224: 名無しさん :2019/01/12(土) 13:20:30 HOST:4.255.149.210.rev.vmobile.jp
「で、どう責任を取るの?」
「これは大変なことやと思うよ」
「見ろよこの無様な結果をよぉ!」
「い、いや、そ、そう言われましても」

都内某所の夢幻会会合所。21世紀を迎え、組織としての活躍や暗躍は少なくなった彼らであるが、とある一件を話し合うため今日は臨時会合を開いていた。そしてこの会合の被害者…もとい中心人物こそ、今も責められている「夢幻会卓上遊戯部」の面々であった。

【日の丸の起源ってなーに?】

さて彼らが責められている内容を話すためには、まず憂鬱世界と大陸世界における夢幻会、というよりその元となる転生者の差異について話さねばならない。日本が亜大陸化したこの世界では彼ら転生者は、憂鬱世界よりかなり前の時代から現れていた。さすがに極初期の頃は記録が無いので確かめようがないが、平安時代中期にはすでに徒党を組める程度の転生者がいたようである。そしてそんな彼らは積極的に時代の舵取りを…したりはしなかった。

彼らは自分たちがあくまで「異物」である事を自覚していたし、複数回の転生で身をもってその事を知っている転生者も仲間には存在していたのである。故に彼らはあくまでその時代相応の「知恵者」として権力者とのパイプを作りつつ、ゆっくりと転生者のネットワークを作り上げ、そうして戦国の世になったとき彼らは初めて「夢幻衆」の名で歴史の表舞台に出たのである。

さてそんな彼らであるが、一方で権力者に取り入る為に転生者知識をガッツリ使った分野も存在した。それがTRPGやボードゲームといった卓上遊戯全般であった。貴族全盛の平安の世で「唐物」としてでっち上げられた転生者謹製の卓上ゲームは貴族の間で一大ムーブメントを起こし、これが日本大陸における初期転生者の見の安全に大きく寄与したのだ。おそらく当時の転生者達はこれぐらいなら大きな歴史改竄にはならないと思ったのであろう。だから藤原道長がバックギャモンの名手になっても紀貫之がD&Dの名GMになっても歴史的な問題はない…そう思っていたのであろう

さてここで話が変わるが皆さん、一般的にサイコロと言われる6面ダイスを想像してみてほしい。1の目の部分が赤く塗られているサイコロを想像しないだろうか?この1が赤いダイスは「日の丸」をイメージした日本独特のもので、史実では戦後に1の目が赤い6面が作られるようなった。しかし平安の世に生まれた転生者はそんな事はつゆ知らず、深く考えず1の目が赤い6面ダイスを作り、それを一般化させてしまったのである。ここに逆転現象が産まれる。この時点において「日の丸」の元となった【日像の旗】は存在したのだが、それは赤丸ではなかった。史実において赤丸の日の丸は源平の合戦で平家が官軍の象徴して上げた旗が元と言われているため、存在しないのは当たり前である。
 そして転生者にとって悪いことに、藤原道長がバックギャモンでピンゾロを連発して劇的な勝利を飾った時の気持ちを歌った歌が、その時のサイコロ付きで残っており、さらにさらに道長が宋からの商船に対して「受け入れに際して、我が持たせた旗を宋船に示せ」と部下に指示していたことが道長の部下の日記から読み解かれてしまい、それらの結果…

「『日の丸が赤いのは道長がバックギャモンで大勝した事を記念して。』なんてとんでもない歴史ができてるじゃないか!
どうしてくれんのこれ?」
「い、いや平安時代の事を我々に言われても、そ、それに解説の学者も『諸説あるが』て言ってましたし」
「その後に『有力な説として』っていってたダルルぉ!」

かくして「夢幻会卓上遊戯部」の面々は会ったこともない平安時代の先人の尻拭いに苦慮することになったのである
そうしてこの日の丸紀元節を潰そうとした彼らが、藤原の血を次ぐ五摂家にバックギャモン勝負を挑むのは…また別の話


以上です。転載等はご自由にどうぞ。書いてて思ったけどこの世界だとバックギャモンで「藤原杯」とか「五摂杯」がありそう
最終更新:2019年01月26日 13:48