106 :名無しさん:2012/01/18(水) 10:53:22
 新無憂宮。
 その一室。
 周囲にはメイドや従僕が仕事をしているようで、実は彼らはその全てが護衛の人員である。この場所に現在、普通の表の人員はいない。
 当然だろう、その一室に今、誰がいるのかを考えれば……。

 そんな密かな重警備の中の一室には三人の男達がいた。
 一人は国務尚書リヒテンラーデ侯。
 一人はブラウンシュヴァイク公。
 最後の一人はリッテンハイム侯。
 いずれも帝国の重要人物であり、彼らは周囲から人を排して密談していた。

 「日本帝国へと送る人員の代表をどうするか、だが……」

 呻くようにブラウンシュヴァイク公が口にした。
 同盟領の向こう側にある新たな超大国、大日本帝国の出現は帝国と同盟の戦乱にも大きな影響を与えた。
 実を言えば、同盟と帝国はフェザーンを介して貿易を行っていた。
 が、これが一気に減少した。
 原因は分かりすぎる程に分かっている。同盟にしてみれば、強い宇宙風の吹きつけるエア回廊を抜けねばならぬとはいえ、その向こう側には実質的に同盟のおおよそ四倍の人口を有する巨大な帝国があるのだ。
 これまで帝国と行っていた貿易を大幅に減らしても、十分すぎる程の見返りが望める相手だった。色々と互いの倫理や観念に、さすがに何百年も断絶があった為か差異はあるものの、同盟はその全てに目を瞑った。
 正確には、目の前の利が大きすぎた為に、同盟内部の市民団体らを抑えてでも大日本帝国との国交を優先した。
 だが、ここで一つの問題が発生した。
 それは大日本帝国から「そちらの三つの国家に大使を派遣したい」と告げられた為だった。
 同盟は良い。
 フェザーンは帝国の自治領とはいえ実質国家のようなものだし、それも構わない。
 フェザーンは最近凋落が激しいがそれもいい。
 問題は帝国だ。
 大日本帝国から大使を派遣する以上、銀河帝国からも大使を派遣する必要がある。
 ちなみに、同盟を国として認めていない帝国だが、大日本帝国に関しては渋々ながら国として認知した。原因はルドルフ大帝の記録にしっかり残っていた為だ。下手に大日本帝国を否定すれば、ルドルフ大帝の業績や記録の否定に繋がりかねない。そんな事をすれば、帝国では如何に大貴族であっても終わりだ。
 同盟も帝国の人間を通すのは悩みはしたものの、通過の艦艇を制限する事で最終的に承認したのは、大日本帝国側との駆け引きの結果だと言われている。
 さて、ここで問題となったのはゴールデンバウム王朝銀河帝国の側だ。

107 :名無しさん:2012/01/18(水) 10:54:08
大日本帝国側からはそちらの貴族制に配慮して、大使を皇族に連なる者とする旨が伝えられてきた。
 これが大問題となった。
 原因は単純だ。相手は四千年を越える歴史を誇る帝国の皇帝に連なる者。
 格として釣り合う者などいる訳がない。
 門閥貴族だ、と普段威張っている者達は、史実のラインハルトを「成り上がりの若僧が」と陰口を叩いていた。だが、歴史ある門閥貴族でさえ大日本帝国から見れば「ごく最近成り上がった新興貴族」になってしまうのだ。
 無論、ブラウンシュヴァイク公家やリッテンハイム侯家でも同じだ。
 どうするかと悩んでいた折、先日、とんでもない話が飛び出したのだ。

 「……陛下は矢張り…?」

 リッテンハイム侯がブラウンシュヴァイク公の後を継ぐ形でリヒテンラーデ侯に尋ねるが、リヒテンラーデ侯も何とも言えない表情で頷いた。
 彼らが頭を悩ませているのは皇帝フリードリヒ四世の先だっての内々の話にあった。
 大日本帝国に送る人員が決まらないと知った皇帝は何と、「皇太子に皇帝の座を譲って、予が行こう」と言い出したのである。
 前皇帝、現皇帝の父ならば歴史では負けるかもしれぬが、格式では問題あるまい。
 そう言って笑っていた皇帝であったが、問題は周囲の貴族達である。
 場所が場所、というかわざとやったとしか思えないのだが、大規模な宮廷で行われたパーティの最中、大勢の貴族達の最中で行われた為に当然、大騒動になった。
 世の中には邪魔だからと暗殺された皇帝も当然いるが、退位しようと自分から言い出した皇帝を暗殺する、という奴はさすがにいない。それでは暗殺に成功した所で誰かが暗殺した、という犯人とばれるリスクが生まれるだけでフリードリヒ四世がいなくなる、という事には全く変わりがないからだ。
 最早、こうなったからにはどうしようもない、というのがこの三人の共通意見ではあったが、それでも帝国のこの後の混乱を少しでも小さく抑える為に、そして貴族達の大日本帝国への対応に苦心惨憺する同志としてこうして集まっていたのだった。
 ……表向きは対立している様を装っているので、打ち合わせも大変なのだ。

 「そういえば、陛下は寵妃はどうされるのだ?」

 あれこれと重要な話題が飛び交う中の一休憩の最中、ふと思い出したようにリッテンハイム侯が尋ねた。

 「うむ、それなのじゃが……一人を除き、『かまいなし』の書状と共に実家へと戻されるそうじゃ」

 この時、他の二人の脳裏に浮かんだのは一人の女性であった。
 ちなみにここで言う『かまいなし』とは『好きな奴が出来たら結婚でも何でもしたければしても良い。帝国は罪に問うたりしないよ』という許可証である。

 「グリューネワルト伯爵夫人か」

 なるほど、と頷いたブラウンシュヴァイク公であったが、リヒテンラーデ侯は頭を振った。

 「いや、ベーネミュンデ侯爵夫人じゃ」

 驚きの声を上げる二人を尻目に、リヒテンラーデ侯は先日の侯爵夫人に話をした際の事を思い返していた。
 陛下が『シュザンナを連れて行こうと思う』と言ったのも驚いたが、侯爵夫人が退位する陛下が望まれた、無論断るならば断っても良いという選択に迷いなく『連れて行って下さいませ』と告げた事に驚いていた。

 (侯爵夫人が陛下を愛するのは権力故かと思うておったが……女としての愛情とは。陛下の目も確かじゃったが、そこ等辺はまだまだ儂も甘い)

 しかし、グリューネワルト伯爵夫人など暇を与えられる寵妃を新たな皇帝となられる皇太子殿下が望まれた場合はどうすべきか。頭を悩ませるリヒテンラーデ侯であった。

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最終更新:2012年01月27日 20:00