379 :名無しさん:2012/01/25(水) 09:29:40
※256の続きー

 カルネアデスの板。
 それは例え話である。
 船が沈み、自分の体重を支えるのがやっとの小さな板切れにしがみついていた。
 その時、別の人間が「自分も捕まらせてくれ」とすがってきた。
 このままでは自分も死ぬと思い、突き飛ばした結果、相手は溺れ死んだ。
 この時、彼は殺人として罪に問われる事になるだろうか?
 答えはならない。
 『緊急避難』の範囲を説明する際によく用いられる話である。

 「もっとも、この計画が緊急避難の範囲に入るかは疑わしい気もするが」

 その言葉にもう一人は苦笑した。
 最も、苦笑ですんでいるのは嶋田がそれでも必要ならば躊躇う事なく引き金を引くという信頼あってこそで、これがそんな信頼のない相手ならば冷たい視線で見詰めたまま、徹底的に論破している事だろう。

 「いいじゃないですか。今回の衝号は誰も死にませんよ」

 「……直接的にはな」

 大日本帝国の対ラインハルト皇帝への最後の切り札。
 それがこのカルネアデス計画であった。
 その内実は、空間障壁の為の超空間干渉装置を暴走させ、超空間を破壊。帝国の領域の実に八割から九割を最低でも数十年の間、跳躍不能領域へと変えるという計画である。  
 同盟へは帝国と同盟の間に横たわる跳躍不能領域が壁となり、最悪の場合でもイゼルローン、フェザーン両回廊から吹き出した僅かな領域の被害で済むだろうと判定されていた。無論、それは同盟に対して用いる場合の大日本帝国への影響にも当てはまる……。
 この作戦が発動した場合、銀河帝国は通常空間を移動するしか方法がなくなる。
 すなわち、通常空間を移動する限り、光速を越えられない以上、隣の星系へと移動するだけでも年単位の時間がかかる事になる。そうなれば……。

 「まあ、銀河帝国は恒星間国家としては滅亡ですね」

 しかも、同盟もその領域に入り込めない為に争いは必然的に停止する。
 同盟は大日本帝国の干渉を疑うかもしれないが、証拠はない。
 万が一自分達に使われたらと考えると、下手に藪をつつくような真似もしないだろう、素晴らしい。
 だが、当然孤立した各星系では悲惨な事態が起きるだろう。
 何しろ、突然全てを自給自足しなければならないのだ。 
 食料自給率の低い惑星は餓死者が発生する事は避けられないだろうし、各種システムの補助がなければ人が生きられないような環境の星も同様だ。宇宙に浮かぶ要塞でも補給が来なくなれば何時しか死が待っている。
 星を渡る船もいきなり跳躍が出来なくなれば、まだ降りられる星がある者は幸運だろう。
 殆どはいきなり何もない宇宙に立ち往生して死ぬしかない。巻き込まれるフェザーン商人も大勢いるだろう。
 当初は移動性ブラックホールでもぶち込むか、という話もあったのだが『漫画版だとキルヒアイスがアムリッツアでブラックホール使ってるぞ』という事で却下された。もし、この世界がそうだった場合、あっさりとブラックホールを制御されてしまう可能性がある。 
 その後、同盟には疑いは起きても証拠は握らせない方法、尚且つ確実に帝国の息の根を止める方法を考えた結果、このような形にまとまっている。
 元々は空間障壁構築の為の超空間干渉技術だったはずなのだが、ここでも人は創造や制御より破壊の方が楽という事を実証してしまったようだ。

380 :名無しさん:2012/01/25(水) 09:30:11
 「まあ、最悪のケースです。そうならないように色々と対策は練ってるんですから」

 「色々だな、本当に」

 穏便なものでは『ラインハルトの出世を遅くしよう!』というものがある。
 その内容は、要は戦闘の数自体を減らしてしまえ、というものだ。
 同盟側の出兵は基本は選挙の為だ。実績がない時、実績作りの為に出兵する。
 それならば、より分かりやすい選挙での実績を与えてやればいい。
 貿易の活発化による雇用率の改善、治安の改善、そういったものを提示出来るようにしてやれば自然と同盟市民からの支持率は上昇する。
 そうなれば、わざわざ出兵する必要はない。
 帝国からの出兵は機動鎮守府の技術を応用した要塞をイゼルローン回廊の入り口にでも据えてやれば自然と止まる。
 同盟にはその間に国力の回復を、とでも言っておけば同盟と帝国の間の戦いは必然的に小競り合い中心となり、ラインハルトの出世のチャンスも減る。
 だが、これは同盟が耳をかさなければ意味がない。
 それにラインハルトの場合、戦略性はなくとも戦術に関してはこの時代では間違いなく天才の部類なので下手すれば鎮守府が落とされるという事態になりかねない。その辺りが鍵となるだろう。 
 まあ、ヤン辺りを司令官として置ければ最高なのだが。

 「暗殺まであるんだな」

 「ええ、前の世界で例え歴史の主人公達でも死ぬ時は死ぬと実証されましたからね」

 そう、チャーチルは回顧録も書く事なくドイツ軍の攻撃で死んだ。
 ルーズベルトは第二次大戦の引き金を引く前に命を落とし、毛沢東は中国を統一出来ぬまま地方勢力の領袖の一人のまま命を落とした。
 つまり、これらが示すのは『主人公補正があっても何とかなる』という事だ。
 ラインハルト自身が原作通りの出世をするなら、彼を殺したい貴族は幾等でもいるだろう。
 そう、ラインハルトが暗殺された所で、容疑者など幾等でも転がっている。
 今の時点で、この世界が今後どのような道筋を辿るのか。 
 答えはまだ、ない。

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最終更新:2012年01月28日 00:27