845: 弥次郎 :2020/04/04(土) 21:01:01 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
憂鬱SRW IF マブラヴ世界編SS「Zone Of Twilight」短編集9
Part.19 妖精の歌
「そうか、シェリル・ノームを知らねぇのか、ユウヤは」
「無理もないよVG。こいつ、昨日着任したばっかりなんだし…」
「…?そんなに有名なのか?その、シェリル・ノームってのは」
ユーコン基地中心部に戻り、PXでの夕食を囲むアルゴス小隊の席で、ユウヤは初めて聞く名前に目をしばたたかせていた。
だが、アルゴス小隊の主に男性陣は信じられないといった表情でユウヤを見ていた。
「まあな。俺達も知ったのはごく最近だ。けど、今じゃこのユーコン基地で一番の有名人だぜ」
「地球連合とは別の…フロンティア?だったかしら、そこの出身の歌手なんですって」
地球連合とはまた別なのか、とユウヤは驚く。一体どれほどの勢力が関係しているのか、と少し気が遠くなる。
「というか、そんなに手が広いのか、連合は…」
「そうじゃないらしいの。地球連合と統合政府は全く違うんですって。時系列が1999年と2001年でごちゃごちゃになっただけじゃなくて、私たちの暮らしていた地球から大陸ごと別な惑星にワープしちゃったのよ。
そして、この惑星には他にもワープしてきた世界がいくつもあるんですって。連合の説明によれば、だけど」
「SFみたいな話だな…そりゃ」
「まあ、事の真偽はよくわからないわ。でも実際そうじゃない?私は時間が2001年だと思っていたけど、気が付けば1999年に戻っているんだし」
「俺もそうだな…ってかさ、そういうのは今はいいんだ」
ごくりと口の中を空にしたヴァレリオは興奮を隠さず言う。
「歌姫は本物だぞ。銀河の妖精、シェリル・ノーム!地球連合の奴らが到着してからPXでポスターと歌声を聞けるようになったんだぜ!」
「そういえば……そんなものもあったような気がするな」
「よく知らねぇのか…よし、今から行くぞ。さっさと食えよユウヤ」
「ちょ、おい!?ぐぼ…!?」
夕食を強制的に押しこまれ、あれよあれよという間に、ユウヤは同じく聞いたことが無いヴィンセント共々、PXの一角にある試聴スペースへと連行された。
「よしよし、人はまだ少ないな…」
ライヴ直前の復習をするためにと訪れている衛士やスタッフはそれなりにいたが、まだ夕食の時間が始まって間もないためか、人の姿はほとんどない。
846: 弥次郎 :2020/04/04(土) 21:01:49 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
「ほら、聞いてみろよ」
「わかったわかった…」
椅子に腰かけ、ヘッドフォンを付けると、ヴァレリオが再生機を操作する。
「俺のおすすめから聞かせたいところだが…まあ、好きに聞けよ。これがリストだ」
手渡されたリストは、かなりの数の曲目が並んでいる。
これが一人の歌姫の、プロフィールによれば公称17歳の歌姫の作品なのだろうかというほど並んでいる。
(すげぇ数だな……)
音楽に対して、ユウヤはあまり詳しいわけではない。だがそれでも、曲が生まれるまで時間がかかることくらいは知っている。
それだけ精力的に活動し、尚且つ売れている歌手ということなのだろうか。少なくとも、それだけの期間は著名なまま売れていたということは確かだろう。
「そんじゃ、感じてみろ」
曲目が選択され、再生がスタート。目の前のモニターにはMVが流れ始め---
「!?」
そして、音の織りなす世界が、ユウヤを飲み込んだ。
まるで、一瞬で牢獄に放り込まれたかのような、そんな錯覚。音と歌声が調和し、一つの世界を織りなし、津波のように襲い来る。
だがそれは決して不快なものではない。飲み込まれて、自分の体が音と歌声の波に飲み込まれるというよりはそのまま同一化したような、不思議な感覚。
まだ前奏だ、とどこか冷静な部分が囁く。そうだ、この後にサビが、本命が来るのだ。
「----」
そして、それは衝撃的という言葉を通り越していた。
歌姫、という渾名は決して伊達や誇張ではない。映像と歌声が見事に調和している。
こんなことが並大抵の歌手にできるわけがないと、本能的に理解してしまえるような、そんな感覚。
(歌姫……)
ああ、これは間違いなく、二束三文の歌手ではない。選び抜かれた、遥か高みにいる姫君のようではないか。
自分達がいくら手を伸ばそうとしても届きようのない世界から、歌声だけがこうして届けられているかのような、そんな印象を覚える。
これが気まぐれに投げかけられているとしても、魅了されてしまえば光によってしまう虫のように縋りついてしまうだろう。
そうだ、これはまるで星々のようなのだ。その輝きや美しさに届かない手を伸ばしてしまうのが、そっくりだった。
「いいだろ、この曲!」
ヴァレリオの声も、もはやユウヤの意識には届いていない。ただひたすらに、歌声を感じていた。全身で、骨で、心で、そして魂で。
結局その日のユウヤは、ライヴ開始前の時間の大半をシェリル・ノームの歌の試聴に費やしてしまうことになるのであった。
847: 弥次郎 :2020/04/04(土) 21:03:16 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
Part.20 二人/真剣なる逢引
ユーコンの一日は、最後のイベントであるシェリル・ノームのライヴを迎えていた。
濃密な一日を過ごした衛士やスタッフたちにとっては、最後の最後で訪れた楽しみの場であった。
連合がPXに設置した試聴スペースやポスターで告知はなされていたし、シェリル自身の歌声や美貌は間違いなく本物であったことから、既に多くの人間が知るところとなっていたのであった。
とはいうものの、肝心のシェリル・ノーム自身がまだ来ていないという情報がどこからか流れ、誰もが首をかしげていた。
歌姫がライヴをするということは相応の人が動くはずであり、その為に飛行機なりなんなりが飛んできていてもおかしくないはずなのだ。
まあ、実際に会場が設営されているのが連合の区画の近くであるので、そちらにいるという可能性もあるという話もあるが、やはり情報は錯そうしていた。
会場やそれに併設されている売店などは用意されていても、肝心のステージが無ければそういう憶測が流れてm仕方がないのではあるが。
そんな賑やかで尚且つイベントに向けて盛り上がりを見せるユーコン基地中心部の喧騒から離れ、さらに連合区画の喧騒も少し遠い、富嶽級の一機の個室。士官用の個室には部屋の主であるタケミカヅチの姿と、招待された唯衣の姿があった。
イベント続きで大変だろうと察したタケミカヅチが唯衣を誘う形でこの場は出来上がっていた。
「粗茶ではありますが」
「痛み入ります、タケミカヅチ殿」
自動調理器ではなく、手ずから丁寧に入れたお茶が茶菓と共に出され、唯衣は緊張しつつも受け取る。
こうしてタケミカヅチの私室を訪ねることは別段初めてではない。むしろ、トヨアシハラに訓練のためにはいってからは時々訪ねていたのだ。
まあ、これは単純に唯衣が男慣れしていない、というのが大きい。これまで長い時間接したことのある異性は父親を除けば巌谷ばかりであり、プライベートで、家柄や何やらの柵なく接する相手がほとんどいなかったのだ。まして、親子ほどに離れた年齢の巌谷と異なり、割と年が近い異性なのだ、タケミカヅチは。彼女とて女性であり、そういう意識が全くないということはないのだ。
(ううっ…やはり緊張してしまう)
こうして部屋にお邪魔するたびに思う。異性とは、男性とは、こんなに緊張を強いられる相手なのだろうかと。
一挙手一投足が気になり、漂う男性特有の臭いに緊張し、何か失態をしでかさないか怖くなる。
「……ふふ」
「な、なにかおかしなところが…!?」
「今はプライベートだから、そこまでかしこまらなくてもいいんだぞ、唯衣ちゃん」
ダメなんです、タケミカヅチ殿。そんなに自然にかわいらしく呼びかけられると、余計緊張してしまうというか---こみ上げるものがあるのです!
なんてことを思うが、唯衣にそれを口に出す胆力があるわけもない。というか言ってみれば男性に対する耐性が無かったのだ。
トヨアシハラでの訓練でだいぶ慣れているとはいえ、こんな---こんな親しげに、こんな近い距離感で過ごすというのはやはりまだ無理があった。
「だから、殿付けはあまりうれしくない。タケミさんとでも、気軽に読んでほしい」
無理です。その叫びをお茶を飲むことで唯衣は何とか飲み込む。だが、それはまだ熱いお茶を一気に飲む行為に他ならない。
「熱ッ……!」
「ああ、大丈夫か?」
思わずこぼしかけた唯衣だが、それに反応したタケミカヅチが咄嗟に茶碗を唯衣の手ごと支えた。
肉体的な強化や神経の一部の置換を行っているタケミカヅチにとって、その程度の反応はたやすいことだった。
だが、大丈夫ではないのが唯衣の方だ。いきなり手を握られるという、やむを得ないことであったが、異性といきなり触れ合うという事態に、元々ヒートアップしていた唯衣の精神は沸騰しかけた。直接手を握り合うなど、そんな経験はない。
「まったく危ないな…いきなり飲むのは火傷をしてしまうぞ」
(手、手、手、手……!?)
848: 弥次郎 :2020/04/04(土) 21:04:17 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
タケミカヅチの手は、唯衣の陶磁器の様な肌と触れば脆くも折れてしまいそうな唯衣の手とは違い、力強い男性のものだった。
生身での武術の訓練も受け、さらにはAMSを用いない操縦桿を握っての操縦もこなしていることから、無駄がないが女性のそれよりもごつごつし、操縦桿や武器を直接扱ったことによる肉刺やタコがあちらこちらにあった。そして何よりも筋肉質だった。
そんな、いやでも異性を意識してしまう衝撃を一気に受け取った唯衣は、端的に言えばもはや限界であった。
「きゅぅ…」
そして、余裕をなくした唯衣の選べたことは、タケミカヅチの腕や手の感覚をしっかり記憶しつつ、精神をシャットアウトすることであった。
さて、気絶してしまった唯衣に対してタケミカヅチは慌てることなく彼女の体を椅子に預けると、茶碗をゆっくりと取り上げて、こぼしかけたお茶を丁寧にふき取って綺麗にしはじめた。
「慌てすぎだぞ、唯衣ちゃん…」
自分に慌てはなかった。彼女に男性への耐性---というか、異性と接触した経験が少ないことくらいは知っていたし、巌谷中佐からも聞いていた。
だが、同時に思うのは彼女がここまで弱かっただろうかということだった。原作を知らない身ではない。
意識していたユウヤとグアドループで遭難した---実際には用意周到な撮影計画の一端---時も、ここまで極端な反応はしなかったはずだ。
あの時は唯衣がユウヤと実は異母兄妹であり、また戦術機開発という仕事の上で色々と複雑な感情を抱えていたということを考慮しても、今現在の自分と唯衣ほどのシチュエーションではないはずだ。
(はいはい、鈍感の振り乙……)
ここまで反応されて、分からないタケミカヅチではない。
唯衣は自分を異性として見ているのだろう。
(とはいえ、これはなぁ……)
雛鳥への刷り込みのようなものだ、とタケミカヅチは考えている。初めて触れ合う年の近い異性が自分だというだけで、唯衣が恋慕に似た感情を抱いてしまってもおかしくはないと思っている。自分が彼女に親身になってしまうのも、その境遇を知っているからだし、巌谷中佐からも頼まれていたことにも由来している。つまり、環境やシチュエーションがそうなっているからであって、決して自然に発生した恋愛感情とは言い難いのだ。
とはいえ、シチュエーションは時として人間の精神を大きく変貌させる。悪名高き「スタンフォード監獄実験」が良い例だ。
こういった状況下で親しい男女がそういった感情を持つのは少なからず自然なことで---
(やめよう……)
少し、気が滅入る。
既に主観的に見て100年は昔の、遠い遠い前々世のそのまた前世、これまでの世界を娯楽のものとしてとらえていた時の記憶の残滓が、警告をよこしてきた。
自嘲しかない。振り切ったと思った前の人生が、いまだに尾を引いているとは。日企連世界では敵対企業のスパイなどを恐れ、あるいはコジマ粒子による汚染という問題が付きまとい、結婚などというものには縁が浅かった。無論、リンクスでも結婚した者たちもいる。
それに技術が発達している今の人生であるならば人並みの恋愛や結婚など、前世よりはハードルは低い。
とはいえ、自分ができるとはあまり考えていない。自分は、黒い鳥の候補者。ろくでもない人生を歩むことになりかねない。
加え、戦いが続くこの世界でそういったものを抱えると、途端に弱くなりそうなのだ。自分は脆いものだというのは、自分が一番分かる。
自分が歩む先には戦いが待ち受けていて、自分が自分であると証明するには、戦いを避けては通れない。
そんな苛烈な運命に彼女を突き合わせる覚悟というものは、流石のタケミカヅチにも定まってはいなかった。
(それでも…)
惜しい、と思う程度には彼女は魅力的だ。客観的に見てもそれは確か。
そんな彼女に癒せぬ傷を残すなど、ましてや泣かせるなど、自分にはできない。どうしたものだろう、そのようにタケミカヅチはため息をつくしかなかった。
結局タケミカヅチも、唯衣と同じように自分の中にある大きな感情の塊をどうしたものかと持て余していたのだった。
それこそが、根底のところで二人が似通っており、心が短い期間でピタリと重なり合うようになった証左であるとは気が付かずに。
849: 弥次郎 :2020/04/04(土) 21:05:04 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
以上、wiki転載はご自由に。
気が付けばZOTの短編だけで20も書いているんですね…
熱中するとあっという間ですな。いや、本当に。
唐突に茶番というかラブコメみたいなのを放り込んでしまいました…それもこれもシリアスに耐えられない精神が悪いんだ…
決してタケミーと唯衣ちゃんをイチャイチャさせたいとかそういうのじゃないんだ…(白々しい)
黒子御前「ええい、じれったわね…ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!(Bダッシュ)」
桜子「私もちょっと(ry」
タケミ「ええい、やめろ気ぶり雌山猫共!」
最終更新:2020年04月09日 14:50