462: 時風@PC :2020/06/06(土) 09:43:06 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
陸SEED ネタ支援SS  Zの咆哮 ────閑話──── 「戦いの合間に」

作者:時風


「……なぁレイチェル、なんでそんな姿勢でこっちを見てるんだ?」
「アキトがどういう機体の調整をしてるのかな、って思ったから」

────俺のいるコックピットを上から覗き込むように見てくるレイチェルがそう言うのを聞きながら、一度だけ息を整えて、調整を再開。
いくつかの計器を見ながら数値を調整して、ズレている部分を自身に合うように最適化するという作業。
単純で味気ないもののはずなのに、なぜかレイチェルはその作業を見に来ているのだ。
……自分が、機体の調整に関しては人一倍細かくやっている方だという自覚はある。
現に、福田や水希たちが早々に終わらせている中で俺だけが数値調整を続けているのだから事実その通りだ。
ア・バオア・クーにいた頃も、少しでも気に入らなかったり物足りない箇所があったらしょっちゅう調整していたから、これもその名残と言うべきか。
とはいえ……ハイザックとZでは、機体に対する信頼や自身の反応に対する満足度は正に雲泥の差といっても良いもの。
ハイザックに乗っていた頃は機体をとにかく速く反応させることに重点を置いていたが、Zに乗る今はこちらの反応に対応させること、動かすパターンをより細分化していくことに重点を置いている傾向にある。
より速く反応できるようになったから、今度はその反応を落とさぬまま機動を洗練させようと試みているわけだ。
それにしても────

「えっと…姿勢制御、アクチュエータ良し、スラスターとバーニアの数値を最適化…関節部の入力反応はもう少し速くするか?バイオセンサーとの組み合わせも考慮して……」

無重力の中、逆さ吊りのような姿勢でまじまじとこっちを見てくるレイチェルをちらりと伺いながら、入力を続ける。
…本当に、なんでこんなことをやってる姿を見に来ているのだろうかと思ってしまう。
なんとなく、好かれているのは分かるのだ。慕われているというか、歳の近い兄のように思われているような感じであるけど、どこか違う。
赤の他人よりは距離が近くて、けど別の方向から見ると少し遠いような関係と言えばいいのか?と首をひねりながら考える。
……ひょっとしたら、ヤマアラシのジレンマみたいなものかもしれない。
原作を見るに、NT同士の距離は時々近くなりすぎることがあるというか、それのせいで色々と拗らせる人もいるのだ。具体的には原作のシャアとかハマーンとかシャアとかシャアとかハマーンとか。二人だけ?気のせいだろう。けど、よく考えたら原作でもあと何人かはここに入る気がするな。
なんてことを考えながらキーと計器を操作する。静かな音だけが響いていく。整備の音はどことなく心地よく、集中を高めてくれる。
戦闘直前とはまた違う静けさの中で、俺は淡々と、もしかしたら自分の生死を左右するかもしれない部分を調整していく。
……生きるか死ぬかは、こういう見えない部分でも決まると、そう知っているから。
淡々と、やり続けて。

「よし、バイオセンサーの調整終わり!数値、OSの動作パターン調整完了っと……!」

全部、調整し終える。これでもっと鋭く、同時に滑らかな機動ができる筈だ。やりきったことへの達成感と緊張感から解放された身体が一気に固さを訴える。背や腕を伸ばし、ほぐれた感覚に身を任せて、息を吐く。

「ん。終わったぞ……?」
まだいるだろうレイチェルに声をかけて、反応がないことに気づく。
いなくなった?いや、感覚はある。
シートから腰を上げて、コックピットから少し上を見上げてみて、分かった。

「あー……」

寝ている。穏やかに寝息をたてながら、彼女の目が閉じていた。無重力の中、まるで胎児のように丸まっている。
……こうして彼女を見ると、やはりあどけなさが大きいように思う。どこまでも強い意志があっても、やはりまだ十九の子供なのだと。初代ガンダムに乗っていたことろアムロは十五~十六歳。三つは年上。だが、逆を言えば三つしか違わないのだ。
綺麗で、可愛くて。けど強さもある彼女でも、まだ。
そんな彼女の寝顔を、俺は見ているのだ。

463: 時風@PC :2020/06/06(土) 09:43:58 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
「…………どうしようか」

起こすことは決まっている。が、どうやって起こすかが問題だ。穏やかに寝ているのだから、声を掛けて起こすのはおそらく論外…な筈だ。いきなり声をかけられて起こされるのは、存外に不愉快なものでもある。
肩を揺らす?いやいや、それも論外。いきなり俺の顔が目の前に見えてたら驚くに決まっている。下手をしたらセクハラだ。けどこの場合、どこからがセクハラなのかも問題だろう。最悪どこかを…頬をつつくだけでも認定されかねない。
……眉間を抑えながら、どうやって起こすかを思案する。
起こさなければいいなんて考えはなし。そんなことをしたら、それこそ彼女は不機嫌になるだらう。直感だけど、そう思う。
よくて数分、下手をしたら数時間も彼女から不機嫌な思念を当てられたらどれだけ気が滅入るのか分かったものではないし、そもそもレイチェルからそんな思念が送られてくるだけでダメージが入るだろう。多分。
そして。

「ええい、ままよ……!」

呻くようにそう言って、起こすことにする。とりあえず手を伸ばす。
……肩が頬かは、もうその時の判断で決めることにした。
ゆっくり、音を出さないように手を伸ばす。自分が柄にもなく緊張しているのが分かる。原作で言えばネオ・ジオンの軍服に身を包んでいるレイチェルにパイロットスーツ姿の自分が手を伸ばすという構図だからだろうか?
そんなことをふと考えて。

「……ん……ぅ」
「!!」

反射的に手を引っ込める。全身が一瞬熱くなって、冷める。まどろむように動いた彼女の頬に、触れてしまったから。
彼女の瞼が一瞬動いて、目が開く。

「……どうしたの?」
「ああ、えっと……」

言葉が詰まる。目をそらす。
寝ぼけ眼のまま、彼女の首がこてんと傾く。
少しの時間の後、にへらとレイチェルが笑って。

「はい」
手を出してくる。右手。まだ、寝ぼけているのだろうか。
急かすように、ん!と言いながら更に右手を伸ばしてくる。少しだけ、頬が膨れている。

「OK、行くよ」

観念したように言って、手を重ねる。レイテェルが引っ張って、無重力に身をまかせる。
瞬間。

「?!」

抱きつかれた。背中に腕を回されて、水の中にいるかのように互いの位置が変わり変わっていく。
なぜ、という困惑が先に来て、身体が固まる。視線の先にいる彼女がまた笑って大きく視界が回る。抱きついてくる力が、少し強くなる。
これは、流石に予想外だった……。
────温かいね。
思念が伝わって、強張っていた体の力が抜けていく。
────うん。やっぱりアキトは温かい。
人の温もりが伝わってくるのを感じた後に、彼女の身体が密着状態から離れていく。繋がった右手はそのままに、また一回、コーヒーカップのように位置が回転する。

「ん!これで大丈夫!」

彼女が笑って、手が離れる。ありがとうねと言いながらハンガーの出口に向かっていくのをぼうっと見て、一瞬せっつかれるように思念が来た。すぐ行くと生返事気味な思念で伝え、彼女が嬉しそうな感覚を発しながら食堂に向かうのを確認してから、周りを見る。

「……なんだよ」

微笑ましいものを見るような人、こっちと視線を合わせた瞬間慌てて逸らす者。ニヤニヤしながらこっちを見てサムズアップをしてくる者。タッチパネルをなにか恨みがあるかのごとく連打してる奴など、色んな人がいる。
特に気になったのは手に持っていたカメラを背中で隠してる奴だ。お前はそれで何を撮ったんだと無性に言いたくなるのはなぜだろうか?
……やっぱり、ウチ(ニカーヤ)には夢幻会の愉快な人達みたいなのが多い気がする。
考えてもしょうがないことだけど、ため息をつくくらいは許されるだろうし、小さく息を吐くことにした。浮いているうちに近くなって来た壁を蹴り、ハンガーの出口に向かう。

「なぁ、写真しっかり撮れたか?」
「勿論。うちのトップエースとレイチェルちゃんが手を伸ばしあってる構図を!満面の笑顔付きさ!」
「良心的な範囲なら言い値で買う。現像頼んだ」
「抱き合ってるほうは?」
「あれはレイチェルちゃんが寝ぼけてただけだし、笹原少尉にとってはアクシデントだからノーカウントだ、良いな?」
「了解、後で消しておきます」
「とりあえず誰かブラックコーヒー持ってきてくれ…!」
「無言で通じ合うって響き、甘くて良いわよねぇ」
「あの、香織曹長。明人君に聞こえたらどうするんですか!?」
「リア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろ……!」
「そんな何度も言ってたらバレるぞ」

……なんかひそひそ声で色んなことを……一部怨念混じりで……喋っているのをドアが閉まる前に聞いた気がするが、まぁ、問題はないだろう、うん。
そう思いながら、食堂に入って。

464: 時風@PC :2020/06/06(土) 09:44:46 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp

「あ!」

レイテェルが小さく声を上げて、手を振ってくる。どうやら本当に寝ぼけは終わったらしい。
右手を少し振って、それに応える。同じ机には水希に福田、近藤大尉。
とりあえず適当な食事をトレーに乗せて、席に着く。

「よっ、機体調整お疲れさん。随分時間かけたな?」
「まぁ、な。Zはデリケートな機体だから」
「箱入りのお嬢サマってやつか」
「そんな所」

肩をすくめながら、福田の言葉に少し答える。まぁ、整備云々に関して言うならそこまで問題はないということだ。
……Zは、兵器として見るならまだ繊細の域にある機体だ。というのが、おやっさんの評であった。
それに--------

「『触れただけで壊れるような芸術品じゃないならいくらでもやりようはある』ってのがおやっさんの言葉だからな」
「あの人本当にスゲェからなぁ、Zが来たときなんか歳なのにはしゃいでやがったぜ。『こんな整備のしがいがあるMSが来てくれるなんて最高だ!!』って」
「ああ、言ってた言ってた」

同意するように皆が笑って、話がおやっさん…ニカーヤの整備を一手に指揮する人の話に切り替わってくる。
Zやドーベン・ウルフ、ドライセンといった様々な俺たちが機体を不調なく、むしろ最高の調子で振り回すことができるように整備してくれる凄腕のメカニックである初老の男性…我らが整備班長についての話だ。

「おやっさんの整備は凄いなんてもんじゃないからなぁ。こっちに来る前と後じゃガ・ゾウムの動きがまるで別物に変わってさ。もう足向けて寝れねぇよ、ホント」
「関節の損耗具合やデータからドライセンの適切な運用に関してもアドバイスをくれるからな。運用テストのデータ収集を考えると、とてもタメになるし助かってる」
「班長さんがドーベン・ウルフを整備し始めてから、あの子も凄い生き生きしてるの。MSのことをとても大事に思ってる人よ。分かるもの」

初老で結婚済み、可愛い娘と息子がいるという我らがおやっさんは、艦内でも慕われている。
『メカニックは絶対に怒らせるな』はパイロットにとっての常識だけど、俺たちからすればおやっさんを本気で怒らせる奴がいるのかどうかというのも知りたいものであった。
なにせ──────。

「明人が着艦ミスした時もおっしゃZガンダムの初整備だ行くぞー!!で怒る気配なかったよなー」
「…………」
……まぁ、そういうことである。というかそれは言わないで欲しかった。
「そういうことがあったの?」
「まぁ、うん。もう慣れた……」

言って、笑う。多分苦笑い。
……このネタでからかわれることも段々と慣れてきた自分がいるというのも、なんとも言えない気分になって来るけれど。
きょとんとしたレイチェルが瞬きをしながら俺を見て、笑って。

「そういうの、あんまり気にしない方が良いと思うな。だって、ミスしたくてミスする訳じゃないもの」

多分、直感で察したのだろう彼女の言葉が、妙に胸に刺さる感覚がして、重苦しく頷く。
……こうやって黒歴史というものが拡散されていくのかと心の片隅で思って。

「ははは……」

この話題に関しては、もう気にするだけ無駄なのだということを思い知らされたのだ。
……自分ではもうどうしようもない。という意味でだが。

465: 時風@PC :2020/06/06(土) 09:47:46 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp

「うーむ……」

食事後。専用に充てがわれた士官室で書類を広げながら、近藤は一人唸っていた。
娘からの進言で剃るようになったあご髭を左の手で軽く撫でるように触りながら、何枚かの書類を代わる代わるに眺めては息を吐くを繰り返す。
新型のMS────次期主力機体と目されているドライセンと、ドーベン・ウルフなどの運用方法に関する報告書類だった。
特務艦隊は部隊としての特性上多くの試作機を任されることが多い────勿論、腕が良いという理由のためだ。現に第一特務艦隊はバイアラン、第三特務艦隊はジオングの兵装試験型を運用している────ためか、こういった機体性能やそれに合致するような運用方法の洗い出しを求められていることがままあるのだ。

「ドライセンの運用法自体はマラサイの延長線上でもある程度は問題なし。ただし敵の核動力機パイロットの腕によっては互角ないし劣勢になることもあるため味方機との連携は常に留意すること、また運動性及び装甲面にはまだ改善の余地あり、と……」

……テストパイロットが機体性能を調べるのなら、自分達は機体の運用法を探っている、といっても良いのだろうな。
そんな風に考えながら、近藤は自分の乗るドライセンの要点を纏めて書類に記していく。
次はドーベン・ウルフだ。と考えて。

「まぁ皆癖が強いというかなんというか……」

所属しているパイロット達の姿が脳裏によぎる。
福田に坂川、高木、レイチェル。そして──────笹原。
癖が強いといえば良いのか、特徴的といえば良いのか困るが……頼れる仲間達だと思う。
ムードメーカーだったり、人をからかうのが好きだったり、真面目だったり、優しかったり、常識人なのにぶっ飛んでいて、来てすぐに我らがトップエースに躍り出た驚異の新人だったり。
そういう部下達を纏め、生き残らせるのが自分の仕事の一つなのだからとまた一つ気合を入れ、書類作業を再開して────。

「よし、これで終わりだな」

最後の書類を纏め終える。
疲れの入った目を指で解し、肩を回す。
MS部隊の隊長……大尉というのも楽ではない。
指揮、前線での戦闘、書類作業など…中尉よりもより軍という組織に組み込まれた作業の多くを携わることになるのが、大尉から先の階級を持つ者たちの定めといっても良い。
……自分もいつかは佐官用の教育を受けることになるのだろうか?
思考が少し飛ぶように、あるかもしれないことを考えて。

「MS乗れなくなって、前線から離れるのが先だわなぁ……」

そうなるとしたら、自分はMSには乗っていないだろう未来が一番可能性の高いものだと軽く嘆息する。
もちろん近藤は戦闘狂ではない。が、佐官という地位がおそらく自分の性に合わないだろうことは、なんとなく思っていた。
出世は男の本懐。
が……焦るものではないというのが、個人としての感情だった。階級が上がりすぎたら娘や妻と共にいれる時間も減るだろうという予想も、これ以上の昇進を彼が今の段階では望まない理由の一つでもあって……

「…………」

伏せられた写真立てを見る。
……割れたり、倒れたりしないようにと考えてそのままにしていた、家族の写真。
妻と、娘と、自身の写真だ。
伏せてあったそれを、立てる。
もうすぐ十五になる娘の肩を抱いて、近くに寄せながら笑う自分と、それを見ながら穏やかに笑う妻。快晴で、どこまでも澄んだ空の下で撮った思い出の写真だった。

「……」

戦争が始まった時、自分は宇宙(ソラ)にいた。
始まるだろうとされていた戦争が本当に始まって、言いようのない緊張が走ったのを、今でも覚えている。状況を飲み込むのが遅かった新米の狼狽ぶりや、ベテラン達の顔を見合わせた姿も、なにもかも。
けど、自分以上に……妻と娘は怖かったに違いない。
人が死ぬ。
自分の親しい人が、愛する人が。
戦いが一段落し、連絡を取ることができた時の彼女の声色は、まだ自分が生きているということを知ることができた安堵で埋め尽くされていたのだ。

466: 時風@PC :2020/06/06(土) 09:49:47 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
「……」

少し口角を緩めて、写真を伏せる。
割れたり、倒れたりしないように。
ゲンを担ぐわけではないが……戦時中の世には「これをやったら死ぬ」というジンクスが多くある。
若干、都市伝説に近いものが多いから近藤はそれをあまり信じてはいないが…そのジンクスに当てはまらないようにしようかと考える程度には知っているものだった。
──────写真立てが割れたら、その持ち主が死ぬ。
……馬鹿げたジンクス。
そう思いながら自分も軽く恐れているのだから世話がないと、近藤は軽く笑って。

「……さ、そろそろシミュレーター訓練の時間だな」

席を立つ。ちらりと、伏せた写真立てを一瞥した後に部屋を出る。
近藤を横を通りすがった艦内スタッフが敬礼をしてくる。敬礼を返して、ルームに向かう。
一人の人間から、兵士へと。スイッチが入る。
……今日の訓練は、少し厳しいものにしてみようか。
部下の練度を軽く思い返し、重点的に揉んでやろうと思うパイロットを脳裏に浮かべて、笑う。
……部下が、仲間が強くなっていくのを体感することができるのが最近、近藤の楽しみでもあるのだから。

467: 時風@PC :2020/06/06(土) 09:51:57 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
●シミュレータ演習:パターンD-204
●演習概要:我が軍の戦力情報データを記録したデータディスクが敵軍の諜報員によって奪取された。諜報員は殺害したものの、そのデータを転送されたMSとその護衛任務に就くMSの計二機が逃走を続けている。
  直近のMS部隊はこれを追跡し、データを保有しているMSが回収部隊に辿り着く前に最優先で撃墜せよ。この演習中、データを奪取したMSを『Bチーム』、追跡部隊を『Aチーム』と呼称する。
※未確認であるが、護衛機の新型の高性能MSに搭乗しているのはエースである可能性が極めて高い。撃墜を考えず、足止めに徹することを推奨する。
●戦力及びMS:
追跡部隊…隊長 近藤英治 大尉:ドライセン(A-01)
                 副隊長 高木孝一 中尉:ガ・ゾウム(A-02)
                  福田真司 少尉:ガ・ゾウム(A-03)
                  以下五名略 計八機

        逃走部隊…護衛 笹原明人少尉:Zガンダム(B-01)
  データ保有機 レイチェル・ランサム少尉:ドーベン・ウルフ(B-02)
●勝利条件
追跡部隊:データ保有機、B-02の撃墜
逃走部隊:B-02の生存及び回収ラインの到達もしくはAチームの全機撃墜


「こ……のおおおおぉぉぉ!!!」

稲妻が、視界の横を奔り去っていく。
スラスター炎と青がぶれた直後、上に跳ねるMSに対して、AMBACで追従する。
────Zガンダムの機影を、福田は己の目と勘で、辛うじてモニターの正面に捉えることができていた。
ロックオンマーカーが上下左右、不規則に、そしてジグザグに跳ね回る機影を愚直に追いかけ、機械的な電子音が耳を打つ。機械だから、動きを先回りしようなんていう器用な真似はしない。
が、こっちまで手動にしたら機体操作が追いつかない。見失ってしまうのだ。
────早くしろこのポンコツ!!
コンマ一桁の時間が何秒にも感じられる瞬間、青の機影が視界から見て右へ、そしてすぐに左に跳ねる。
アラート。

「っっ!!?」
悪寒のまま機を右に飛ばしながら捻り、間髪を入れずに今度は逆方向へ機を強引に弾く。
Gが身体を左右に揺らし、圧力で視界が揺れ、息が止まる。桜色の光弾が一つ疾り、直前の位置を穿つ。
右に動いた瞬間に機を強引に弾かなければ、その瞬間に撃墜判定を喰らっていたに違いない。
冷や汗が流れる。息を吐く。喉が一気に乾いていく感覚。が、動きを止めることは福田には許されていない。

「……っらぁ!」

AMBAC。慣性を使って側転じみた機動を取りながら狙いをつける。マーカーが緑から赤にようやく変わる。
トリガーを二回引く。連射。
黄色の光弾が二発走るが。

「あたらねぇ……!」

躱される。撃つ前に動かれる。
三発、四発と撃ちながらも、それらはまるで当たる気配を見せていない。右に左に、稲妻のような鋭角機動で回避されていく。
瞬間。

「い-------?!」

距離が一気に詰められる。モニターに表示された数値が急激に変動し、機影が拡大する。V字のアンテナとツインアイ。青と白の機影。
--------なんて馬鹿げた推力してやがる!?シミュレーターとはいえアイツの身体大丈夫か?!
驚愕と、今は敵役になっている仲間への心配を抑えながら、半ば反射でトリガーを引く。
機影が搔き消え、光弾が空を切る--------。

468: 時風@PC :2020/06/06(土) 09:53:56 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
「上!?」

ほぼ真上を通り過ぎたそれに射撃を加えるが、Zガンダムは機を捻って回避、嘲笑うかのようにこちらの後ろを降下していく。
AMBACで向きを変えて追従。スラスターを吹かす。

《A-03!深追いはするな!》

────撃たれるぞ!!

「まずっ!」

言外に含まれた言葉を脳が理解する。スロットルを引く。ピッチバック。急減速からの急上昇。視界が黒に染まる。上から押しつぶすような力が来る。僅かに見える視界、桜色が下と、横を通る。

「がっっ────はぁ!」

万力から解放されたように、福田は強引に腹と首に溜まった二酸化炭素を吐き出しながら左に飛び、距離を詰めてくるZガンダムに射撃する。桜色と黄色が交差し、機体同士がすれ違う。
いくつかの黄色がZに殺到する。横、上、そして下。味方機のガ・ゾウムが追いついてきた。

「すいません、高木中尉。少しムキに……」
《良いからコイツを止めるぞ!各機囲い込め!!》

礼と謝罪を言い終わる前に高木中尉の、B-02のガ・ゾウムが加速していく。
正面モニターに映る映像。
それは、いくつもの光弾を掻い潜り、鋭角的な機動を取り続けるZと機動戦を繰り広げる仲間たちを映し出していて。

「……!!」

加速する。スラスターを吹かす。
機体を飛ばして、機動戦闘に介入する。
捻り、右脚を振りながらZが正面の味方に銃口を構える。
軽く左へ飛び、慣性のまま横合いに着く。

「当たれ!」

半ば念じるようにトリガーを引き、同時にフットペダルを蹴り抜く。強引に、弾かれるように福田のガ・ゾウムが上へ行く。
宙返り、一発を回避したZに再照準し二発目と三発目を撃つ。牽制。機体を捻って、頂点に達した瞬間に急降下。60度。桜色が飛ぶ。撃つ。躱され、躱す。

「ちぃ……!!」

左にスライドする瞬間にZが銃口を合わせてくる。
──────右に跳ぶか?!
一瞬の逡巡。判断に迷って。

《動くな!》

そこにフォローが来る。黄色。A-06の射撃がZの上方から襲いかかる。福田も撃つ。十字砲火。
Zが跳ぶ。ピッチバックでA-06のを躱し、流れるようにバク転から短噴射。
福田の視界から下に動いたZが掻き消え、桜色が昇る。
視線がビームを追って------右に跳ぼうとした06のガ・ゾウムのコックピットを貫くのを見る。
致命傷だ。

469: 時風@PC :2020/06/06(土) 09:54:52 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
「06!?」

叫ぶ。火花と、スラスターから即座に爆炎が起こり、飲み込まれた。
が、と、あ、という声を最後に、空電が耳に入る。

《A-06、戦死判定》
「く、そ!」

コンピュータの読み上げる無感情な声を聞きながら左に跳ぶ。敵は、笹原はこちらの悔恨を待ってはくれない。姿勢制御で正面に捉えた瞬間に、Zは既にこちらから見て右に跳んで行く。そのまま撃っても当たりはしない。予測射撃。見越し点を付けて撃つ。が。

「!」

外れる。姿勢を変えたZが瞬時に降下したから。
ピッチバックで銃口をZに向けたまま離れる。近接戦はあちらの十八番だ。
故に距離を取る。降下したZがロールを撃ち、上昇しながら向かって来る。
照準マーカーが重なる。射撃する。トリガー。黄色が疾る、青が右へ。

「……く」

さらに撃つ。今度は左。三発目、青が上に行き、四発目も左に躱した瞬間に視界から消え-------真横につかれる。
……後退機動に追いついてきた?!
驚愕はすぐ、戦慄に変わる。
既にこちらを向いていたZが突っ込んで来る。横腹を晒したままの福田に銃口を合わせて。
全身が総毛立つ。背筋が凍る。

「---------ああああ!!

叫ぶ。右の操縦桿を引き、左を押し出す。左ペダルも蹴り抜く。
ガ・ゾウムが応える。AMBACで時計回りに機体が捻られたまま、左脚部スラスターが火を噴く。旋回が加速する。スケートをするかのように視界が左から右へ流れ、Zが右に来る。

「……!!」

後退。両脚のスラスターで後ろに跳び、すぐ目の前をビームが通り過ぎる。

「ちぃ……」

カメラを向ける。まだ銃口は向けられているのが見える。予測位置。このままでは当たる……!

「このっ!」

背部ブースター全開。脚部も向ける。後進から前方へ一気に加速し、吹っ飛ぶ。シートから離される感覚が押し付けられる感覚への変化が首を固定し、声が出る。

「が……ぁ!」

スラスターを吹かしながらのAMBAC。強引な前進から慣性で側転に変わり、Gが逃げて行く。
暗くなった視界が開けて---------。

「………っ!?」

まだ、銃口がこちらを見ていることに気づく。
……読まれていた!?
何度目かの戦慄を受け入れるより前に降下機動を取る。下へ飛ぶように回り、死角に入る。
福田のモニターの足元。
その先に、Zの背中が見えた。特徴的なウイングバインダーとテールスラスター。その中心に狙いを定める。
レーダー。味方も同じく射撃準備に入っていることも、視界の隅に入れて。

「----------!!」

ロック。別方向から味方の援護射撃。自分の射撃を躱したとしても、別の射撃が動きの硬直を狙い撃つと思考し、トリガーを引く。が。

「な……!」
《まず……っ!》

躱される。右ステップ、捻り、バク転。流れるように三つの光弾を回避、背面を晒しながら、ZはA-08に銃口を向ける。直撃コース。

「A-08!」

叫ぶ。けど、無理だった。
桜色の矢が疾る。メインカメラ。体勢を崩したガ・ゾウムに二発目が襲い、コックピットに大穴を開ける。
爆発。

《A-08、戦死》
「……っ」

奥歯を削るような音がする。あと五機。目の前の撃墜王を止めるには、余りにも少ない数。
けど、止めねばならない。何故なら----------

《こちらA-01、B-02を捕捉した。撃墜する!》
「……!」

墜とすべき敵を、大尉が捉えたから。
流れが変わる感覚。後はこのまま抑えれば良い。
問題は……

「どうやって抑えるかだ……!」

470: 時風@PC :2020/06/06(土) 09:55:38 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
言いながら囲い込むように動いて、味方機と共に射撃を続ける。
たった一機に対しての集中攻撃を跳ねるように飛び、独楽のように回りながら回避していく敵を見据えながら動きを見る。
------さぁ、どう出る?
既に味方……レイチェルからの通信は入っているだろうから、包囲を抜けようと動くはずだと福田は考える。
抜けようと思えば、目の前のエースは簡単に包囲を抜けられるはずなのだ。
だから墜とすことは考えない。ただ、この場に釘付けにすることさえできれば---------そう、考えて。

「……!」
高木の横合いからの一撃を回避したZが姿を変える。一瞬にも満たない時間でヒトガタから別の、戦闘機を彷彿とさせる形状に変形し……。

「まず……っ」

射撃。ほぼ反射的に引いたトリガー。銃口から放たれ、自身の斜め後ろから襲い来るビームを、Zは変形の余波を利用したロールで回避してのけた後に加速していく。WR形態時の恐るべき推力が発揮され、距離が開いていく様をまざまざと見せつけられて

「A-02!奴が飛んでった方向!!」

主語が抜けていると福田は頭の隅で思ったが、そんなことを気にしていられるほど時間がない。言葉の意味を噛み砕いたのか、それとも自身も同じことを考えていたのか、通信映像に写る高木は機体のコンソールを操作しZの飛んで行った方向にある先を見て、叫んだ。

《各機急ぐぞ!!アイツは、Zは大尉が交戦しているエリアに向かっている!》

言うが早いか。その叫びを聞いた瞬間に福田を含めた五機のガ・ゾウムは変形、全機がほぼ同時にスラスターを全開にした。そうでもしなければ、ZガンダムのWR形態に追いつけないと誰もが分かっていたからだ。
……それでも間に合わないかもしれないと、福田はスロットルを握りしめ、機体に表示されている戦域データを横目で確認する。
Zガンダムの予測進路上にあるいくつもの点が暗礁地帯を示していることは、誰もが言わなくても分かることで。
次の交戦が起こるとしたらやはりそこなのだろうと、福田の兵士としての勘が片隅で働き、知らず残弾を確認する。
……そして。

《ここに……!》

通信特有のくぐもった声が福田の鼓膜に響く。目の前に暗礁地帯が見えてきた。
首を動かすより先に視線が動く。右、上、左に下と目を配らせた後に首を捻って視界を変える。
右、左、そして後ろ。僅かなスラスター炎をも見逃さないように。
自分を含めた五機のガ・ゾウムによる編隊飛行。全員が青いZを探して。
--------レーダー、音紋、熱源、そして目視。ありとあらゆる索敵よりも、一瞬だけ早く。

《捉えた》
「……!?」

声。回線に割り込んできた、エースの。それに反応する間も無く閃光が走り、福田の右横にいたガ・ゾウムを貫いて行く。火花が走り、機の体勢が崩れて行く様。
その一瞬後に。

「Z……!!」

宇宙を切るようにZ、いやウェイブライダーが一直線に駆けていく。圧倒的な速度でこちらの斜め上から下に、そして前方を抜けていく。誰も撃てる位置にいない、理想的な一撃離脱。そしてそのまま。

「っ来た!!」
《散開(ブレイク)しろ!!》

応答を返す時間も惜しいとばかりに五機が左右に散開し、正面から迫るビームを回避する。右に二機、左に三機と散り、左の一機が撃ち抜かれて爆炎を噴く。ヘッドオンから綺麗に軸線を合わせられた故の悲劇。そしてその中央をZが切り裂く形になる。福田は右で、もう一機は先の一撃離脱で撃ち据えられたガ・ゾウム----B-05だった。右足を撃ち抜かれ、黒煙も吹いている。
が、それを気にする時間もない。福田にとってはZがどう動くかの方が重要であったから。
モニターに映るZはあっという間に上昇し速度を高度に変換、そのままシャンデルとインメル・マンターン擬き、いや捻りこみで背後を取ってくる。狙いは--------!

「俺たちか!!」
《くそ……っ!!》

味方の悪態を聞き流し、悪寒を感じた一瞬後に機を右に旋回させてビームを躱す。もうZはこっちを捉えている。モニターでは既に真後ろだ。
アラート、アラート。警告音が鳴り続ける中で機を振っていく。
右、左、そして右。ロールを混ぜてフェイントをかけてからのスプリットS。
上下に機が交差する。真上にZがいて、一瞬後には遠くに。

471: 時風@PC :2020/06/06(土) 09:57:01 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
「野郎……!」

上昇、そのままインメル・マンターンに繋げてZを前に見る。黒煙を上げているB-05を狙っているのだ。そして速度ではこちらが不利。
なら--------!

「A-05!Zを引きつけられるか!?」
《無茶言うな!Zはこっちよりも運動性に推力だって…!しかも振り切れじゃなくて引きつけろだって!!?》

目を剥くかのように叫ぶA-05に福田が叫び返しながら彼は上昇機動を取りながらもつれ合うようにシザースをしている二機を眼下に収めて、もう一度回線に叫んだ。

「暗礁地帯の岩石で射線を切りながら飛ぶんだ!どうせあっちも岩石でジグザグ機動になる!」
《そうは言ったって……うお!?ビームが掠めた!》
「どうする!やるか?!やらないか!?」

時間にして数秒。05が小さく息を吐いて、吸って。

《ああ、クソ!これで落とされたらデブリーフィングで散々恨み言ブチまけてやる!》
「恨めば良いさ!」

よし来た!心の中で喝采を上げて、福田は機をロールさせながら最高の位置どりを取るべく視線を動かす。
シザースから旋回戦、またシザースと、岩石帯の内側を飛び回る二機。
ガ・ゾウムの黒、Zの青と白が混ざり合うように軌跡を描き、一瞬後に黒煙がそれを汚していく。
古式ゆかしい格闘戦。
それを福田は真上で睥睨し、気を見計らって。
--------今!!

「ッッッ-------」

スロットルを開けて、機を傾ける。百八十度。急降下。ロール。
------照準が合う。電子音が遠くからそれを伝える。
Z。ウェイブライダーの青と白の機影。トップエース。味方のガ・ゾウムを追う敵。
それを、捉えた。

「当たれェ……!!」

トリガー、トリガー、トリガー。
たった数秒の交差の間に、黄色の光弾が三つ放たれる。宇宙(ソラ)を疾る。
フェイクに一発、本命に二発。
動かなければ一発目で穿ち、躱したなら意識を逸らし、二発目と三発目で決め撃つエースの技。それが『青い稲妻』に襲いかかる。
が。

「!?」

機影がブレて、三つの光弾の間をすり抜けていく。必中のはずの射撃。それが、躱される。
魔法?いや、違う。
その業を、福田は脳裏の記憶から引き出し、叫んだ。
それは最も初歩的なもの。つまり---------

「横滑り……!?」

正確には、横滑りにロールを加えた独自のマニューバ。
フェイクを右ヨーで、本命の二発はそのまま軽く旋回し、右ロールを当てて機の姿勢を九十度回転させることで対応したそれが、彼の目と脳が横滑りと一瞬誤認した。
結果、両翼を穿つ筈だった二撃は虚しく宙を切り、福田のガ・ゾウムがZの後方を通過する。

「くそ……!」

Zは……!?
一瞬の交差故に、福田はZの姿を一瞬見失う。Gと速度。二つの要因が招いた結果に惑いながら全周点モニターに視線を巡らせて。
捉えた。
同時に。

「まず……っ!?」

戦慄のままに、福田は操縦桿を引く。急上昇。
地球の空なら雲を曳くだろう鋭さで機を持ち上げた瞬間に、衝撃。

「ぐ……!」

真後ろから襲ってきた桜色が機を掠めた一瞬を福田が確認できたのは、間違いなく幸運だった。予期せぬ衝撃で崩れた体勢を戻すのは、エースであっても至難の技であるからだ。
が、同時に-------福田はこのままでは自身がやられるという予感も一瞬のうちに感じ取っていて。

「……!!」

それを行うのも、また一瞬。
スロットルを引き、スラスターを強引に絞る。急減速、そして……変形。MAからMSへと変わるそれはTMSのみに許される、文字通りの特権。
だが、それの急な行使は紛れもなく代償付きで。

「---------か、はっッ」

-------視界が、黒く染まる。腹から上が押し潰されるように圧迫され、肺から空気が強引に吐き出された後にも吐き出されて、胃がかき回される。身体が折れるような重圧が襲いかかる。
馬鹿げたとしか言いようのないハイGが福田の身体と意識を蹂躙していき……それを、意志の力で無理矢理抑え込む。
首だけを執念で、前に向ける。

「……!!」

472: 時風@PC :2020/06/06(土) 09:58:37 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
僅かに晴れた視界。中心だけが色を取り戻し、それ以外は黒の中。けど、その中心には確かに、Zの後方を捉えていて。

「もっ、て…けぇ-------!!!」

視界に走る火花を見ながら、ミサイルを放つ。ポッドから放たれた数は五。白煙を吐きながら飛んでいく。誘導は期待できない。が、完全な真後ろなら或いは--------。
福田の期待に応えたのか、ミサイル達は理想的な機動でZを追尾していく。二発が左右の逃げ場を塞ぎ、一発は下を、そして二発はZの上を通り------その全てが、近接信管を起動させた。
閃光、爆発。ミサイルはものの見事に破片と炎を撒き散らし、消えて……。

「……!」

その爆炎に乗るように、Zが上昇していく。近接信管の作動する一瞬。その瞬間を見切って、上方にスライドすることで爆発から逃れたのだ。

「流石……!」

もはや見事と言うしかないゆえに、福田は素直に賞賛の言葉を小さく口にする。
そして。
Zの機首が、こちらを向く。宙返りの頂点でのクルビット。
終わり?いや違う。まだだ。
不敵に笑って。

「俺一人にここまで集中して良いのかい?」
《そういうことだ、エースさんよ!!》

気づいたのか、Zが加速してガ・ゾウムの下を抜けて加速していく。焦ったように見える動きの後に、黄色のビームが幾本も襲いかかる。ロールで躱していくZとそれに降り注ぐビームのシャワー。
別の視点から見たら、カーニバルとでも思うほどに襲いかかるそれを放っているのは、『ちょうど』戻ってきた仲間の高木中尉率いるガ・ゾウム二機だった。

「たく、遅すぎでは?」
《けど良いタイミングだったろ?》

いい笑顔をする高木に対して福田も笑い、MSに変形しながら岩石の陰に隠れるZを視認して。

《岩石帯に敵を追い込んだ。このまま足止めを続行するぞ!》
「了解!」

ペダルを踏む。スロットルを開けて、前に出る。岩石帯での戦闘で注意すべきは、視界が開けた瞬間。そこを不意打ちで狙うパイロットは多くいる。大きく岩石の横に回って、視界を取る。
そして。

「……!」
こちらに銃口を向けながら後退していくZの姿を見て、左に跳ぶ。桜色が擦過する感覚に冷や汗を感じながらの牽制射撃。
二発、三発。僚機も同じように撃つことで弾幕が形成される。
もちろん動きは止めない。止まれば死ぬのは戦場の原則だ。外れた射撃が岩に命中し、破片と爆発を生み、映像上の宇宙を照らす。
撃ち合い自体はこちらが優勢だ。現にZからの反撃は数発しか来ていない。が------。

「良く躱すし、良く動く!」

まるで後ろに目が付いているかのように岩石を躱していくのだ。それもビームを回避していく片手間に。

「だが……!!」

岩石を盾にしながら徐々に囲い込んでいく。
味方機と連携しての十字砲火。が、それでも青い稲妻はまだ墜ちないし、恐ろしいことに鋭く反撃を差し込んで来る。それを右に左に回避していきながら、少しずつ囲い込みを狭めていき--------。

《……今だ!》

三機のガ・ゾウムが、左右と上からのミサイルポッドから火を放つ。文字通りの全弾発射……総数にしておよそ五十八発。
それに気づいたのか、それとも見ずとも察していたのか。ZはWRに変形し、振り切るように加速して……ミサイルの直進性を意図した偏差射撃が、機体を捉えた。近接信管は確かにZを捕まえて、幾十もの炎の華を咲かせていく。巻き込まれるように、Zがそれを飲み込まれていく。咄嗟に変形したのか、シールドを構えていたのが福田には確かに見えていた。
が。

「流石に、あれは無理だろ……」

まだ轟々と咲き誇る炎の華を見ながら、福田は呆然と呟く。シールドがあったとしても、あの破片や衝撃、熱による暴力の嵐には耐えきれまいという確信。
しかし、飲み込まれたZの姿はまだ見えず、撃墜報告のアナウンスもない。
だが……仮に生きていたとしても、それはもはや死に体に違いないと、福田を含め誰もが思っていた。
その瞬間であった。

「……!」

煙の中から、何かが出てきた。Zが爆風に煽られて押し出されたのだろうと、頭の隅で検討をつけて、それに視線を向ける。誰もが。
そう、誰もが向いてしまったのだ。そのモノに。それは。

《Zの、シールド……!?》

誰かが呆然と言った、その瞬間。圧力(プレッシャー)が、福田を含めた全ての者に襲いかかった。

473: 時風@PC :2020/06/06(土) 09:59:41 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
「っっ!!?」

殺意、闘気、剣気。なんでもいいが、とにかく物理的ではない何かが福田たちに恐ろしいほどの悪寒を想起させる。
何かが来る。
なにか?---------決まっている。それは。

《05、離れろ!!》

Zだ。左手で煙を掻き分けるように現れ、突き進む。緑のツインアイを輝かせ、右手に光刃を持ちながら。その様は、まさに悪魔というべきもので。

《な、速……!?》
《A-05、戦死判定》

全てが、一瞬だった。

「な……」

青がその光刃を振り抜くのも、それに仲間が斬り裂かれたのも。一斬の元に斬り捨てられて、紫電を散らしながら光の華として消えていく様も。
全てに唖然とし、一瞬が引き伸ばされた時間の中で青い稲妻だけが動いていく。両断され、華と化したガ・ゾウムの爆炎を背景とし、跳躍するように上に跳んで。

「っっ!?各機散開しろ!!奴は-------!!」

--------奴の狙いは、機動戦だ!!
言うが早いか、それとも稲妻が疾る方が速かったのか。福田には分からぬままに、青い稲妻はその異名の通りに機を翻した。
上昇をAMBACで抑制し、バク宙の要領で姿勢を変え、ロールで味方を正面に捉えた後に突進する。

《くっっそ!!》

狙いをつけられた味方は全速後退、同時に迎撃、牽制射、本命の三射を放つが、その全てを躱される。一撃目を急降下で振り切り、二撃目を短上昇の後で左に躱して樽の淵をなぞるような降下のフェイント。釣られた三撃目は本命どころか牽制射の意味すら果たせずに空を切って。Zを懐に入れてしまう。
サーベルの距離だ。

「-------やらせるかよ!!」

だから福田はライフルで味方機、A-04とZのギリギリ間を撃つ。カット、或いはサーベル・インターセプトと仲間の誰かが言っていた高等技術。よく観察したが故に可能になった援護射撃。
それがZとガ・ゾウムの間に割って入る。成功。続けて二、三射と撃つ。上昇しながらの左右ジグザグ機動で躱されて。
桜色が目の前に来た。

「うっ!?」

一撃が機体のカメラを掠めた。頭部バルカンとビームライフルの一撃。咄嗟のサイドステップでなければ直撃を貰っていたに違いなく、それを回避から二秒と経たず……つまり殆ど勘頼りでやってのけられたことにこそ戦慄が走り、反撃が遅れる。しかも大ぶりな回避で体勢が崩れてしまう。らしくないミス。

「くそっ!」

毒づき、体勢を立て直す間にも戦況は推移していく。より悪い方に。ただでさえ四機から三機に減り、その内の一機の体勢が崩れてしまえば、それは必然だった。
味方が包囲するように青いZを撃ち据える。が、その悉くは牽制射以上の意味を成しておらず、最早彼の舞踏を彩るライトに近いものとなっていた。
背後に着いたA-04の射撃をバク宙で回避、そのまま彼のガ・ゾウムを中心に急降下、急上昇のコンボを決める。笹原明人、いや《青い稲妻》お得意のVの字を思わせる三次元鋭角機動であっという間に背後を取り返したZが左に持ち替えたサーベルで斬り掛かる。ガ・ゾウムが抜き撃ちを思わせる動きで向き直りながら射撃して。

《な--------!!?》

Zにロールで躱される。同時のすれ違いざま、ライフルを持つ右腕を切り落されて体勢を崩されていた。一瞬の隙。すれ違い、向き直る頃にはZがサーベルを突き出して、コックピットを貫かれる。
火花、独特な音と主に、金属が溶ける音。Zが離れて、爆発が玉となって消えていく。
明らかに、動きのギアが上がっていた。

《B-04、戦死》
「……っ」

歯ぎしりの音。
爆炎を背に、ライフルとサーベル、そして回収されたのだろうシールドを持つ青いZを見据える。こちらは、あと二機。福田自身と高木のみ。
大尉は交戦中。けど、あちらもこちらに構っている暇はないだろう。だから、自分たちがすることは足止めで……けどそれをできるのも、あとどれくらいか。

「……はは」
《おい福田。なに笑ってるんだ》
「いや、笑うしかないですよこれ」

短い通信。その間で、福田は少しの笑いを堪えきれなかった。
プレッシャー、闘気、殺意。そして、これからはたった二機でこのZを足止めしなければいけないという状況に、だ。
油断はなかった。隙を晒すつもりもまた当然なかった。それは自分を含め、足止めを担当することにした七機とそのパイロット全員が同じだった。

474: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:00:56 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
「だって……この状況を作ったのが、目の前にいるたった一機のMSなんですぜ?」

だが今はどうだ。ほんの数分という交戦時間の間で七機の内五機のMSが撃墜され、今残るは自分と高木中尉のみ。そしてこの戦況を生み出したのは、笹原明人というエースパイロットの純粋な、常人離れした技量のみによるものであるのは、間違えようのない事実なのだ。
……ある者は、たかがシミュレーターを用いた訓練だろうと笑うだろう。
またある者は、たった一機のMSにここまで追い込まれた自分たちの情けなさを笑うかもしれない。
だが……目の前にいるZガンダム(こいつ)の威容を見れば、その全ては沈黙と怯えに変わってしまうに違いない筈だ。
……このプレッシャーは、殺意は、決してデータのものではないのだから。
故に。

「来ますよ、中尉」
《……!》

その前触れはしっかりと把握できた。
ゆっくりと、細かく、されど見るものが見ればよく分かるほどに、Zガンダムの体勢が変わっていく。
二人の意識が戦闘態勢へ移行して、一瞬の動きに備える。
張り詰めた糸か、あるいは銃口を突きつけ合うかのような空気の中で二機と一機が睨み合う。
誰かが-----といっても、もはや自分か高木中尉の二択なのだが----緊張から息を大きく吐いて、操縦桿を強く握りしめる。
何十秒か、何分か。いやひょっとしたら、数秒かもしれない。その時間の間で、いくつもの思考が走る。生きるための、そして勝つための戦い方を誰もが予測し、敵の動きを想像し、直感して。

「-------!!」
《行くぞ!》

全てが、動く。
まず、二機が動く。福田と高木中尉が左右に分かれ、円を描くように機動する。それとほぼ同時にZが動き、直線で二機の描いた機動を切り裂くように前に出る。二機のガ・ゾウムとZの位置が直線になり、二機の銃口がZを向く。

「当たれば……!」
《墜ちろ!》

トリガー。黄の光弾が走り、Zが躱す。上に跳んで宙返りで向き直り、右に左に、そして前にと機体を振らしながら連続する射撃を躱し、ロールを当てて銃口を向けてくる。

「うぉ!?」

桜色が走る。斜めに機動を変え、上昇することで回避に成功。慣性に任せながら銃口を構え直し、自身から見て左斜め下に動いたZへ反撃射を放つがそれは上昇することで躱され、背後から撃った高木中尉の射撃はまるで見えているかのように側転と逆落としを組み合わせた機動で外されていく。

「ちぃ……!」
《やはり疾い……!》

……笹原の機動の恐ろしさは変幻自在な三次元機動にあると、福田はZから差し込まれた反撃を掠めるような距離で回避しつつ思考する。
上下左右、時に前と後ろへの鋭角的な動きと不規則な姿勢変更を織り交ぜた戦い方は、そうそう読み切ることができない。
ただでさえ笹原の繰り出す通常の……といっても、とてつもなく不規則な……鋭角機動の予測位置に銃口を合わせるのも苦労するのに、そこに上下への動きが加わることによる難易度の上昇は、体験しなければ分からないのだ。
さらに------。

「……あいっ変わらず変態機動で鬼直感だなぁオイ!!」
《同感だ!!》

そこに恐ろしいまでの直感が加わるのだから始末に負えない。どうにか射線を合わせてトリガーを引いたとしてもその時には回避行動をしているか、あるいは終了しているという結果が目の前に現れる。AMBACでビームを躱すというのは、極めて高難度な行為であるのだが。
……鬼畜難易度ってもんじゃねぇなオイ。
二機で囲い込み、円を描くように射撃戦を展開しても効果がないのだから尚更だろう。
前、上昇、ブレーキ、逆落とし。右、左、バク宙、側転、AMBAC……斜め、左、ロールに捻り。その全てがZにとっては回避機動で、射線を合わせても急激な機動変化で外され、本命を躱される。そして福田の正面へZが来た直後に彼から見て左に跳び、福田の放ったビームが虚しく空を切る。これで合計六発目。

「くそ!」

躱されたことに気づき、視線と顔を向ける。即座に左を見て……そこには、いない。
---------どこに?!

《上、後ろだ!!》

どっちだなどと、毒づく暇はなかった。

「ぢ……っっ!!」

475: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:02:26 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
直感と経験のままに機体を振る。右に短噴射。だがこれはフェイント、本命の回避は左。そこにAMBACを挟み、右への上半身捻りで背後へ振り向きながら予測を外させる。
その一瞬後。真横からコックピットの真ん前へ、距離にしても殆どない位置を通過していくビーム光。位置を逆算。側転じみた動きをしながら銃口を向け、こちらを睨みつけているZが真横にいて。
--------あと少し機体を捻るタイミングが遅かったら殺られていた……!
何度目かの撃墜の危機を潜り抜けたことに安堵するよりも、そのあと少しが明暗を分けたことに対する恐ろしさと、続けてくる悪寒が福田を襲う。休む暇はない。

「……くそ!」

上昇。桜色を躱す。射撃。斜め下、そして右に躱され、次を撃たれる。バックステップ。そのまま後退--------敵が、Zが銃口を合わせた。こちらも合わせる。
回避か、それとも射撃か。一瞬思考し。

「……っ」

撃つ。敵への直撃コースを織り交ぜる。二発、三発、四発。左に上に、右に、ロールを当ててと細かく動きを付けて躱されていく。その間にもZは前進し、高木中尉がその背後に回り込む。

「中尉っ!」
《……っ!!》

ロールを入れながら高木中尉が狙いを定め、射撃する。殆ど一瞬の動きで銃口が定まり、黄色のビーム光が走る。
それを青が躱す。視認せず、まるで撃ってくるタイミングすら分かっていたかのように鮮やかな短噴射による上昇機動とバク宙による急減速で回避して-------中尉のガ・ゾウムが前に押し出される。
そして……それだけで動きが終わるわけがなかった。

《ぐ……っ!?》
「なんだ、そりゃあ!?」

遠くから機動を見る機会ができた福田だからこそ、その機動の恐ろしさは理解できるものだった。
高木中尉のガ・ゾウムが真上に位置した瞬間に合わせて姿勢変更。体操選手が空中で行うような横回転捻りのまま降下し、ガ・ゾウムの真後ろで銃口を合わせるようなやり方を変態と言わずしてなんというのか。
そして中尉のガ・ゾウムは急激なオーバー・シュートに合わせるための急減速中。
撃たれる-------。

《舐……めるなァ!!》

中尉の機体が姿勢を倒す。横に倒れるように強引なAMBACで前方に向けていた推力のベクトルを横に変えながら後方へ機体を捻って銃口を合わせて、右へ跳ぶ。
そして射撃。中尉は二発、Zは一発。
黄と桜の閃光が交錯し……桜がガ・ゾウムのライフルを貫き、黄は宙を切る。

《ぐ……!まだだ!》

誘爆したライフルを投げ捨てながらサーベルを抜き、ミサイルを放つ。数は六。近接戦に持ち込むための牽制弾。だが--------。

「それはダメです、中尉!」

福田は叫ぶ。どうしようもない悪寒に支配されて出てきた言葉。距離が開いた故に、福田が介入できる位置にいない高木中尉の援護は無理だ。例え撃っても、それは味方撃ちになる可能性すらあるリスキーなもので、インターセプトは状況の変わりが早すぎて不可能、いや論外とすら言えた。故に。

「間に合え------!」

だから、距離を詰める。全身のスラスターを後方に回して前に加速する。
その間にも状況は推移する。
放たれた六発のミサイルをZが軽く後退しながら最小限の回避に必要な分をバルカンで撃ち落とし、生まれた弾幕の穴に飛び込みつつライフルを一発放つ。それをガ・ゾウムが躱す内に互いの機が交差する。

《-------!!》

ガ・ゾウムが跳びこみ、Zが後方へ引く。光刃が左から右に振るわれながら空を切り、その勢いのままガ・ゾウムが踏み込みつつ左へ。射線がずれて桜色が何もない空間を穿つ。すかさず二撃目をガ・ゾウムが振るう。ライフルの銃口はガ・ゾウムからずれていて後退も間に合わない。
が、それは宙返りで躱された。後退が間に合わずとも、それ以外も間に合わないとは限らない。

476: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:03:56 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
《ち、ィ……!!》

踏み込みすぎたことを知ったガ・ゾウムが減速、後退とAMBACを組み合わせる。振り返りながら後ろに跳ぶことで距離を詰めていく。全周天モニターで後方把握もできるが故の力技。
そのままガ・ゾウムが突きを放ち、Zは宙返りした後の姿勢のまま降下で回避。その後姿勢を変え-------サーベルを抜く。
鋭角を描きながら二機が衝突する。光刃どうしがぶつかり合って、スパークが走る。

「入った、射程距離!」

それとほぼ同時に福田のガ・ゾウムがライフルの有効射程に入る。構え、撃つ体勢を作る。だが。
……この距離じゃあ、殆ど狙撃と変わらないか。おまけに……!
二酸化炭素を吐き出す。視線が目まぐるしく動く。交差し、ぶつかり合い、光刃を振るう二機。モニターに映るターゲットマーカーが動いて、中尉の機体やZに何度も重なる。
互いの距離が近すぎる。近接戦を挑むしかない高木中尉にとってそれしか手段がないのは言うまでもないが、Zが積極的に仕掛けているのだ。三次元機動で死角を取り合うように動き、AMBACでそれに対応し防御する。それの繰り返し。Zは、高木中尉のガ・ゾウムを人質にしたのだ。
高木中尉に離れてくれとは言えない。それはつまり、Zのライフルの射撃に晒されてくれと言ってようなものだ。
当たれば死ぬというのはサーベルも変わらない。が、防ぐことができるという一点で見ればサーベルの方が遥かにマシと言えるくらいには高木中尉の技量は優れている。それが分かるから福田は何もできず、ただ接近を続けながらチャンスを待つしかなく。

「……!!」

何度目かの鍔迫り合いで、Zが動く。サーベルをぶつけあわせながら、まるで圧に押されるように、下がるように動いた。
体勢が崩れる。Zの姿勢が。その兆候を見逃すというのはありえないことで。

《お、おぉ……!!》

高木中尉のガ・ゾウムが押し切るように動く。サーベルを持つマニュピレーターの力を増し、体勢を崩さんと動かして。

《……っ!?》

位置が入れ替わる。激流の中を流れていく物体のように、ガ・ゾウムが振り切ろうとした姿勢が崩れながら前に流されていく。

《クソっっ!》

強引な姿勢制御。スラスターによる動きで無理やり崩れた姿勢を立て直し、右から左への回転斬り。サーベルがZの背中を捉えるように迫って。

「中尉!斬撃は--------!!」

悪手だ。そう言おうとした瞬間に、Zがその言葉の通りの行動を取る。
右に持っていたサーベルのメガ粒子の収束を解除、投げるように放り出されたサーベルに左手の親指を引っ掛けるように触れさせて逆手に取る。メガ粒子が再収束し、刃として形成されていく間にZは反時計回りに、半回転するように機体を捻りながら、サーベルを突き出すように振るう。ガ・ゾウムの振るったサーベルの斬撃範囲……横薙ぎのさらに内側にZが入る。
必然、Zのサーベルは加速しているガ・ゾウムの進路方向から迫るようになって。

「-----------ッッ!!」

中尉のガ・ゾウムが、切り裂かれた。ガ・ゾウムの右脇腹から入った光刃の根元から手首の動きに導かれた刀身へコックピットを含めた胴体部が突っ込むような形で食い込み、すぐさま融解と両断の二つが現出する。
右の順手、右薙のガ・ゾウムと左の逆手、左薙のZガンダムが交差する。
一瞬のこと。だがそれが互いの勝敗を分けることとなり……切断部から走った紫電と共に、ガ・ゾウムが爆炎に包まれていく。
あとは、自分ひとり。

「笹原ァァ-----------!!」

急接近。オペレーターの声。高木中尉の戦死判定。残心を残すより先に、Zが改めて右の手に掴んだライフルを福田に向け、福田も同時に銃を向ける。沸騰した思考が回避と照準を同時に担当する。
左回避。スライドするかのような動きの後に桜色が空白を穿つ。すぐに射撃。短上昇で躱され、捻りと前転の要領で姿勢を下に変えて急降下していき、その過程で三発目も躱される。
急接近のままの速度で縮まった距離が一気に開く。先の一瞬まで前方にいたZと自分が交差、Zの位置が後方に変わった為だった。

477: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:04:38 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
「っづ、う……!!」

急減速、すぐに右へ跳びながら急旋回。一撃を躱し、後ろを前に変えながら加速してAMBAC。ここで二撃目を回避して惰性で動きながら姿勢を変える。こちらを向きながらも自身と逆方向へ旋回するZを捉えて射撃。上昇機動で回避され、側転機動で切り返しながら前進してくる。速度とベクトルの関係で後退していく福田をZが追って来る。
だからミサイルを放つ。牽制。NJの影響を考慮したシミュレーター故に、ミサイルは決定打ではなく弾幕要員だ。僅かに残った誘導能力がZを捉えるようにミサイルを導いていく。
Zがそれを躱していく。左、右、バレルロール。間隔をおいて放ったミサイルを回避し、それでも自身に追い縋るミサイルは頭部のバルカンで迎撃して撃ち落とす。稲妻のような鋭角機動。距離は開くどころか縮まるばかり。
Zが撃って来る。上昇して回避、そのままAMBACを混ぜて宙返り。頂点で一発撃ち、そのまま降下。背後を捉えて---------ライフルの銃口が、こちらを向いていた。

「っっ!?」

左に跳ぶ。ピンボールに弾かれるように機体が加速していく。視界の隅を桜色が通る。圧で潰れるような声がする。自分の声だと理解するのに福田は数秒を要し、側転もどきで機体の姿勢を戻す間に息を整え、同時に上に跳ぶ。深呼吸をする間に落とされてしまうから、酸素は出るばかりで補給がされない。左、右にと回避する。後退、回避。上に飛ぶ。そのまま宙返りから上半身を捻って射撃を躱す。銃口を合わせての射撃。上に回避される。
目の前に桜色。
反応が、遅れた。

「がっ……!?」

衝撃。光。全周天モニターにノイズが走る。左半分がブラックアウト。体勢が崩れる。
--------被弾した。それもメインカメラに。

「くっっそぉ!」

牽制射。一、二と撃つ間にZが左へ飛び……視界から消える。
ブラックアウトした視界に入られた。敵がどの位置にいるのかも、どのタイミングで撃ってくるのかすら分からない。故に。

「---------ッッ!」

強引に機体を捻る。AMBACすら遅いから、スラスターで動きを加速する。サブカメラに切り替える時間すら惜しいのだから、そうするしかない。
反時計回りに機体を回す。黒の視界が左に流れ、見えなかった場所が見えてくる。
Zは、すでに銃口を合わせていた。桜色の矢が迫る。上昇。
被弾。二度目。左脚が貫かれた。メガ粒子の熱と速度が衝撃を生む。姿勢が流れる。

「バランサーっっ!!」

叫ぶ。叫ぶことで、思考のリソースと身体の動きをそちらに割く自己暗示。オートでは間に合わない。だから手動でバランサーを操作し、流れる姿勢を強引に制御する。
次の被弾は必ず致命打になる。福田の戦士としての勘が叫ぶ。だから、それだけは避けなければいけないのだ。
蛇行するように動く。右、左に、右に。規則的に、されど不規則に。距離を取りながらモニターを操作してサブカメラを作動させる。黒塗りされた左半分に光が戻り、ノイズ混じりの映像が映り込む。

「っぶな!!」

瞬間。右脇を掠めるビームに冷や汗をかきながら左に跳び、後退の速度を残したままちょうど前に来た岩石に隠れる。
爆発音。岩石にビームが当たったのだ。それに紛れるように上に飛ぶ。見下ろすようにライフルを構えて。

「……いない?!」

目の前の宇宙に、Zがいない。自分が出て来るのは分かっているなら、待ち構えるのが普通のはず。
……なのに、いない。
何故?
一瞬の空白。そしてアラート。

「上か……っ!?」

落ちるように迫り来る桜色を後退で回避して、視線を向ける。上方の、ほぼ真上。
ウェイブライダー形態。
……速度を武器に急上昇したのか。

「だからといってぇ!!」

思考を止める理由には成り得ない!
ビームを放つ。速度、角度も殆ど直角に近い。だが、撃つ。撃たねばこちらが墜ちるのだ。
一発。これは軽い牽制。右にロールを当てられて躱される。二発目、機体下部に掠めるように外れていく。そして、三発目は直撃コース。
黄色の光弾がZへ迫り……視界から消えた。

478: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:05:41 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
「!?」

いや、視界から消えたのではない。急激すぎる動きに目が認識を拒んだのだ。
Zが変形し、そのまま機体を捻ることでビームを掠めるように回避するという一瞬の動き。速度を微塵も落とさずに、それどころかむしろ加速する青を視界が捉えきれず。
咄嗟、左に跳んだ一瞬後の空間を桜の光が切り裂いていく。動きの違い------僅かな衝撃が、機体の右脇腹を裂かれたのだと悟らせる。
ビームライフルの銃口から伸びたビームサーベル……矛盾してるように聞こえるが、Zはそれができる。銃剣の要領で近距離にも対応し、武器を持ち替えることなく、すれ違いざまで敵を斬り裂くという一撃離脱。
……まったくもって羨ましい!
自分の後方へ抜けたZに視線を向けるべく、体勢を変える。左脚が抜かれたせいで動きが鈍るが、右を使えば問題はない。
そう思って、向き直り。
目の前に、サーベルを展開しているライフルが迫っていた。

「は、ぁ!?」

一瞬の思考停止。けど身体は動く。機体を右に滑らせることで、ライフルを躱す。視線が追う。
ビームサーベルを展開したまま、通り過ぎていくビームライフル。
------投げ槍の要領でぶん投げたってことか!?
驚愕。そもそも、自身の主武装を投擲するというのはリスキーなもの。
一瞬の意識のズレ。その意図に気づいたのは、ほんの一瞬後。

「しまった!?」

口に出した時にはもう遅い。
唐突な動きに惑わされたこちらを見透かすかのように、一瞬で間合いに踏み込み、繰り出されたZのビームサーベルにライフルがバターのように切り裂かれる。すれ違う。

「……!!」

爆発。照らされるように映る、青の機影。
サーベルは抜けない。イチから抜いたとしても間に合わない。すれ違いざま。どうあっても。
けど。
……こっちにだって意地がある!!
サーベルを飛ばす。右手で掴ませる。ビームを発振させ、刀身を形作る。狙いは、後方のZ。
振り抜く、振り抜いてくる。黄色と桜の刀身が交錯して。
逆風。切り上げられた桜の刀身に右腕が裂かれる。返す刀で、刀身が来て。

「--------くそ」

小さく、口惜しさを乗せる音と---------焼ける音。

《A-03、戦死判定》

福田は、シミュレーション上での死を迎えた。

479: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:06:37 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
◾️

「……!」

黄の閃光が、自分のそばを通る感覚はいつも慣れないものだ。
機体を小刻みに振らしながら思案し、しかしそれでも近藤は静かに視線を合わせていく。
緑の、狼を思わせる機影。ドーベン・ウルフ。
それが近藤の、そしてAチームが最も落とすべき敵だ。この機体を落とせば……勝利条件は達成される。
だから。

「墜ちてもらうぜ、レイチェル少尉!」

射線を合わせ、トリガーを引く。ビームライフル。ドーベン・ウルフの重装甲といえど、当たればタダでは済まない。それがビーム兵器というものだ。だが。

「やっぱり読まれるか……!」

躱される。ドーベン・ウルフはこちらがトリガーを引くより一瞬早く動いて、射線から外れていた。黄の閃光は空を切り、緑の機影は近藤から見て右に動く。ドーベン・ウルフが右手に持つライフルの銃口がこちらを向き、黄色の光が収束しているのを見る。引鉄が引かれ、ビームが襲い掛かってくるまでの時間はほんの一瞬。だから。

「っ」

息を吸って、止める。その間に近藤は機体を上に飛ばす。ドライセンの持つ背部と脚部のスラスター全てを利用した、跳ね上がるような動きだ。吹かす時間は1秒にも満たないが、ビームを躱すだけならばそれで十分事足りる。が。
近藤がドーベン・ウルフの銃口から黄の閃光が放たれると予測した瞬間は来なかった。代わりに、銃口がより上に動いていく。
まずい。
思考と直感が、銃口とビームの予測位置を一瞬で見極め、汗腺を開く。こちらが上に飛ぶ際の予測位置だ。このままでは自身の乗るドライセンのコックピットにビームが叩き込まれ……データの上でだが、戦死する。もちろん、それは近藤の望むところではない。
だから、彼は右に飛ぶことを選択した。

「……!」

Gがかかる。上から押さえつけるようなGが、横から叩きつけるようなものに変わる。だが。
……躱せたと、近藤はなんら感慨なく確信した。
黄の閃光は、先の瞬間にドライセンが来る『はずだった』位置を穿ち、去っていく。
改めて、戦慄する。先読み、直感と笹原やレイチェルは言っているが、この領域は最早未来予知だ。
経験とも違う、まさに天賦の際と言っていい。天然モノの天才。だが-------戦いようは幾らでもある。
例えば。

「動きを読まれているのなら、その前提で動けば良い……!」

例えば今、近藤がやっているように、だ。
相手がこちらの動きを読んでいるという前提のもと、動きの全てを二段構えから三段構えで組み立てていく。
右に動く、けどそれを読まれていると仮定して、別の方向に動く準備もし続ける。という具合だ。
だが……言うは易く、行うは難し。そして目の前の敵の動きを予測するのはより難しということは、変わらない。

「避けるのはできても、一撃喰らわせることができないとな……!!」
言って、何度か放つ光弾をドーベン・ウルフは尽く躱していく。応射として放たれる敵のビームを躱すのに一苦労な近藤では、レイチェルの神がかり的な直感の上を行くには至らない。
千日手に近い戦い。撃ち、躱され、撃たれて躱す。互いに岩石を盾にしながらの射撃戦。だが--------。

「焦ってるな……?」

自身のすぐ横、岩石に当たったレイチェルのビームを一瞬見やりながら近藤は思考する。
戦い方、射線。岩石に隠れ、フェイントを仕掛けてながら動くこちらに対し、レイチェルのドーベン・ウルフの動きは直線的だ。岩というものを障害物として認識してる動きといっても良い。
逃げれば勝てる。だが、こちらは逃がさない。終わりの見えない鬼ごっこ。いや、終わりはあるのだ。彼女が帰還ラインに辿り着きさえすれば。もっとも-------。

「逃げれば、墜ちるぞ!」

射撃する。トリガーを引く数は四回。まず右手のライフルを構え、その次に腕に内蔵されたビームガンだ。前者は威力、後者は連射力に優れている。一発はライフル、三発はビームガン。
もちろん、最初の一発は囮。そして三発は回避位置。焦りのあった彼女は、それを見落として。

「よし……!」

命中する。だがそれはビームガン一発だけで、命中箇所は右胸。ビームコーティングに覆われたガンダリウム装甲……特に重装甲であるドーベン・ウルフにとっては致命傷足り得ない。よろけつつ、しかしそれでも、ドーベン・ウルフは健在だ。
おまけに近藤は、緑の機体の胴体にある砲口に、光が集まるのを見て。

480: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:07:29 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
「やべぇ……!!」

機体を上昇させる。とにかく上へ。
……あれを喰らったら、マズイ!!
その悪寒は、かくして現実のものとなり。
光が、溢れ出す。

「うおおおお!!?」

拡散し、それでもなお必殺を誇るメガ粒子の雨が近藤のドライセンに襲いかかる。ビームガンでは比較にならない。当たればドライセンとてタダでは済まない。あれ一発一発が、文字通りビームライフルに近い威力を持つ反則なのだ。
だから、動く。とにかく上に。
……躱せるか!?いや躱せるはずだ!

「応えてくれよ、ドライセン-------!」

ここに至り、近藤は初めて祈り、そして。

「……!!!」

祈りは、通じた。メガ粒子の雨を、抜けた。
だが、無茶な飛び方には代償がある。速度域の限界を超えた機動をした戦闘機が、翼端から失速してしまうように。
アラート。真上から、岩石が迫ってくる。大きい。MSが横に潰れても、まだ余る大きさだ。
スラスターを全開にした余波はまだ残っている。このまま頭から激突すれば、メインカメラがひしゃげてしまう。
だから。

「……っっ!!」

近藤は、ドライセンの姿勢を大きく変える。上下を反転する。岩石が下に、斜め下にいたドーベン・ウルフが斜め上に。ビームライフルを構えている。

「!!」

さらに姿勢を変える。機体を捻る。
その一瞬の動きだけで、黄色の閃光が空を切り。
衝撃が、近藤の足元から襲いかかる。

「……っッ!!」

爆発と、岩石に足をつけた衝撃だ。ギチギチ、という音を近藤の耳が拾う。幻聴?いや違う。ドライセンの足が岩石に食い込んでいる音だ。近藤は今確かに、ドライセンの膝関節が曲がり切っているのを知覚できている。
速度は殺した。だが残りの、岩石に食い込み、そこから反発しようとする力はまだ残っている。
全て岩石に逃がす?--------いいや、勿体ない。
……使える状況と力は、全部使ってこそのエースパイロットだ。

「行くぞ……!!」

そこからは、一瞬の連続だ。
右手に持つビームライフルを左手に持ち替えて。
右手は、サーベルの柄を掴む。刃は、抜くと同時に形成されて。
ドライセンの足は、スラスターの動きと共に食い込んだ岩石を確かに蹴り込む。
岩石を蹴り前に出る力と、スラスターの力。全てが完全に同期する。
そして飛ぶ。近藤が嘗てその目で見た、赤い彗星のように。
サーベルを突き出して。ドーベン・ウルフに突き進む。
前に、出て。
ドーベン・ウルフが、上に動く。緑の機影が上に流れるのを近藤の視覚ははっきりと捉え、一瞬遅れて、目の前の岩石を視認する。氷だ。
突き刺さる。刺さるそばから赤熱し、水蒸気を撒き散らす。視界が覆われる。

「ちぃ……!!」

もう一度、今度は氷に足をつけながら、斜め後ろを見る。レーダーなどではなく、経験則から来た直感。
いた。緑の機体。モノアイを光らせ、肩のキャノンを下ろしている。こちらの動きが止まったと思っているのだろう。だが……。
こちらの方が一歩早く前に出た。
疾いと、言われた感触がして。

「遅い!!!」

答え、進みながらもう一度サーベルを構える。次は横薙ぎにする。そう意思を固めて。
ドーベン・ウルフの砲口から光が走る。数は二発。射線に当たりをつけ、タイミングを読む。

「おっと!!」

躱す。一撃目は左へ軽くロールしながら横滑りの要領で、そしてそこからバレルロールに繋げて二撃目を回避する。

「射線が正直すぎるぞ、レイチェル少尉!!」

いつもの癖で言いながら、接近する。あとコンマ数秒で切り込める、そんな場所で。

「……!!」

兵士としての勘が彼に囁き。
それに従いつつも、抗う。
サーベルを振り抜きながら、一瞬だけ斜め下に見えたスラスター炎に向き直り、ライフルを撃つ。サーベルは、上に逃げられることで躱されたから。
その段階で、近藤はレイチェルを撃墜することを一時諦めた。瞬時にバックスラストを入れて、後退する。
視界の隅に映っていたビームを、尾を引く稲妻は回避して。
--------接近しながら、桜色を放つ。
それはつい先ほどまで彼がいた位置と、レイチェルの間を穿つもので。
遠方の青いスラスター炎が、接近してくる。鋭角に迫ってくるそれは、まさに稲妻のよう。
それが何なのかは当然、分かっていた。だから、声に出す。

「来たな、青い稲妻……!!」

稲妻が、機体の形を成していく。
桜色の閃光が、戦いの合図となった。

481: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:08:49 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp

心の臓を握られるような圧力が身体にかかる。それに耐えながら、機体を動かす。右に飛びながら放った射撃は躱されて、反撃が襲いかかってくる。それを短く上昇しながら回避、同時に牽制し、機体を捻って目の前の敵を視認する。二秒にも満たないうちにその敵影は岩石に隠れ、リズムがズレる。短く息を吐き、吸う。一瞬の休息。同時に、殺気。

「……っっ!」

それからすぐに俺から見て下方向から敵------ドライセンが飛び出し、一撃を放ってくる。それを左に回避して、放った反撃は斜め上に跳ねるようなV字の上昇で躱された。互いの上下が入れ替わる。すれ違いざまに叩き込まれた一撃を上半身を捻ることで回避し、右へ跳ぶ。滑らせるように銃口を向けて牽制を撃ち込み、宙返り。真上を取っての一撃はバク転の要領で軸を合わせていたドライセンが右に跳ぶことで空を切る。
------読まれている。

「流石は大尉だ……!」

驚愕というより、予想通りだと思った。戦闘機での空戦もそうだが、戦いには読み合いが大きな割合を占めている。二手三手先を読み切れれば、戦闘は有利に進む。それを思考ではなく第六感で感じ取り、視認という手段で相手の手を飛ばすことができるのが------ニュータイプといえる。
だが今、俺の目の前にいる近藤大尉はニュータイプじゃない。普通の人間……オールドタイプ。
そんな彼が、こっちの先読みで放った射撃を躱しているのなら、そこにはタネが存在することくらい分かっている。

「けど、その動きは!」

具体的に言うなら……

「読まれていることを前提に動いて、反射の要領で動かしているってことでしょう!!」

牽制と本命の二発を放ちながら、さらに予測を交えた一撃を撃つ。右、左と躱したドライセンの予測位置に、桜色の閃光が突き進み……ロール機動で回避される。
だが強引すぎる。機体の姿勢は崩れ、ビームライフルの銃口はこちらを捉えていない。反射的な勘と経験で咄嗟に機体を動かすとああなる。少しでも早く動くことを重視すると、自然と機体の姿勢が崩れていくから。
だから。

「……!!」

その隙に前へ出る。一撃を放つ。当たれば儲けものと考えながら撃った攻撃は、やはり予想ど通り、左に回避される。けど、俺にとってはそれが狙い。

「その回避からビームライフルは間に合いませんよ、大尉……!」

ドライセンから見て左側。その真横にZを滑り込ませる。この位置なら、少なくともこの一瞬の間だけは一方的に撃ち据えることができる。
そう、思って。
殺意の糸が、貫いてくる。左腕がこちらを捉えている。

「ッッ--------!!?」

上昇。左右へと小さく機体を振らしてフェイントしながら、退がる。一拍遅れて、幾つかの黄色が自分の機体の周りを擦過する。
……ビームガンだ。
迂闊だった!自身の判断の甘さを一瞬悔やみ、同時に状況を立て直す。
牽制としてビームライフルを撃ち込みつつ、左に飛んで、殺意の糸からずれる。自分の視界、そのすぐ右横を閃光が通り過ぎていくのを見て。

「よっと!」

左真横に迫ってきた岩石に、Zの左手を当てる。そしてそのまま、手と腕を軸にするように上に飛び、後退。岩石に隠れる。ドライセンの位置はさっきの一瞬から変わっていない。気配でわかる。
息を吐き、ビームライフルの残弾を確認……残り三発。
ライフルのエネルギーパックを外し、新しいのに取り替える。古いものを左で持つように操作する。メガ粒子は残っているから……使いようはある。
例えば。

「引っかかってくださいよ……!!」

自分のいる岩石に隠れたまま、エネルギーパックをゆっくりと投げる。太陽の光も再現したシミュレーターのお陰か、それは陽光を反射する。
その一瞬で、黄色の閃光がエネルギーパックを貫く。

「かかった!!」

同時、爆炎が上がる。それは桜色で、けれどMSのそれに比べると明らかに『軽い』。
だが、目は自然とそれに惹き寄せられる。だからこそ。

482: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:09:36 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
「だ-------ぁああ!!!」

--------エネルギーパックを飛び出させた反対側から飛び出した俺が接近してくるのに気づくのは、どうやっても一瞬後だ!!
スラスターを全開、左手でビームサーベルを引き抜き、加速の勢いでドライセンに迫る。敵から見て自分は右下から襲いかかる。斬撃の距離まで、あと一秒と半。
その短い時間で、大尉のドライセンは右のライフルを左手側へ投げ、加速とサーベルを抜き放っていて。

「----------!!!」

ぶつかり合う。桜色と黄色が交錯する。サーベルとサーベルがぶつかり合って、火花が散る。
左手の自分と、右手のドライセン。互いに加速した状態でのぶつかり合いは、メガ流子の刃がぶつかり合う場所を結節点にして、すれ違いを引き起こす。
向き直る速度は、ほぼ同じ。

「っ!!」

振り抜いた勢いのまま左腕のシールドでコックピットを庇いつつ、トリガーを引いて、ほぼ同時に、殺意の糸。当たる。相手の動きの方が早い。

「!」

衝撃。機体が後ろに押される感覚。破砕音は、ない。

「ち、ぃっ--------!!」

舌を打つ。背筋が一気に熱くなる。それらを意識から押し出し、Zを半身にさせつつトリガーを引く。二筋の桜色が粒子を散らしてドライセンに迫り、それがすんでのところで躱される。
そして思う。今回はシールドが守ってくれた、と。
なかったら……ただでは済まなかったはずだ。
シミュレーター上の死とはいえ、敗北していただろう。
そして負ければ、大尉はレイチェルの元へと向かうはずだ。そして追いつき、最悪の場合------レイチェルは撃墜される。
--------それは、こちらの負けを意味しているわけで。

「それは、不味いよなぁ……!!」

火がついた闘争心に油が注がれる。高オクタンの、エンジンを全開に回転させるための燃料。自分の中のギアを一つ上げる。それに反応して、殺意の糸(意図)がより鮮明に視えてくる。
大尉の戦い方は知っている。エースが好むワンショット・ワンキル。機動は最小限。
だから。

「こっちが振り回してやる!!」

操縦桿を握る手、その指の先まで神経を集中させる。足のつま先まで血が巡る。視界の焦点が広がり、より多くの情報を得ようと飢えていく。
全部が俺の目になり、耳になる。
そして機体の速度を上げていく。前へ出る。次々と伸びてくる殺意の糸を縫うように躱す。幾つもの黄色のビームが宙を切っていく。ドライセンのビームガンは速射に優れており、大尉のようなパイロットが扱えば、それは簡単に弾幕へと変わり、今も自分に襲いかかってくる。
それを抜けるのは簡単ではない。当たれば機体の姿勢が崩れ、そのまま釣瓶打ちにされるだろう。シールドはともかくとしても、機体には一撃でも当たるわけにはいかない。

「……ッッ!!」

だから振り回す。止まることなく、鋭角に機体を飛ばす。
宇宙(ソラ)を駆ける。駆けて、翻弄する。
接近、射撃、回避。何度も何度も繰り返す。近距離、ドライセンが左へ跳ぶ。すれ違い、視線を向ける。
殺意の糸が来る。

「っ、の!!」

上昇。上へ跳ねる。光弾が足元を通る。
そのまま加速し、向き直りながら射撃。回避しながらドライセンが追いすがる。足元から迫ってくる。
左右へ機体を振る。ビームライフルの光弾が襲いかかり、一瞬前の位置を穿っていく。

「チィ……!」

反撃に二発使う。弾切れ、リロード。あまり無駄遣いはできない。
上昇からの宙返りで上下を反転し、加速を繰り返して鋭角に動く。右や左、上から襲いかかるGが身体を屈服させんと激しくなり、それを俺はねじ伏せる。細く長く、呼吸をする。大尉の放つ黄色の光弾一つ一つと、殺意の糸を見据え続ける。
脳に回る酸素が少なくなってくる。だけど。

「まだまだ、楽勝……!!」

けどそれで良い。頭に酸素が回り過ぎれば思考が鈍るから。戦闘機乗りとしては視界が少し暗くなってる方が丁度いい。ブラックアウトが始まってからがある意味本番……ああ駄目だ、九六式(零戦)や烈風乗り時代の癖がまだ残ってる。だけど……!

483: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:10:38 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
「この程度でへばったら、岩本や杉田に笑われるからなぁ!!」

さらに動きを鋭く、研ぎ澄ます。左右に上下、ジグザグに。稲妻のように。
射撃、回避、バルカンで牽制、機動制限、ライフルで本命射撃。躱される。反撃が来る。回避、回避、回避。接近、前に出る。桜と黄の光弾がいくつも交差し、スラスターの軌跡が絡み合って、より機動が複雑になる、狙って、複雑にして―――――腕部のグレネードを撃つ。時限信管。爆破。炎が上がる、ドライセンが包まれる。
墜ちはしないだろうけど、こちらを見失い、視界を塞がれた。けど、俺は大尉の気配が分かる。
上昇しながら加速。後ろを取るように、ドライセンを、追い抜く。
追い抜いた--------!!

「い、まぁ!!」

AMBAC。推進剤を使わずに逆上がり擬きのバク宙から、反時計回りの百八十度ロール。ドライセンは堅実にAMBACターンで対応してくる。だけど遅い、自分の方が、速い!!

「ッッ!!!」

ライフルを格納、武装選択……ビームサーベル。ロールを勢いをつけながら右手で抜く。見えない壁を蹴るように前へ飛ぶ。


「ぶった斬る……ッッ!!!!」

思考を言葉に乗せる。さらに加速。斜め下に自分を突き落とすようにZを弾き飛ばす。ドライセンとの距離が一瞬でゼロになる。
こちらの右とドライセンの右のサーベルがぶつかり合う。

「……!!」

鍔迫り合い。互いのスラスターが可動して力を抑えつけ合う。勢いそのままにぶつかった衝撃と推力が絡み合う。
ガツンと、ぶつかり合う感触。回線が繋がる音。

「流石は大尉、Z相手にここまで保ったパイロットは……!」
《先輩を舐めるんじゃないぞ、笹原少尉!!》
「誰が!!」

ビームサーベル同士の反発を利用して弾き飛ばし、互いに後ろへ飛ぶ。シールドランチャーを構え、大尉のドライセンはビームガンを。
上へ飛ぶ。宙返りのように動くこちらを読んでいたかのように襲いかかる黄色の光条。殺意の糸。
一歩、遅かった。

「っ、ちぃ……!!」

脚をビームが掠める。右脚。掠めた程度、だが……
-------バランスが……!
被弾箇所と状況を機体からくる感触で察する。だがそれ以上に、被弾の衝撃で機体が錐揉みを描き始めているのに気づく。時計回りだ。

「……ッッ」

機体制御を取り戻すために操縦桿を操作する。バランスが予想以上に
そこから姿勢を立て直すのに必要な時間は一瞬。だけどエースからしたらその時間は隙で。

「!」

目の前、ドライセンが迫る。上下が逆さまになった俺を切り裂くために右手のサーベルを引き気味に構えている。
やられる--------いや。
やられるのは……大尉の方だ。

「かかった!!」

笑みを浮かべて、機体を飛ばす。自分から見て上に飛び、ドライセンの真下へ潜るようにして斬撃を躱す。勢いをそのままに上下を戻す。そのままライフルを構えつつ加速、背を晒したドライセンに右へ薙ぐように斬りかかる。
回転斬りの要領で向き直ったドライセンのサーベルと再び激突。今度は回転の勢いが強い。速度が殺され、反時計回りに動きながら互いの位置が入れ替わっていく。


「っ、ぉぉ!!」

鍔迫り合いの勢いを維持しながら切り上げ、衝撃で互いに離れる。右手のサーベルを構え直し、二撃目を準備しようとして--------ドライセンの左腕が動く瞬間を察した。
殺意の糸。
けど……!

「その動きは、もう読めた!!!」

躱す。左背部のスラスターを吹かし、上半身を右に捻りながら足のスラスターを使うことで後ろに下がる。二つ、いや三つの光条が目の前を裂いていく。

「……!!」
シールドランチャーを撃つ。二発の弾頭が放たれ、ドライセンに迫り……。

「当たれェ!!」

そのまま左手に持ったライフルで照準を合わせてトリガーを引く。
狙いは……弾頭。桜色が放たれたグレネードを撃ち抜き、爆発。爆炎を作り、ドライセンを飲み込む。
次の瞬間に炎の中から殺意の糸が来るのを感じ、機体を動かす。

「お、っと!!」

Zの右脚を上にあげた後にスラスターを吹かして下に振り下ろし、テールスラスターを利用して前宙返り。その動きで一発を回避したあと途中で左脚を外側へ振ることで側転機動に変更し、二発目と三発目を回避。
近藤大尉の気配は、炎の向こう!!

486: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:14:06 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp
行け!!」

三発目の直後、側転で上下が変わった瞬間にトリガーを引く。桜色がメガ粒子を散らして突き進み、炎の中に消える。
火花が散るような感覚。気配が揺らぐ。
--------今だ。
右手のサーベルを意識しながら、操縦桿を握り、前へ倒す。
弾丸のように、前へ飛ぶ。炎の中へ突っ込み、気配を見た。
殺意の糸。ほんの少しだけ機体を右にずらし、光弾を躱して突き進む。そのまま、煙を抜ける瞬間に合わせてサーベルを発振。
桜色の刃を構える。その間にも、ドライセンまであと数瞬の距離まで近づいて。

「……っっ!!」

敵意の線。黄色の光刃。持ち手は右。
振り抜かれる。けど------!!

「俺の方が、早い!!」

そこからは、全部が一瞬だった。
ドライセンがビームサーベルを振り抜く。こちらの左肩から切り裂くような動きで来る。その袈裟斬りに、腕ごと前に突き出したZのシールドで対応する。勢いが乗る前に防ぐのが俺の狙い。
シールドバッシュの要領で、ドライセンの腕を内側から殴りつける。そしてそのまま。

「ぉ、あ……!!」

機体を前に押し込む。殴りつけるように押し込んだから、ドライセンは動くに動けない。
動きは、読める。だから-------!

「これで、終わり!!!」

サーベルを、振り抜いて。
また一つ、桜が仮想の宇宙(ソラ)に咲いた--------。

487: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:14:46 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp


「----よーし、それじゃあデブリーフィングを始めるぞー」

大尉の一言で、反省会が始まった。
今回のシミュレーション演習に参加した敵役である俺とレイチェルを含めた、総勢10名による戦闘映像が目の前のスクリーンに映し出され、多くの者が思い思いに敗因や撃墜原因を分析し合っている。
そんな中で。

「あー……」

俺は自分の椅子にもたれかかってぐったりと、身体の固さをほぐしていくのに専念していた。

「肩がなぁ……高機動戦闘をした後はなぁ……」

 戦闘中はまだいい。が戦闘が終わった後にどっぷりと疲れが溜まる。訓練が足りない証拠だ。
 前後左右、そして上下から襲い掛かってくるGは戦闘機の比ではない。何度かの転生で乗り慣れたレシプロ機と比較するのは失礼だろうが……ジェット戦闘機でも及ばないから相当キツイ。
特に今回は、7対1から大尉との連戦まで込み込みの長期戦だった。
体力の消耗が、凄い。準エースからエースを七人、ネームドエース級一人を、たった一人で撃墜……

「もう二度とやりたくねぇ……」

項垂れるようになるのはまずいと分かっていても、それでも「疲れてます、触れないでください」とアピールはしたくなるのが人の心というもので。

「……」

自分の後ろで猫のように睨みつけてくる水希の感情がガシガシ突き刺さってきて痛いのもある。精神的に。

「何か言いたいんだろ」
「私も訓練に出たかった」

子供じみた理由だった。でも気持ちはなんとなく分かるから、否定はしない。

「狙撃型の水希だと大尉から逃げられないだろ」
「その分守ったりが楽になるぞ?」
「ただの地獄じゃねぇか」

狙撃兵を守るのはとても大変なのだ。とても。
だというのに、相変わらず水希は猫のような目をしながら「自分も出たかった」を表明し続けていて。

「……そんなに出たいなら、同じレギュレーションでもう一回やってみるか?」
「勘弁してくださいよ大尉!?」

やろうか、やろう。そんな空気に既にみんななり始めるのは早かった。というか大尉が乗り気すぎる。あの人だって疲れているだろうに、乗り気だった。
あの人の体力は底なしなのだろうか?いやそんなことはない。やせ我慢だろう、そうに決まってる。
ただ、そのやせ我慢のやり方が……俺に黒星をつけさせたいとかいう変な考えになっているだけで。

「……とりあえず、連戦だけは勘弁してくださいお願いします」

 敗北宣言に等しい言葉を言って、俺は自分の名誉を守ることにするのだった。
 ――――――なお、結局俺は水希と共に連戦することになったし、大尉に水希が取りつかれるとだいたいなすすべなく落とされることになるのは、まぁ自明の理であった。

488: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:15:50 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp

◆キャラクター紹介

  • 近藤英治 年齢:33 階級:大尉 搭乗機:前期型ドライセン

プロフィール
 大洋連合第二特務艦隊に所属するMS部隊の隊長。年相応の角ばった顔つきとは裏腹に軍人らしい礼儀正しさと良識を併せ持つ好漢。第二特務艦隊、ニカーヤ所属MS部隊の父親的ポジションでもある。
 搭乗機がドライセンということもあってか第一や第三特務艦隊の隊長格と比べると見劣りする……と言われがちだが、笹原の転属を『白狼』松永慎が推薦しなかった場合、Zガンダムは彼が搭乗する可能性が大だったことを考えれば、決して平凡なパイロットではないことが分かるだろう。
 笹原明人が転属してくるまでの間はMS部隊のトップエースとして活躍しながらドライセンのデータ収集を行い、さらには部隊指揮も行うという激務をこなしていたのだから……
 戦闘スタイルは基本に則った無駄の少ないワンショット・ワンキル。単純故に効果が大きく、自身の動きを読まれていると常に想定した戦い方は一様に厄介、面倒と例えられる。

489: 時風@PC :2020/06/06(土) 10:17:17 HOST:KD106173219113.ppp-bb.dion.ne.jp

あとがき

これで投下を終了します。
大学に入学してPCを手に入れたらやってみたい創作系の趣味が多くできてしまい、
スランプと相まって気が付いたら完成がずるずると遅れてしまいました。
……AA作品を作るのって、大変だけど楽しいですよ(遠い目)
次は何を書くかは考え中です。スパロボクロスも気になりますが知識がないので……
まぁ、気長にやっていきたいなと思っています。Zの咆哮の続きも気長に待ってくれると助かります。
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最終更新:2023年09月08日 23:36