343: 弥次郎 :2022/01/06(木) 22:45:02 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
憂鬱SRW GATE 自衛隊(ry編SS「戸惑うルークのリンバリング」(改訂版)
- 特地(ファルマート大陸) アルヌスの丘 地球連合拠点 シミュレーションルーム
結果だけ言うならば、アマツミカボシとオデットの加わったチームは模擬戦で勝利した。
それは当然としても、リンクス二人にとっては十分だった。
何しろ、鳥候補と目される伊丹耀司の動きを戦場で直接見ることができたのだから。
彼は最も抵抗し、終盤追い詰められても、弾切れになっても、撃破された機体から武器を調達するなどして戦ったのだ。
運もあっただろうし、教導のために手加減したところはあった。
だが、それを差し引いても、彼が着目すべき人材だという評価に変わりはなかった。
そのほかの候補生たちについても、現在AIや分析官たちによる模擬戦での動きの解析が行われており、改善点の炙り出しが行われている。
それぞれが何となくな動きではなく、確固たる判断と連携のもとに動けるようになってもらうのも重要な教育ポイントだ。
集団行動自体はすでに軍人として叩き込まれているので、教えるべきはその発展形である。
何しろ、機動兵器を用いての動きは生身とは違う。生身ではできないこともできてしまうのだから。
自然と集団での行動や連携にも差というものが生じている。その誤差を埋めて、戸惑わないようにしなくてはならない。
では、最も奮戦した伊丹はどうなったか?
教官であるリンクスたちに招待され、リンクス専用のラウンジにおいて直々にデブリーフィングと相成ったのである。
(帰りたい……)
圧迫面接というか、圧倒的強者に囲まれている伊丹はそう胸中でつぶやくで一杯だった。
周囲の教官たちが優れたパイロットであり、そんな彼らから目をかけてもらえるのは名誉なことなのだろう。
例え企業が抱える傭兵であるとしても、自衛隊や他の軍で考えても明らかに若い兵士が混じっているとしても彼らは機動兵器の先達。
自分達の動きを軽々超えてしまえる実力者であり、仰ぐべき実力を持つ強者たちであることに変わりはない。
普通であるならば、少なくともその栄誉に預かったならば、せっかくの機会を生かそうとすることであろう。
しかして、そこまで伊丹は勤勉な自衛官ではない。
どちらかといえばルールの穴を見つけてうまく立ち回る、非戦自衛官ではないがやる気に満ち溢れた自衛官とは言い難い人材だった。
その伊丹をして逃げ場がないというのは、なかなかに珍しい光景であっただろう。
ともあれ、である。彼らリンクスから模擬戦での動きについてのそれぞれの評価や指摘は既に聞いたし、既に歓談の時間だった。
リンクスたちが特に知りたがったのは、銀座事件において伊丹がどのように戦っていたかであった。
だから先程から伊丹はその内容を思い出せる限り話している。話しながらも伊丹には理解できずに困惑をしていた。
なぜここまで自分が期待されているのかを。なぜ、自分をはじめとした一部の候補生だけが、特別に目をかけられて扱いが違っているのかを。
伊丹が語るのは、自分の主観と、あとから聞いた客観的な情報を合わせたものだ。あの時は無我夢中だったが、あとから聞けばかなり理にかなっていたそうだ。
だが、語り続けていると、自然に喉が渇いてくるものだ。
「さあ、伊丹陸尉、どうぞ」
だが、それは考慮の内だった。
コポポポ、と綺麗な音を立てて目の前に置かれた高級そうなカップに紅茶が注がれる。芳醇な香りが漂い、伊丹の鼻腔を満たす。
差し出してきたのはリンクスであり、教官の一人であるオデット。
その所作ち姿は、とても絵になるもので緊張した伊丹でもハッとさせられるような美しいものだった。
「ありがとう、ございます」
「いえいえ、味わってくださいませ。おかわりも欲しければ一言言ってくださいな」
立場上、また階級も上の相手に紅茶を入れてもらうとは、とんでもない経験だとどこか現実逃避気味に思う。
そして、その上官が年下で、尚且つ聞いたところによれば貴族の末裔と来たものだからさらに伊丹は内心ダメージを受けた。
一般庶民の自分が、まるで別な世界に放り込まれているような錯覚すら覚える。というか、本当に違う世界だ。
(ええい、ままよ)
344: 弥次郎 :2022/01/06(木) 22:45:55 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
淹れてもらった紅茶を口に流し込むが、味を楽しむ余裕はあまりない。
余計なえぐみや苦みなどを感じず、すっと飲み込めるのでとても良い茶葉を使い、よく管理されて淹れられたというのが辛うじてわかるくらいだ。
何しろ庶民の舌と味覚だ。これまで飲んできたもののグレードは高がしている。さらに高尚な感想は沸いてこず、ただ美味しいという言葉が浮かぶばかり。
「おいしいです」
「あらあら、いけませんわ伊丹陸尉。せっかくのティータイムでそのように苦しげな表情をされては」
「しょうがないでしょう、オディール。大勢の上官に囲まれてのお茶会を楽しめたら大したものです」
心配そうに振る舞うオディールを、アクアビットに属するリンクスのラヴィエベルが咎める。
「自分の功績を上司に誇ることができる稀有な機会かと思うのですが?」
「生粋の大洋連合系…失礼、日系人の彼にそのようなことはしにくいだろうと思いますよ、私は」
回りくどく言わず、ずばり指摘するラヴィエベル。
こういうと失礼かもしれないが、彼女はアクアビットらしくない真面目な堅物だ。
ある意味でオディールやオデットとは対極の人間であるが、対峙する人間にとっては同じくらいやりにくい相手であるのはご愛嬌か。
「ですが、実際伊丹陸尉の語る英雄譚は心躍るものでしてよ、ベル様?」
「ええ。炎龍という脅威に生身で行きがかりで出会った民を守るために奮戦する姿、私は好みです」
「龍に立ち向かうのは唯人ではなく、まさに英雄ですわ」
「英雄って……そんな柄じゃないですよ。一人でやれることは限られていて、最後は結局仲間に頼りましたし」
謙遜する伊丹。同時に「何故だ」と疑問を深くする。
彼らが自分を買う理由は何だと、つい疑ってしまう。
すでに自分の普段の態度だとか勤務傾向なども知っていると聞くのに、なぜ評価しているのか?
「伊丹陸尉が困惑するのも無理はない話だろう。だが、我々は伊丹陸尉の実力はこれから飛躍的に伸びていくだろうと期待している」
そんな困惑している痛みに対して助け舟を出したのは虎鶫だ。
手にしたカップをソーサーへとおいて、落ち着いて語りだす。
「単に運がよかった、幸運だった、たまたまそういう場に居合わせた。
理由は様々だとしても、その場に居合わせ、自分の持つ力を発揮し、状況に抗った。それは十分に評価に値することだ。
例え苦渋の決断でも、後から後悔するようなものでも、意思を貫き通したならばそれは素晴らしいことだ」
「意思を……ですか?」
「良い腕のパイロット達に共通することだ。
誰もが、自分の意思を貫いて、結果として英雄と呼ばれるようになる。
ここにいるリンクスたちもそうだ。状況に流されたかもしれないが、最後は結局自分の意思で動いて来た」
だから、と虎鶫は締めくくる。
「誇りに思うといい。過度な謙遜は、時として礼を失する」
「……はい」
力強い肯定を受け、伊丹はそう頷くしかなかった。
かすかに刺激される記憶があったが、それを彼は感じなかったことにした。それはほとんど無意識だった。
345: 弥次郎 :2022/01/06(木) 22:46:47 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
ベットの上に横たわる伊丹は、今日一日の怒涛の訓練を反芻していた。
頭の中で未だにリピート再生が続いていて、なかなか寝付けないのだ。
(あー、くそ……)
興奮冷めやらぬとはこの事か、と悪態をつくしかない。
だが、それだけ教官たちの動きがすごかったというわけだ。
それに加え、リンクスたちとの座談会や個人指導は未だに鮮烈でよく覚えている。誰もがとても個性的で、一人一人が濃い人間だった。
没個性あるいは一般的に均一になるようにと教育と訓練を受ける自衛官とは真逆だった。
少数精鋭で個人ごとの能力を最大限生かすという方針のリンクスは、やはり一般的な軍人とは異なるのだと、改めて教えられた気分だ。
歴史に名を残すような英雄英傑たちがそうであったように、彼らは一人一人が鮮烈だったのだ。
「英雄、ねぇ」
自分もまた、英雄などと持ち上げられ、特進した人間だ。
軍人で英雄と聞くと、やはり大規模な戦争における超人的な活躍をした軍人たちが浮かぶ。
彼らが一体どういう思いだったのかは、伝記や伝聞などで知るしか方法はない。
結局、主観ではなく客観にならざるを得ず、彼ら自身に近づいても限界があるのだ。
彼らも、今の自分と同じように、迷ったり、苦悩したりしていたのだろうか。あるいは教官であるリンクスたちも?
だが、考えても答えは出ない。彼らの人生だとかこれまでの経歴について、あまりにも知らないことが多すぎる。
「うーん……」
ごろりと転がり、眠りに就こうと眠気が訪れるのを待つが、まだ興奮は収まらない。
あれこれと考えてしまっただけに、余計眠気が遠のいてしまった。
気になることが多すぎる。今日はもうどうにもならないと知っているし、明日になれば解決しているわけではない。
しかし、この胸の中でくすぶる気持ちだけは如何ともしがたい。
(なるようにしかならないか……)
その時、お茶会の終盤、虎鶫から聞かされた古い古い昔話のことをふと思い出す。
「神様に従わなかった、黒い鳥、か……」
人間を救いたいと思っていた神様。しかし、それに従わずにいた黒い鳥。救われることを望まず、何もかもを焼き尽くした存在。
一体何を意味しているのか、よくわからない。解釈をしようとすれば、いくらでもパターンが浮かんでくるのだ。
昔話というからには何らかの教訓や寓意があると考えるのが自然であるが、意味するところが曖昧すぎる。
というより、これは昔話というより「黒い鳥」という存在を語り継ぐことを目的としているようにも思えてくるのだ。
神様が人を救う、というのもあいまいな表現である。一口に神様といっても、キリスト教などの一神教や神道やギリシャ神話のように多神教まで存在する。
時に人を救ったり、人に迷惑を掛けたり、試練を課したり、知啓を与えたり、生贄を要求したりと様々だ。
そして、そんな神様に人間が抗う、というのも時折見かける話。だが、秩序までも破壊する、というのはやや不穏だ。
神様の側もその鳥を邪魔者として殺そうとする。何ともおっかない話だ。
「一体、どういう意味が…」
考えているうちに、ようやく眠気が意識に襲いかかってきたのを感じる。
黒い鳥、神様、リンクス、秩序、特地、ヴォルクルス、訓練。
あらゆるワードや記憶が混濁し、意識を飲み込んでいく。
自分もまた、お伽噺に語られる「黒い鳥」の候補者なのだということに気が付かぬまま、伊丹は静かに目を閉じた。
346: 弥次郎 :2022/01/06(木) 22:48:07 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
続々改訂していきますよ。
レイヴンステップを踏みながら、コツコツと…
GATE編は一区切りなので、マブラヴ世界のSS執筆にシフトしようかなと考えております、今のところ。
最終更新:2023年10月11日 20:04