693: 名無しさん :2019/12/15(日) 22:32:44 HOST:125-11-141-238.rev.home.ne.jp
雛菊の華 起動編
見上げる空は青く澄み渡り、その狭間を白い雲がのんきに泳ぐ。
遠く霞んだ彼方には河を隔てて向かい合う二つの大地…対放射線ミラーに映る太陽に目を細めた。
地球の空には反対側の大地がないらしい、とジュニアスクールの授業で習ったのを思い出す。
本当だろうか?地球の写真や映像はよく見るが、どうにも実感を持って認めることができなかった。
「ふえ?どうしたの?」
まっすぐ向けていた目線を下ろすとクリーム色の絨毯が広がる。
遠くほど一色に見えるが、耳元で囁く小さな春の欠片を見れば黄色を内に秘めた白だと分かった。
咲き乱れる花々よりも、なお鮮やかな彼女。
自分よりも少し低い背丈が心配そうに見下ろしているのを自覚して身を起こす。
「なんでもないよ。ちょっと寝そうになってただけ」
「そうなの?…わたしといっしょはいや?」
心配そうに震える声音。心なしか、周囲の花たちもその輝きが陰ったように見える。
「そんなわけないじゃないか…ほら」
自分といるのはつまらないかもしれない…そんな不安が痛いほど伝わってくる。
言葉にしなくても分かるが、態度にしなければ伝わらないのだ。
そして、不安そうな女の子に男が見せるべき態度など、古の時代から決まっている。
「これ…」
「約束するよ。絶対ぜったい、僕は一緒にいてあげる」
手近なところから手折って手渡した一輪の花。
見渡す限りの花畑、何千も何万もある中でのたった一つだけ。
それでも、自分にとってはそれが一番大事だった。
「わ…ありがとっ。大事にするね」
綻ぶ顔が、弾む言葉が、なにより寄り添う心が。
それだけが二人の望むものだった。
──────────
C.E.73…プラント騒乱の終結から2年の歳月が流れたこの日。
数十基のスペースコロニーが居並ぶここムンゾはお祭り騒ぎになっていた。
普段はエレカが往来する大通りは今日、数々の屋台が軒を連ねている。
色とりどりの紙吹雪や舞い上がる風船。子供の楽しそうな声が頭上から聞こえるのは父親に肩車されているからだろうか?
大地の端に立つ展望台は今も人だかりで満員だ。
コロニーの回転に平行するムサイ級やアーガマ級…中にはグワジン級の姿まで。
それらを一目見ようと軍事マニアや子供連れの家族、バカ騒ぎする若者たちが詰めかけていた。
「おい見ろよウィル!あっちでザクの編隊機動やってるぜ!?」
「ザクって…俺らの親父が乗ってたような奴じゃないか。なんだってそんなモンを」
そして無論、遊び盛りの16歳であるウィルは一番最後に含まれていた。
先ほど買ったイカヤキに歯を立てつつ、親友のサラに腕を引かれて展望台に上る。
「そんなことどうでもいいだろ!?それよりあのマニューバだ!あんなに密集して…すげえ」
女のような名前と女のような容姿をした男が頬を紅潮させているのを横目で眺める。
俺にそっちの気があれば危なかったな…と思いながら。
「お前、本当にそういうの好きな。モビルスーツなんてそうそう乗れっこねーのに」
「馬鹿!だからこうやって勉強してるんだろうが…参考になるなあ」
「馬鹿はお前だ。大体、成績最悪の癖してMSパイロットになんてなれっかよ」
ハイスクールの授業でも無重力機動以外はてんで駄目なこの男は、本当にこういう機動が大好きなのだ。
暇さえあれば中心軸に上って、無重力でのクィディッチに興じている。
彼が叩き落したクアッフルで窓を割られた家々は数知れない。
そう言いつつしばらくの間イカヤキを二人で頬張りながら、強化ガラスの河に平行するザクを眺めていたのだが。
694: 名無しさん :2019/12/15(日) 22:33:28 HOST:125-11-141-238.rev.home.ne.jp
「ん?おいサラ、あっちに何か見えねーか?」
「ほんとだ、河の…真ん中か?なんかあそこだけ蓋みたいなのがあるな」
イカヤキを食べつくし、棒を捨てる場所を探し始めた頃ウィルがそれに気づいた。
今まで強化ガラスの向こう側ばかりを見ていたから焦点が合っていなかったが、気づくと気になって仕方がない。
太陽の光を取り入れるために設けられた河と呼ばれる区画はシリンダー型コロニーに3つ走っているが、それらはすべて一枚の強化ガラスでできているわけでは当然ない。
不意の事故などに備えて数えきれないほどの窓枠を連ねて、それらをつなぎ合わせているのだ。
こうすることによってどこか一部が破損したとしてもコロニー内部の空気が漏れるまで時間が稼げるし、メンテナンスや修理もしやすくなる。
そして窓枠とはいえ、数百万人が居住する超大規模構造物である。
遠目には細い線のように見えるそれも実際には何メートルもの幅があった。
そうした窓枠の部分に小さな(とはいえ人が入れるくらいのサイズはあるだろう)蓋のようなものが見えるのだ。
「なんだろう、あれ。行ってみたいけど…無理だろうなあ」
「じゃあ行ってみっか?俺、あの辺に侵入するルート知ってるぜ」
残念そうにするサラだが、ウィルにはあそこに行く心当たりがある。
戦時中は補給科の予備士官として招集された父が教えてくれたのだ。コロニーにはメンテナンスや建造のために作られ、そのまま放棄されている幽霊区画があると。
「あれも多分その類だろ。きっと、どっかに繋がってるはず」
「本当か?…んじゃ、行ってみるか」
「おう、任せとけ」
まずは…こっちだな。
そう言って今度はウィルがサラを引っ張って展望台を降りる。
人ごみを掻き分け、子供の足を踏みそうになりながら人の少ない区画へと。
背後から聞こえる祭囃子。非日常な日常を置き去りに、少年たちは平和な街から遠ざかる。
…人々の喧騒が、やけにもの寂しく聞こえた気がした。
──────────
暗い通路はどこまでも伸びている。ウィルが懐中電灯で照らすが、先は見えなかった。
「それにしても随分と長いな。どこに通じてるんだ?」
「こっちは…軍の基地がある方じゃねーか?もう方向感覚も曖昧だけどよ」
流石に不安になってきたのか、サラが言葉に出さず引き返そうと訴えてくる。
ウィルもそろそろ切り上げようかとは思っているのだが、ここまで進んでしまった以上引き返すのも躊躇われた。
それに、空気が薄くなっていないということはそれほど危険な区画があるわけでもないのだ。
「どうせなら先を見てから帰ろーぜ…っと、あれが出口か?」
暗黒の闇の先に光る一点が差し込む。
瞳孔が広がった目には痛いが…ウィルの心には好奇心の方が先に出ていた。
徐々に大きくなる光と、色づく景色。
目が慣れるに従ってそこがどんな場所なのかも容易に知れた。
695: 名無しさん :2019/12/15(日) 22:34:04 HOST:125-11-141-238.rev.home.ne.jp
「ここは…」
「軍の基地、それも関係者以外立ち入り禁止の区画だな。昔、親父に連れられて来たことあるからわかる」
居並ぶ兵舎や何かの倉庫。あっちの方にあるのは緊急用のエアロックだろうか?
MSすら軽々と通れそうなほどのそれは、この基地が即応体制を念頭に置いていることを示していた。
有事となれば基地内のMSを宇宙港を介さずにコロニー外に展開できるのだ。
「すっげ…本物のMSがあるぜ。見てくれ、こっちにあるのはドライセンだ」
倉庫の傍に置き去りにされていたMSに駆け寄るサラ。MSパイロットに興味がある彼らしく、すっかり夢中のようだ。
「新型じゃねーか。ここ、来ちゃまずかったんじゃねーの?」
「後で怒られるくらいでMSに乗れるなら儲けものだろ!な、何かに乗ってみようぜ!」
「乗ったって動かせやしねーだろ…」
ずらり並ぶMSを見ればそういう欲が出るのも分かるといえば、まあ分かるが。
ウィルだって男の子なのだ。巨大ロボットに乗れる機会なんて、一生に一度あるかないかだ。
「でも、どれもコックピット閉まってるじゃねーか。開け方も分かんねーだろ?」
「うっ…それは、そうだけど」
口の中で何事かを呟くが、どうにもならないだろう。
操縦は無理にしても中に座るくらいなら…とでも思っているのだろうが。
「これも、これも…全部ロックがかかってるぜ。記念写真でも撮って帰ろう…ぜ?」
「仕方ないか…んじゃウィル、どうせならMSを背景にして」
白い布が被せられ、整然と並べられたMSの群れ。
歩きながらそれを何とはなしに眺めていたウィルだが、一つだけ訴えかけるものがあった。
白い。そして角ばっている。
布が被せられていてもわかる。こいつは、量産MSじゃない。
「どうしたんだ?…これだけなんか違うな」
「ああ。サラ、そっち持ってくれ。この布を引っぺがす」
「なんだよ急に。帰るんじゃないのか?」
「気が変わった。こいつだけ見てからにするぞ」
せーの、と息を合わせて引っ張る。ただの布だが、大きい分だけ重くてどかすのにも一苦労だ。
途中で機体の突起に引っ掛かったり、そうでなくても紐で固定されていたり。
そうした細々としたところをどうにかして引っぺがした。
数分かけて姿を現したMSは…見覚えのない、しかし誰もが知るMSだった。
「ガンダム…!」
「特機、ってやつか。なんでこんなところにあるんだ」
今は光を失っているデュアルアイに、黄色い二本のブレードアンテナ。
頭頂部のメインカメラはピカピカに磨き上げられ、一目で最新鋭だとわかる。
696: 名無しさん :2019/12/15(日) 22:34:36 HOST:125-11-141-238.rev.home.ne.jp
「これはすげえ…!なあウィル、ここで撮ろうぜ!クラスの奴らに自慢してやれる!」
サラが何かを言っているが、ウィルの脳裏はそれどころではなかった。
機体裏のパネルを開いて、強制起動スイッチを押す。
それから生体認証を登録して、それでコックピットハッチを…。
「ってウィル!何やってるんだ!?お前、そんなこと…」
「ちょっと静かにしててくれ、サラ。もう少しで…っ!ほら、開いた」
重く深い空気の音を漏らしながら、赤いハッチが開く。
内部には灰色のモニターが球形に配置されていた…全天周囲モニターだ。
さっきからウィルの脳内にはこのMSの起動方法が次々と浮かんでいた。
いや、起動だけじゃない。どうやって操縦するかまで、まるで教科書みたいに教えてくれるのだ。
「ちょうどいいや。ちょっくらこいつを動かしてみようぜ」
「おいおい…そりゃねえぜ。第一、動かせないって言ったのはお前じゃないか」
「今は分かるんだよ。なんでかわからないけど、頭の中に浮かんでくるんだ」
リニアシートに座り、コントロールスティックを握る。
機体の状態確認は…L2とR3か。
ウィルの手指が軽妙に踊り、コクピットハッチを閉める。
と同時に全天周囲モニターが外の景色を映した。おそらくさっき暗く塗りつぶされていたデュアルアイにも光が宿っていることだろう。
「おお…!すげえ、ウィルお前こんなことできたんだな!」
「ほんとは出来ないはずなんだけどな…っと。しっかり捕まってろよぉ…!」
鈍い起動音。機械が駆動し、巨大な人型に生命を吹き込む。
腕の動かし方、足の動かし方、この状態から立ち上がる操縦方法…すべてが思い浮かんだ。
「う、おおおぉぉぉっ!ヤバい、本当にすげえ事してるぜ俺たち!」
「ああっ!始末書くらいいくらでも書いてやるさ、こんなことできるならよ!」
手をついて、膝を立てて…モニターに映し出された周囲の景色が倉庫よりも高くなった時、二人は完全に浮かれていた。
こんなこと普通の人は一生経験できないのだ。
そう思うだけで、このままどこにでも飛んでいけそうな気がした。
「そういえば、結局こいつの名前はなんて言うんだ?」
「俺も知らな…そうか。ブルーム、っていうらしいぞ」
知らないはずのことがまたも脳裏に浮かぶ。
よくわからないが、おそらくこいつに搭載されたシステムなんだろう。
「ブルームか。ならこいつはブルームガンダムだな」
ブルームガンダム…か。
胸中でその言葉を転がす。のぼせたように熱い頭に染み込んでゆく。
「きっと、一生の自慢になるぞ。ガンダムに乗ったことがあるなんてな」
「ああ…俺、本当にMSパイロットを目指すよ」
二人で感慨に耽りながら、このコロニーを見下ろす。
青い空、河を挟んで向き合う大地。視線を降ろせばそこには…。
ズズゥン…!
697: 名無しさん :2019/12/15(日) 22:35:24 HOST:125-11-141-238.rev.home.ne.jp
そこまで思い出したところで、急にMSが揺れた。
いや、MSだけではない。
「うおっ!マズい、バレたぞウィル!」
「ちょ、ちょっと待てよサラ!様子がおかしい!」
操縦を誤って揺れたわけではない。そもそも突っ立っているだけなので操縦も何もない。
大地が揺れた?確かにMSがコロニー内で動けば多少は揺れるかもしれない。
だが、MSに乗っているのに敵MSの揺れが…それもリニアシートの上にまで伝わるわけがない。
地震なんていうのは論外だ。コロニーに地震はないし、こんな晴れの日にコロニー工事なんてのもあり得ない。
「なんか、やな予感がする…どこかでなんかあったんだ」
「だったら猶更逃げないと!こんな、遊んでる場合じゃッ!」
目を凝らして、周りを見て気づいた。一拍遅れてサラも同じように。
俺たちは河の中にある入り口から通路をたどってきた。そして出てきたのも河の傍だ。
だからこの基地からは宇宙空間が良く見える。
…MSの高い視界から見下ろしたすぐ傍の強化ガラスの向こう側。
白い、無垢なまでに清く輝く巨大なMAがこちらを覗いていた。
──────────
亜光速で放たれたプラズマの塊が強化ガラスを容易に蒸発させ、大穴を穿つ。
大地を吹き抜ける突風がコロニー内の大気を揺るがして倉庫の壁や屋根を、あるいは布やエレカやもっと小さなガラクタをもろともに吹き飛ばした。
「う、おおおおぉぉっ!」
「サラァッ!捕まってろよぉっ!」
瞬時にウィルはブルームガンダムのスラスターを噴射、空中に飛び上がった。
とにかくここは逃げなければ。幸い、MSの大質量ならば吹き飛ばされることもない。
「どうするんだよこれ!っていうか何が起こってるんだ!?」
「知るかよそんなこと!とにかく逃げなきゃ!逃げて、それで…」
それで、どうするんだ?
自問にウィルは自答できないことに気づき、愕然とする。
そうだ。このデカブツが何であるにしろ、終戦2周年記念の観艦式に突如参加したサプライズイベントだとはとても思えない。
そんな奴から一体どこに逃げるというのか?
泣いておうちに帰る?おうちを同じように消し飛ばされないといいな。
もっと遠く、例えば河の向こう側まで逃げる?密閉空間でどこまで逃げたって袋のネズミだ。それに、かえって被害を広げかねない。
だったら…。
「だったら、サラ。この穴から外に出るぞ」
「はぁっ!?外って、宇宙にか!?おまっ、お前正気か!?」
「俺だけじゃない、この状況がもう狂ってるんだよ!被害を防ぐには俺たちが外に逃げて囮にならなきゃ!」
もしもこのMAがうっかり外壁をぶち破っただけのうっかりさんだったら、そこで終わりだ。
”ごめんなさい、もうしません。責任も取りますから許してください”…もう少し堅苦しいかもしれないしもっと厳しいかもしれないけど、おおむねそんな感じのはずだ。
698: 名無しさん :2019/12/15(日) 22:35:54 HOST:125-11-141-238.rev.home.ne.jp
じゃあ故意だったら?つまり、つまりだ。
「こいつが…俺たちを殺しに来たんだったら」
「そんな、戦争でもあるまいし」
敵のMAがメインカメラを光らせる。微妙に姿勢を傾けてこちらを見据えるその動作は睨まれているようにも思えた。
汗ばむ手でコントロールスティックを握り直し、乾いた唇を舐める。
ここからは覚悟を決めなきゃならない。もしもこれが戦争だったとしたら…!
「そうじゃない保証はないんだ!外には大洋連合軍がいるはず…っ!そこまで逃げるぞ!」
「ウィル!…ああくそっ!せめてあの世で文句言ってやる!」
敵がビームを放つのとほぼ同時、ウィルはありったけの推力を吹かせて飛び上がっていた。
流石は特機、というべきか。その大推力を吹きっぱなしにすればそのままコロニーの中心軸まで行けそうだったが。
「ぐぬぉぉおおっ!」
「ちょ、ちょっとは手加減しろぉっ!ウィル!」
空中で跳ね返るように反転し、敵の背後へと頭上から回る。
巨体に似合わず機敏な動きで振り返るMAに、ウィルは攻撃しようとして…。
「そうだ!射撃武装、なんかないのか!?」
こちらを捉え切れていないという絶好のチャンスをつかみ損ねていた。
思考の端でバズーカがあること、そしてその操作方法が浮かんでくるがもう遅い。
先に放ったビームの爆風を背にして急速にMAが迫ってくる。
「クソっ…これで!」
ようやくマウントした武装を一発、二発。
爆炎を引き裂いて現れる敵機は無傷…とはいかないが。
ところどころが若干へこんだ程度で襲い掛かる。
「だがこれで引き剥がせた!あとは…!」
突き破られ、今もコロニー内の空気を吸いだしている大穴。
ウィルはブルームをわざとその突風に乗せて機体を吸い出させた。
MAの方もこちらを脅威と認定したのか、コロニーには目もくれず追ってくる。
「ウィル!見ろ、宇宙だ!このまま尻尾巻いて逃げようぜ!」
「ああ、そうしたいところ…だけどっ!」
二門の巨大なビーム砲がこちらを付け狙い、小さなバルカン砲がその隙間を埋める。
たった一機のMAが形成する弾幕にウィルはたじろいでしまう。
もう、これが何かの間違いだと思えるような段階はとうの昔に過ぎ去ってしまっていた。
「背中を見せればやられる!逃げるのも、いったいどうすれば…」
そこまで考えたところでまた浮かぶ答え。
バルカンとバズーカでありったけの弾幕を張り、コロニー外壁の障害物に隠れながら逃げるという戦法。
ご丁寧に周辺宙域の地図や味方艦艇の場所、逃走ルートまでが脳内に映し出されていた。
699: 名無しさん :2019/12/15(日) 22:36:31 HOST:125-11-141-238.rev.home.ne.jp
「サラ!お前、この状況でMSの機動を指示できるか!?」
「はぁっ!?そりゃやってみないと分からないけど…」
「なら頼む!行く、ぞぉ…っ!」
またも全力で火力を投射し、近くの低い壁(多分ここに来るまでに通った通路だ)に機体を翻す。
爆炎とバルカンは当てられなくてもいい。とにかく、視界を塞げればよかった。
その間に右へ、左へ。度重なる機動でリニアシートが振動し、身体が押し付けられるが構いはしない。
「ウィル!次、反転後上回転!その次はブレイク!」
「簡単に言ってくれやがる…!こちとら搭乗時間10分だぜ!?」
言いつつも手指脚の操作はやめない。直観が囁く操縦方法に集中していなければ一秒と持たずに障害物に衝突していただろう。
「サラ、まだか!?艦隊はどこだ!」
「知るかよ…!でもコロニー前方でなんか光ってる!戦ってるんだ!」
「だったら5kmねーなっ。位置関係からして、あとちょっと逃げきれれば…!」
一旦そこで外壁から離れ、機体を旋回させる。こちらを見失っていてくれればいいが…。
空になったバズーカを捨ててビームサーベルを握る。
近接戦闘になればその時点で敗北確定だが、ないよりは生き残れる可能性が高くなるだろう。
「…来ないな?」
「いや、そんなはずは…ッ!」
まさか今ので追い払えたわけがない…と心に浮かべる前に。
外壁に沿った溝から突如姿を現した純白のMAがウィルを捉えていた。
「うおぉっ!」
今度こそ、本能的なものだった。
今まで導いてきた脳内への閃きではなく…何か電撃が走ったかのように、危機を察知した。
ビームサーベルを展開して懐に潜り込む。考える暇はない。
ブルームガンダムが提案してくる戦術も、無視して突っ込んだ。
巨大なビームサーベルを薙ぎ払うように、二つの旋風。
二刀流を潜り込んでコックピットに刃を突き立て…ようとして、できなかった。
「クゥッ!」
意識を向ければ背後に切り飛ばされた左腕。エネルギー供給の無くなったビームサーベルが静かに消えつつあった。
見えないはずのそれを見て、前に視線を戻せば再び燃え上がるプラズマの炎。
ああ…だめだったか。
諦観の念に包まれながら、それでも生き足掻くために逆噴射する。
せめてコックピットブロックだけは射線からずらせれば、運が良ければ見逃してもらえるかもしれない。
眼前に光る死の息吹がウィルの意識を飲み込もうとする…。
──────────
暗い視界。雪に包まれた街。
どこか見覚えのあるそこが、昔の実家近くだったと思い出した。
自分の目線は少しだけ低く、家々を飲み込む炎の胃袋を眺めては泣いている。
涙ももう出ないくせに、声も枯れているくせに。
…あの花も、焼けてしまったくせに。
涙で前が霞む。苦しむ人々の悲鳴から耳を塞げば、声が遠ざかる。
それでも聞こえる幻聴に苦しみ、誰かの助けを待ちながら…炎のものではない暖かさに身を委ねようとして。
700: 名無しさん :2019/12/15(日) 22:37:01 HOST:125-11-141-238.rev.home.ne.jp
「ウィル!おい、起きろって!」
うるさいなぁ。俺は彼女の傍にいなきゃいけないのに…。
「分かってるよ…ここにいるって」
「いや、意識はここにいなかったろお前」
パチリと目を開ければ見慣れた親友の顔がいた。
…むさ苦しいと思えなかった自分のことが、少し不安になる。
「ここは…」
「大洋連合軍所属、エンドラ艦長の間宮少佐よ。大変だったみたいね?」
二度目に見たのが綺麗なお姉さんだったのは幸いだった。
これで三度目がむさいおっさんじゃなければ…。
「で、俺はアイザック大尉だ。お前の尻を拭った、な」
むさいおっさんだった。
「むさいおっさんだ…」
「喧嘩売ってんのか!?」
耳元で怒鳴るあたり、このおっさんはモテないおっさんだろう。
空気が読めないに違いない。ここは雛菊みたいに可愛い女の子が出てこなきゃいけないだろうに。
「うるせーな…おかげで目が覚めたけど」
身を起こせば何やら薬品臭いベッドに、カーテン。
医務室のようなものなのだろうが…何もかも紐で縛り付けられているのがただの医務室とは違う。
「俺は…助けてもらったのか?」
「ああ。ギリギリのところで、俺たちMS隊が間に合ってな。…まあ敵MAは取り逃がしちまったが」
「軽い脳震盪とのことよ。命に別状はないけど、まだ安静にしててね」
「安静に…ね。できるならしたいけど」
思わず口を突いて出た言葉だが、あながち的外れでもなかったのだろう。
それまでの空気が一瞬で重くなった。
天井の白々しい照明がかえって暗がりを生む。
「特機を…それも多分、軍の最新鋭の奴を勝手に起動してぶっ壊したんだ。無罪放免な訳がねーだろ?」
「賢しらな小僧だ…ったく。ああそうさ、お前は今も民間人だが、ただの民間人ではいられなくなった」
始末書で済めばいいが、そう簡単な話でもないだろう。
あれが軍事機密満載の代物だったことくらいわかるし、鉄火場に参加してしまった事実を無視するわけにもいかない。
それに…。
「俺が今コロニーじゃなく、軍艦にいるってこと自体が厄介なことになってることの証明だろ?」
「ええ…そうね。ムンゾを襲撃したのはFLUUを名乗るザフト残党よ。穴が開いたコロニーは修繕中で、住民は他のコロニーに避難しているけれど…」
避難先の安全が確保できるわけでもないのだろう。
軍としてそこを明言するわけにはいくまい。
だから分かっている、とだけ首肯する。
いつ何時再度の襲撃があるかもわからないのだ。
701: 名無しさん :2019/12/15(日) 22:37:33 HOST:125-11-141-238.rev.home.ne.jp
「本国の艦隊がこっちに向かってるみたいだけど、それまでは現有戦力で守らないといけないわ」
「それに、撤退したあいつらが再度ここを狙うとも限らねえ。今頃別の拠点に移動してる可能性もあるからな」
「…で、この艦は俺を連れてどこに行ってるんだ?」
今の話でエンドラがムンゾ駐留をするわけでもないことが分かった。
サラも神妙な顔で聞き入っている…ようなフリをしているだけだろう。
この男の場合、真面目くさった表情をしていたら何も考えていないと判断して構わないのだ。
「エンドラが今言い渡されている任務は、とりあえず本国に戻れってことなのよ。でも…」
「一応この艦は最新鋭で、積んでるMSなんかもお高いのばかりだしな。虎の子を慌てて呼び戻したんだろう。だが俺たちはお前さんを拘束しなきゃならん。名目上だけでも、な」
それはそうだ。むしろ無罪放免されるような軍隊だった方が怖い。
しかしそれは、しばらくの間自分たちが軍艦の一員として過ごさなければならないということでもある。
「撤退した敵がどこに潜んでいるかもわからない状態で…か」
「まあ、わざわざこの艦を狙ってくるとも思えんがな」
その言葉に…いや、言葉にされずともウィルは嫌な予感がしていた。
カンがいいとよく言われる自分だが、今回ばかりは外れてほしいと切に願うのだった。
──────────
「この…役立たずがっ!」
「ぐぅっ!」
ナスカ級はかつての…いや、今も存在するザフトが建造した高速駆逐艦である。
当然、各施設は狭苦しい。懲罰房ともなればなおさらである。
その便所のように暗く、便所のように臭く、そして便所のように薄汚れた懲罰房で彼女は殴られていた。
「殲滅!して来いと!命令しただろうが!なぜ死ぬまで戦わなかった!」
「そ、れは…機体の保全を考えろと…」
最新鋭大型MA、スノウ。大西洋連邦から供与されたその機体は彼、アラン・ガーランドの希望の星でもあった。
これを使って襲撃を起こしてしまった以上、もう後戻りはできない。
にもかかわらず、この役立たずの部品は機体の性能を十全に発揮できず。
それどころか傷つけられて逃げかえってきたというのだ。
「同胞が…!偉大なるコーディネーターが命を散らして戦ったというのにっ」
こんな穢れた血の混じった薄汚い半ナチュラルなんぞが生きて帰ってきたのだ。
のうのうと。おめおめと尻尾を巻いて逃げたのだ。
「戦いもせずっ!」
走馬燈のように過ぎるのは2年前の忌々しい記憶。
苦しい戦局を支えるべく艦隊士官として奮闘し、そして負傷した。
日に日に困窮する市民の生活。それらの犠牲の上にどうにか維持されていた軍病院ですら、日を追うごとに食事の質は悪くなった。
そして、シーツを替えに来る看護師が幼くなっているのに気付くのだ。
下手をすれば、ローティーンかと疑うような子供が。
焦りながらも療養に専念し、やっと前線復帰できるかと思えばそれは敗色濃厚な絶望の戦場で。
せめて祖国のために散らんと決心しながら、戦場にたどり着く前に戦いは終わってしまった。
「認められるか…!こんなことが!優秀なるコーディネーターが死んだというのに、生き恥を晒して良いわけがない!」
それはスノウの生体CPUに向けた罵倒だったのか、それとも自身への戒めだったのか。
分からないまま、しかしナチュラルへの憎悪だけは本物で。
アランは生きているのか死んでいるのか、虚ろな瞳であらぬ方向を眺める役立たずを念入りに踏みにじってから懲罰房を後にした。
「………」
虚空を見つめるスノウの視界は衝撃でちらついている。
ガリガリにやせた腕で、天井に手を伸ばした。
そこに暖かいものは何もなく、ただただ冷たい雪が幻視されただけだったが。
702: 名無しさん :2019/12/15(日) 22:38:04 HOST:125-11-141-238.rev.home.ne.jp
以上です
続きはまた今度書きますのでお待ちください
最終更新:2019年12月21日 23:50