと。
間違っていないかな?海幕長」
「同意いたします。大臣。」
先ほどの醜態をフォローされたことに軽く一礼して謝意を示した海上幕僚長は、今や顔を紅潮させつつ返答する。
「許されるなら、私もあの艦に乗って現地へ向かいたいほどですから」
陽性の笑いが控えめに起こった。
こうした危機管理の場にあっては、真面目さのみが支配するべきではないという官房長官の持論を彼らは開会時の宣言で共有していたのだった。
「こたえよう。長門の意志に」
内閣総理大臣にして、かつて青春のもっとも重大な時期を戦艦長門ですごした男は神からの託宣のようにおごそかにいった。
「叶えよう。彼女の聖約を」
766: ひゅうが :2018/06/19(火) 07:47:04
――この瞬間、日本国の意志は決した。
日本的極まりない情感からの判断に、合理的な理由を後付したようなものであったのだが、その効果は絶大だった。
海軍記念館から拝借した、海外の海軍関係者のいうところの「Kikusui Flag」こと非理法権天旗(あきらかに悪乗りである)だけではなくZ旗まではためかせた「戦艦」が呉の岸壁を離れる頃には、蒸気タービン艦ゆえに煙突から上がる黒煙にうわさを聞きつけた新聞社やTV局のヘリだけでなく多くの一般市民までもが近隣に駆けつけていたのだ。
「戦艦長門、出撃。
全艦が檣頭に『Kikusui Flag』を掲げている!
これは演習に非ず!」
戦艦長門 最後の戦いがはじまる…
767: ひゅうが :2018/06/19(火) 07:50:19
【あとがき】――ちょっと支援してみました。即興ゆえに描写足らずでまことにすいません。
描写については架空戦記板その74の712から715を踏襲させていただきました。
このネタを作って下さった陣龍氏に感謝申し上げます。
770: ひゅうが :2018/06/19(火) 08:51:54
なおIF話ですのであしからず
最終更新:2018年06月20日 13:31