537: 名無しさん :2019/05/23(木) 04:01:06 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
日蘭世界妄想 ジョルジュ=ビドーの憂鬱 最終話
1948年5月25日19時
シャルル=ド=ゴールはブルボン宮殿に向かうために急いいた。
パリ警視庁こそ、すんなりと掌握できたがやはり、国家憲兵隊は強敵だった。彼ら対セクト戦で培ったノウハウをゲリラ戦に転用したのだ。そして、彼等の制圧に手間取った間に政府軍の制圧作戦が開始されてしまった。こうなれば、民兵団と合流してワーテルローでの老親衛隊の如く最後まで戦うしかない。クソ、忌々しいボッシュの置き土産さえ居なければこんな事には…
「そろそろ、コンコルド広場だ。もうすぐだ。総員…」
シャルル=ド=ゴールが言えたのはそこまでだった。
「車両1両撃破」「よし、其のまま続けろ」「了解」
部下からの報告に元フランス義勇兵、現フランス国家憲兵隊少佐ジャック=ドリオはあくまでも冷静に返した。
彼が誰をしとめたのかを知るのは全てが終わった後の話となる。

1948年5月25日20時 パリ下水道
「しくじった、いや見誤ったというべきか」
下水道の中を歩く老人がぽつりと言った。
「何がだ、何をだ、一体何を見誤ったというんだっ、書記長っ」その後をついて歩いていた若者がそれを聞いて絶叫した。MI6諜報員キム=フィルビーだった。
書記長と呼ばれた老人、フランス共産党書記長モーリス=トレーズは言うことを聞かずにぐずる子供をあやすように答えた。
「フランスという国…いや違うな、あのビドーとかいう男だな。我々、フランス人はパリを大切にする。先の大戦でOCUが容易にレジスタンスを鎮静化出来たのは、その処理の苛烈さだけでなく、彼らが文化保全について細心の注意を払うことで、やつらはボッシュだが良いボッシュだ、と思わせたからだ。もちろん中国人達の『功績』も大きいがね。」
トレーズは功績の部分に対して憎悪をこめて言った。フランス敗北後の敗戦革命によって非スターリニズムの真の共産国家樹立を目指していた彼にとっては中国人による蛮行は噴飯ものだった、数多くのフランス人が彼等の被害に遭ったというのもあるが、それをきっかけに市民がOCU占領行政の元で団結してしまい、革命の好機を逃してしまったのが一番大きかった。
「だが、先頃から始まった鎮圧は違うようだ。あの男はパリを犠牲にしてでもフランスを守る方を選んだようだな。まるで例えパリは焼けてもフランス残るから安心しろとでも言いたげにな。やれやれ、全くもってプロレタリアトの事を考えないブルジョワらしい発想だよ…」
フィルビーは震えた。動きが予想よりも早い件といい、まさか此方に気付いたのではないか?であるならばどうすれば良い?
そんなフィルビーを見たトレーズが、だがな、と言葉を続けた。
「革命の火をここで消すわけにはいかない。我々は兎も角君はなんとか逃げ切れるはずだ。そしてまた、パリに来てくれれば良い。」安心させるようにゆっくりと話していたが、手は常に銃に伸び、眼からは並々ならぬ闘志が感じられる。
これが、欧州一の武闘派フランス共産党の長か、フィルビーは思った。フランス共産党につけられたモスクワの長女というあだ名自体、合法、非合法を問わずモスクワに反発する様を見た、あるジャーナリストが「まるで反抗期の娘のようだ」と評した事から付いているのだ。
「さあ、先を急ぐぞ。」トレーズの言葉にフィルビーがうなづいた時だった。前から水音がした。「誰だ?」トレーズが尋ねる。「私ですよ。書記長。」ジャン=ムーランだった。他にも何人かいるようだ。
「同志ムーラン、作戦は失敗した。君にはこのフィルビー君の護衛を頼みたい。安全で、それでいて足がつかないように…」トレーズの言葉が止まる。ムーランの横にいる男を凝視していた。
「プロソレットだとっ、貴様裏切ったか」
「ピエール頼む。」
トレーズが叫んで銃を抜くのと、ムーランの言葉に応じて男が発砲したのは同時だった。
「書記長っ、くそ、ピエール=プロソレットだと、資料で読んだぞ。元レジスタンスにして今はパシー大佐の飼い犬だったはずだ。同志売ったな?ジャン=ムーラン」
キム=フィルビーが目の前の男達を罵倒する。だが、彼の体は震え、おまけに始めて間近で見た人の死に恐怖のあまり失禁すらしていた。
「まったく、酷いざまだなフィルビー君?だが、書記長の最期の願いは叶えるよ。」ムーランは笑いながら言った。フィルビーはますます混乱した。そんなフィルビーが見ながらムーランは囁くように言った。
「私達の狙いは書記長の亡骸と私の身柄なのだよ。」

538: 名無しさん :2019/05/23(木) 04:17:23 HOST:softbank126077075064.bbtec.net

1948年5月26日9時パリ ブルボン宮殿
フランス議会下院議事堂としての役割を担ってきたそこはクーデター派によって占拠されていたが、彼等が政府軍に包囲されてしまってはどうにもならなかった。民兵団の団長であるダルナンはパリ伯と共に奥の部屋に入っている。狙撃を避けるためだ。
「くそが、俺たちはどうなっちまうんだ」
民兵団所属ジャン=マリー=ル=ペンが人目をはばかることなくやけ酒をあおりながら苛立ちをあらわにしていた。
「まあ、落ち着けよ。」年上の相棒であるフランソワ=ミッテランがなだめようとする。「落ち着けだって、だいたい…」ル=ペンが不満をもらしかけたその時だった。
「臨時ニュースを申し上げます。昨日、クーデター首謀者の1人ジャン=ムーランを拘束したという発表が…」
ラジオからの一報に室内、いやフランス中に動揺が広がった、ジャン=ムーランといえば左翼系レジスタンスの大物だ。何故そんな人間がクーデターに加担していたのだ?
続く発表にフランス全土が驚愕した。今回のクーデターは裏でムーランのような極左勢力が裏で操っていたものだと言うのだ。しかし、ムーランは逃亡に失敗して捉えられトレーズは抵抗して射殺されたのだと言う。
「どう言うことだ?」、「政府側の謀略じゃないか」、室内が動揺する中、パリ伯とダルナンが姿を現した。
「諸君、これこそ卑劣な共産主義者による陰謀である、我々の戦いはまだ始まったばかり…」
ダルナンの演説を遮るようにラジオからは新たな『証人』の声が流れ始めた。「…私はアンドレ=ドゥヴァラン、パシー大佐と言った方が通りがいいかな?」フランスの誇る諜報のプロが語り始めた。曰くド=ゴールに命じられるままに、証拠の捏造をした事、クーデターの発覚を隠し通すために破壊工作を行ったこと、そして、すべて共産党と通じながら行ったこと、これらが具体的な事例を紹介しながら語られていった。
ラジオが終わると沈黙が部屋を支配した。
「俺はもう嫌だ。殺されたっていいから投降させてもらうぞ、フランスの為には死にたいがアカの手のひらに上で死ぬのはごめんだ。」
ル=ペンだった、彼は酔っ払い特有の行動力で言いたいことを言ってのけると、無謀にもそのまま外に出ようとしたのだ。
あまりの行動に唖然としていた一堂がル=ペンを取り押さえた。だが、彼は喚き続けた。「だいたい、将軍はどこにいるんだ。さっきの放送が正しければ、全ての鍵を握っているはずのド=ゴール将軍は?」
ル=ペンに集まっていた視線がダルナンとパリ伯に集中した。だが、2人ともわかるはずがなかった。
これにより更なる動揺が広がった。1人また1人と投降していった。ダルナンは銃を向けて制止しようとする。だが向けられたのは冷ややかな、あるいは猜疑心のこもった視線だった。ダルナンとパリ伯にはどうする事も出来なかった。
この後、大部分の兵士の投稿を受けたのちフランス軍が突入した時には、ダルナン及びパリ伯は死体として発見された。

539: 名無しさん :2019/05/23(木) 04:21:46 HOST:softbank126077075064.bbtec.net


1948年5月26日 20時 ヴェルサイユ
「反乱軍残存部隊の投降または殲滅を確認しました。無論他に生き残りがいないか念入りに調査はするつもりですが」
救国委員会の鎮圧の指揮をとっていたマキシム=ヴェイガン大将からの報告をジョルジュ=ビドーは無表情で聞いていた。
「ところで、例の放送は本当なのでしょうな?」
「ええ、私も非常に残念ですよ。」
そう言うとビドーは退出を命じた。ウェイガンに言ったことは嘘だった。
ドゥヴァランがド=ゴールの指示で隠蔽工作を行っていたのは本当だが、共産党との関係など彼は知る由もなかった。にも関わらず、彼の家族への保証と引き換えに、罪を被らせたのは『帰国』とそのあとの『仕事』を円滑にするためだった。あくまでもこの事はフランスによくありがちな革命騒ぎということにしなければならなかったのだ。
ビドーは机の中に入っている書類を確認した、それはMI6諜報員キム=フィルビーがムーランによる『説得』によって、こちら側に着いた事を示していた。彼は三重スパイとなったのだ。フィルビー経由の情報はフランスの発展に大きく貢献するだろう。
「だが、そのために君は自分の命捧げる必要はあったのかい?ムーラン?」
ビドーの問いに答えるものはいなかった。

…なんだ、急に眠く…瞼が…重い…

「…なんだ、ここは」病院の中のようだった。
「お目覚めになられましたか」
老人が隣にいた。だが声には聞き覚えがある。「…秘書官?いや、シラク君かね?」
「はい、閣下。秘書官と呼ばれるのも久しぶりですな。」
「久しぶり?昨日確かエストシナの境界地帯に…」
「まだ、記憶が混乱されているようですな。それは20年前の話でしたかな?いまは…」
「そうか、1999年10月5日だったな」
「はい」
クーデター未遂ののちビドーは挙国一致体制の整備と一時的な憲法停止による自身への権力集中によって混乱を乗り越えて、FFRへと体制を刷新した。
初代大統領に選ばれたのは誤算だったが、ビドーはそれも勤め上げた。
「失礼いたします。閣下」
「おお、君か」入室した男にビドーは顔を綻ばせ、対するシラクは渋い顔をした。
入室してきた男は現FFR大統領ジャン=マリー=ル=ペンだった。彼はシラクを破って大統領に就任したからだ。
「今日が100歳の誕生日と聞きましたので…」
「ありがとう。君も大変だったな。いや、私が言うべきではないな」
「いえ、懲罰兵としての経験も色々役に立ちましたから」
ル=ペンはクーデター事件後懲罰兵として戦地に送られた経験があった。罪状は勿論ビドーの暗殺未遂だ。ド=ゴールは戦死、パリ伯とダルナンは自決という中でスケープゴートにされた結果だった。
「なあ、ル=ペン君、フランスはFFRはどうなった?」
「…OCUにはもちろんのこと、他の2勢力にも差はつけられています。しかし、これからは我らが彼らを追い越す番です。いずれきっと…」
「そう….か、」良かった、だめだ…声が…

FFR初代大統領ジョルジュ=ビドー、享年100歳。
動乱を乗り越えFFRを築いた指導者の死をフランス中が悼んだ。
一方、ジャン=ムーランに関しては現在でも売国奴という評が一般的である。なお、彼の墓には毎年花が手向けられていたが1999年以降はそれも途絶えており、一体誰が供えていたのかもわかっていない。

540: 名無しさん :2019/05/23(木) 04:24:53 HOST:softbank126077075064.bbtec.net
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最終更新:2019年05月25日 20:12