150: 弥次郎@外部 :2020/01/03(金) 21:05:32 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
憂鬱SRW IF マブラヴ世界編SS「Zone Of Twilight」3
芸。
早乙女アルトの人生を振り返れば、芸というものから逃れた期間は極めて少ない。というか、存在しないのかもしれない。
初舞台を踏んだ瞬間、あるいはもっと前、早乙女の御家に生まれ落ちてきた瞬間から、彼の人生は半ば決まっていたようなものである。
ひたすらに芸を磨き、男でありながらも真の女形に近づくべく育てられ、何の祝福か---あるいは呪いか---優れた容姿を持って生まれ落ちた。
決してアルトがそれを嫌ったというわけではない。憎んだわけでもない。はたまた、時代遅れと馬鹿にしたというわけでもない。
事実、実家を勘当され、二度と近寄らないと誓いを立てて、巡り巡ってSMSに入りパイロットになったことで断ち切ったかに思われた縁は、実際のところほとんど切れることはなく、むしろ人間として成長を見せたアルトにとっては一つのよすがとして確立されたと言ってよい。
受け入れたというべきか、区別するにせよ割り切ったというべきか、それとも自らの内の相反する感情を認めたというべきか。
さて、ギャラクシー船団を牛耳る電脳貴族の野望との戦いを経たアルトは、それに匹敵する巨大な問題に直面していた。
彼の傍らの二人、フロンティア船団における二人の歌姫---ランカ・リーとシェリル・ノームとの三角関係ではなかった。
勿論彼女達との関係も大きな問題ではあるのだが、アルト個人にとって大きな問題になったのは別なことだった。
それが、SMSのパイロットとしてのアラスカ出向である。
これ自体にアルトは異論は特にはなかった。民間軍事企業であるSMSは国や軍から仕事を引き受けるものなのだ。
そしてそこに所属するパイロットであるアルトがそのSMSの指示に従うのは当然のことであり、業務の範疇であった。
出向先であるβ世界では機動兵器の操縦・運用に関する指導を行うということであり、アルトの技量がそれを行えるとお墨付きをもらったと言えなくもない。
だが、この出向にはもう一つ仕事がついていた。ずばり、アルト主演の歌舞伎の講演依頼であった。
当然のことながら、アルトはこれを拒否しようとした。彼はこの依頼の意味するところを理解できないほど鈍感ではない。
これは命令という形で、実家と復縁し、協力を取り付けて来いというわけなのであった。しかも、統合、フロンティア、地球連合の連名でだ。
アルトは他を当たってくれ、と一度は拒否した。だが、依頼主も譲らない。β世界の実情を鑑みて、パイロットであり文化人というのはレアであり、嘗てのゼントラーディを彷彿させるレベルで文化が衰退の一途をたどっているβ世界にとっては希望となり得るのが彼なのだ。
パイロットでありながらも、文化の、芸術の担い手。余裕のないβ世界の常識を覆すにはかつてのリン・ミンメイの様な偶像(アイドル)を必要とした。
結果から言えば---アルトがごねにごね、二人の歌姫やSMSのメンバー、さらには連合の人間まで巻き込んだ騒ぎが起きたが---アルトはこれを承諾した。
早乙女家の方はといえば、驚かれはしたが、拒否はされなかった。元より、アルトの父である早乙女嵐蔵が倒れ、勘当した側の早乙女家からアルトに対して復縁を申し出ていたことや、アルトに代わり家を継ぐと目された矢三郎がアルトを推挙していたなど、完全に修復不可能な関係にまで陥っていたわけではなかったことも大きく影響したのだろう。アルトにとってはある種不幸ではあったが。
ともあれ、斯くして早乙女家の援助も得られるということもあり、パイロットとして、アイドルとしてアルトの出向は決定されたのであった。
151: 弥次郎@外部 :2020/01/03(金) 21:06:06 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
- 融合惑星 β世界衛星軌道上 SMS所属マクロス・クォーター級可変攻撃宇宙空母「マクロス・クォーター」艦内
β世界のアラスカへの降下軌道へ突入する準備を進めているクォーターの艦内は慌ただしさに満ちていた。
まず、このマクロス・クォーターには多くの来賓がいたことが原因だった。まず始めにシェリル・ノーム。説明不要な銀河の歌姫の存在。
彼女は一時V感染症により床に臥せっていたが、本人の気力と最新の医療により復帰。今回のアラスカ ユーコン基地への慰問ライブに出ることになっていた。
既に大気圏突入し着陸後のライブに備えて艦内の一角を借り切って準備を進めており、慌ただしくスタッフが行き交っていた。
SMSのクルーにしても、フォールドスピーカーを搭載したパフォーマンス用のVFの調整に追われ、パイロット達はその動きの演習を行うなど忙しかった。
また、早乙女家をはじめとした歌舞伎の一座もこのマクロス・クォーターには乗船していた。言うまでもなく、アルトの公演のための要員たちだ。
舞台の設営から会場の準備、大道具小道具、主役わき役黒子まで含めれば一つの演目の披露だけでもかなりの要員が必要だ。
彼等もまた、このマクロス・クォーター艦内で準備を進めていて、シェリルほどではないが艦内でスペースをある程度占拠していた。
そんな艦内でおちおち心が休まる間もなく、また随分と久しぶりに舞台を踏むことになったアルトは艦内をうろうろと落ち着きなく歩き回っていた。
彼の心中は察してほしい。こじれていたはずの実家とのつながりが強制的に修復され、おまけに実家の方も前向きだったのだから。
色々と複雑な思いを消化しきれずに悶々としていたこともあったアルトからすれば、なんだか拍子抜けするというか、なんというか。
兎も角もてあましがちな時間はあっという間に過ぎ去り、ブランクの期間を埋めるようにアルトはSMSパイロットとしての日々に、女形としての稽古の日々が重なることが決定し、忙しい時間が過ぎ去っていったのであった。
忙しかったのはSMSの方もだった。ギャラクシー船団にインプラントにより支配されていたブレラ・スターンらサイボーグの兵士達がSMS入りし、アンタレス小隊として新たに編入されることとなり、連携や艦載機隊としての運用の訓練も必要になっていた。
彼等とて、戦争を糧とする傭兵業を続けることを選ばざるを得ない、ある種ギャラクシー船団の被害者でもあった。
彼等の体のインプラントや機械化された肉体の維持費は膨大なものであり、業腹ではあるが戦闘を行うくらいしか彼等にはできなかったのだ。
ともあれ、ギャラクシー船団との戦闘後も公私ともにアルトは非常に忙しかったのである。
「アルト、何しているの?」
「シェリル?」
そんなアルトを呼び止めたのは、銀河の歌姫の一人であるシェリル・ノームだ。
既にその姿はライブの衣装に包まれ、化粧も施されており、何時でも行ける状態であった。
インプラントを一切入れていない生身の肉体は、今日も男はもちろん同姓であろうとも魅了してしまうような美しさと可憐さを備えていた。
だが、生憎とアルトはこれに慣れっこになっており、またシェリルにとっては悔しいことに、女形の稽古を再開したアルトは無意識に振る舞いが女らしくなっていて、自分でもハッとさせられるような、そんな色気を振りまいていたのだった。普段は男性らしく振る舞っているが、その振る舞いが一時的に中和されているのだろうか。
恐らく、久しぶりの稽古の影響をうまく自分の中に押しとどめることが出来ずにいるのだろう。
「お前、もうすぐ大気圏突入なのにここにいていいのかよ?」
「平気よ。準備はほとんど終わっているし、あとは時間になるまで待つだけだもの」
それより、とシェリルは目を細め、アルトに問いかける。
「貴方の方はどうなの?」
「どうって……」
「いつもと調子が違うって感じね。久しぶりに本家に戻って調子が狂ったのかしら?」
「……そうだな」
アルトは、少しの沈黙を挟んだ後に肯定した。
アルトは自分の振る舞いが少し普段と違う、普段纏う「男」の形が崩れ、「女」の面が出ていることに気がついてはいた。
だから、揶揄いの混じったシェリルの言葉を否定できなかった。自分の中の「男」「女」の調整が上手くいかない。
稽古をし、本番さながらに振る舞ったのは早乙女家を飛び出して以来の事。体に染みついた芸はさび落としをするだけで済んだのだが、心境的には複雑だったし、いつもとは違う「振る舞い」が求められ、それを実践に移していた。時間が短かったものの、みっちりとやったおかげで嘗てのように芸を披露することは出来そうだ、と自信はある。だが、予想以上に自分自身の変化が大きく、戸惑ってしまう。
それをちょっと見ただけで見抜いたシェリルは流石だ。いや、傍から見ればわかるほどに露骨になっているのだろうか。
152: 弥次郎@外部 :2020/01/03(金) 21:06:42 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
そんな迷いを知ってか知らずか、シェリルは大仰に肩をすくめてみせる。
「まったく呆れたわね……今さらうじうじ悩んでもしょうがないでしょ?」
「そんなことくらいわかってる…」
「いーえ、全然わかってないわよ、アルト!」
視線を逸らすアルトだが、そんなことをシェリルは許さない。がっちりとアルトの顔を捕まえると、自分の方へと引き寄せた。
その力は、強い。腕力だけならばアルトの方が上であるが、気迫というものが違い過ぎた。
「いい?やると決めて、ここまで準備してきたわけでしょ?今さらうじうじしても意味ないの。わかる?
それとも、貴方の持つ『芸』はそんな軽いものなのかしら!?」
「っ……!そんなわけないだろ!」
アルトとて、身に付けた『芸』の重みは理解している。自分の生きる時代よりはるか前から連綿と紡がれてきた伝統と技術の積み重ね。
一度は勘当されたとはいえ、仮にも次期当主として目されていたアルトは父や祖父が背負ってきた「重み」を知らないわけではない。
軽々と捨てられるものでもなければ、持ち上げられるものでもない。とてつもなく重く、深く、重なっているのだ。
「御家」と「伝統」の二つ重ねは並のものではない。銀河の海に旅立とうとも受け継がれている芸への精神、情熱。
分からないはずなどない。だからこそ、アルトは思わずかっとなるような熱さを覚えた。
「俺だって、まさかこんな形になるとは思ってもなかったさ!誕生日の日に戻って来いって話も蹴って、俺は自分のやりたいことをやってた!
でも、それでも俺は期待されていた!兄さんも、業腹だけど親父も!俺を見捨ててはいなかった!俺も!女々しいくらい体も心も覚えていやがった!
しかも、この惑星の、この世界の事情を知っちまったんだよ!」
融合惑星、β世界。
人類に敵対的な異星生命体との戦いを40年余りも続け、荒廃し、人心までも荒れ果てた世界。
文化も何もなく、ただひたすらに戦いで消耗していく世界。それに、惻隠の情を抱いてしまった。着やすく同情するなと叱られてしまいそうだが、アルトはそういった実情を知ってなお、自分の事情を貫いて無視を決め込むような、卑劣さなどは持ち合わせてなどいなかった。
「俺に見捨てろっていうのか!?バジュラ以上にわけのわかんない異星生命体に苦しめられて、なにもかもを戦いに注ぎ込んで、
楽しみの一つもまともにないような世界になっているのを見て、何とも思うなっていうのか!」
そんなのないだろう!とアルトは人目もはばからず叫ぶ。
「……芸の無い世界なんて、色が無い世界だろ?なんでみんな忘れちまってんだよ。大事なのはそこにあるんだって……バジュラだって、分かってくれたのに」
手を振りほどき、うずくまって両手に顔をうずめるアルトは、激情を吐露した。
悲しいのだ。β世界の在り様が。長く続いた戦争で簡単に荒れ果てた人の心が。人の営みが。
暫く、言葉が出なかった。吐き出さずにいた感情を吐き出して、すこし
「ふん、やっといい顔するようになったじゃない」
「シェリル…」
今度はやさしく、そっと支えるようにアルトの顔をシェリルの手が包む。
「あなたなら大丈夫よ。この私、シェリル・ノームも魅せた貴方の芸。それなら届くわ」
シェリルには確信があった。この早乙女アルトという男の「芸」は、銀河を席巻し、さらには世界を超えると。
人の営みは、この荒廃した世界でも細々とだが続いている。だとするならば、アルトの芸はそこに訴えかけるはずだ。
悔しいことに、その真剣な言葉はアルトに響いた。銀河を席巻する歌姫のシェリルは、異なる分野であるがアルトの芸を認めている。
VFを操る技術だけがアルトのすべてではない。むしろそれも芸の一つとして昇華されている。だから、理解できる。
それ以上に---自分の心を射止めたアルトのことなのだ、信じなくてどうしろというのか。
153: 弥次郎@外部 :2020/01/03(金) 21:07:43 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
「らしくないこと言ってるな、お前」
「なによ、私が手ずから激励したのよ?誇りに思うのが筋じゃないかしら?」
「……へいへい、ありがとよ」
しばらく後に、一周回って冷静になったアルトは、自分の行動を少し恥じていた。
うまく乗せられていたとはいえ、ガキのように叫んで自分の本心を晒したのだから。聞いていたのがシェリルだけだったのが不幸中の幸いか。
おまけに、すっきりできた。言えずにいたことを吐きだせて、人に聞いてもらって、肯定してもらえて、嬉しかった。
それに、ギャップがすごくきてしまった。高飛車とは言わないが、誇り高く振る舞うシェリルが母星にあふれた面を出してくるとは思いもしなかった。
それに安心感を覚えてしまったというか、身をゆだねてしまったのはなんだかこそばゆい。シェリルもシェリルで、
それを揶揄うわけでもなく、真摯に受け止めてくれていたということもなんだか変な感じがしてしまう。
(ああ、くそ……)
客観的に見るならば、それは母性や女性の持つ包容力というものだろう。
アルトがその生まれ故にあまり受け取ることが出来ずに、むしろ身に付けるように稽古を受けていたことで、未経験な部分が多かった。
だから、どうしてもそれへの耐性が低かったのだ。これはアルトが悪いわけではない。むしろ、男であるならばどこかしら持つ弱点である。
「おいおい、アルト。こんなところで逢引かよ?」
「隅に置けませんね、アルト先輩も」
「おい、こら。好き勝手に解釈するなよ」
そんなところにやってきたのはスカル小隊のミハイル・プランとルカ・アンジェローニだった。
この二人にまで見られてしまってはたまらないとアルトは表情を繕い、立ち上がった。
「まあ、アルトが銀河の歌姫二人にお熱なのはよく知っているからな。ヒューヒュー」
「アルト先輩、ブレラさんを怒らせないでくださいね?」
「お前らなぁ!」
揶揄う二人を追いかけるアルトを見送り、シェリルはくすくすと笑った。
その笑みは万人を魅了する歌姫のそれであり、同時に恋する乙女の様なもの。焦がれる男へと向ける愛情に満ちていた。
そんな賑やかな彼らを乗せたマクロス・クォーターはいよいよを以て大気圏突入の準備に入ろうとしていた。
154: 弥次郎@外部 :2020/01/03(金) 21:08:26 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
以上、wiki転載はご自由に。
SMS勢のお話でありました。結局アルトのために一話使い切っちゃいましたね…。
ま、是非もないよネ!
次の話はアラスカ地上でのお話ですかねぇ…いよいよ原作アルゴス小隊が登場する予定であります。
最終更新:2024年07月30日 23:17