417: yukikaze :2019/09/15(日) 00:02:33 HOST:152.82.0.110.ap.seikyou.ne.jp
たまには日本海軍もこういう失敗をするのです。

最上型軽巡洋艦

排水量 12,000t
全長 207.6m
最大幅  23.2m
吃水 7.6m
主缶 ロ号艦本缶大型缶8基
主機 艦本式ギヤード・タービン4基4軸
出力 152,000hp
最大速力 33.5kt
航続距離 18kt/8,000浬
燃料  重油:2,250 t
乗員  1,200名
兵装  45口径15.2cm連装速射砲4基
     54口径12.7cm単装速射砲6基
     50口径76mm連装速射砲6基
     70口径20mm単装機銃12基
装甲 舷側:100mm(弾薬庫部分は145mm)
    甲板:80mm
    主砲防盾 165mm(前盾)100mm(天蓋)
搭載機 なし(ヘリ発着スペースはあり)

同型艦 『最上』『三隈』『阿賀野』『能代』『矢矧』『酒匂』
    (7番艦以降は建造中止)

(解説)
日本海軍が7,500t級軽巡洋艦の後継として建造した艦である。
最大の特徴は、対空・対水上射撃の両立が可能となった速射砲に統一したことであったが、皮肉にも、同艦が就役しだした頃には、艦対空誘導弾の開発成功により、同艦は半ば旧式化の烙印を押されることになる。

1930年代、日本海軍における懸念は『航空決戦において、如何にして相手方の航空攻撃をしのげるか』であった。
ある意味当然の話で、日本海軍にしてみれば、航空決戦で勝利したとしても、味方水上艦戦力が敵攻撃によってダメージを受けてしまえば、追撃戦も何もないのである。
特に日本海軍が神経をとがらせていたのが、列強各国が開発を進めている4発重爆撃機であり、高高度から高速で進撃する機体の迎撃にはかなり骨が折れると判断していた。

そして、こうした状況において、日本海軍が頭を抱えていたのが、既存軽巡洋艦の防空能力の無さであった。
偵察航空巡洋艦である大淀型4隻はまあやむを得ないにしても、主力たる7,500t級の防空能力が、個艦レベルでも不足しているという事実は、看過しえなかった。
まあ建造した時代を考えろと言えばそうかも知れないが、妙高型にしろ、初春型にしろ一定の防空火力があることを考えれば、余計に目立つことになった。

こうしたことから、7,500t級軽巡洋艦の後継艦は、防空火力を高めた艦であるところまではすんなり決まっていた。
だが、そこに砲術派の面々が、野心的なプランを持ち込んだことで、話は妙な方向へと進むことになる。

『6インチ砲を両用砲として使えるようにしてはどうか?』

この提案自体は別におかしくない。
各国とも中口径砲をエリアディフェンス用に使おうという発想は一度は考えられたことであり、実際に実行に移したりもしている。(そして見事に失敗したが)
なので、出席者の大半も「対空にもまあ使える主砲」と判断していた。

だが、彼らの提案は、彼らの予想を色々な意味で踏み越えていた。
彼らは、次期艦砲を『1分間に12発どのような角度でも持続して撃てるもの』として提案したのである。
彼ら曰く『敵航空機が高高度から高速で襲来した場合、こちらが会敵行動に移れるのは時間が限られており、それならばある程度速射できて且つ弾の威力の大きい6インチ砲を両用砲化するのは当然』という代物だったのだが、それを聞いた大半の人間は一斉にこう考えていた。

419: yukikaze :2019/09/15(日) 00:03:28 HOST:152.82.0.110.ap.seikyou.ne.jp
『なるほど完璧な作戦っスねーーーっ 不可能だという点に目をつぶればよぉ』

そう。それが出来れば苦労しないのだ。
一番厄介なのが「どの角度でも装填できる」だが、当たり前だが、大仰角での装填は、ラマーの後退とともに砲弾や装薬が落下する危険性があるのだ。
故に、中口径砲では、わざわざ砲身を下げて、仰角の緩い状況で装填して、また砲身を上げて発射というプロセスをせざるを得ず、必然的に「持続した対空砲火は不可能」という結論になったのである。

だが、この会議の微妙な空気に対し、砲術派はどこ吹く風であった。
彼らにはそれを解決するだけの策があった。
そしてそれを説明し終えた時、彼らは勝利を確信することになる。

以下、本級について解説する。

本級の最大の特徴は、日本海軍軽巡の主力艦砲である45口径15.2cm砲の自動速射砲化である。
これが達成できなければ、彼らのコンセプトは破綻することから、彼らも念入りに設計することになる。

まず彼らは、せり上げ式に持ち上げられた砲弾を、砲の後方ではなく砲の俯仰軸に持っていくようにした。

砲弾は、揚弾筒の最上部で、俯仰軸と同軸に設置されたスイング・アーム式のクレイドル(カゴ)に取り込まれ、砲身の仰角(最大75度)に合わせた角度に振り出されて、砲身後方にあって砲架と一体化された装置に渡される。
頭からクレイドルに入った砲弾は、お尻から装填装置の回転トレーに移される。
装薬もしっかりとした薬莢に充填され、艦の最下層にある火薬庫から、回転ドアを介して1門づつに備えられている専用揚薬筒で砲身の左側に上がってくる。
これもせり上げ式になっており、スイング・アーム式のクレイドルに取り込まれると、砲弾と全く同じ要領で、砲身と仰角を揃えられ、砲身の左側に沿って後方へ押し出され、装薬用の回転トレーに渡される。
この時、砲身の左右に上がってきた砲弾と薬莢は、砲弾が前側、薬莢がその直後に、ちょうど装填に合致した位置へ並ぶように配置されており微調整は必要ない。

砲身の中央後方には装填トレーがあり、最後尾にチェーンラマーの頭部がある。
このトレーには、砲弾と薬莢が直列に並べられるだけの長さがあり、回転式トレーが回ると、砲弾と薬莢は左右から装填トレーに移り、一直線に並ぶ。
下へ開く垂直鎖栓式尾栓が開放されれば、ラマーが進んで装填は一気に完了する。
例え大仰角であっても、尾栓の一部が薬莢を支える位置にあるため、砲弾薬の滑落の危険性はない。

発砲で後退する砲身は、装填装置と一体になっているので、トレーの移動などは必要なく非常に素早い装填が継続できるようになっている。
薬莢のトレーには、空薬莢を受ける別なトレーが付属しており、発砲後に吐き出された空薬莢を受け取ると、次弾装填時に一緒に回転して空薬莢を排出装置に渡すことになる。

本砲塔では、前述したように各砲身の左右にスイング・アームが設けられており、これが砲身と附仰軸を共用しているため、砲身がどんな仰角であってもほぼ一定の速度で装填が可能であり、人力での給弾や装填操作は全くない。
唯一、砲弾を揚弾機口にまで運ぶ運搬装置のみ、操作員が必要とされる事と、使用した弾薬の補充に人力が関わる程度である。

勿論、これだけの機構を備えている以上、砲室やパーペットの拡大が必要であり、連装砲塔でありながら、砲塔の大きさは3連装砲塔並みになっている。
また、搭載砲弾数は1門辺り180発程度であり、それ程多くないことから、全力射撃した場合、15分で撃ち尽くすことになる。

なお、一部には同砲身を長砲身化することで、砲弾の初速度を上げ、貫徹能力を向上させてはという意見もあったものの、貫徹能力は、1万メートルで100mmを超えており、何より長砲身化は砲身命数の低下を招いてしまい、仮に史実最上型の主砲にした場合だと、弾薬庫の弾を撃ち尽くしたら、砲身まで交換という頭が痛いことになるため、諦められることになる。

420: yukikaze :2019/09/15(日) 00:04:09 HOST:152.82.0.110.ap.seikyou.ne.jp
12.7㎝砲と7.6㎝砲については、大和型で説明をしていることから詳細は省くが、12.7㎝砲は、高雄型で断念した亀甲型に配備しており、防空網に穴は生じていない。
また、7.6㎝砲は連装化された後、片舷に3基づつ装備されている。

なお、同級の特色として、対空戦闘における分化射撃に適するよう、射撃管制レーダーが各砲塔ごとに設置されている。
一方、射撃指揮装置には相当の苦労をしており、対空砲と割り切っていた12.7㎝砲と76mm砲はともかく、15.2cm砲については、新開発の37式射撃指揮装置を搭載したものの、両用(対空兼対水上) の測的・射撃盤ではあったが、実際には対空主、対水上・対地従という代物であり、対艦攻撃において、発射速度に対して修正値が追いつかず、「最低最悪の艦砲」の評価を受ける羽目になる。(これは最終的には37式射撃指揮装置改2型によってようやく満足いくレベルになったが、その時まで最上型は対艦砲撃禁止令が出されている。なお皮肉にも、改2型が搭載されたころには、共産独仏海軍の水上艦艇は全滅していた。)

防御や速力面については特筆すべきところはない。
基本的には高雄型の機関や防御配置を踏襲しており、唯一、高雄型で断念したシフト配置を採用した程度である。
また、雷装については、当初設置予定であったが、敵の巡洋艦までの護衛艦艇ならば、本級の火力によって短時間で無力化できるということと、魚雷の誘爆を防ぐために、取り外されることになる。

同級は、当初軽巡枠に残っていた2万トンを利用して、1934年に建造する予定であったが、主砲開発に時間がかかってしまい、1番艦『最上』の建造が始まったのは1937年と、予定より大幅に遅れることになる。
しかも前述した射撃指揮装置の問題や、期待していた15.2㎝自動砲は、レシプロ機まではともかく、ジェット機相手には追随が困難であること、更には艦対空誘導弾も実戦配備の目途が立ったことなどから、当初24隻の建造予定であったのが、発注し建造を始めている6隻だけに打ち切られることになる。
なお、海軍は、急遽、ミサイル巡洋艦として『利根型』を計画するものの、こちらが完成したのは戦争終結間際であり、軍事費縮小により4隻しか就役していない。

戦後は、妙高型と同様ミサイル巡洋艦に改装する計画があったものの、射撃指揮装置の改良により、対水上・対地攻撃も満足いくレベルで対応できるようになったことと、妙高型が貴重な防空巡洋艦になってしまったことから、同級が対地支援艦の役目を得ることになり、改装は立ち消えとなっている。

結果的に、同級は1960年前半には退役をすることになり、日本海軍としては珍しく予想を外すことになるのだが、同級の防空火力については、第二次大戦中最強クラスの火力を誇っており、アメリカ海軍が慌ててウースター級建造を計画した(そして日本海軍と同様、時代遅れになることに気付いて、2隻で建造を打切った。)ことからも、同級が決して駄作ではなかったことが分かる。

また、砲開発史においては、15.2cm自動速射砲は、それ以降の速射砲のエポックメイキングとなる砲であり、その意味でも、本級は建造史に名を遺したといえる。

422: yukikaze :2019/09/15(日) 00:13:34 HOST:152.82.0.110.ap.seikyou.ne.jp
投下終了。モチーフは史実ウースターとデ・モイン。

まあ当初のコンセプトは良かったんだけど、実用化した時には陳腐化してしまったというよくある代物になっています。
後はコンセプトに技術が追いついていなかったという代物。

射撃指揮装置については、以前書いたことありますが、デ・モインであったもの。
ちなみにウースターはというと、どうも対水上用と対空用の射撃指揮装置2つ積んでいたらしく特段問題にはなっていなかった模様。(朝鮮戦争でも普通に対地砲撃していますし)

そういう意味ではまあ不運な艦ではあります。
なまじ自動砲搭載型巡洋艦として纏まっていたが故に、下手に改装できなかったという点で。
最上といい、この後の利根型といい、日本の軽巡洋艦枠は、筑後型建造までは不遇ではあります。
まあ『対潜ヘリ軽巡洋艦』になった大淀型という例もあるのですが。

日本海軍もいつも成功している訳ではないんだよという例ですねえ。

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最終更新:2019年09月22日 12:03