239: 弥次郎 :2020/07/08(水) 22:17:04 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
憂鬱SRW IF マブラヴ世界編SS「Zone Of Twilight」13
融合惑星 β世界 アメリカ合衆国アラスカ州 ソ連租借地
病室のベッドに付けられたテーブルの上は、書類で一杯になっていた。
無理もない。П3計画の実質的な現場最高責任者であり、進捗の総括担当者であり、指揮官であり、被験者の監督者も兼ねるのだから。
とはいえ、本来体を休めるべきこの病室にまでついて回るとは、流石のサンダークもため息を隠せなかった。
責任者として、下から上がってくる報告を閲覧してまとめ、上層部へと報告する。言葉で言えば簡単だが、消えた27人分の負担が、全てではないにしろサンダーク一人におっかぶさっているのだ。療養を進められている人間に課されるべき仕事ではない。
特に、実際にベッドの上の住人となっているサンダークには。
(だが、やらねばならない、か……)
現状、連合の脅威を知るのは現場の人間が多い。上層部への報告は欠かしてはいないが、より現実味を以て理解しているのは自分だと自負している。
そう、連合はソ連よりも多くのESP能力者を抱えており、その能力について熟知している可能性が高い。
リーディングについて驚かれもしなかったことやAL3計画の遺児たちのことを知っていた素振りから他の国から情報を得ているのもあるのだろうが、一番は同じような能力者がいるということを理由として推測した。つまり、隠し立てをしたところで無駄な努力、というわけだ。
実際、あの時連合の区画でESP能力者の部隊の指揮官のゴウ・カミヤマと話した際にはリタ・ベルナルというESP能力者と会い、その力を見せられた。
これまでAL3計画の産物を活かしてきたソ連にとっては業腹ではあるが、国家の威信をかけたプロジェクトの産物は、連合には既知の範疇に納まり有効ではなかったということ。それどころか、軽くあしらわれてしまった。そして、さらに悪条件は重なっていた。
(人身売買まで上層部は考えていたとはな…)
カミヤマに明かされたことだ。支援の見返りに、遺児たちを差し出されたのだと。
確かに、AL3の遺児たちはその能力故に「有用」だ。だが、そんな命を売り買いするようなことを連合は歓迎していない。忌避さえしていた。
恐らくだが、連合は連合でその手の技術で何らかのトラブルなり事件なりを経験しており、そういったモノを疎んでいるのだろう。
具体的な内容については教えられていないが、そんな相手に対して差し出したのは悪手以外の何物ではない。
交流であり、あちらからの明確な警告。正直、針の筵状態を経験するのはよいものではなかったが、サンダークの立場からも、いつまでも相手の不評を買い続けていては差しさわりがあることくらいわかっている。手段こそアレなものが混じっているが、ソ連とてここで連合から技術を提供を受ける立場にある。最悪、ソ連だけ省かれるという事態にもなりかねない。
超大国としてのソ連のプライドはあるが、残念ながらすりつぶされる寸前の状態であることに変わりはない。
ここで連合からの膨大な支援を失うことは絶対に避けなければならなかった。
(いや、むしろだからこそか)
支援を手放せない、他国に遅れるわけにはいかない。その焦りこそが、ソ連上層部を突き動かしている。
必要なのは、冷静さと長期的な目線だというのに。
「待つことには慣れている…」
そう、ただひたすらに、憎悪を胸に秘め、ずっと復讐できるところまで上り詰めたのだから。
何かが大きく変わろうとしている。その予感がサンダークにあった。
240: 弥次郎 :2020/07/08(水) 22:18:20 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
そして、П3計画の遂行者として気になる点はもう一つある。
(シェリル・ノームという歌姫のこと……)
アラスカにいた遺児たちをはじめ、ESP能力者は扱いやすいようにと少なからず「調整」を受けている。
だが、あの歌姫のライヴの歌声の影響なのか、そのライヴの直後から「調整」が解除されているのが確認されたのだ。
それこそ、主体性を失いパニックになる個体さえ現れるほど、影響を与えたのだ。シェリル・ノームという歌姫がESP能力者である可能性を始め、ESP能力者に対する何らかの兵器が使われた、あるいはここにきて何らかの欠陥が露呈した。あらゆる可能性が想定され、自分たちは全く未知の現象に直面してただただ右往左往するしかなかった。現在の所も本国の研究機関やここユーコンのスタッフも含めて、あの時発生した現象の原因の特定に奔走しているのだが、特定には至っていない。
理屈も何もないが、あの歌姫が原因というのは共通認識としてソ連側にある。
だが、うかつに手出しはできない。何しろ、民間人とは思えないほどの超VIP待遇の指定を受けているのだ。
しかもそれは彼女の所属の大本である統合政府の直接の指定である。下手な軍人さえ凌ぐ権限が彼女には与えられているのだ。
その理由は分からない。だが、理由があることだけははっきりとしていた。まあ、藪をつついて蛇を出す趣味はない。
ライヴはこのユーコンで何日かごとに開催されるので、データを集めたり、証拠を探すチャンスはいくらかあるのだ。但し、慎重に、だ。
(うかつに刺激しすぎれば…)
次は自分だ。警告が自分の私室に直接届けられるという、なんともシンプルで、しかし分かりやすい方法。
ソ連領内は警備がされているということであるが、何ら慰めにならない。その警備が潜り抜けられたのだから。
連合も統合政府も、おそらくだが技術水準も何もかも、ソ連のはるか先を行っている。上がせかすのもわかるが、一度の失敗がソ連全体にまで波及しかねない可能性が極めて高いのだ。慎重になってもなりすぎることは決してない。
ともあれ、S.M.S.が到着したということは、いよいよをもってこのユーコン基地での連合や統合政府との交流は本格的に開始されることになる。
戦技教導・技術提供・技術教育・訓練など、待ち受けているスケジュールは山のようにある。П3計画の指揮官としても、連合と統合の供与技術や戦術機などについてのテストを行うことになるイーダル試験小隊の今後のスケジュールも考えなくてはならない。
そう、全ては始まったばかり。これからどれだけのことが待ち受けていようが、乗り切っていかなくてはならない。
病室の窓から外を見れば、いつもの通りの、しかし、どこか違うアラスカの空が見える。潮流は大きく変わっている。
その事を、サンダークは強く感じ取っていた。
241: 弥次郎 :2020/07/08(水) 22:20:01 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
以上、wiki転載はご自由に。
ひとまずこの話までで第一部完!でしょうかね…
次の話は第二部として、ちょっと時間を飛ばしたところからスタート予定です。
それまでは暫しお待ちを…
最終更新:2020年07月12日 22:51