256: 弥次郎 :2018/11/02(金) 18:19:05 HOST:p2729046-ipngn201308tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
日仏ゲート世界 「ご挨拶」


 日仏を結ぶゲートが開通して数カ月余りがたったころの話である。
 その日、日本大陸を訪れていたフランスの外交使節団は、かねてから希望していたふれあいの場に向かうことになった。
何を隠そう、彼らは日本大陸を訪れて初めて目撃したのである。馬牛などと並び日本大陸において生活に溶け込む猛獣「剣牙虎」に。
 フランスにおいて、というか欧州においては基本的に肉食文化であることも手伝ってか、肉食動物というのは恐怖の対象であった。
 一方で日本はむしろ穀物を育てる文化であり、田畑を荒らす鹿などを追い払う存在である狼は信仰の対象にすらなるほど身近であった。
剣牙虎もまた、狼と同じく信仰をある程度集めるほどの知名度があり、戦場においてはペアを組んで戦う専門の兵科が存在するほどであった。
 彼らは獰猛ではあるが、人になつき、人と共に行動をし、人を超える力を持って人を支えてきた。
 なぜ彼らのような肉食獣が人間という生物に近づいたのか、また人間が自己を容易く超える肉食獣を従えると決断したのはなぜか、現代になってもその手の疑問は尽きることはない。ともあれ、彼らは人間と共にあることで、今日まで生き延びてきたのである。

 よって、欧州から来た彼らにとっては、人間の生活に溶け込んでいるという時点で驚愕すべきことであり、
さらにはその猛獣を引き連れて戦う兵科が存在するということにこれまた驚きを隠せなかった。これによって一周回った彼らの好奇心は、その猛獣を間近で見たい、あわよくば触れ合いたいという欲求を生み出したのであった。

 それに対して織田幕府は別に隠すものでもなかろうということで許可を出した。繰り返しになるが、少なくとも日本大陸の人間にとって、剣牙虎とは身近な存在であり、軍事的に使われることもあるが、かといってそこまで隠匿するようなものではなかったのだ。
寧ろその存在感があることで一種の抑止力として働くのであって、フランス人に対しても同じような感覚で許可を出したのであった。
 ただし、いくらかの条件、というか、必要な処置というものが存在していたのだが。

 必要な処置、それはすなわちフランス人の体臭問題であった。
 彼らフランス人に入浴という風習が無かったわけではないのだろうが、3日に1回はいればとんでもない綺麗好きというレベルの彼らは、普段風呂には入らないし、体臭をごまかすために香水などを使っていた。結果ではあるが、蓄積した臭いとそれをかき消そうとする香水のミックスで、これまたとんでもないレベルの臭いを放っていたのであった。さらに彼らが普段暮らしているのは、窓から汚物が降ってくるような世界である。
その匂いがさらに染みついているために、犬猫は近寄ろうとせず、鼻の効く日本人ならば顔をしかめるレベルであった。
 当然のことながら、剣牙虎の鼻はよく効く。基本的に人がいて宥めることもできるであろうが、それでも悪臭の塊がなれなれしく近づけば、誇り高い側面もある剣牙虎の機嫌を損ねかねないし、場合によっては命の危険もある。だが、相手国の外交官を傷つけるなどあってはならない。
例え相手に原因があろうとも、正論が通じるとは限らないし、相手国との間にトラブルを抱えてしまうのは交流開始初期ということもあって避けたいところ。

『ということで、皆様には剣牙虎と触れ合うために準備をしていただくことになります』

 フランス語通訳の夢幻衆の井上は若干冷や汗をかきながらも、剣牙虎の調教を行うプロ---一般には師範と呼ばれる人物の言葉を訳し伝えた。
正直、気が気ではない。ざっくばらんに言えば「あんたら臭いから会わせられない」なのだから。勿論言い回しには気を付けた。
この時代のフランス語と自分達のフランス語が相応に違うところがあるために、わざわざ詳しい人間に聞いたほどだった。
これが相手を怒らせるような結果にならないことを、井上はひたすらに祈るしかなかった。

257: 弥次郎 :2018/11/02(金) 18:20:21 HOST:p2729046-ipngn201308tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp

 結論から言えば彼らは、フランスの外交使節は剣牙虎兵側の要求に鷹揚に従うと告げた。
 彼等も、表にこそ出してはいなかったのだが、剣牙虎に少なからず恐怖を抱いており、命の危険があることを忘れていなかった。
誰だって見栄を張るよりは命の方が大事に決まっている。まして、飼いならしている専門家がそういうならば、従うほかあるまい。
 そういった彼等はほっとした表情の日本側の人間に連れられて、その準備を行うことになった。2,3日かけて。

 まず彼等には徹底した入浴をしてもらい、体臭を落としてもらうことにした。
 饐えた臭いとまでは行かないが、それなりに追う彼らをお湯につからせ、徹底して身体の垢を落とすことで綺麗にしたのだ。
当然ながら髪の毛についても洗って汚れやほこりを落としてもらい、清潔感溢れる状態にしてもらった。
 また、衣服についても清潔に洗い、臭いを落とすことに苦心した。本当は新品を着ることが望ましいのだが、流石に和服を着ろとまでは強制できない。
 さらにさらに、彼等には食事の制限をある程度してもらった。人間の体臭というのは、実のところ食べたものに由来するのだ。
日本人は外国人から見ると醤油や味噌の臭いがするらしく、国外で過ごすとその国の食べ物の臭いに染まっていくというくらいだ。

 これらの説明を受けた時にはさすがにフランスの外交使節も顔をひきつらせたが、徐々に体の清潔さを保つことの快楽に目覚めつつあった。
これまではそういう習慣がなかったのだが、いざ体を毎日きれいに洗い、お湯につかって疲れをとるという習慣に実際に癒され、楽しんで疲れをとることができると理解できたのであった。むしろ、これまでどうしてこれをやらなかったんだ、と気がつかされたほどだという。
 ここには欧州と日本の水の違いというのもあっただろう。
 欧州に多い硬水と異なり、日本大陸は多くが軟水である。軟水は人間の体を構成する細胞と相性が良く、ケアや洗浄などに非常に向いているのだ。
乾かしてもカルシウムやマグネシウムなどが髪や皮膚に残るようなこともなければ、衣類を洗ってもダメージを与える心配もない。
 極東の蛮族と侮っていたが、意外にもこうした癒しに優れているとは思わなかった、と後にこの外交使節は日記に記しており、どれほどの娯楽であったことかを示している。

 さて、こうして準備が整った彼らは、ついに剣牙虎との触れ合いの機会を得たのであった。
 ペアとなる兵士を傍らに連れた剣牙虎は、食事も終わり、毛づくろいもしてもらったばかりなのでご機嫌な様子であった。
具体的に言うと、ペアの兵士に纏わりついて離れようとしないのである。

「これ、これ、今日は客人が来ておるのだぞ」

困ったような、しかし嬉しそうな剣虎兵は、相棒の耳や顎下などをさすってやり、なだめようとしている。

『まるで自分の子供と戯れているようだな…』

『牙や爪が恐ろしくないのか、彼は?』

 恐る恐るといった様子で、井上に質問が飛んでくる。まあ、確かに目の前で見せられても信じがたいのだろう。
一歩間違えれば喉笛を牙や爪が食い破るか切り裂いてしまいそうな距離感なのだ。それでいて平常を保っている剣虎兵が恐ろしいのだろう。
正直、自分でも時々怖いと思うことはある。まあ、迂闊に刺激したり、彼らの守護する場所に立ち入らなければ良いのだが。
 フランス人の質問と簡単に訳して伝えると、剣虎兵は笑って答える。

「確かにコイツの爪や牙は恐ろしいですが、調教して、互いを尊重し合えるようになれば、怖くはありませんよ。
 気を付けることが出来れば、これほど頼りがいのある味方はいません」

 なぁと、剣虎兵が問いかければ、件の剣牙虎は肯定するようにかわいらしく鳴き声を上げた---その際に鋭い牙をのぞかせながら、だったが。
一瞬だけその牙に目をとられたフランス側の人間達だったが、どうやら敵意はないようだとほっと一息つく。
 アイスブレイクが済んだところで、いよいよ触れ合いとなった。
 これまた恐る恐るといった感じで剣牙虎の頭をなでたり、その毛並みの美しさに見とれるフランス人たちは、徐々に距離を狭めていく。

258: 弥次郎 :2018/11/02(金) 18:21:12 HOST:p2729046-ipngn201308tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp

 正直怖いところもあるのだろうが、意外とされるがままというか、従順なところがあることに安心感を感じているのかもしれない。
まあ、触れ合う前に散々注意をして、剣牙虎を怒らせないように、と釘を刺したのが逆効果になっているのかもしれないが、ともかく無事に済みそうである。

『では次に、少し剣牙虎の運動能力を見てもらいましょうか』

 そして、次に井上が準備していたのは剣牙虎の恐ろしさを改めて伝えるものでもあった。いわば、デモンストレーションという奴である。
 まず用意されたのは高さ3mはあろうかという木の壁だ。体格の良いフランス人なら手を欠ければなんとか登れそうではあるが、手をひっかけるようなところが無いので少々厳しいか。少なくともそのように判断された。

「よし、行け!」

 剣虎兵の加佐見に促され、剣牙虎の「真吉」---雄であるが---はほんの数メートルほど助走すると、あっけなくそれを飛び越えてしまう。
しかもそれは、壁にしがみついたり、爪をひっかけたりするものではなく、まったく触れることなく飛び越えてしまったのだ。
4mから5mとは飛び上がっていた。つまり、馬に騎乗している人間にとびかかるのも容易であるということだ。その牙と爪がひとまとめに、自分たちの、人間の急所目がけて襲って来るという恐怖が現実に起こりうるということ。

『槍か盾があれば防げるだろうか?』

『牽制は出来るだろうが、あの身のこなしの速さだからな。間に合わないかもしれん』

 それを想像したのか、少し顔色が悪くなるフランス人一行。
 この大陸においてこの動物を引き連れた兵が猛威を振るっていたことは既に聞かされていたが、改めてその証拠を見せつけられ、それが本当のことだと示されているのを感じる。良くても落馬は避け得ないだろうし、最悪そのまま食い殺されるかもしれない。
精々できるとすれば槍か何かで牽制して近寄らせないことだろうが、その程度で封殺出来たらここまで普及はしていないだろうというのは理解できた。
 続けて用意されたのは、その話題に出てきた鎧であった。日本において用いられている、ということは明白だが、それが武者を模した案山子のような人形に記せられて、地面にしっかりと埋められて固定された。それがしっかりとした強度を持つ、簡単には壊れそうにはないものであることをガチャガチャとなる音や重量感あふれる外見、そしてそれを運ぶ屈強な兵士が証明していた。

「……」

 ごくりと、誰かが生唾を飲み込む。
 真吉は加佐見の隣に控え、若干前かがみになり、何時でも走り出せる態勢だ。真吉の全身の筋肉が一度弛緩し、すぐに緊張する。
その眼光は射殺さんばかりにターゲットを捉えて離さず、唸り声で威嚇している。これは訓練のようなものでるが、決して手を抜いてはいない。真吉の目には、案山子ではなく、鎧をまとい、自らに挑まんとする武者の姿が映っていた。

 そして---瞬間、地面の土が爆ぜた。

 人間が、フランス側の人間達が捕らえられたのはその一瞬。その次の瞬間には、木と金属とその他いろいろなものが、一度に破壊される破砕音が轟いていた。結果は一目瞭然、用意されていた鎧は胸部がぐしゃりと圧潰されており、内部まで破壊されている。
鎧を支えていた案山子人形もまた、地面に刺さった根本から圧し折れ、地面に叩きつけられた衝撃で砕け散っていた。
そして、それをなした猛獣、真吉は、悠然と鎧の上にマウント状態をとっていた。この距離であるならば、首を噛みちぎることも容易いだろう。
しっかりと胴体を殴りつけるようにして攻撃し、反撃されないように腕を器用に爪で押さえつけているのが分かる。

『なんと……』

 絶句するのも無理はない。圧倒的な破壊がなされたのだ。もし迂闊にこの猛獣に接近を赦せばどうなるかが、ここに証明された。
そんな彼らフランス人に対して、井上は不敵な笑みを浮かべて問いかける。

『いかがでしょうか、我が国が誇る精強な剣牙虎は?』

 それに応えるフランス人たちの声は、暫くなかった。



      • 後にフランス王府への報告書では、この剣牙虎とそれを従える剣虎兵の恐ろしさや手強さが書かれることとなる。
並の獣どころの話ではない、人間との戦い方をよく心得、人間と共同して戦う理性ある猛獣の脅威が、フランスの度肝を抜いたのである。
それを従え、あまつさえ多数投入して来るであろう織田幕府軍を侮ることは危険であると、報告書は綴っており、当時のフランス王府が軽率な行動に出ることを抑止した一因となったとされている。

259: 弥次郎 :2018/11/02(金) 18:22:21 HOST:p2729046-ipngn201308tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp

以上、wiki転載はご自由に。
ちょいと思いついたので剣牙虎について。

前史ネタについてはもうちょっと時間をかけて書いていこうと思いますのでお待ちいただければ。

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最終更新:2018年11月07日 13:13