336: 弥次郎 :2020/07/16(木) 23:07:45 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
大陸SRW IF C.E.世界地球編SS リンクスたちの日常とお仕事5「大空流星の場合」
『……というわけで、現状のところ魔法の存在にはかちあっていない」
「ファンタジーな世界で、オカルト系のPMCは魔力の存在を既に探知していますが?」
『ファンタジーな世界といっても、そこまで魔法な世界ってわけではない。どっちかといえば中世にほんのり魔法のエッセンス程度のようだ』
「ふむ……」
『少なくとも、上層部が懸念しているような、摩訶不思議ワールドではないだろう』
暫し黙考。公式のログにも残る通信である以上、
夢幻会のメンバーとしての発言はしてはならない。慎重に言葉を選ぶ必要がある。
『大空流星』として不自然ではない思考を、言葉を、行動を導き出し、偽りを真実とするように。
「……まだ慎重を期した方がいいでしょう。潤沢な戦力がある状態ではありませんしね。
現地の対応は現地組の裁量にお任せします。無茶などはなさらないように。それでは」
ネットワーク越しの、特地にいるリンクス「永」との通達が終わると、流星は一つ息を吐き出す。
融合惑星各地に人材を派遣しているのは、何も大洋連合や大洋連合軍、地球連合軍だけではない。企業連合や傘下にある企業もまた同じく派遣している。
企業は国軍よりも軽いフットワークで刻々と変化する情勢に対して対応し続けている。時には戦い、時には物を売り、時には教育を行い、時には商売を行い、時には後ろめたいことをする。それが地球と地球圏を守る組織の一つとしての活動だ。
そして、その中においてリンクスは重要な人材であり商品として扱われていた。少数で大多数に匹敵する戦闘力を持つリンクスは、企業という中でもフットワークが軽く、何かと小回りが利くのだ。
だが、そんなリンクスを有機的に、無駄なく、効率的に動かすのは一筋縄ではいかなかった。
なぜならば、リンクスという個人に依存した戦力は、突出しているが安定さというものに欠いていることが否めない。
そこで出番となるのが、流星だった。オッツダルヴァ、マクシミリアン・テルミドールもそうであるが、一部のリンクスは高いカリスマを持つ。
それは人を束ね、引きつけ、魅了する力。演出能力、あるいは万能性、劇場の如く雰囲気や空気を仕立てる能力。
それがどのようにして発揮されているかは倫理観やらなにやらまで絡む複雑なものだ。だが、ある程度の客観で語ることができる。
例えば、孤高であるがそれ故に人をひきつけてやまないオッツダルヴァ。誰もが目指す理想に近い形であり模範となる「人」である流星。
ただひたすらに戦う誇り高い姿を見せるウィン・D・ファンション、騎士道を重んじるジェラルド・ジェンドリンなどなど、形こそ様々だが、英雄的な姿を人はそこに見出す。
ともあれ、こういったカリスマ性が人を束ねるのだ。企業側も心得たもので、彼らをリンクスの中でも上位に据え、
また、会社としても相応の地位に付けることで箔をつけている。
そして、C.E.世界の地球に腰を据えている流星は、いわば日企連のリンクスにおけるリーダー的立ち位置だ。
リンクスへの連絡や情報の受け渡しの窓口となり、時に彼らの要望を受けて上層部に報告する役割を持つ。
加えて、流星の場合は夢幻会の実働を担う人員の中でもリンクス担当も兼ねているのだ。
「やれやれ…これで午前の分は終わりか」
拡張現実(オーグメント)のデバイスをはずし、ようやく一息入れる。
多忙極まりない勤務だ。ホワイトカラー、グリーンカラー、ブルーカラー。
首輪(カラード)を課せられた山猫は色さえも規定(カラード)されてしまう。
それだけ評価されているということであり、実際待遇や給与などは嘗ての御姫様扱いの日企連世界ほど飛びぬけてはいないが一パイロットとしては破格の物。
337: 弥次郎 :2020/07/16(木) 23:08:22 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
だが、釣り合いがとれているかといえば微妙なところ、だ。
仕事は常に多忙を極め、切った張ったで命をかけて戦い、時には腹芸までしなくてはならない。責任と仕事は大きい。
何せ、この地球と融合惑星に暮らす人間の命と財産と遺産まで背負っているのだ。己一人で、ではない分だけ楽ではあるが、あくまでも相対的なモノに過ぎない。
(やれやれ…引退が待ち遠しいよ…)
その引退も、あと何年後になることか。技術発達により老化を人為的に遅らせる手法がいくつも確立されており、多くのリンクスやパイロットがその恩恵を受けている。
流星とてそれを受けている一人だ。年齢は30代だがまだ肉体的には20代であり、適切なトレーニングと食事制限と医療ケアその他もろもろにより、あと40年は現役でいられるとの試算が出ている。
あとどれほど戦えばよいやら、まったく見当がつかない。如何に自分が望んでの事とはいえ、少々憂鬱気味になってしまうのもしょうがないだろう。
充実はしているが、時には責務を忘れたくなるものだ。望めば娯楽はかなり手に入るが、流星が求めるのはもっと心を満たすもの。
(……パートナーを探したいが、中々なぁ)
充実していると言えるのは、既婚の同僚のリンクスたちだ。
前世と異なり、企業間対立やら利権やらが絡むことはあまりなく、結婚のハードルは低い。
だからこそ、好きなパートナーと結ばれ、充実した生活を送っているリンクスも多い。むしろ企業の方が福利厚生ということで結婚を推奨しているほどだ。
けれど、と流星は言葉を自分の内側に作る。結婚、人生のパートナー、伴侶。これを忙しい中で見つけるのは一苦労だ。
それに加え---
(今日は……空いていたか、予定は)
頭の中に今日のスケジュールを浮かべる。今日は一日デスクワーク。だが、その後は自宅に戻ることができる。
ならば、少し寄り道をしても良いだろう。寄っていく理由は特にない。ないのであるが、用もなく寄っても良いくらい親しい。
夕刻、流星の姿はムラクモ・ミレニアムの入る高層ビルを出て、自動車の中に納まっていた。
自動車---旧世紀とは異なり、オートメーションドライブカー(自立思考判断走行車両)としての自動車は、都市管理型AIのバックアップの得られる領域から少し外れた場所に向かう。
過度な都市管理型AIやコンピューターによる一括管理は、煩雑すぎる、よく言えば合理的ではない自然な形成を経た地形や土地には隙間や死角というものが生じている。
これから尋ねる先には駐車場というスペースが無く、駐禁符丁(タグ)を付けられる可能性がある場所でもある。
そんなわけだから、流星は車で近くまで移動して駐車場に止め、そこからは徒歩で向かう。慣れた道のりだ、
「摩訶不思議ワールド…」
ふと、昼間にリンクスの永と交わした言葉がよみがえる。
(案外、基準としているこの世界も摩訶不思議なのかもしれない…)
ログに残る会話である以上、言葉には決して出していないことだが、この世界は案外オカルトに満ちている。
旧世紀の魔法だとかオカルトという観念は、この時代においてはだいぶ意味合いを狭くしていた。というのも、そういった分野がきちんと実態を持った体系化がなされ、表にこそなっていないがこの世界に深く根ついているのだ。
少なくとも、怪しげな、あるかどうかも不確かなものではない。ないことになっているがきちんとそこにある。
前世やそのまた前世とは明らかに違う。まあ、歴史からして既にかなり違ってもはや別なものなので今さらというべきか。
338: 弥次郎 :2020/07/16(木) 23:09:07 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
そして、今、流星が一人で向かっている先、古道具や古物を扱う古物店などまさに「それ」なのだから。
古い民家。珍しい天然木材の扉を開けば、古い物が持つ特有の臭いが、店主の香りが、流星の身体を出迎える。
ここはいつも変わらない、とある種の安堵さえ覚える。忙しなく動き、戦い、あちらこちらと根無し草の如き生活を送る流星にとっては特別だ。
常に変わらない趣のここは他では得難い安堵を得られる場所だった。店内に呼びかければ、やがて奥から彼女が現れた。
「お久しぶりです、流星さん」
「ええ、ご無沙汰しています」
いつものシックな黒のドレス、胸元に輝くアメジストのブローチ。どこか人と離れた空気をまとう、女性。
この古物店の店主であり、「色々と事情があって」流星が「大空流星」となる前から知っているという、長い付き合いの女性。
「仕事帰りによらせてもらいました。よろしいでしょうか?」
「構いませんよ。何時でもいらしてください」
店内には雑多な古物が並んでいる。相変わらず統一性が無いものばかり。古いものから新しいもの、見慣れたものから使い方が分からないものまで。
だが、流星にはピンと「来ない」物ばかり。
まあ、それはそれでいいことなのだろう。ここはそういう店だ。必要な人間が必要なものを得る、そういう店。
求めるものが合致し過ぎて、衝動的に、売買という過程を通り越して得たくなる、つまり盗んでいってしまいたくなるというケースもあるというのだから、
それが引き起こした事案については彼女から何度か聞かされているし、ほかならぬ流星が仕事の合間に「後始末」をしたこともある。
オカルトにかかわっていない人間など、ひょっとするとこの世界には誰一人としていないのかもしれない。そんなことを思う。
「貴女は相変わらず、ですね」
「お互いさまですよ、流星さん」
店の中をゆっくり散策する流星の後を店主はゆっくりとついてくる。
静かに、騒ぐことなく、
「流星さんは……」
少し、探るような目。観察するような目。
「少し痩せましたか?」
「相変わらずのハードワークですから…」
言葉は多くはない。だが、長い付き合いだから少しの言葉で足りるというもの。
充足しているが、同時に疲れもたまる生活。責務は重く、背負うものは多い。抱えるものも多い。誰にも話さずにいることも、また然り。
だから、やつれてしまうのもしょうがないことだ。主治医に聞かれたら怒られるな、と苦笑する。それに店主も微笑を静かに浮かべる。
339: 弥次郎 :2020/07/16(木) 23:10:14 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
それから20分余りをかけて、流星と店主は店内を一巡りした。珍しい物、新しく入ったものについては尋ねたり、観察したりと、楽しんだ。
「結局、ピンとくるものはなし、ですか…」
しかし、自分にピタリとくるものが相変わらずなかったことに、少しばかりの落胆を流星は抱いていた。
人と物は、引かれ合うのだ。殊更、ここに集まる、集められている古物は、時として人を選んでいる。
まだ自分と巡り合うべきではない---ここにあるものたちにそう言われている気がする。
「それもまた良いことですよ。古物に依らずとも一人の人間としてしっかりとしていると、そういうことでもありますから」
「ですが、よりどころの無い、隙もない人間などあり得ませんよ…」
恐らく、と流星は自分を分析して自嘲気味に言う。
「どこか人として壊れているか、あるいは外れているかもしれません…」
「……そうでしょうか?私から見れば、流星さんは十分人らしいと思います」
ただ、と店主は少し考えてから口を開いた。
「人と少し離れたところがあるのは確かでしょう。人と同じに見えても、どこか違う。十分に自覚されています。
でもその上で人と触れ合おう、同じように生きようと苦心されていますよ。
「そういってもらえるだけでも、ありがたいですよ」
「お世辞ではありません」
微笑を浮かべる店主に、流星は困ったように返答するしかない。
だからだ、この女性(ヒト)には勝てないのだ。流星は、付き合いの長さを少し恨んだ。
「それに、いつか流星さんがこれと思うモノと出会うことがあるかもしれません。それが明日なのか、それとも何年後なのか、見当はつきませんけどね」
「出会えると信じたいところですね…」
嘘をついた、と流星は少しばかり自覚した。
だが、それは口にできない。彼女のことを口にできるわけがない。人とは違うのは、彼女も、自分も同じだ。
同じ違うモノだからこそ、その一線を超えることはできない。だから、今はこれでいい。
「それでは、そろそろお暇します」
「ええ、またいらしてください、流星さん」
「はい、何時頃になるかはわかりませんが」
帰り支度---といっても、切っていた携帯端末の電源を入れるだけのことだった。この店に来る時の自分のルール。
外界から余計なものを入れないという流星なりの気遣いだ。そう頼まれたわけではないが、何となくそうした方がよい気がしていた。
では、と一礼して、
「瑠璃宮真央さん、またお会いしましょう」
「ええ、お待ちしています」
そして、「瑠璃宮古物店」の扉は静かに閉じた。流星が幼いころからそうであったように。
340: 弥次郎 :2020/07/16(木) 23:11:42 HOST:p2580066-ipngn200609tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp
以上、wiki転載はご自由に。
私がとあるきっかけで出会った作品「瑠璃夢幻宮古物店」とのコラボ的なアレです。ネタバレ回避のため、詳しいところは内緒です。
少々古い作品の為、リアルタイムでおいてあるところはなく、ブックオフや密林書店などで探せば原作漫画はあると思うのでぜひぜひ。
今回は何というか息抜きですな。はい。
ZOTやそのほか融合惑星のお話も書いていますが、何時も張りつめていると息が詰まりますので…
ではでは次回をお楽しみに。
最終更新:2024年07月15日 22:21