896: yukikaze :2019/08/24(土) 18:56:26 HOST:82.228.242.49.ap.seikyou.ne.jp
ちょっと設定変更。先のノルマンディー級戦艦案は破棄で。

ノルマンディー級装甲巡洋艦

排水量 25,000トン(基準排水量)
全長 215.14m
水線長 209.0m
最大幅 30.0m
吃水 7.3m
主缶 ギョ・ド・タンブル式重油専焼水管缶12基
主機 ラトー・ブルターニュ式ギヤードタービン4基4軸
出力 112,000hp
最大速力 29.5ノット
航続距離 15ノット/7,500海里
乗員 1,200名
燃料  重油:3,600t
兵装 Model 1910 45口径30.5cm4連装砲2基(前部集中)
    Model 1920 50口径15.5cm連装速射砲6基(片舷3基づつ)
    Model 1922 60口径 7.5cm単装高角砲8基(片舷4基づつ)
装甲 舷側 240mm(最厚。20度傾斜)
    甲板 115~130mmmm
    主砲防盾 330mm(前盾)、250mm(側盾)150mm(天蓋)
搭載機 水上機2機(艦尾)

同型艦 『ノルマンディー』『フランドル』『ガスコーニュ』

(解説)
時に1920年代。フランス海軍は、激怒していた。
誰に激怒していたかと言えば言うまでもない。ローマ帝国時代以前から、ドイツと共にヨーロッパのド田舎であったにも拘らず、邪智悪辣なことで世界に迷惑をかけ続けているブリカスにである。

事の起こりは、リビアで、未だにローマ帝国を気取っていた弱小国家が、油田を見つけた事であった。
時の首相ムッソリーニは、この一件を奇貨として、石油産業を軸とした大規模な傾斜生産方式を実施。
無論、イタリア単独では成功する可能性は低かったが、彼らにとって幸運なことに、欧州での革命騒ぎは、ドイツから多数の技術者が亡命することになり、資金についても、ユダヤ系にあまり興味がなかったせいで、比較的安全ということで、彼らの資産がイタリアに流入するなど、時ならぬ石油バブルに踊ることになった。(イタリアの港湾施設や鉄道網は、この時期のバブルの恩恵を受けた結果である。)

この時ムッソリーニは「神マジいたわ」と、これまでカトリックに対して批判的だった姿勢を転換し、史実以上に融和政策へと舵を切ることになるのだが、一方で「リビアとイタリアの海上路潰されたら終わりだよね」という恐怖感に襲われることになる。
何しろこの時期のイタリアは、地中海でも最弱の海軍であり、イギリスは当然のことながら、フランス相手でも勝てる可能性は低い有様であった。
かといって、イタリア海軍が新型戦艦をすぐに建造できるかというと、そんな予算はどこにもなく(石油プラントが第一位で、次にその石油を港湾まで運ぶ鉄道、そして本国に運ぶための港湾施設と輸送船に全力をかけていた)、それ以前に優秀な大戦艦を作るだけの技術も生産能力もなかった。

897: yukikaze :2019/08/24(土) 18:56:57 HOST:82.228.242.49.ap.seikyou.ne.jp
結局、ムッソリーニは「ヴェネチア海軍の栄光どこ行ったの?」と黄昏つつ、イギリスに対して廃棄する予定のオライオン級を格安で売却するよう交渉し、イギリスにしても外貨を欲していたことから、廃棄する予定だったオライオン級3隻を、そこそこの価格で、イタリア海軍に売却することを決定したのである。(なお、ムッソリーニは「足元見やがって」と、不機嫌であった。)

だがこれは、フランス海軍にとっては看過しえないものであった。
ワシントン海軍軍縮条約以降のラインナップは、事故による除籍艦を除けば、仏が34センチ砲戦艦3隻、30.5センチ砲戦艦3隻に対し、伊は、30.5センチ砲戦艦5隻と、仏が質量ともに上であった。
しかしながらここに、伊に34センチ級戦艦が3隻加われば、逆に質量ともに伊が上になるのである。
イギリス海軍にとっては、旧式艦であったとしても、フランス海軍にしてみれば、防御力でこちらが上とは言え、地中海の戦力バランスを覆しかねない代物であった。

このフランスの猛抗議に、イギリスは「分かった分かった。じゃあうちに逃げてきたドイツ艦隊のうちデアフリンガー級巡洋戦艦2隻やるから」と、仏伊の勢力均衡を行おうとしたのだが、折からのイスラエル独立戦争や、カイザーやらかし以降のドイツ革命騒ぎで、英仏間の協調体制が重要視されたことから、最終的には、バイエルン級3隻のうち、2隻を仏の取り分にすることに成功することになる。
(残り1隻は、研究用にイギリスが保持。文句を言った伊には、デアフリンガー級2隻を譲渡。)

もっとも、労せずして38センチ砲戦艦2隻を獲得したフランスであったが、イタリアは高速戦艦であるデアフリンガー級2隻を取得したことから(ただし、イタリア海軍にとっては、どちらかというと研究艦という意味合いが強く、最終的には装甲巡洋艦枠に押し込まれることになる。)戦力的には、やや有利でしかなく、「ブリカスが余計な事さえしなければ」と、不平散々であった。

こうした状況から、フランス海軍としては「イタリアの30.5㎝砲戦艦群相手に有利に戦え、34㎝砲戦艦相手も拘束できる装甲巡洋艦」を建造することを計画する。
フランス海軍にしてみれば、新型戦艦を建造するにしても、大型艦砲を開発する時間と、何より建造するための予算取得に困難が生じていることから、それならば戦艦よりも比較的安価で、主砲も30.5㎝の縛りがある装甲巡洋艦を建造した方が、新型戦艦のテストベットとしても有効であると判断したのである。

以下、本級の性能について解説する。

機関については、建造中のデュケーヌ級巡洋艦の缶と機関を利用している。
もっとも、巡洋艦用の機関であった為、缶と機関の定格を幾分落とす代わりに、缶の数を増やすことで、馬力の低下を抑えたのと、缶と機関の寿命を延ばすようにしている。
機関配置はフランス戦艦伝統の缶室分離配置を本級から更に進歩させて缶室と機械室が交互に配置されるシフト配置を採用した。
構成は艦橋真下が第一缶室にあたり、ギョ・ド・タンブル式重油専焼水管缶6基を配置した。艦橋と煙突の間が、第一機関室で外側2軸を推進するラトー・ブルターニュ式ギヤードタービン2基がある。
煙突直下が第二缶室で6基、後檣の直下に第二機関室があり内側軸用主機がある。
間隔のあいたボイラー室から煙突へは甲板下で集合した煙路により強制的に排気させられた。

防御については、1番主砲塔から後部副砲塔までの舷側水線部の広範囲に、末端部に125mm~最大で240mmもの装甲を内側に12~21度傾斜して貼るインナー・アーマー様式を採用していた。また、水平防御は主甲板部には115mmから130mm装甲が張られ、舷側装甲に最上端に接続された事により船内の広範囲を防御できる効率の良い防御様式であった。
最上甲板とは別に、旧来の艦にあった断片防御甲板は舷側装甲に接する傾斜部分に40mm装甲を、水平部分には40mmから最大で50mmの装甲が貼られた。

898: yukikaze :2019/08/24(土) 18:58:26 HOST:82.228.242.49.ap.seikyou.ne.jp
対水雷防御として舷側壁面の内側にはバルジを設けるインナー・バルジ様式を採用して船体抵抗を減じていた。水雷防御隔壁は4枚で隔壁は6層構造となり、外側の隔壁は艦底部の二重底と接続されていたが、機関区のみ新たに18mm~30mmの装甲が二重底に食わせられて三重底となって手堅い水雷防御が与えられていた。
主砲塔は排水量から比較して強固で前盾は360mm、側面部には250mm、後部に345mm、天井部には150mmが貼られた。主砲塔のバーベットは最大で310mm装甲が貼られ、司令塔は267mm装甲が貼られている。
対30.5㎝砲相手では十分以上の堅艦であり(デアフリンガー級と殴り合うこと想定されていたので当然ではあるが)、状況によっては34㎝砲相手でも何とか戦えるだけの防御力を持っていた。

主砲塔は、クールベ級で採用されたModel 1910 45口径30.5cm連装砲を結合させて作成した30.5㎝4連装砲を船体中央部に前向きに4連装砲を1基ずつ砲塔間の間隔をあけて2基8門を配置した。
何故に間隔をあけるかと言うと、一方の砲塔が被害を受けた時に、隣接されたもう1基の被害を受けにくくする工夫であった。なお、主砲塔の間隔は無駄にせず予備機械室のスペースに充てられた。
この砲塔の主動力はフランス戦艦伝統の電動で、本級の主砲塔は幅の狭い連装砲の砲架を耐火隔壁を挟むように左右に1基ずつ計2基を配置する特異な構造を持っていた。このため、4門の主砲はのうち2門ずつ砲架に載せられたために2門ずつ動くが、片方の砲を上げたままもう片方を下に向ける事が出来た。
砲身の揚弾・揚装薬機構は水平方式を採用しており、砲弾は弾薬庫から、装薬は装薬庫から、共に水平状態に寝かされて揚弾機でバーベット内を上昇し、砲塔下部の換装室に送られる安全な機構である。
これは砲弾や装薬を回転させて垂直に揚弾機で昇らせる日米の形式と比べてスペースは嵩張るが、揚弾中に衝撃を受けた時の自爆が構造的に起こり難い利点があった。

なお、砲塔の最大仰角は、原型と比べて改良され、最大仰角は23度まで引き上げられ、最大射程26,300mまで届かせることができた。発射速度は改装前と同じく毎分2発のまま変わりがなかった。
副砲については、デュゲイ・トルーアン級軽巡洋艦の主砲を採用している。
主砲配置としては、艦の両舷に3基づつ離れて設置し、片舷に6門撃てるようにしている。
また、高角砲については、デュケーヌ級重巡洋艦と同様、7.5㎝単装砲8門装備しており、可能な限り、既存艦との兵装を統一することでの量産効果を狙っている。

本級は、装甲巡洋艦枠をフルに利用して、1929年以降、3隻が就役することになるが、これによりイタリア海軍の30.5センチ砲戦艦の価値は一気に暴落し、ムッソリーニが「ようやく一息つけそうだってのになんてことしやがる蛙食い」と、ワイングラスを床に叩きつけ、愛人の家でふて寝したと伝えられている。
その後、イタリア海軍が、完全に開き直って、ヴィットリオ・ヴェネト級の建造に着手したのも、もはや既存戦艦の向上をやっても、予算の手間暇考えても仏装甲巡洋艦と互角レベルでしかなく、コスト的に割に合わないと判断した部分はある。
もっとも、イタリア海軍が望んだヴェネト級4隻の建造は、流石に予算の兼ね合いから厳しく、結果的にヴェネト級2隻及び装甲巡洋艦1隻の建造に計画は縮小することになる。
(ヴェネト級が追加発注できたのは、1937年から)

本級は、その高速性能と防御力及び航洋性能の高さから、フランス海軍の遊撃戦力として期待され、機動艦隊(日米のような空母戦力を主力とするものではなく、巡洋艦や駆逐艦と組んでの高速遊撃部隊)の中核として利用されることになる。
第二次大戦中は、フランス降伏時に、大西洋上で船団護衛をしていた『フランドル』は、自由フランスに合流したものの、他の二艦は、イギリスの説得を振り切り、ブレストに帰還。
両艦とも戦没することになる。

899: yukikaze :2019/08/24(土) 19:02:27 HOST:82.228.242.49.ap.seikyou.ne.jp
投下終了。取りあえず前回の投下と比べてまだ穏当な設定に。

モチーフはダンケルクの30.5㎝ver。以上。
まあこいつ出て来たら、イタリア海軍にしてみたら「ザッケンナコラー」といいたいだろうなあと。(デアフリンガーすら相対的に価値がなくなった)
そりゃあヴェネト作るわなと。

何気にバイエルン級が3隻となっていますが、これは3番艦までは戦後建造が継続され就役したため。4番艦は就役前に死亡しましたが。

わりと纏まった艦になったと思いますが、フランス海軍の貧乏ぶりも明らかになることに。

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最終更新:2019年08月28日 10:31