810: 六面球 :2018/10/18(木) 02:10:24 HOST:ipbfp004-030.kcn.ne.jp
さて、みんなが寝てる頃を見計らって前半部分投下させていただきますー
取り敢えずHN昔のですが

【ネタ】日仏世界・武術交流事情前編






「悪し」

 意味も分からぬ異国の言葉が放たれるのと鈍い音が響くのは、ほぼ同時だった。
 眼前で崩れ落ちる仲間の腕から木剣が転がり落ち、大理石の床を鳴らす。
 倒れ伏す男を見下ろすは未だ見慣れぬ服装と、奇妙な赤い棒きれを握る老人だ。
 異国人の年は分かりづらいが、それでも六十は過ぎているだろう。
 背は低く、自分たちフランス人の胸元ほどしかないため子供にも見えてしまうほどだが、それが大きな間違いであるのは今目の前に転がっている同僚と、既にやられて隅に寝かせられている3人の仲間が証明している。

「栖雲斎殿も遊びが好きなようで」
「そうは言っても、いきなり忠明殿がやれば四人とも今頃は死んでおるでしょうからな」

 老人の向こう側に置かれたベンチに腰を掛けている少壮の男が薄く笑うのを、年かさの男がたしなめているのが見えた。

「まあ、あれぐらいが良い薬になるでしょうて。のう? 東郷殿」
「……ですな」
『……俺、とんでもない場所にいるなあ……』

 栖雲斎と呼ばれた老人と似た年頃の男と壮年の男が頷き合うのを眺めながら、通訳としてこの場にいる夢幻衆の人間はしみじみとため息を吐いた。
 時に1601年、今いるはフランスはルーヴル宮殿大広間。
 日仏双方の王族や将軍家の者まで含めた要人と警備の兵士しかいないこの場所で先程から繰り広げられているのは、簡単に言えば試合だった。
 いわゆる他流試合、日仏初の国際試合であり、両国共に自慢の剣士を出して技を披露させるというのが主旨であったがもしも後世を知る者がいれば日本側の代表の名前を聞いて目をむいた事だろう。

811: 六面球 :2018/10/18(木) 02:14:16 HOST:ipbfp004-030.kcn.ne.jp
 今、試合の場に立っている老人は剣聖と名高い新陰流開祖・上泉信綱の甥にして高弟である疋田景兼(豊五郎)薄く笑った男は小野派一刀流を創始した小野忠明であり、たしなめた男は居合の流派を日本で初めて立てた林崎甚助である。
 もう一方の老人は馬庭念流を創始した樋口定次で、頷いたのは示現流開祖である東郷重位だった。
 今も知る者が多い剣豪オールスターであり、それぞれが一流一派の開祖であり、本来ならもっと若い高弟を出して見守る立場の者たちばかりで、このような場に出る事など考えられない事である。あるが、

『疋田先生も無茶言うからなあ……』

 この催しに乱入した景兼とのやり取りを思い出しながら、夢幻衆の男は再びため息を吐いた。


 さて、日本大陸とフランスを結ぶゲートが開いてから一年、両国は文化の差異に戸惑いつつも交流を少しずつ深めていた。
 しかし、問題や衝突が多かったのも確かで、フランス側からすれば日本人は「得体の知れない極東の蛮族」であり、日本人からすればフランス人は「糞の始末もできない風呂なし蛮族」という見下しの感情も少なからず働いていたのは双方が認めるところだった。
 無論、日本の情報を得たアンリ4世の強力な指導でルーヴル内部やオルレアンなどの衛生状態の改善は進んでいるし、同じキリスト教徒もいれば白人の容姿をした日本人も少なくないという事から当初の偏見も薄れつつはあったが、こういう問題はなかなか簡単に解決するものではない。

 大陸世界に転生する前からこの手の問題に向き合わざるを得なかった経験のある夢幻衆は、合同イベントで交流を深める事が相互理解に繋がると踏み、様々な企画を話し合っていたが、その一つに武道大会があった。
 どちらの国も戦争をしていた頃の空気からまだまだ抜けきっておらず、戦場から離れたストレスを発散する場は必要であるし、スポ根物恒例の「本気でやり合ったら友情生まれるかもしれないよな」的な判断から出た話だったのだが、それを伝え聞いたフランス側から一つの提案が返ってきたのである。

『互いに最も腕の立つ代表者を出し合って試合をしないか』

 簡単に縮めればこの一言になるのを、おフランス特有の長ったらしい嫌味っぽい文章で受け取った時、夢幻衆の反応は共通だった。

「要するに勝ってマウンティングかけたいみたいですね」
「ですよねえ。一番手っ取り早くどちらが上か示せますし。全く何の意味も無いんですが」
「これぐらいなら負けても全面的に敵対しないだろうという読みがいやらしいですな」
「……で、これにアンリ4世はどこまで関わっている?」
「良い顔はしていませんが、一部の突き上げを抑え過ぎても問題が出る故、我が国にどうフォローを入れるか思案中といったところですな」

 フランスの一部の思惑を批評しながら、夢幻衆は取り敢えずは指導層までも一枚岩ではない事には安心する。

「ま、多少の動きは見せましたが我が国とフランスは本気でぶつかり合った訳ではない。武人なら、こちらの力を知りたいと思うのも無理はないでしょう」
「脳筋の人たちってのは、一度殴り合ってからでないと仲良くなれないというのは万国共通なんですかねえ?」
「とは言え、腹に一物抱えて微笑む輩よりはマシではないですか? 少なくとも、正面から勝負したいという者は扱いやすいでしょう」
「こちらの実力を見せるにも軍事演習よりは、はるかに安上がりに済みますしね」
「また、こんな場所でまでケチくさい事をいう」
「こういう場所から節約を考えるのが大切なんですよ」

 と、段々と話がそれかけてきた頃に夢幻衆に一つの知らせと言うか、主君からの呼び出しが舞い込んだ。
 呼ばれてみると、二代将軍である織田信忠がやや困惑した顔で彼らを待っていたが、聞いて納得してしまう。

812: 六面球 :2018/10/18(木) 02:20:02 HOST:ipbfp004-030.kcn.ne.jp
「……疋田殿が御前試合に出たい、と?」
「うむ。栖雲斎のたっての願いでな。断りきれん」

 そう告げられ、夢幻衆も困惑する。
 栖雲斎こと疋田景兼は織田信忠の剣術指南役を初め、織田家の剣術指南役の大役を長年に渡って果たしてきた人物である。
 六十を超えたているが今も元気に弟子たちに稽古をつけ、生意気な弟子は一撃で気絶させてしまうほど実力は衰えていなかった。
 だが、この時代ではもう隠居しているべき年頃の人物であるのも確かであり、この手の試合に選手として出るには年齢も地位も高すぎる。

『どうして疋田殿が』
『武人としての血が騒ぐとか?』
『いくらなんでも年寄りに冷水なんじゃあ』
『さすがに地位的にまずいですよねえ』

 そんな事をヒソヒソ話合う夢幻衆であるが、それを横目で見ていた信忠の口元が奇妙に歪むのを思わず見落としていたのは痛恨のミスだった。
 自分たちを散々に振り回してくれた先代のお茶目というか無茶振りをしっかり受け継いだ人物が、ただ困惑している訳もなかったのだ

「まあ最初は困ったのは確かだがな。どうせ断りきれんのなら、ひとつ派手に行こうと思うのだが、どうだ?」
「「「は?」」」

 その一言の思わず一同固まる。固まったところに、二の句が告げられた。

「我が国の誇る剣豪を召し出し、代表としてフランスで試合わせるべし。これは父上も同意しているから、そのつもりで。どうせなら徹底的にやり込めてしまえ、そういう事よ」
「……最初っからド派手に行くつもりだったんですね、上様」
「当たり前じゃ。舐めた事を考えた奴は横面を張り倒してやるのが一番手っ取り早い。そうであろ?」

 ジト目で突っ込む夢幻衆に、信忠は戦国の気風そのものである獣臭が漂いそうな笑顔になり、彼らも諦める事にする。
 彼もまた戦国の人なのだ。こうなると、行くとこまで行かないと気が済んでくれない。

『『『頼むから俺らを恨むなよ、フランス人』』』

 織田家の最高権力者二代がその気になった以上、夢幻衆でも止められない。
 発端は気軽な交流とマウンティングから始まった話であるが、こうして日本側からは過剰戦力が叩きつけられる事となってしまった。


 人選については、当初に予定していた日取りに合わせるため、それに間に合う人材で歴史マニアが推薦する剣豪という事で以下の者が集められた。
 即ち上に出た

 疋田景兼(疋田陰流)

 小野忠明(小野派一刀流)

 林崎甚助(林崎夢想流居合)

 樋口定次(馬庭念流)

 東郷重位(示現流)

 この五人である。半ばが老境の者であり、選手と言うには年を食いすぎているが、それを口にできる人間など今の日本にはいない。
 した者が真剣どころか槍や弓、銃で武装していても、そこらの木切れで手足や頭を粉砕してしまえるような者ばかりだからだ。
 また、織田親子の無茶振りな命に対して景兼以外の剣豪達も意外なほど素直に受け入れ(史実では将軍家から求められても、死んだと言い張って渡さないほど薩摩で大切に扱われていた東郷重位に至っては自ら主家を説得して出てくるほどだった)、誰も口を挟む事はかなわなくなった。
 こうして日本側の代表チームが結成され、試合場となるルーブル宮殿へと向かったのである。
 ルーヴルで試合をするのを提案したのも剣豪たちであり、アウェーで試合をするのかという意見にも軽く笑って「相手の懐で勝てば誰も文句は言えませぬ。逆に重畳」と言うだけで問題にすらされなかった。

 ゲートを抜け、オルレアンからパリへと移動しルーヴル宮殿に到着した一行は一泊した後、遂に試合当日を迎える事となる。
 時に1601年4月18日。
 この時の様子を同行した夢幻衆の者は後に簡潔な文章で、こう書き記している。
「暴れ馬が五頭、ガラス細工の店に飛び込むのを見た気分だった」と。

813: 六面球 :2018/10/18(木) 02:23:11 HOST:ipbfp004-030.kcn.ne.jp
以上、取り敢えず前編終了って事で
後編、需要あるかどうかわかりませんが頑張ります……

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最終更新:2018年10月18日 14:28