536 :名無しさん:2012/01/20(金) 09:46:24
ふん、と男は鼻を鳴らして、眼下に広がる星を見た。
男はこれより大日本帝国へ大使として赴く。
そう、フェザーン自治領の大使として……男の立場は自治領主ワレンコフの幹部の一人ではあるが、次の自治領主を望める程ではない、と少なくとも周囲は認識している。
今回、男がこうして大使に任じられたのも当人が手を挙げたというのもあるが、自治領主の傍からこの時期に離れる事が権力争いにどのような影響を与えるか検討がつかなかったという面もある。
(くだらん)
だが、男はそう思う。
今、軌道エレベーターから見下ろすフェザーン自治領は活気に満ちている。
多くの船が行きかい、大地は夜の部分もまた輝いている。
だが、この活気は今の内だけだ、という事も男は理解している。
フェザーン自治領の繁栄を支えてきたのは帝国と同盟、二つの敵対する国家同士の中間に位置する中間貿易の拠点としての面が実に大きい。その利点を生かして、経済面では帝国・同盟の双方に大きな影響力を持つに至った。
だが、大日本帝国という新たなプレーヤーの存在が全てを変えた。
大日本帝国。
かつて地球に存在した最強国家。
十三日戦争すら乗り切り、あのルドルフが銀河連邦を奪い、銀河帝国を建国した後忽然と姿を消した国。それが今、衰退した帝国と同盟、フェザーンの全てを足してすら尚及ばない巨大な国家として姿を見せた。
おそらく、同盟は今後、大日本帝国との貿易を活発化させるだろう。
そうなった時、それまでの利点を失ったフェザーンが落ちぶれていく光景は今からでも想像がつく。
実際、史実では暗殺されたワレンコフが未だ存命なのも、肝心の地球教からしてこれからどうすべきなのかで大混乱に陥ってるからに他ならない。
(同盟のあの映像……)
機動鎮守府という名の移動要塞。
大日本帝国と同盟がその気になれば、あれでフェザーン、イゼルローンの両回廊を封鎖して、ゆっくりと互いの国力を高めていく事も可能だろう。
あれだけの巨大な構造物を、あんな危険な宙域で建造したとは考えづらい。まず間違いなく、後方の安全な宙域で建造され、それをあそこまで移動させたと考えるべきだ。より安全な宙域である同盟の領内でそれが行えない訳がない。
このまま行けば経済的に、そして、そうなれば、軍事的な意味合いでもフェザーンは終わる。
(くだらんな)
そう、そんな未来の見えた星の領主の座に何の意味がある。
ワレンコフはまだ分かる。
一度その席に着いたからには、例え苦しくなろうともその責を果たすのが領主たる者の役割だ。
だが、その周囲に群がる意味などありはしない。
それよりは、今正にこれからが実に面白くなるであろう大日本帝国へと赴いてこそ、面白みが湧くというもの。
「大使、そろそろ出発のお時間です」
「分かった」
声をかけてきた秘書に答えると、アドリアン・ルビンスキーはフェザーンを見下ろす窓から離れ、力強い足取りで立ち去って行った……。
最終更新:2012年01月27日 19:59