841 :名無しさん:2012/01/21(土) 21:57:33
 地球教にとって、大日本帝国の存在は極めて重大な問題であった。
 本来、彼らは帝国と同盟双方の共倒れ。
 その後の混乱期を利しての精神的支柱としての地球教の台頭を通じて、地球を崇められる対象に、地球への巡礼を人生の間に何時かはと望むように、という、かつてイスラム教徒がメッカへの巡礼を目指したものの宇宙版を目論んでいたと言える。
 だが、その為に、帝国と同盟双方に干渉する為に多額の金を費やして生まれたフェザーン自治領はその価値を急速に減衰させつつあった。
 当り前の話だが、殆どの商人はそのような宗教になど関心はない。
 地球教もまたそのような商人達になど教えはしない。
 商人達が知るのは、巡礼を望む者達がいて、それらを時折運ぶ事がある、という事ぐらいである。
 何が言いたいかというと、真っ当な頭を持った商人達はフェザーンという地を見捨てる事を決めつつあったのだ。
 十分に金を貯め、引退した商人達は良い。
 彼らにしてみればのんびりと田舎で過ごせればそれで良い。
 彼らを相手にする個人商店規模の商人もまた、残る。
 だが、宇宙を股にかける大商人、独立商人達は次々とその本拠を新たな大国の元へと、より正確には新たに判明した巨大な市場へと参入するべく虎視眈々と機をうかがっていたのである。
 ……もっとも、独立商人はともかく後に移動した大商人達は、下手な国家規模を上回る巨大さを誇る倉崎や三菱といった大企業の前に次々と膝を屈する事になるのだが……。

 「由々しき事態である」

 総大主教がまず口を開いた。
 この場にいるのは彼なりに「使える」と判断している者達。末席に近い辺りではあるが、ド・ヴィリエの姿もある。
 重要なのはこの場では末席であろうが発言に関しては咎めだてされぬ、という点にある。無駄な話であれば止められるが、意見や役立つものであれば席を問わず発言を許可される。
 権威を重要視してはいるが、人材に関してはどうしても地球というこの時代においては辺境の一惑星の住人から中枢の人材を抜擢せざるをえなかった彼らなりのやり方であるとも言える。

 「大日本帝国、嘗て地球にありて最古の国家と謳われ、銀河帝国の成立と共に一度は忽然と行方を晦ませた古の帝国が再び歴史に姿を現した」

 十三日戦争を生き延びた。
 シリウスとの戦争時には既に地球を離れていたが故にこれも切り抜けた。地球教の面々からすれば、シリウスをして地球に加えて更に日本帝国を敵に回すのを避けたとされる程の戦力を有しながら、地球を見捨てた、という気持ちが強い。
 もっとも、日本からすれば当時の地球政府は対立していた欧州系の政府が元になっており、裏ではかなり対立が激しかった。この為、シリウスに密かに援助をしており、実際にはラグラングループが勝利を納めるのに大きな役割を果たした味方だった、というのが実情なのだが……。
 考えても欲しい、当時の地球は大きな権限を有していた。
 これに対抗可能な艦隊戦力など早々揃えられるものでも、そもそも建造技術すら植民地星にはなかなか揃えられるものではなく、また艦隊戦術を如何に天才といえど全くのゼロから学ぶには多くの犠牲が前提となる。
 これらをカバーし、艦隊戦力を提供し、教育を施したのが日本帝国であり、チャオ・ユイルンの工作の工作員と金を提供し、そうして地球崩壊後にはその内部に初期より関わっていた情報と諜報網を利して、ラグラングループを崩壊に追いやった、正真正銘の黒幕でもあった。
 そして、それを未だに地球教も含めて全く表に出ていないのは当時、地球政府成立時に独仏との対立の末に地球脱出をせざるをえなかった英及び日の腹黒紳士達の面目躍如と言えよう。
 閑話休題。
 さて、地球教にとってはこれまで長年の時間をかけてきた計画が正に崩壊しようとしていた。
 総大主教のおおまかなまとめと共に他の者が次々と口を開く。

843 :名無しさん:2012/01/21(土) 21:58:26
 「フェザーンはその価値を喪失しつつあります」

 「然様、一時的に同盟に干渉して止めようにも大筋の流れは最早止めようが御座いますまい」

 「同盟は帝国との戦いを一時的に停止してでも、日本帝国との関係構築を優先する模様です」

 「帝国もまた、自身の歴史を大幅に上回る古の帝国に対して使節を派遣する事を決定した模様にございます」

 「伝統と格式を重んじるが故に銀河帝国は日本帝国を軽視出来ますまい。否定は彼ら門閥貴族自身の否定になりまする」

 出てくるのは重い意見ばかり。
 そのような中、ド・ヴィリエ主教は沈黙を保っていたが、言葉が一旦途切れた時を狙い、口を開いた。

 「この際、まずは権威の確立を狙っては如何でしょうか」

 「どのような事か、申せ」

 これまで出てきた案件はいずれも現状の厳しさを語るものばかり。
 そのような中、初めて提案とでも言うべきものが発せられた事で、総大主教は直々にド・ヴィリエに声をかけた。

 「は、聞き及びます限り、日本帝国は宗教に関しては寛容であり、その内部において破壊工作等を行わぬ限り、布教を受け入れているとの事に御座います」

 ド・ヴィリエの提案とは、まず日本帝国で真っ当な宗教集団として、『人類発祥の地として地球にきちんと礼儀を払おう』という部分を前面に出しての布教活動を行う、というものであった。
 陰謀、サイオキシン麻薬による洗脳、それらを全て一時中断して、だ。

 「この地球においても、か?」

 「は、もし調査を行われた場合、こちらと向こうの規模が違いすぎます」

 地球に関する情報においても地球教以上に知識を持っているのは間違いない。下手にカルト宗教としての顔を隠せば、この本拠地においてさえその真実の顔を暴かれる危険があった。
 最悪、サイオキシン麻薬の元締めとして三ヶ国共同の殲滅戦を受けかねない。

 「……つまり、しばし地球こそが再び人類の中心となる事を目指すのを放棄せよ、そう申すか」

 総大主教がそう告げ、それにド・ヴィリエが頷く。
 その途端に怒号が飛び交った。
 当然だ、それはこれまでの全てを否定する道でもある、だが。

 「静まれ」

 総大主教の言葉にピタリと口を噤んだ。

 「……不本意ではあろう、だが確かに他に道があるとも思えぬ」

 全員が沈黙した。
 わかってはいた。他に道がない事ぐらい……彼らはそれを理解出来る程度の頭はあればこそ、この場にいたのだ。

 「よかろう、ならばまずは隠蔽。サイオキシン麻薬の栽培、宗徒の教育、全てを一時見直す。開かれた宗教、それを構築し、その上で日本帝国へと地球教の教会を成立させるのだ」

 それは方針の大転換を示す言葉でもあった。
 大変な労苦があるだろう。だが、それでもやらねば地球教に未来はない。

 「して、事前に準備と、後の日本における責任者を決めねばならぬ。誰ぞ手を挙げる者はおるか」

 「僭越ながら言い出した者として宜しければ私めが」

 「よかろう、ド・ヴィリエ主教よ、汝は事前に場所の見定め、宗教として布教をどのように行うかを調べよ。こちらの作業が終了次第、即時地球教を日本帝国に成立させるのだ」

 かくして地球教もまた動き出す。

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最終更新:2012年01月27日 20:04