645: 弥次郎 :2020/05/31(日) 14:42:50 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
憂鬱SRW IF マブラヴ世界編SS「Zone Of Twilight」短編集10
Part.21 シェリル・ショック
ヴァレリオ・ジアコーザは凄まじく憂鬱な朝を迎えていた。
昨夜の熱狂が収まった後に突き付けられたのは、今日もまた仕事をこなさなければならないという現実。
シェリルの巻き起こした嵐の後は、憂鬱なる、そして色の乏しい憂鬱な現実が待ち受けていたのだ。
「起き抜けから最悪だぜ……」
呟いた声は、昨日の夜に叫びまくった結果なのか、ガラガラした声で酷いものだ。あとでうがいをしよう。
それでも身体はしっかりと規律正しく動いてくれたのは僥倖だ、これで寝坊などしたら、自分としても情けないしシェリルにも申し訳ない。
シェリルは昨夜、BETAと戦う最前線の自分達の激励をし、慰問をしてくれたのだ。そんな後だというのに醜態をさらしては漢が廃るというもの。
そんなわけで、彼は一度気合を入れ直し、軍服をきちんと着込み、意気揚々と宿舎を出た。
宿舎を出るまでは良かったのだ。少なくとも彼個人は、きちんと仕事に励む気になっていた。
「なんじゃこりゃ……」
そんな彼が食堂で見たのは、完全に燃え尽きている衛士やスタッフの姿であった。意気揚々と現れたヴァレリオとは真逆に、全く力が入っておらず、ぐったりと突っ伏していたり、宙を茫然と眺めていたりしているだけであった。例えるならば、真っ白に燃え尽きてしまったボクサーのようでさえあった。あるいは生気の抜けた顔というものを現実にしたらこうなるだろうという、そんな顔だ。
ヴァレリオは知りえないが、嘗てウロボロス・フロンティア世界においてはミンメイ・アタックというものが行われた。
これは、SDF-1マクロスがゼントラーディ旗艦艦隊との総決戦時に人気アイドルのリン・ミンメイの歌を全回線で流しながら戦闘を行い、文化を知らないゼントラーディの混乱を誘発してボドルザー艦隊を動揺させ、その間隙をついて見事勝利をおさめた戦いに由来する。
男は男、女は女と分けられ、戦うことばかりしか知らなかったゼントラーディにとって、愛や恋愛、あるいはそれを題材にした歌というのは存在せず、途轍もない衝撃を与え、まともに戦うことさえままならなくなるほどの混乱を起こしてしまった。文化ショックの最大の活用と言えるかもしれない。
さて、翻ってβ世界の衛士たちは、人々はどうであろうか?
月面戦争から続くBETAとの総力戦、絶望的なまでの物量戦に押されてユーラシア大陸を失陥し、人工をすり減らし続けてもなお戦う状況。
戦いの終わりは見えずとも、人類の終焉という結末はちらりとよぎってしまうほどに追い詰められ、絶望的な消耗戦を強いられる。
教育課程はもはや衛士や兵士の育成を最優先としており、経済活動もそれに準ずる形であり、さらには、指向性たんぱくによる思考統制さえ秘密裏に行われている。
646: 弥次郎 :2020/05/31(日) 14:43:50 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
つまるところ、それはあたかもゼントラーディのようであったのだ。
しかして、彼らは生まれながらに戦うことを前提としていない。生まれた時代の差異こそあれども、β世界の人々は霊長類のホモ・サピエンスであり、融合惑星の他の世界の人々と何一つ変わらない。
忘れさせたり意識の外側に追いやっているといっても、それはあくまでも表装を覆い、欲望として現れるのを抑制しているに過ぎない。
その科学のマスキングの下には、紛れもない人としての模倣因子(ミーム)があり、遺伝因子(ジーン)があり、意思(センス)が存在している。
人間は機械(プログラム)たりえない。それは、ほかならぬ人の意思が、命がそうあれかしと叫んでいる故に。
そして、シェリル・ノームのユーコン基地での慰問ライヴは、はなっぱなからそれを強引にたたき起こすものとなったのだ。
故にこそ、マクロス・クォーターという衝撃を加味したとしても、β世界の人々に衝撃を与え、ここまで動かしてしまった。
彼らも、一夜で興奮は冷めると思っていた。だが、衝撃は、残響は、未だに心の中に、身体の中に響き続けていてやまない。
寧ろ、時間を経てより燃え上がってしまっているといっても過言ではないだろう。ヴァレリオのように自制できる方が稀であった。
「お、おい、しっかりしろ!」
「あ、あ?あー……」
手近な衛士の傍によって声をかけるが、反応は鈍い。
叩いても、声をかけても、茫然としたままだ。
「おいおい、こんなので今日から大丈夫なのかよ…」
それに、とヴァレリオはPXなどに張られていたシェリルのポスターの内容を思い出していた。
ライヴは毎日あるわけではないが、一定間隔で開催されることになっている。趣向や演出を変えながら行うとのことだが、つまりそれは、今目の前にある惨状---惨状というか現状というか、兎も角そういうものがまた生まれてしまうことに他ならない。
仮にもここは国連の軍事基地だ。高々アイドルの歌一つでここまで無力になっていてどうするのかと、そう思ってしまう。
「……はぁ」
まあ、文化が廃れたこの世界の人々に、銀河を救う歌姫の歌はオーバーキルだったかもしれない。
そんなユーコン基地は、シェリルの歌で盛り上がり、半ば燃え尽きてしまった人たちのフォローから始まることになってしまったのであった。
647: 弥次郎 :2020/05/31(日) 14:44:32 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
Part.22 昼間のシンデレラ・ソング
「で、急に出る必要になったわけよ…」
「そりゃあ災難だな」
ユーコン基地の一角に停泊するマクロス・クォーターの飛行甲板上、フォールド・アンプを装備したYF-29デュランダルが姿を現す。
エレベーターで甲板上に現れ、カタパルトに固定されたデュランダルのコクピットは複座に換装されており、パイロットのアルト、そして、昨夜マクロス・クォーターというステージでユーコン基地の人員たちを魅了したシェリルの姿があった。
「いくら私が魅了的だからって、そこまで魅了されてどうするのよ……」
銀河を救えるくらい魅力的なんだよ、というツッコミをアルトは自分でも驚くほどの自制心で飲み込んだ。
実際、シェリルとランカの二人がいなければギャラクシー船団の野望を阻止することは叶わなかっただろう。
斯くいうアルトも、このYF-29デュランダルを活かしきって戦い、バジュラと分かり合う一助となった、所謂ヒーローなのであるがここでは割愛。
着々と発艦準備が整い始め、デュランダルのコンディションを確認するアルトの後ろで、シェリルは手にしたマイクとドレスに配されたセットを調整する。
ユーコン基地が半ば機能不全を起こしてしまっている状況というのは、連合側も統合政府側---つまりSMSも把握していた。
その状況とその原因についても、すぐに察することが出来た。ことさら、SMSに属するピクシー小隊は。
「まるでミンメイ・アタックを受けたみたいだ、か…」
歴史をたどれば一度は触れる、一番最初のマクロスであるSDF-1マクロスの戦い。
ゼントラーディの艦隊をかく乱するために、アイドルのミンメイがその歌を以て戦士たちを鼓舞し、文化攻撃を放った。
その結果は今日の歴史が示している。圧倒的多数のゼントラーディ艦隊は、たった一人の歌姫の歌に負けたといっても過言ではない。
では、そのショックで麻痺しているユーコン基地を再度息を吹き返させるには何が一番効果的で、尚且つ手っ取り早いだろうか?
言うまでもなく、同じ歌を聞かせ、叩いて起こしてやるしかない。
「人気だな、お前」
「当り前よ。私はシェリル・ノームなんだから」
昨日の今日だというのに、シェリルに疲れは微塵も見られず、陰りもない。ただ、いつものような自信と矜持があった。
「じゃあ、アルト。あたしの歌を間近で聞けて、おまけに流せる名誉をあげるわ」
「へいへい……じゃあ、舌噛むなよ!」
『スカル4、発艦準備よし。何時でもどうぞ』
「了解!」
STANDBYの表示がコンソールに表示され、準備完了。アルトは一気にスロットを解放する。
そして、歌姫を載せた宇宙最強のラブレターはアラスカの空へと飛び立った。
それから1時間ほどの緊急ライヴにより、ユーコン基地は見事復活を遂げたことを、ここに記しておこう。
648: 弥次郎 :2020/05/31(日) 14:52:40 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
以上、wiki転載はご自由に。
ほぼマクロス組のお話でした。
次からはDIEジェストか…あるいはサンダークさん関係ですかねぇ
最終更新:2020年06月03日 15:13