26: 635 :2020/04/09(木) 07:18:51 HOST:119-171-231-231.rev.home.ne.jp

銀河連合日本×神崎島 ネタ カンザキ島滞在記


八月も十日を過ぎたベゼタ市の小さな鉄道駅前のベンチに座り私はエスの迎えを待っていた。
かれこれ小一時間ゆったりとした時間を過ごしている。我ながら発達過程文明の不便さにも慣れてきたものである。
そして手持ち無沙汰に読んでいた駅の売店で買ったベゼタの地方新聞を閉じた。
カンザキ島の新聞はニホン本土の新聞に比べれば情報精度では遥かに上でありティエルクマスカでもある程度通用する水準で信用出来る。
この言葉は元広域情報省スタッフであり現在島の官僚としてファーダゲッベルスの下で本土にて、ニホン国民啓蒙、対外宣伝に辣腕を振るう友人の受け売りである。

本日は快晴、空にはタイヨウ系の主恒星であるタイヨウが輝いている。
チキュウ低緯度特有の気温の高さを感じるが島は内地に比べ都市が少ないために時折涼やかな風が通り過ぎる。

ベンチから周囲を見渡せば何処までも続く水田の青々とした稲穂が風に揺れている。
広がる水田の奥には遠く青い森にモリイワ高地やタカアラ山脈を望み、青い空に大きなニュウドウ雲、
遠く働く人々の声が聞こえ、風に揺れる稲穂のざわめき、鳴き止まぬセミシグレ、
むせ返るような青い草木の香りと何処かで雨が降っているのか漂う土埃の匂い、
何処か切ない様な、心惹かれる様な、何処か遠い昔にこの場所にいたことのあるようなそんな既視感に襲われる。


警笛の音に我に返った。
警笛の音の方を見れば軽貨物自動車に乗ったエスの姿があった。
エスは軽貨物を止め降りるとバタンとドアを閉めるとこちらに近づいてきた。
ツナギに麦わら帽子という夏のニホン定番の作業着姿だ。


「遅くなったかな?」

「いや約束の時間よりも早いくらいだよ。」

「それは良かった。」


エスは朗らかに笑った。



私は軽貨物に乗り込むとエスの隣で未舗装の道の振動揺られながら車窓を眺めていた。
軽貨物は水田の畦道を走り、時折高圧送電線の下を潜りながら、青々とした稲穂が瞳の中を通り過ぎていく。
あの様な穀物を粉にせず種籾のまま精製することで我々イゼイラ人の愛するカレーライスの米飯にすることを考え出すとはニホン人の叡智には驚かされる。
そんなことをぼんやりと考えながらふとエスの家族がイゼイラより来ることを思い出し口にした。


「今回は君の家族と彼女の家族もイゼイラから来るんだったかな?」

「うん、人形神社と守鎮神社に行くからね…。ヤルバーンから内地を経由してもう家に着いて休んでる所だよ。」

「そうか…。」


今回エスの家族、そして知人のフリュとその家族もイゼイラからカンザキ島に来ることになっていた。
知人のフリュとその家族はエスの家族ではない、いや家族になる筈だったと言うべきか。
エスには弟が二人いるのだが、そのフリュはエスの上の弟の恋人だった、弟が成人すれば配偶予定者となりいずれは正式に夫婦となっていただろう。

しかしそれももう叶わない、エスは二人の弟を何年も前に亡くしたからだ。
エスの弟達は近年のティエルクマスカでは珍しく事故によって命を落とした。
二人で遊戯施設へ遊び行った帰りに精死病を発症したイゼイラ人デルンが起こした事故に巻き込まれたのだ。
二人共全身及び体内を大きく損傷、事故を起こしたデルンと共に即死であった。
イゼイラの進んだ医療も救急に間に合わなければ意味もない。
亡くなった時エスの上の弟はニホンで言えば高校生、下の弟は幼稚園児といえる年齢であった。

事故後すぐ私もエスの弟達が収容された医療施設へと駆け付けたがエス達の様子はとても見ていられるものではなかった。
上の弟の遺体に縋り付き泣き崩れる上の弟の恋人、下の弟の側で倒れそうになるエスの母を支え歯を食いしばるエスの父、血が出る程拳を握りしめたエス。
そして青い顔をして俯く事故を起こしたデルンの家族。
誰が悪い訳でもないただただ悪い因果だった、そう言うしかない事故にどこまでもやり切れない空気だけがその場に漂っていた。
その後暫くのこともあまり思い出したいことではない。
そこで別の話題をエスに振った。

27: 635 :2020/04/09(木) 07:19:43 HOST:119-171-231-231.rev.home.ne.jp

「そういえばエス、私は駅で待っている時に景色を眺めていたんだが。」

「なんだい?」

「うん、私はどうもベゼタの風景に、正確に言えばカンザキ島、ニホンの原風景というべきものにノスタルジアを感じてるようなんだ。」

「ああ、君もかい。」

「僕も?」

「ああ、神崎島へ来たティ連の人間は皆そう言うのさ。多分得られなかった自分達の原風景を重ねているんだろう。」

「そうか、カンザキ島はチキュウ上の色々な国の過去があるからなあ…。」

「その中には各国と似たような部分もあるからね。」


成程とエスの言葉に同意する。
そんな話しをしながら軽貨物は畦道を走っていく。



暫く軽貨物を走らせているとエスの家に着いた。
カンザキ島でのエスの家は昔ながらのニホン家屋であり、稲藁を葺いた屋根が特徴だ。
私も以前新しい稲藁に葺き替える際に手伝いをさせて貰った。
全ての資源を無駄なく使おうとするニホン人の考えは実に素晴らしい。
なおエスはこの家に一人暮らしではない。


「あなたお帰りなさい。」

「ただいま。」

「お久しぶりです。今回もお世話になります。」

「いえいえ、自分の家だと思って寛いで下さいね。」


そう言ってエスと私をを出迎えたのは小さな赤子を抱いたエスの妻のニホン人フリュだ。
この家はある意味エスの妻のもう一つの実家ともいえる家なのだ。
以前はかつての大トウア戦争で亡くなったエスの妻の曽祖父と十数年前程に亡くなった曾祖母が二人がこの家で暮らしていた。

エスがヤルバーンの乗員から島の軍人になった際に既に配偶者であったエスの妻も着いてきた。
その際にエス達は島での家を探していた所、曽祖父夫妻が一緒に暮らさないかと申し出てくれたのだ。
私も引っ越しを手伝った際に引越し祝いの席に同席させて頂いたが曽祖父は素晴らしい跡取りが出来たと非常に喜んでいた。
エス自身も満更でもない様子であった。


「僕の家族は?」

「居間で曾祖父さん達と話してるわ。さあどうぞ上がって。」


私とエスはエスの妻の言葉に玄関の敷居を跨いだ。


私はエスと共に居間へと向かった。
居間へ入るとエスの家族とエスの妻の曽祖父夫妻が向き合っていた。
エスの家族の後ろには弟の恋人とその家族の姿も見える、その中には幼いイゼイラ人の子供の姿もある。
エスの父とエスの妻の曾祖父は互いにペコペコとお辞儀を繰り返していた。
まさしくお辞儀合戦の様相を呈している。
その後方では曾祖母とエスの家族と件のイゼイラ人フリュとその家族が苦笑していた。


「本当に素晴らしい息子さんを跡取りとして迎えさせて頂きまして…。」

「イエイエこちらこそ素晴らしいフリュに息子の配偶者になって頂いて…。」


その姿を見てムウという超常現象を追う自然科学雑誌に書かれたニホン人とイゼイラ人は同一の起源の種族という説を思い出した。
確かに同じ起源を持つとしか思えないとひどく納得した。
なおイゼイラではこの説を実際に信奉する人々が一定数存在する、やはり自分達の同胞が発達過程文明を築き上げたと信じたいのだろう。


「二人共いい加減にしたらどうだい…?」


疲れたようなエスの一声ででお辞儀合戦は終わりを迎えた。

28: 635 :2020/04/09(木) 07:22:04 HOST:119-171-231-231.rev.home.ne.jp

夕食を食べ日も傾き山へと沈みつつある夕暮れにイゼイラの大人たちは縁側に座り切り分けた瑞々しく赤い西瓜を頬張り目を白黒させ、
子供たちはイゼイラには存在しない花火と呼ばれる美しい火花を出す手持ちの火薬入り玩具に目を輝かせていた。
その姿を私やエスは微笑ましく見守っていた。
発達過程文明に触れるというのがどれ程イゼイラ人にとって大切な事か知っているからだ。
そして今回の彼らの旅の目的もその発達過程文明の中にこそ存在する。

かつての大崩壊の経験から我々は目にするもの知識として知るものしか信じないある種の唯物論者となった。
そしてニホンでいう所の神という超常存在を否定した我々は死後の安寧の地すなわち天国を否定したのだろう。
故にイゼイラ人はトーラルに触れた後、科学知識を得ると生きる者の精神は死ぬと並行宇宙の自分と同化すると考えた。
良き因果を送れば良き因果、良き世界の自分と同化しこの世界の自分が自分として留まる場所はどこにも存在しない。
それ以上の事を想像出来なかったからだ。
私はそれを否定するつもりはない、その考えこそが我々を種族的絶滅の危機から救った側面もあるからだ。

だがそれは死にゆく者と残される者にとってあまりにも悲しすぎることでもある。
只々この世界を去る家族を、残す家族を悲しむしか出来ないというのは家族を愛するイゼイラ人にとって非常に辛いことだ。
残された者は死んだ家族が良き因果に去る者は残された者が良き因果にと思うしかない。
死んだ後を願う相手もすべきこともなく死んだ者も残された者も等しく出来ることなどはない。

だがカンザキ島の存在はそんな我々に希望を齎した。
ニホンの文化の中の架空としてしか存在しないとされた"魂"が存在する可能性が出てきたからだ。
そしてそれは死んだ者の精神が魂或いは妖精という状態で存在し、家族の近くにあるいは死後の世界にいることも示唆した。
実際に妖精となって家族の元に帰ってきた者もいる以上、それは我々イゼイラ人にとって真実となった。
死にゆく家族を送るために残された者も出来ることがある、残された家族を死にゆく者が見守ることが出来る。
それがどれだけ家族を失ったイゼイラ人の、家族を残して逝くイゼイラ人の救いとなったか。
或いは彼らは妖精という存在に家族がなると期待しているのかもしれない。

そして今回、エスの家族とエスの弟の恋人家族がカンザキ島へと来たのもそれが理由だ。
神の内、数え七歳を迎える前に幼く死んだ者を慰め、正しく来世或いは幽世、夜海へと送る人形神社。
死んだ者と生きている者が慣習上であるが配偶予定者から正式な配偶者へとなる幽婚と呼ばれるミイアールを行い祖霊に昇華させる鎮守神社。

この話をエスが家族達にすると大変驚き、喜んだそうだ。
エスの両親はエスの弟達に自分達がしてあげられることがあることに涙を流し、
エスの上の弟の恋人は生きている間は結ばれなかったが死んでも結ばれるという因果に感謝したそうである。


そんなことを思い出しているとエスがいくつもの乾燥させた木材を持ってきた。
迎え火だろう。


「なんだろう。あれ?」

「石焼イモでも焼くのかな?」

「あの有名なシバフ芋?」


不思議そうな顔をした子供たちの疑問に私は吹き出しそうになった。
イゼイラ人の大人も子供たちに似たような表情だった。
ああそうかこの子達はヤルマルティアの文化をそこまで知らないのかと納得した。
しかし石焼イモやしばふ芋は知っているのか…。


「あれは迎え火と呼ばれる儀式だよ。」

「ムカエビ…。」

「そう、今のお盆の時期は我々ティエルクマスカが観測できない別宇宙の一種と推測される『異界』、その異界の一種、幽世や夜海とこの宇宙、現世との間が薄くなる時期だ。」

「……。」

「そこには死者が精神のみの状態でいてお盆の時期に薄くなった異界との境を越えてこの宇宙の家族の元へ帰ってくるのだよ。」

「そしてあの迎え火は死者が家族の元へ帰る目印なのさ。」


そんな話をしていると曽祖父が神棚の燈明より新聞紙のこよりに火を移し火種として持ってきた。
あの火は神崎八幡浅間神社の忌火だろう。
曽祖父はエスが組んだ木材に火を付けた。
しばらくすると火がパチパチと音を立てて燃え上がる。
ヒグラシが鳴く夕焼けに燃える迎え火に見入るイゼイラの子供たち、その瞳にカンザキ島はどのように映っているのだろうか。

29: 635 :2020/04/09(木) 07:23:23 HOST:119-171-231-231.rev.home.ne.jp

陽も落ちた夜、風呂を出てさっぱりした私は縁側で夜風に吹かれていた。
子供たちが泊まる部屋からはしゃいだ声が聞こえる。初めて体験する蚊帳や睡眠ポッドではない畳の上の布団に興奮しているのだろう。
その中にもう何年も前から聞くことなど出来なくなっていた筈の聞き覚えのある幼い男子の声が混じっていた。
そこへエスがビールとコップを持ってやって来た。


「夕涼みかい?」

「まあそんなところだね。」

「そうか、それじゃあ一杯どうだい?あいつの結婚の祝いも兼ねて。」


そう言ってエスは三つのコップにビールを注ぐ。
彼も帰ってきてエスの直ぐ側にいるのだろう。
異界のものを口にするとその世界の者に近づくというが私よりカンザキ島に長く住むエスにはその姿が見えているのだろうか。

私はエスが入れたビールをクイっと飲んだ。
熱い感触が喉を通り過ぎる。
勿論ナノマシンが切ってある、こんな時にそんな無粋な真似はしない。
私もエスも馬鹿なことや思い出話に花を咲かせつつビールを飲み続けた。

その後数時間に渡り飲み続け段々と意識が朦朧としてきたのは頭の隅で理解していた。
だがナノマシンを切っているので止められず、止まりはしない。
そしてそんな私とエスを見て誰かが笑っているようだがその顔はアルコールによる酔いのせいか視界が歪んで分からない。
しかし声で彼だと分かる。

今度の婚儀で彼もこの島では成人として扱われる。
出来れば私もにこの目で羽織袴の彼と白無垢のフリュの姿をこの目で見たいものであるがさてはて。
酔った頭でそんなことを考えながら私の意識は闇へと落ちていった。



翌日エスと私は呆れた顔をしたエスの妻に薬をもらうまで酷い二日酔いに悩まされたのは言うまでもない。
なお体内のナノマシンの存在は忘れ去っていた、これもカンザキ島に長く居るせいか

30: 635 :2020/04/09(木) 07:24:40 HOST:119-171-231-231.rev.home.ne.jp
以上になります。転載はご自由にどうぞ。

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最終更新:2020年04月09日 14:54