106: 加賀 :2019/10/19(土) 17:05:22 HOST:p2761248-ipngn200907osakachuo.osaka.ocn.ne.jp
西暦1999年、1月5日 呉軍港


「き、機関圧力定格値に到達。問題を認めず」
「そ、そんな馬鹿な話があるか!?3ヶ月前の定期点検の時は二割しか出なかったんだぞ!!」
「ですが本当です」
「艦底部探査班より報告、水漏れ無し」
「電路の通電異常有りません」

 主力艦として海をかけた最後の機会から随分と時間は経っていた筈だ。四年前の阪神淡路の時は被災者の宿泊船としても話題になった。10ノットを出せれば御の字、艦齢70年を越えた獰猛はそれが普通だった。

「隣の『瑞鶴』『酒匂』も同様との事です」
「一体何なんだ……」

 この船ーー『長門』艦長として就任した窓際の大佐は流石に背筋が凍りそうだったが、不意に誰かが呟いた。

「あぁ……そうか……」

 声を発したのは退役軍人で退役前は『長門』の機関員として勤務していた白髪の老人だった。本来であれば退役軍人であれど乗艦すら禁止だがこの非常時、機関の始動手順を知る者は限定されるので無理を言って呉市内にいたこの老人を連れて来たのだ。そしてその老人の目から大粒の涙が零れ出した。

「『長門』は忘れていなかったんだ。あの約束をーー」

 老人の言葉に航海艦橋にいた全員の表情を一変させる事に成功した。

そうだ、『長門』はあの海戦にーーー





「呉鎮守府及び横須賀鎮守府から報告です。戦艦『長門』空母『瑞鶴』重巡『妙高』『鈴谷』軽巡『酒匂』駆逐艦『雪風』は全力の発揮が可能です。また、『信濃』も同様です」
「馬鹿な……」

 報告に海軍幕僚長は驚愕の表情をして呻き声を捻り出した。

「『信濃』もそうだが、六隻は戦前戦中の生まれだぞ彼女達は……そんな年齢の老朽艦艇が全力発揮を可能? そんな馬鹿な事が……」
「はい幕僚長。稼働可能な全艦を沖縄へ送るべく緊急点検をとの命令を受けてモスボール艦を除いた『全て』の予備艦の調査を行いました」
「そうか……」

 その声は数時間前に皇居での認証式を終えたばかりの大勲位であった。

「あぁ……そうか」
「総……り……?」

 官房長官は総理の表情を見て固まった。大勲位は大粒の涙を流しながら両手で顔を覆い嗚咽していたのだ。

「そうか……そうだったな。『長門』は……『長門』は忘れていなかったんだ。半世紀前に『大和』や『陸奥』達と交わしたあの約束を……」

 かつての沖縄沖海戦ーー連合艦隊最後の戦いに赴いた軍艦たちの最後の生き残りであり直前で機関故障により引き返す事を余儀なくされた戦艦『長門』。『大和』や『陸奥』たちが水平線上に消えるまで『帽を振れ』をしていた大勲位も漸く思い出したのである。

「『瑞鶴』も目の前で『加賀』がやられたものな……『酒匂』も今度こそ行けるな……」
「総理」

 嗚咽を漏らす大勲位に官房長官は声をかける。その声に大勲位は袖で涙を拭いた。

「出そう。外務大臣」
「外務省としても賛成です。あの艦を、あの沖縄沖の生き残りを出すなら国際社会へのインパクトは抜群です」
「内閣官房としても国内へのアピールとして十分過ぎるものがあると認めます。あの艦と沖縄沖の生き残りが沖縄へ向かう。その一事が全てを象徴する事になりましょう」

 そう、あの最後の戦いについてはこの国では今や小学生ですら知っている。

「しかし残念だな」
「は?」
「『長門』が動けるのを知っていたら総理の座を蹴って駆けつけていたんだがな」
「自分もです」

 大勲位の言葉に幕僚長も笑うのである。

107: 加賀 :2019/10/19(土) 17:06:11 HOST:p2761248-ipngn200907osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

「答えよう。『長門』の意思に。沖縄沖の生き残りの意思に」
「叶えよう。彼女達の聖約を」

 斯くして日本も動き出す。そして『長門』出撃を聞き付けた者達も動き出す。

「そうだ!『長門』も出る!!くたばり損ないを皆集めろ!『長門』の出撃を見送るんだ!!」

 呉では『長門』と共に『瑞鶴』『酒匂』も出撃しようとしていた。その『瑞鶴』艦上では二人の老人がいた。

「何だ、坂井じゃねーかこの野郎」
「菅野さんもお久しぶりですな」

 坂井三郎元空軍少将と菅野直元空軍大将は共に『瑞鶴』に乗り込んでいた。

「こちとら生涯現役を掲げているんだ。ロートルばかりの『瑞鶴』になら問題はねぇよ」
「問題ないんですかね……」
「なに、『瑞鶴』には無理矢理シーハリアーを搭載しているし構う事はねぇよ」
「相変わらずの無茶苦茶だよこの人……」

 そして横須賀軍港では重巡『妙高』が駆逐艦『雪風』と共に出撃しようとしていた。その様子を戦艦『三笠』記念公園の記念艦『三笠』の艦橋から松田千秋元海軍大将達が見送っていた。

「『妙高』はもしかしたら橋本さんの魂がいるのかもしれないな……」
「かもしれませんね……」

 松田の言葉に退役軍人達が頷く。

「松田師匠!!瑞雲踊りで見送りますか?」
「馬鹿者、瑞雲踊りで見送るのは『日向』『伊勢』と決まっておろうだろう。こういう時は普通に『帽を振れ』で構わん」

 そして松田達は航行する『妙高』と『雪風』を見送りながら二隻に発光信号と無理を言って『三笠』のマストにZ旗を掲げた。

『皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ』



 斯くして『長門』たち最後の戦いが始まるのである。

108: 加賀 :2019/10/19(土) 17:13:59 HOST:p2761248-ipngn200907osakachuo.osaka.ocn.ne.jp
多分うちだと退役しての記念艦はあると思うけど、過去の米の態度とかを見つつ動けるようにはしてたかも

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最終更新:2019年10月22日 14:35