725: yukikaze :2019/02/10(日) 21:59:11 HOST:174.228.242.49.ap.seikyou.ne.jp
ちょっと簡単にSS投下。題名は『ある提督の憂鬱』
世界線は豊臣夢幻会です。

2隻のイラストリアス級がそろって転舵していく光景は、遠目からみれば勇壮そのものであった。
日米の空母と比べると聊か小ぶりであるものの、空母の船体と飛行甲板の間を一体化させたその姿は精悍そのものであり、英国海軍の新鋭空母に相応しき威容を見せていた。

もっとも、『ある事実』を知っている者達からすれば、この姿は『勇壮』ではなく『滑稽』と称したかもしれない。
何しろ、1944年初頭であるにもかかわらず、英国海軍が保有している正規空母は、この2隻だけしか存在せず、しかも艦載機に至っては、自国製ですらないという有様であったのだ。

そしてその事実を誰よりも理解しているのは、この英国海軍唯一の機動部隊と言っていい、『フォースH』の将兵達であった。


「栄えある先陣と言えば聞こえがいいが・・・」

フォースHの旗艦であるキングジョージ五世の司令官室において、艦隊司令官であるサマーヴィル中将は、つい先日渡されたばかりの作戦司令書をテーブルに放り投げながら、溜息をつきつつ呟いた。

「それ以外には使えんと判断したという訳だ。アメリカ人も日本人も」

何とも腹立たしい事ではあった。
世界の七つの海を支配した英国海軍が、分家のドラ息子や極東の黄色人種に侮蔑をされるという事実は、英国と英国海軍を愛しているサマーヴィルにとって、怒りのあまり手袋を相手の顔面に叩きつけるレベルの侮辱であったのだが、同時に、彼の怜悧な頭脳は、日米海軍の判断を是とするより他ないという諦めに達していた。

まずアメリカ海軍であるが、戦力としては最も巨大な代物であった。
正規空母3隻、もしくは正規空母2隻+軽空母1隻を軸とする空母機動部隊、これを6つも保持していたのである。
艦載機数は1,300機近くに達しており、その雲霞のごとき大群が押し寄せた場合、相手方がどうなるかは言うまでもない。
無論、その6つの部隊を固めるのも、第二次大戦が始まってから就役した新鋭艦だらけであり、まさに現代のアルマダと言ってよかった。

次に日本海軍であるが、これは規模的にはアメリカ海軍よりも劣っていた。
正規空母2隻+軽空母2隻を軸とする空母機動部隊が1個に、1個水上艦隊。額面だけ見れば取るに足らない存在と言えた。
だが、その内実は『化物』と呼んで差し支えなかった。
何しろ空母艦載機こそ240機程度であったがその全てがジェット艦載機で統一されており、まともにぶつかったが最後、鎧袖一触で相手を蹴散らすだけの実力を誇っていたのである。
しかも全ての艦が、英米よりも進んだレーダーやFCSを装備しており、夜戦を日本海軍に挑むのは自殺行為とみなされていた。

では英国海軍の実力はどうであったのか。
見も蓋もない事をいってしまえば『戦力整備を完全に間違えた』といって良い代物であった。
フォースHの戦力はと言えば、新鋭戦艦5隻にイラストリアス級2隻という布陣であった。
主砲こそ、これまで英国海軍が使用してきた15インチ砲の改良版でしかなかったものの、安定して30ノット出せる速力と、アドミラル級を上回る防御力
を有したキングジョージ5世級は、確かに英国海軍が建造した戦艦の中では最高峰に位置する艦ではあった。

だが、それはあくまで『英国海軍が建造した戦艦の中では最高峰』でしかなくおまけに同艦が就役した1942年から1943年後半において、同艦が必要とされる局面はついぞ発生することはなかった。
共産海軍最大の戦艦であった『ルイ・オーギュスト・ブランキ』『パリ・コミューン』(ともにドイツから賠償艦としてせしめたバイエルン級)が、
1942年初頭に、トゥーロンの軍港ごと日本海軍によって消し飛ばされた時点で、共産海軍が有する大型艦艇は、計画書の中以外には存在しなかったからだ。
それでも、同艦が計画通り5隻就役したのは、未だ旗幟鮮明を明らかにしていないイタリア海軍への対策と、断片的な情報から、着々と就役しつつあるとされるソ連の大艦隊への対抗というのが、英国の公式見解であった。

726: yukikaze :2019/02/10(日) 21:59:48 HOST:174.228.242.49.ap.seikyou.ne.jp
「公式では・・・な」

サマーヴィルは、渋い紅茶を飲み干すような気分で、あの時のことを思いだしていた。
あの時期、ほぼ完成していたキングジョージ5世とプリンス・オブ・ウェールズについては、戦艦のままで完成させるのは仕方なかったであろう。
艤装が進んでいた3番艦のデューク・オブ・ヨークまでならば、まだ認めてもよかったであろう。
だが、進水した直後で、ろくに艤装がされていなかったジェリコーとビーティまでもを建造続行したのは完全な失策と言えた。
後知恵と言われるかもしれないが、この2隻の建造を停止乃至は中止する代わりに、浮いた予算でアメリカから空母をレンタルするか、あるいは陸軍や
空軍に予算を振り分けていた方が遥かにマシであっただろう。
実際、英海軍の中には、アメリカ空母のレンタルや、ジェリコーとビーティーの空母への改装案を主張する者もいた。

だが、英国海軍は戦艦建造を強行した。
その理由は極めて単純で、英国海軍の戦艦派の声が強かったからにつきた。
第一次大戦の休戦後、英国は様々な紛争に介入せざるを得なかったのだがその時に、最も安価にプレゼンス効果を発揮したのは戦艦であった。
世界最大の戦艦であったアドミラル級が、悠然と紛争領域の海域に展開する様は、確かに一定の抑止効果を発揮していたし、そうであるが故に英国海軍においては『戦艦』という存在を絶対視する人間が多かったのである。(無論、英国海軍だけでなく政治家や国民もだが)
ある意味、これまでの最適解に順応しすぎたが故の末路と言えるであろう。
そしてそのツケを払わされるのは現場の将兵であった。

「せめてイラストリアス級が後2隻あれば・・・。いや、アークロイヤルが沈んでさえいなければ・・・」

繰り言であることは分かっているが、サマーヴィルはそう思わざるを得なかった。
イラストリアス級空母4隻、あるいはイラストリアス級空母2隻とアークロイヤルがいれば、まだ空母を主戦力として使えたかも知れなかった。
イラストリアス級の定数は30機程度であるが、あくまでそれは定数であり、飛行甲板に駐機させておけば、40機後半までは運用可であった。
その場合、前者だと180機程度は使えるし、後者であっても150機程度は運用できた。
勿論、日米海軍と比べると過小ではあったものの、空母戦力として無視されることはなかったであろう。

しかし現実は非情であった。
イラストリアス級は、イギリスの装甲板製造能力の問題と予算の観点から、キングジョージ5世級を優先してしまったがために、当初、1937年に建造予定であったイラストリアス級の3番艦と4番艦は、1940年にずれ込んでしまい、しかも日本海軍の艦載機を導入することになったために、設計が2転3転してしまったことで最終的には「戦争に間に合わない」という理由で計画が破棄されてしまっていた。
アークロイヤルについても、対潜警戒の不備によりドイツの潜水艦によって撃沈されており、影も形もなかった。
しかもドイツの急降下爆撃機の能力が派手に宣言されてしまったことと、イラストリアス級がそれを防いだことへの宣伝もあって、英国海軍部内においても、飛行甲板への低防御への忌避感が形成されており、戦時急造用の軽空母の設計すら禄に出来ていない有様であった。(防御に関しては妥協する代わりに、1年半以内の就役とジェット運用を重要視した瑞鳳型とは雲泥の差であった。)

結果的に、英国海軍の戦力は「新型戦艦5隻、新型空母2隻」だけであり、それを最大限生かすとするならば「空母戦力で艦隊の防空をしつつ、水上艦艇での艦砲射撃」以外取りようがなかった。
英国側としては最後の足掻きとして、フォースHと、アメリカ側の比較的旧式艦で構成された(それでもレキシントン級2隻、ヨークタウン級3隻、ワスプという陣容であったが)2個空母機動部隊とを統合して、英米合同艦隊として英国側が指揮するというプランも立てたのだが、アメリカ側から「何故大兵力を有する部隊が、僅少な部隊の指揮を受けなければならないのか」という当然のツッコミの前に消し飛ぶことになった。(なお、イギリス嫌いで有名なキング海軍作戦本部長の言葉はさらに辛辣であり『下手くその指揮に何故従わないといかん』であった。)

サマーヴィルは天を見上げざるを得なかった。
かつては七つの海を制覇していた偉大なる世界帝国は、もはや一人で戦うどころか他国の使い走りにならざるをえないまでに凋落したという事実に。

「どこで間違えたというのだ・・・我らは」

そう呟く彼の問いに答える者はいなかった。

727: yukikaze :2019/02/10(日) 22:08:32 HOST:174.228.242.49.ap.seikyou.ne.jp
短いですが投下終了。
多分、全てのイギリス軍人や政治家は思っていそうです<どこで間違えたのだ?

以前も出しましたが、この時期のイギリス軍の凋落は悲惨としか言いようがなく

陸軍
主力戦車は、日本に頭を下げて37式中戦車のライセンス生産。
大砲についても、アメリカ陸軍の兵器の供与比率が多く、自前の兵器と言えば小銃と機関銃、それに短機関銃。

空軍
スピッドファイヤが烈風にボロクソに敗れ去ってしまい、結果的に主力戦闘機が烈風。軽爆撃機が流星という有様。
(だって後継機として争ったのタイフーンですぜ)
まあマーリンエンジンを、モスキート&ランカスターにぶっこめたのでまだマシと言えばマシだったのですが。

海軍
上の二つよりはマシとはいえ、艦載機は烈風と流星に。
なお、戦備計画完全に間違えてしまい、水上艦艇としては有力だけど対空能力が寒い状態であり、日米両国から「ねえ? 戦訓理解している?」と、壮絶にdisられることに。

なお、英国が切り札としていた電探技術は、日本側から「旧式電探でカードになると本気で思ってんのか」と、全くカードにならないことを突きつけられ止めにレッドセルまで暴露されてしまって、完全に日本から見下されることになります。
(まあチャーチルのやらかしが大きいのだが)

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最終更新:2019年02月16日 09:28