292: 弥次郎 :2021/05/20(木) 22:33:48 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
憂鬱SRW 未来編鉄血世界SS「笛吹のオルフェン」2(改訂版)


  • P.D.世界 火星 クリュセ自治区 長距離バスターミナル


 あくまでも一般人として行動する、ギャラルホルンだと名乗って警戒されてはいけない。
 それが、出発前に取り決めたことだ。
 だから身なりは一般人のそれであるし、身分証もギャラルホルンが有する覆面調査用の偽装市民IDを使用している。
 そして、件のカラール自治区へ移動するためにも、一般市民が利用する長距離バスを使用するという念の入れようだった。

(……多いな、とても)

 そんなわけでターミナルに到着し、カラール自治区行きのバスが止まるターミナルについたマクギリスは、ホーム一杯に並ぶ乗客の数に驚きを隠せなかった。
列がとてつもなく長く続いているし、あちらこちらから順番を争う声が聞こえてくる。乗客についても、老若男女様々な様相だ。
スーツ姿のビジネスマン、作業着を着こんだ労働者、私服姿の観光客、様々な格好で多数の荷物を抱えた乗客たち。一様に、彼らはカラール自治区を目指していた。
 自分もその一人なのだが、こうして市井に紛れるとよくわかる。報告書などでは書かれることのない貴重な情報だ。
カラール自治区にはこうして職業や年齢などに関係なく人々を集める何かがある、ということが。
 クリュセで情報を簡単に集めたが、どうやらカラール自治区がテラフォーミングで環境を大きく変えたというのは間違いが無いようだ。
 いや、それ以上か。ただ単純に環境が良くなるだけではだめだ。経済循環までも大きく変えるような何かがあったに他ならない。

 マクギリスも個人的に火星の事情については調べていた。火星というのは出涸らしと称されるほど詰んでいる惑星だ。
 ハーフメタル資源以外の資源が大凡枯渇、厄災戦からの復興を目的とした「EM経済協定」が原因で実質的な地球圏の植民地状態。
残った産業も、結局は搾取の対象となり、利益が火星に残らないままになっている。それでいて、交易によって地球から得られるものが無視しえない。
というより、交易においては地球圏のものを買わされている、というのが正しい。その結果さらに金が流出していく。
 つまり、懐に入るモノが入った端から持っていかれるわけである。つまり、ヒト・モノ・カネの内、モノとカネが極端に不足した経済状況なのだ。

(そして、その二つの欠落はヒトの不足にもつながる……)

 モノとカネがない社会が蔓延していると、まともに経済が循環せず、仕事も回らなくなる。
 そうなると一体何が起こるのか?極めて単純だ。物価はインフレしていくくせに、給与や待遇は悪くなり続けていくという矛盾螺旋が起こる。
結果、何とか経済を回そうとすると、労働力不足でもないのに、安くて使い捨てにもできる子供までもが駆り出されることになるのだ。
好き好んでというわけではない。そうやって切り詰めていかなければ、立ち行かないのである。
 しかし、子供に仕事を奪われれば大人はあぶれる。
 そして、その子供でさえも仕事と稼ぎの奪い合いになることで、一人一人が得られる糧は小さくなっていく。当然それでは生きていけない。
 では、最後に行きつくのは一体何か?まともな方法で稼ぎが得られないとなれば、選ぶ行動は一つしかない。暴力による解決である。

293: 弥次郎 :2021/05/20(木) 22:34:24 HOST:softbank126066071234.bbtec.net

 マクギリス・ファリド---否、マクギリス・モンタークには嫌というほど覚えがある。
 まともに暮らせないならば、倫理観や価値観を砕いてでも、生存のためにあらゆる非道を犯せるようになってしまうのだ。
大人も子供も、力と暴力を使って状況の解決を図ろうとする。そこに見境など存在しない。
 盗み、脅迫、殺人、強盗、詐欺、スリなどなど、あらゆる方法で人は生きる糧を得ようとする。
 自らが生きるために、他者を蹴落とし、殺し、地獄さえも生ぬるい世界に放り込んででも、という貪欲な獣になり下がるのだ。

(……落ち着け)

 知らず、かなりの力で拳を握りしめてしまっていた。
 マクギリス・ファリドという人間の内面は怒りに満ちている。
 どうしようもないこの現実に対して、自らが味わってきた地獄がいまだに残り続け、この世界にあるのだということが許せなかった。
 だが、少なくとも「今」のマクギリスは無差別に振りまくような暴力的な人間ではない。自制心があり、理性がある、忍耐力も。
そうでなければ今の地位、あるいは境遇にはいなかったのだ。屈辱的な過去を経たとはいえ、今の境遇の価値を忘れるほどではない。
 深呼吸を一つ。そして、意識を別なことに向ける。そう、例えば今ターミナルに入ってきたバスだ。

「アルゼブラ…」

 「代数」という数学用語を意味する社名と会社のエンブレムを側面に描いたバス。
 長距離バスということもあって、車体はかなり大きい。溢れんばかりに集まった人々も何とか収まるだろうというサイズだ。
明らかに新品。このターミナルで見られる他のバスよりもはるかに状態がよく、内装も行き届いているのが分かる。
 そして、とマクギリスの目は乗車口に向けられる。バスの乗車口はしっかりと警戒態勢を敷いているのが分かる。
探知機だ。重火器や爆発物などに反応するタイプの、高性能で尚且つ高価なもの。単純な金属探知機とは異なる特殊な探知機。
ギャラルホルンが治安維持や犯罪の取り締まりという本分を持つ関係から、そういったものも有しているからこそ分かった。
 さらに、明らかに武装をした警備兵が下りてきて、誘導を始めつつ、同時に身体検査と手荷物検査も行っている。
アルゼブラはどうやら火星の事情をよく分かっているようだ。このクリュセでも、他の都市でも、貧困に端を発する犯罪は枚挙にいとまがない。
 そして、蔓延するそれをギャラルホルンや警察機構は抑えきれずに飽和し対処しきれずにいる。
犯罪が増えているから貧困が悪化するのか、それとも貧困があるから犯罪が多発するのか。どちらにしても、根本的な解決が出来ずにいる。

(いずれにせよ、カラールに蔓延していた連鎖を断ち切ったことは間違いないだろうな…)

 そうでなければ、発展など望めはしないのだから。
 バス一つをとっても、アルゼブラが手慣れていて、尚且つギャラルホルンのできないことを成していることがよくわかった。
これから向かうカラール自治区の中も期待ができるというもの。何時になく高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、マクギリスはバスへと乗り込んだ。

294: 弥次郎 :2021/05/20(木) 22:35:44 HOST:softbank126066071234.bbtec.net

 バスが出発して暫く、マクギリスは車内の様子や観光客向けの冊子などに目を通していた。
 車内は、アルゼブラの社章だけでなく、幾多の広告で満ちていた。いずれもが、カラール自治区内の商業施設や飲食店などの広告だ。
騒がしすぎないように、しかし、しっかりとした自己主張のそれらは、クリュセや他の年にはない明るさのようなもので満ち溢れていた。
 つまり、それらが安全に経営され、営業ができるだけの治安状態なのだろう。

(期待できる組織、そう言えるか)

 単なる隔離や封鎖といった手段で得た安寧ではないというのも、バスの広告や映像で分かった。
 ストリートチルドレンを引き取る孤児院や無償で教育が受けられる企業管轄の学校、治安維持組織の活動、大人も入れる職業訓練校の紹介などがあったのだ。
マクギリスも経験したことであるが、そういった孤児などは学がない。だから、社会に適合できない。
シンプルだがとても残酷な事実だ。世の中に適合できないということは淘汰され、追いやられるしかない。
人として尊厳のある生活を営むためにはどうしてもそれが必要なのだ。それを与えることは、犯罪の抑止につながることだ。
 さらに言えば、非道な手段をとることなく生活できるということを示し、そのための活動実行に移しているということである。
地球の経済圏などではごく当たり前の光景。しかし、それは地球圏でさえも徹底されているとはいいがたいことである。
 まして火星で実行に移せるか?など、問うまでもないことだ。しかし、それらが上手く言っているからこその今日の発展なのだろう。

 さらにマクギリスの興味を引いたのは、宇宙からも確認できたテラフォーミングのことだった。
 カラール自治区外縁部に設置された「タワー」と上空を飛行する「気候制御ステーション」とその他技術の合わせ技。
これが、不十分で厄祭戦で荒れ果てた気候や環境の改変を行っている。もうこの時点で、自分たちの既知を飛び越えている。
詳しい機構の説明はなかったのが残念だ。だが、おそらくカラール自治区内部ならばより詳しいことを調べられるかもしれないという期待がある。
 それに、テラフォーミングが確実に行われていることは宇宙からでもわかった。今のギャラルホルンはもちろん経済圏でも持ちえない技術だ。
どうにかできるならばとっくにやっているはずであるのだ。今日まで放置されていたものを、ここ数年で一気に変えたのは冊子で確認できた。
 つまりそれだけの技術力がある。厄祭戦で失われた技術は多数あるが、そんなロストテクノロジーを有し、行使できるというのは計り知れない力だ。

 また、治安維持部隊というのが興味深い話だ。
 火星圏に限ったことではないが、ギャラルホルンは治安維持組織として犯罪者の逮捕や海賊の討伐などあらゆる警察・軍事活動を行っている。
それはそのようにギャラルホルンが厄祭戦の後に自らの使命として定め、引き継いできたからというのもある。
そのほか、エイハブリアクターやMSの製造技術などをほぼ独占しているからという理由もある。そのおかげで、大規模な戦争などが抑止されてきた経緯がある。
 無論抜け穴も存在している。厄祭戦の残骸や残滓からリアクターやMSをレストアして運用している組織は多数あるのだ。
民間作業用のMSも存在しているし、それは一歩使い方を変えれば十分な兵器として活用できるものだった。
 ただし、組織的な運用や維持というのは楽な仕事ではない。金がかかるし人も必要になる。資金力や組織力が必要となるし、まとめ上げるだけの力も必要だ。
だからこそそれらで他を圧倒するギャラルホルンは抑止力となりえている。
 だが、アルゼブラはカラール自治区でそれを実現している。しかも、現地の人間を雇って警備隊を組織させているのだ、MSやMWまでも有する一角の軍事組織として。
組織として活動できるだけの練度に仕立てるということを、ここ数年の間に成したというならば驚異的だ。そのためにいったいどれほどのモノとカネとヒトが必要になることか。

「ふぅ……」

 資料や冊子から顔を挙げて一息つくと、既にクリュセが遠くに見えるほどまでに来ていた。
 情報を集めれば集めるほど、興味と興奮が高まって来る。嗚呼、一体何が待ち受けているのだろうか。
 ひょっとすれば、期待以上のものが待ち受けているかもしれない。そんな予感を持ったマクギリスを乗せ、バスはひた走っていった。

295: 弥次郎 :2021/05/20(木) 22:37:17 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
改訂版は続々投下していくつもりですのでよろしくお願いします。

ちゃ、ちゃんと最新のSSも書いていますからね(汗

297: 弥次郎 :2021/05/20(木) 22:40:01 HOST:softbank126066071234.bbtec.net
294の最後の方、修正を

×組織として活動できるだけの練度に仕立てるということを、ここ数年の間に成したというならば驚異的だ。そんなことをやるだけの財力と運用経験と実機などをそろえるのはとてつもない苦労だというのに。

〇組織として活動できるだけの練度に仕立てるということを、ここ数年の間に成したというならば驚異的だ。そのためにいったいどれほどのモノとカネとヒトが必要になることか。
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最終更新:2023年06月18日 13:20