606 :YVH:2012/01/27(金) 20:30:26
カストロプ公が病気療養(という名の謹慎処分)に入って暫く後、
公を除く閣僚、帝国元帥四名、大将以上の役付き、主だった諸侯に対し
皇帝フリードリヒ四世の御名で、新無憂宮・南苑内の大会議室に参上する様
勅命が下った。また、それ以前に件の会議室に軍の施設部隊がFTLの装置を
設置した。
これは、フェザーンから離れられないレムシャイド伯との通信用で
リヒテンラーデ侯の要望と、皇帝の強い指示が出た為である。
-新無憂宮 南苑・大会議室-
その日、参集したのは帝国宰相も兼ねるリヒテンラーデ国務尚書、
フレーゲル内務尚書、ゲルラッハ財務尚書代理、ルーゲ司法尚書
ノイケルン宮内尚書、アイゼンフート典礼尚書、ウィルヘルミ科学尚書
キールマンゼク内閣書記官長。
軍務尚書エーレンベルク元帥、統帥本部総長シュタインホフ元帥
幕僚総監クラーゼン元帥、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥
近衛兵総監ラムスドルフ上級大将、装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将
憲兵総監クラーマー大将、帝都防衛司令官グナイゼナウ大将
十八個艦隊の司令官たち。この日、帝都に駐留していた独立艦隊の司令官数名。
ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯、以下多数。
この顔ぶれが揃った所で、会議は始まった。
冒頭、リヒテンラーデ侯が宰相代理の立場でこの会議で話し合うべき案件を
説明していたのだが、ある貴族がそれを遮って『貴族の総意』とやらを高らかにのたまい始めた。
「そも・・・・」
その貴族、ヒルデスハイム伯の言葉を要約すると
何故、恐れ多くも太祖ルドルフ大帝陛下に選ばれた我々高貴なる帝国貴族が辺境から沸いて出た蛮族如きに、
謝罪などせねばならぬのか?納得がいかない。
この演説は会議参加者の反応を、幾つかに分けた。
一つは、事情を知る大部分の上層部が何かに耐えるかのように震える様、
我間ぜずと居眠りを決め込む者。
そして、上層部の予想どうり伯の独演会に酔いしれ、無駄に騒ぐ者。
議場は暫し、収拾の付かない騒ぎに包まれた。
何時果てるとも知れない乱痴気騒ぎに、とうとう堪忍袋のを切った国務尚書、帝国元帥四名、女婿二人が雷を落とし漸く騒ぎを鎮めた。
老侯など、最後は不敬罪をちらつかせたほどであった。
漸く静まった会議場に、国務尚書の声が響いた。大音声を上げた後とは思えないほど、息は乱れていなかった。
「説明が途中になってしまったが、詳しい事はレムシャイド伯が説明する」
侯に指名を受けて、レムシャイド伯が説明を始めた。
『通信にて、失礼します。この度来られた・・・』
伯の説明によると、スピッツベルゲン侯が愚弄した、月詠宮皐月なる者は
彼の大日本帝国皇族の端に連なり、宮家の創立以来千七百年近い歴史を誇る宮家であり
『この、宮家というのは我が帝国に例えますと大公に相当する家の様で・・・』
此処までの説明で、先程高説を述べて多数の賛同を得ていたヒルデスハイム伯から顔色が失われ、嫌な汗が顔中に浮かび上がっていた。
『彼の御仁のご身分ですが、何でも四品(しほん)・女王と申すそうで
これは、三親等以降の皇族に下賜されるものだそうで・・・』
この段階で、ヒルデスハイム伯の周りから、人が居なくなり始めていた。
伯自身は、今にも悲鳴を上げそうなくらい、震えていた。
『また、彼の御仁に随行してきた副使殿たちは・・・』
高等弁務官の説明によると、副使は二名。一人は久我通雅侯爵、もう一人は広幡忠元侯爵。
両侯爵、共に家祖は時の帝(みかど)、言わば皇帝陛下ですな。の皇子で、臣籍に降下して誕生したそうです。
因みに前者が三千年以上、後者が約二千五百年程の歴史を誇る。
他の随員も、同じような華族、帝国風に言えば貴族ですな、と続いた。
608 :YVH:2012/01/27(金) 20:32:28
此処までのレムシャイド伯の説明で、先程騒いでいたお調子者たちは完全に黙り込み、
モノの分かった諸侯たちは各々隣席にいる諸侯と話合い始めた。
その様子を玉座から見ていた皇帝は、国務尚書に話をすると告げた。
それを受け、侯はいったん諸侯の話を止めさせ、清聴するように諸侯に伝えた。皇帝は発言する。
「卿らに問う。先程の高等弁務官の説明を聞いて尚、彼の者達を蛮族と呼ぶか?」
奉答する者は、いない。
ここで是と答えたらならば、「退場させられたバカ」と同じ目に合うのが明白だからである。
「違うと、申すか・・・ならば、今フェザーンにおわす女王殿下に
謝罪の使者を遣わすのに、否なは無いと余は判断するぞ」
此処まで皇帝が言い終えるのを待ちかねた様に、若い貴族が叫んだ。
「おお・・・ 皇帝陛下の御言葉。このランズベルク伯アルフレット、感嘆の極み!!」
その発言に皇帝は眼を細め、国務尚書ほか数名が苦笑いした。
それとは気付かず若い伯爵は皇帝に何方をお遣わしになるのかと
問うた。本来なら叱責ものなのだが、老侯はあえて見逃した。
ランズベルク伯の質問に皇帝は上機嫌で答えを下賜した。
「そうよな・・・あれ程の家柄の者達じゃ。そちらでは荷が重かろう・・」
その言葉に切歯扼腕する者、項垂れて居る者が散見された。
「そこで、余はこの者たちを遣わそうと思う。ヨアヒム、これへ」
皇帝の言葉に、玉座近くに侍っていた貴族が御前に参上し跪く。
「勅命じゃ。直ちにフェザーンに赴き、大日本帝国の使者殿に
我が家臣の過日の無礼を詫びて参れ。よいな?」
主君の言葉に、その貴族ははっきりと奉答した。
「勅命、謹んでお受けいたします。
このヨアヒム・フォン・ノイエ=シュタウフェン二世、身命を賭して
務めを果たしてご覧に入れます」
609 :YVH:2012/01/27(金) 20:33:42
御前会議において、皇帝より謝罪使(対外・国内的には慰労使とされた)にとの勅を賜った
皇帝の甥、ノイエ=シュタウフェン公ヨアヒム二世は直ちに準備に取り掛かった。
彼はまず、新無憂宮・東苑内にある屋敷に他の三公(ヴィデルスバッハ、ノイエ=ザーリアー、ルドルフィン)と
ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯を集め、今回の帝国としては異例の使いに付いて協議した。
まず人員だが、公に随行するのは女婿二人、カストロプ一門としてマリーンドルフ伯まで決まった所で
公は驚くべき事を口にした。曰く、あの阿呆(ヒルデスハイム伯)を連れて行くと。
「な・・何ですと!?ヨアヒム殿、本気ですかな?・・・あんな者を連れて行ったら・・・」
ブラウンシュヴァイク公は義理のいとこに当たり、又親族でもある公爵の言に最初は大声をあげ、
後半は日本側との歓談の最中、あのウマシカがやらかすだろう事を想像して語尾が縮んでいった
若干、顔も青褪めている。
そんな義理のいとこで親族でもある男の言葉に、この屋敷の主は己の存念を語った。
「オットー殿の懸念はもっともだが、御前会議の後のあの体たらくでは心配あるまい
それに、随行はさせるが、公式の場には出さんよ。
あの者には日本側の人員に触れて貰って、貴族の何たるかを学び直して貰う」
ヒルデスハイム伯は、レムシャイド伯爵が語る日本側に関する説明の半ばで内容に耐えられなくなったか、
泡を吹いて失神し、別室で宮廷医の診察を受けている。
さらに続けて
「あと、あの青年・・ランズベルク伯と言ったか・・彼の者も加える
あとは・・・・おおっ忘れるところであった、オットー殿の甥御殿も供に加える」
その声に女婿の公爵は「甥御?」と思案顔であったが屋敷の主からフレーゲル男爵の名を告げられて
納得顔になった。ここで、今まで黙っていたルドルフィン公が口を開いた。
「ヨアヒム殿、卿の一族ばかりが多いのは如何な物か?我が一門、リッテンハイム侯爵一族の
ヘルクスハイマー伯も、供に加えて欲しいのじゃが?」
ルドルフィン公の台詞に、ノイエ=ザーリアー公も頷いた。
二人の公爵の言に、四公筆頭の公爵は暫し考え込み、ややあって諒の意も込めて頷いた。
=四公について=
家祖は、太祖ルドルフの女婿四人。
長女カタリナの婿、ノイエ=シュタウフェン公ヨアヒム
次女ゾフィーの婿、ヴィデルスバッハ公ルードヴィッヒ
三女ハンナの婿、ノイエ=ザーリアー公ハインリッヒ
四女ヨハンナの婿、ルドルフィン公ダゴベルト
第二代皇帝ジギスムント一世即位時は、筆頭のヨアヒムは皇父にして帝国宰相、他の三公爵たちも皇叔として
その治世を支えた。
以後は、皇統の断絶を防ぐためと称され、新無憂宮・東苑内に居宅を与えられ皇帝の扶養家族として遇され
地位も筆頭公爵とされ、領地も皇帝直轄領からの分知とされた。
しかし反面、政治的には実権は与えられず、後には皇子・皇女の落ち着き先と化し、
宮廷の片隅で命脈を維持し続けた。
当代のノイエ=シュタウフェン公ヨアヒム二世は、先帝オトフリート五世第二皇女で
現帝の姉ゲルトルートの子である。
因みに、ブラウンシュヴァイク公爵家・リッテンハイム侯爵家は四公の一門である。
初代ブラウンシュヴァイク公ロベルトには世継ぎが出来ず、
やむなく彼は、従兄弟にあたる皇父ヨアヒムの三男アドルフを迎え世継ぎとし
その妃にはヴィデルスバッハ公女を迎え、家督の継承を図った。
初代リッテンハイム侯アルベルトはノイエ=ザーリアー公家から夫人を迎えた。
しかし、三代目侯爵の時、共和派残党のテロに遭い、時の侯爵が妻子共々横死する。
当時、隠居していたアドルフには他に子が居らず、夫人の口利きで娘が嫁いでいた
ルドルフィン公爵家から、孫に当たるヴィルヘルム公子を世継ぎに迎え、四代侯爵とした。
閑話休題
こうして、人員の事が決まり、次は詫びの品に付いての話題となった。
610 :YVH:2012/01/27(金) 20:34:45
この事に付いては、ここに集った男たちでは決められない事もあり、新たに数人の人物たちが、館の客人となった。
呼ばれたのは、財務尚書代理・ゲルラッハ子爵、宮内尚書・ノイケルン伯爵、典礼省次官・スピエルドルフ男爵。
何故、典礼省のみが尚書ではなく次官が呼ばれたのか?
それは尚書であるアイゼンフート伯爵が実務ではまったく役に立たず、
実務一切は、伯の甥に当たるスピエルドルフ男爵が、次官として一切の切り盛りしていたからである。
皇甥の参集に応え、ノイエ=シュタウフェン公邸に集まってきた者たちの中には,呼ばれていないが
何故か国務尚書の姿もあった。
老侯爵はあの御前会議の後、独自に各貴族に触れを出し、日本の使者に持参するに足る品があれば持参せよ、
と触れたのだが、結果は散々だった。
侯としては皇甥の一助になればと思ったのだが、相手の格式に慄いたのか、値する品なぞありませぬという
返答が大半で、数家の貴族が著名な画家の作品を献じてきたが、モチーフがすべて太祖のお姿。
ペグニッツ子爵家が象牙細工を献じてきたが、(持ち主は嫌がったが、周りが無理やり献上させた)
これとて大甘の採点で辛うじて及第点。
中には、何を勘違いしたのか、身内という触れ込みで見目の良い男女を連れて来た者もいた。これに関しては
さすがに侯もキレかけ、上司の不興を悟った秘書官ワイツが、ドヤ顔の相手を「丁重に」室外に叩き出して
上司が卒中を起こすのを防いでいる。
極めつけが、地球時代の逸品であると自慢げに持ってきた品が、宮廷付の鑑定家に贋作であると断じられ
ショックで気絶する貴族まで出た事である。
以上の事を参集者の前で話し、決まり悪げに苦笑した。
そんな一幕もあったが、館に集った男たちは持参する品に付いて協議し続けた。
だが、やはりと言うべきか、帝国でも指折りの名門である彼らをして、相手の家格がネックとなってしまい
良い案は出ずじまいであった。
これではいかんと、休憩も兼ねて軽い食事をとる事にした彼らだったが、執事が気を利かせたのか
食卓に、ワインにそっくりな飲み物を出したところで、天啓を得た。
【!っこれだっ!!!】
彼らは食事後、直ちに部下たちに命じ、帝都は元より惑星オーディン中で四百十年物のワインを、
種類を問わず狩集めさせた。
それは苛烈を極め、例え所有者が貴族でも、「四公のご命令」「先の御前会議~」と言ってワイン倉を開かせ
お目当ての物を攫って行った。
悲惨だったのはカストロプ公爵邸で、ここには先の会合参加者が部隊を率いて現れ、通信で領地の主に
事のあらましを通告した上で、件のワインの他、美術品数点も「詫びの品」として徴発して行った。
公としても、事情が事情だけに文句も言えず、(言ったが最後、家が終わる)泣く泣く諦めたそうである。
(息子は何やら、喚いていたが・・・)
こうして集められたワインは、さらに精査され、赤・一ダース、白・一ダース、ロゼ・一ダースに絞られた。
他のワインは、各々元の持ち主に返却されたそうである。
(皮肉な事にカストロプへは一本も戻らなかった。因みに、女婿の甥二人の品はボトルに若干の傷が在った為
幸運(?)にも返却されている)
次に彼らがやったのは、宮内・典礼両省が管理している賜物の記録を総ざらいして、何が良かろうかと
品定めする事だった。
これは、すぐにも結論が出た。日本側の代表が女性と言う事で毛皮を数点、見繕う事にし
事前に勅許も得ているので、新無憂宮の宝物殿が開かれ、ゴールデン・フォックスの毛皮五点
シルバー・フォックスの毛皮五点、パール・ラビットの毛皮五点が選び出された。
これらの動物たちは、皇帝直轄領の一つであるロートリンゲン星系のある惑星にその昔、入植テストで放され、
以後、野生化した動物たちである。
入植直後は様子を見るとの事で、一世紀近く放置されたが、そろそろよかろうという事で調査が行なわれたのだが
この時、採取された動物たちで、元は普通の狐や銀狐、白兎であった動物たちが、夜になると如何いう訳か
狐は金色に、銀狐は文字通り銀色に、白兎は月の光の加減で真珠色に輝く事が確認されたのである。
他の場所に放された個体群には、そのような現象は確認できず、この地域特有のものとされた。
(説として有力なのは、この惑星特有の何かが影響したと言われる物であるが、同じ惑星に放された
他の動物たちには、この特徴は確認できず、今もって確たる説は出ていない)
この事実が知れると、時の皇帝はロートリンゲン星系を直轄にすることを宣言。
以後この場所には、管理の為に宮内省の官吏が常駐し、艦隊込みの警備部隊が駐留する事となる。
勅許の無い者は無論、近づけず、無断で近づいた者は警告の後、撃沈破される事になった。
612 :YVH:2012/01/27(金) 20:35:57
こうした経緯でロートリンゲン星系産の物は一般には出回っておらず、それらを入手するには
功績を立てて、皇帝から下賜される以外に方法は無く、これらを所持している事は
大変なステータスとされたのである。
こうして、漸く使いの事が決まった。
正使:ノイエ=シュタウフェン公ヨアヒム二世
副使:ブラウンシュヴァイク公オットー・リッテンハイム侯ヴィルヘルム三世
随員:マリーンドルフ伯フランツ・幕僚総監クラーゼン元帥・元帥の副官フォン・クラトカ大佐
※元帥の参加は、軍の要望。
お供:ヒルデスハイム伯・ランズベルク伯アルフレット・フレーゲル男爵
その他には、儀式・典礼の調査の為の人員として、宮内・典礼、両省の官吏数人。
=手土産=
四百十年産ワイン、赤・白・ロゼ各一ダース
ゴールデン・フォックスの毛皮、五枚
シルバーフォックスの毛皮、五枚
パール・ラビットの毛皮、五枚
象牙細工、絵画(風景画を中心に選考)、各数点
警備として
艦隊司令官にメルカッツ提督
身辺警護にアンスバッハ准将以下二百名
上記の人員で準備が整った数日後、使節団は帝都第二軍事宇宙港からフェザーンに向けて出発した。
【あとがき】
過去の投稿分を含めた関係上、
かなり長くなってしまいました(汗)
構想が纏まれば、対面編も投下したいと思います。
最終更新:2012年01月30日 22:22